第五話〖下摂津七人衆〗
【一】
下摂津ノ國の礎を築いた七人の功労者を、「下摂津七覇」と呼ぶ。七人は様々な戦いや困難を乗り越え、生死を共にした同志だった。
だが、七覇のまとめ役だった「長老」覇山ユウゾウが息を引き取ると、残りのメンバーたちは互いに争い合うようになってしまう。七覇の内乱を制したのは、「暴君」と恐れられていた男、覇道テイトクだった。
内乱後、荒れた都は再建された。新たな都の開発に携わった七人のクリエイターを、「下摂津七人衆」と呼ぶ。七人衆はいずれもテイトクに忠誠を誓っており、彼の右腕的な存在だ。
内乱後、テイトクは歯向かう者をことごとく粛清し、国内の権力を一手に握った。重要な役職などはすべて自ら人選、指名した者で構成されている。人選の結果、七人衆はテイトクに次ぐ力を手に入れた。
七人衆の出自は様々だ。下摂津ノ國建国以前からテイトクの腹心だった古参の者。内乱時代に頭角をあらわした者。かつては別の七覇の部下だったが、先を読んで寝返った者。都開発にだけ携わった新参者。
誰も表立ってテイトクに逆らわないが、中には面従腹背の徒もいるかもしれない。
秋山アキラは七人衆のうちでは新参者に分類される。外町で生まれ、十六歳で下摂津自警団に入団志願し、あっという間に上り詰めた。建築系クリエイターとして都の建設に関わり、最年少で七人衆の末席に加えられる。
だが、アキラは自分がクリエイトした都の景色を気に入っていなかった。都の人間とも親しくなれなかった。ときどきいとまをもらっては、身分を隠して外町に戻っていた。
建物に関して言えば、都はほとんど完成している。今必要なのは、水や食料、機械や道具のクリエイターだ。アキラは完全にやる気を失っていた。
今回は都の外を開発するという名目で、約一ヶ月も都を離れられるように申請してあった。対局所の営業許可を取り、外町と瓦礫ノ園の間に小さな対局所を建ててひっそりと暮らしていた。
ちょうど瓦礫ノ園の洪水が起こり、アキラの能力が役に立つ。実はそこでアユムと知り合い、親しくなっていた。
アキラとアユムには共通点が多い。ふたりとも外町出身。レベル差はあるものの、互いに★×5ランク同士。若く(幼く)して対局所所長になったという点も似ている。「ア」から始まる三音の名前にも親近感を覚えた。
アキラにとって、アユムははじめてできた友だちだった。
ギンガの話は、アユムを通じてアキラも知っていた。実はそれより以前に、機島タクミからもギンガの話を聞いていた。タクミは秋山対局所の登録クリエイターで、Q2機関のメンバーでもある。
アユムとタクミ。両者から聞いていたギンガの話が、アキラの中でひとつにつながった。そして今、本人が目の前にいる。ようやく出会えたうわさの人物、白銀ギンガを見て、アキラはどことなく親近感を覚えていた。
(なるほど、七人衆ね。アユムちゃんともすでに知り合いなのか。★×5ランクみたいだけど、正確な霊子保有量は⋯⋯)
アキラがギンガに意識をとられているうちに、カイザは無意識にアキラを霊視していた。
「あれ?」
不意に、アキラの魂に霧がかかったよう見えなくなった。カイザははっと我に帰り、通常の視覚でアキラの顔を見た。
「うふふ、いきなり胸元をガン見するだなんて、エッチな子ですねぇ。あたしたち、まだ初対面ですよぉ」
アキラは両手を胸の前で置いて隠し、わざとらしく恥ずかしがるような演技をしてみせた。
「ゴ、ゴメン。ついうっかり、別の視覚が働いていたみたいで」
カイザは慌てて目をそらした。
「気をつけたほうが身のためですよぉ。相手の魂をのぞくとき、相手もまたこちらの魂をのぞいているのですぅ。『魔女』覇田ルミナの子、カイザくぅん」
「うっ、僕を霊視したのか」
頭から血の気が引いた。カイザは生まれてはじめて、目の前にいる人から霊視されるという体験をした。
リヒトのときは遠距離かつあとで知った出来事だったで、それほどのショックは受けなかった。だが、今回はその場で実演されたのだ。しかも、カイザの知らないうちに。
「そんなに驚かないでくださいよぉ。少ぉしだけじゃないですかぁ。クリエイターランクはまだ★×3ランクのヒヨっ子のようですけど、どうやら霊視能力はかなり高いようですねぇ。たぶん、あたしが出会った中では、カイザくんが最高精度の霊視能力者ですよぉ」
アキラは上目遣いで気味の悪い笑みを浮かべた。
【二】
カイザは霊視能力もさることながら、通常の視力もかなり良かった。カードハンター時代はその特技を活かし、誰よりも早く遠目から白札を見つけていたものだ。
また、暗がりでもよく見えるほうだった。特に、色彩判別に関しては常人の数倍は繊細だ。
さっきも部屋の明かりがついていない状態で、アキラの髪色はクリーム色、頭の上のリボンと着用中のオムツが黒色だと見破ったところだった。
部屋の明かりがついた今、カイザは改めてアキラを観察しま。
弧が下にある半月のような形をした特徴的な目、いわるゆジト目。瞳の色は髪と同じく、クリーム色だ。ピンと跳ね上がった細い眉には、クリエイターとしての自信があらわれている。
つららのように尖った円錐状の犬歯が、しゃべるたびに口元から見え隠れする。
変な形の歯といえば、ギンガの元相棒もそうだった。ジョーコという名の緑髪の少女で、以前、ギンガの部屋で見かけた念写真のカードイラストに写っていた。
彼女の歯はサメのようにギザギザで、どこか野性味を感じさせる。
アキラのはジョーコとは真逆だった。まるで幾何学的造形物のようで、どこか人工的な雰囲気だった。
観察時間、わずか二秒。あまり見すぎては、またからかわれてしまう。
カイザから見たアキラの印象は最悪だった。
アキラは覇道テイトクの忠実な部下、下摂津七人衆のひとりだ。カイザにとってテイトクは、瓦礫ノ園を見捨てた悪しき王。そして、産みの母ルミナを間接的に死に至らしめた男でもある。
ルミナは下摂津七覇のひとりで、テイトクによって死者ノ園に追いやられた。晩年は影武者の波田ルミと共に隠れて暮らしていた。
カイザは実母の顔を知らない。生まれてすぐに亡くなったからだ。その後、影武者ルミはルミナを名乗り、カイザの育ての母となった。
実母の顔を知らないとはいえ、いきなり「魔女」呼ばわりしたアキラに対して、カイザは良い印象を持てなかった。
「『魔女』というのは、覇田ルミナの有名な二つ名ですよぉ。すごく優秀なクリエイターだったそうですぅ。もっとも、見たことはないですけどねぇ。あたしが物心ついた頃には、七覇はすでに粛清されていましたから」
「都で僕の出自が知られたら、同じ目にあうかもしれない」
カイザは生唾を飲み込んだ。
「もう十年以上も前の出来事ですし、今さらどうこうされる可能性はないと思います。ですけど、万が一のことを考えて、秘密にしておいたほうが身のためでしょうねぇ。くれぐれも、霊視にはお気をつけてくだはいませ。え、あたしですかぁ? あたしは誰にも何も言いませんよぉ」
アキラはカイザの肩を指でツンツンした。
「ありがとう。気をつけるよ」
「とはいっても、そもそもカイザくんがルミナの子だという証拠なんてどこにもありませんからねぇ。カイザくんの育て親が言っていた話が本当だとは限りませんし。もしかしたら、すべて勘違いだったという可能性も捨てきれませんよぉ」
「どこまで見通したんだよ?」
「見通しただなんて、そんな大層なことはしていませんよぉ。あたしの頭の中に飛び込んできたのは、カイザくんと影武者ルミナが話している映像だけですぅ。カイザくんが最近経験した出来事の中で、もっとも強く印象に残っていた場面のようでしたから、そこだけハッキリ霊視できましたよぉ」
「それだけ?」
「あたしの能力では、『それだけ』が限界なんですよぉ。これでもかなり優秀な部類なんですけどねぇ」
「なんだ、じゃあ安心したよ」
クリエイターランクと霊視能力に相関関係はない。まったく異なる種類の能力だ。カイザはまだ★×3ランクだが、霊視能力に関してはアキラを超えていた。
アキラにすべて見透かされているかもしれないという不安は、カイザの取り越し苦労に終わった。そして、自分がリヒトやアキラにしたことがどういうものだったのかを、身をもって実感した。
リヒトの対応の優しさや、アキラのユーモアたっぷりの切り返しに、今さらながら気づいたのだった。
【三】
「霊視に気をつけるっていっても、具体的にどうやって気をつければいいの? そういえば、さっきアキラを無意識に霊視したとき、途中で急に霧がかかったみたいに見えなくなったんだけど」
「『遮断能力』ですよぉ」
アキラはカイザに遮断能力の説明をした。
相手の感知能力や霊視能力をさえぎる能力、それが遮断能力だ。ただし、遮断能力を使っている間は感知系能力を使えない。感知系能力を使っている間は遮断能力を使えない。
ちなみに、感知系能力とは、感知能力と霊視能力の総称だ。感知能力と霊視能力はどちらも霊的な視覚を得るという点で同じだが、微妙に違う。
感知能力とは、霊力の発生源や強弱を知覚する能力だ。それを極めた者は、人間の位置情報や最大霊力を瞬時に知ることができる。最大霊力がわかれば、レベルやランクは計算して求められる。
一方、相手の魂の深くまで潜り込んで、その人が歩んできた人生や思考、感覚、感情を読み取る力を霊視能力という。
霊的な視覚を現実の視覚でたとえるならば、感知能力は「光の強さと光源の方向」が判別できる程度の原始的な目だ。それに対して、霊視能力は「色彩や細部の様子」までも見逃さない顕微鏡のような目だといえる。
使用者の能力次第ではあるが、感知能力は一度に不特定多数への使用も可能。霊視能力ではひとりずつしか見ることができない。
感知能力と霊視能力には、それぞれ長所と短所がある。霊視能力は感知能力の発展系という説もあるが、一概にそうとは言いきれない。
自分の霊力を小さく見せて、「霊的な存在感を薄くする」能力。それが遮断能力だ。現実の視覚にたとえるならば、自分の魂を一時的に黒く塗りつぶしてかき消すようなイメージに近い。
遮断能力は、感知系能力全般に対して妨害効果がある。遮断能力の使用中は、相手から見ると魂に霧がかかったようになって視界をさえぎることができる。
ただし、自分も視界をさえぎられて相手を見ることができなくなってしまう。
隠れる力と見破る力。一方を使えば他方が使えなくなる。両方を同時に使うことはできないのだ。
「うふふ、遮断能力は、ある程度までは鍛えることができますよぉ。今度、教えてあげましょうかぁ?」
「ぜひ、お願いするよ」
カイザとアキラは握手を交わす。
カイザは最初、一方的にアキラを敵視していた。だが、話しているうちに、アキラがそれほど悪い人間ではないとわかり、認識を改めたのだった。
「ほかにも、『逆感知能力』というのもありますよぉ」
「ギャクカンチ? 魂の逆側でも見るの?」
「感知系能力を自分に向けられていることを感知する能力ですよぉ」
「あ、ナルホドね。さっき僕が霊視しているのに気づいたのも、逆感知能力のおかげだったのか」
「そういうことですねぇ。あたしは敵が多いから、常に逆感知能力を働かせているんですよぉ。相手が引っかかってくれたら、今度はこちらから感知系能力を使って相手を見てやるわけなのですぅ。遮断能力は最終手段ですねぇ。ほら、急に魂が消えたら、あたしが事故か何かでいきなり即死したと勘違いされる可能性がありますからねぇ。都で見守ってくださっているテイトク様が、驚かれてしまいますよぉ」
アキラは楽しげにテイトクの話をした。正円錐状の人工物じみた犬歯がチラリと見える。
どうやら、下摂津七人衆は常に都から見張られているらしい。高ランククリエイターは、存在そのものが国の重要な資源だといえる。他国へ寝返られるのは大きな痛手だ。その場合は、反逆罪で死刑となる。
きっと、テイトクはアキラやほかの七人衆のことなど道具としてしか見ていないに違いない。その程度のことは考えればすぐにわかりそうなことだが、アキラはなぜか嬉しそうに話していた。
第一章全十話のうち五話、つまり半分が終わりました。
ところで、この章のタイトルは外町編です。
あれれ? まだ到着すらしていないぞ⋯⋯。