第二話〖旅の支度〗
今回はココナとソウジュ以外、第一部で登場した全キャラ総動員!
第二部ではしばらく出てこないメンツたちとのお別れフェイズです。
【一】
「やったわね、カイザ」
「カイザお兄ちゃん、優勝おめでとう!」
所員寮の部屋に戻ると、ルミナとユウが迎えてくれた。予選終了後、ギンガと話があるので先に帰るように言っておいたのだ。
「ちょっと待ってよ。僕はまだ優勝していない。予選に勝っただけじゃないか」
カイザは浮かれるふたりに釘を刺した。
「それでもスゴいわ」
「カイザお兄ちゃん、次は都へ行くんでしょ?」
「そのことなんだけど⋯⋯」
続きを言うのをためらい、言いよどむカイザ。
「カイザ、あなたずっと母さんの言いつけを守って生きてきた。本当はずっと我慢していたのでしょう? だけど、母さんはもう長くない。これからは自分のやりたいことをやって生きていけばいいのよ。誰にも遠慮なんてしなくてもいい」
ルミナはカイザをそっと抱きしめた。
「カードチェスのことはよくわからないけど、さっきの試合を見て思ったわ。カイザがあんなにも真剣に、何かに打ち込む姿を見たことがなかった。だから、もう引き止めるわけにはいかない。母さんは本当の母親ではないけれど、カイザのことは本当の息子だと思っているわ。押し付けがましいかもしれないけれど、いつでも、どんなときでもカイザを応援しているわよ」
「やっぱり母さんはすごいな。母さんは僕のためらいをすっかり見透かしているみたいだ。僕にとって、本当の母親は母さんだけだよ」
カイザは意を決して口を開いた。先ほどギンガと決めた話をそのまま伝えた。
「――というわけで、今すぐ準備をして出発しなきゃいけないんだ」
「やっぱりそうだったのね。気をつけて行くのよ」
落ち着いた様子で答えるルミナ。どうやらカイザの表情を見て、話す前から結末を察していたようだ。
「絶対優勝するから、二週間だけ待っていてね。都で母さんの病気を治せる医者を探して、連れて帰ってくるよ」
「ありがとう、その気持ちだけでも嬉しいわ」
ルミナはもう、自分が助かる見込みがないことを知っていた。
カイザはルミナの表情をひと目見て、考えを読み取った。ルミナはすでに諦めている。
だが、カイザはまだ諦めてはいなかった。
ルミナの体調は回復しつつある。とはいえ、いつまた逆戻りするかもわからない。最悪、カイザが都へ行っている間に容態が急変して倒れる可能性もある。
それでも、今のカイザには選択肢がなかった。
「母さんのことを頼んだよ、ユウちゃん」
カイザはユウの頭をなで、出発の準備にとりかかる。
【二】
「じゃあね、行ってくるよ」
「道中気をつけるのよ」
ルミナとユウに別れの挨拶をして、所員寮を出る。
「待ちくたびれたわ。置いていくところやったでぇ」
ギンガが外で退屈そうに待っていた。
「ホント、ギンガはせっかちだな」
「わかりきっとることをいちいち言わんでええねん。とっとと行くでぇ。ひとまず、対局所でアユムと落ち合うわ。ほんで用事済ませたら、次はケイマと合流や」
ハイテンションで説明するギンガ。カイザの腕を掴み、ズカズカと歩いていく。
「ありゃ? アユムの奴、ドアァ開けっ放しやんけ」
ギンガは兵頭対局所の裏口から所内へ入った。
「アユムちゃんが閉め忘れたわけじゃなさそうだね」
カイザもあとに続く。
「ホンマやな。こりゃ、誰かが無理やりこじ開けた跡やわ。強盗かぁ?」
裏口は木製の薄いドアだ。強盗はドアに穴を開けて内側に手を入れ、鍵を解除して入り込んだようだ。
「どうする、ギンガ?」
「入るしかないやろ。行くでぇ、カイザはあてのうしろについとれ」
予選期間中、兵頭対局所は休業していた。中にはアユムしかいないはずだったが、誰かのうめき声がする。
「誰かおるんかぁ?」
警戒しつつ、暗い廊下の奥へと進む。
カイザは先頭を歩くギンガのうしろから離れ、壁沿いに移動して室内の電気をつけた。
「ひぇっ」
視界が明るくなると、床に包丁が転がっているのを発見した。
隣にはミイラ男が横たわっている。全身包帯でぐるぐる巻きで顔は見えないが、成人男性のようだ。包帯が猿ぐつわの役割を果たし、言葉を話せずにうめき声をあげながらイモムシのようにモゾモゾ動いている。
少し離れた場所にアユムの姿を発見した。アユムはイスに座ったまま机に突っ伏して動かない。
「まさか、アユムちゃん!」
「おい、アユムゥ。どないしたんやぁ?」
カイザとギンガは同時にアユムの元へ駆け寄った。
「ぎんちゃん?」
ピクリと肩を震わせ、頭をもたげるアユム。身体に別状はなさそうだ。
カイザとギンガはひとまず安心した。
「あゆちゃん、ちょっと疲れて眠っていたのら」
アユムは寝ぼけた顔で目をこすった。
瓦礫ノ園の洪水後、アユムはボランティア活動を続けていた。ココナを助けたのもアユムだった。
予選が終了したら、アユムは対局所でギンガと待ち合わせする約束をしていた。待ちくたびれて居眠りしている間に、強盗に入られたようだ。
「きゃっ、ミイラ男なのら!」
アユムはイスから飛び上がってカイザに抱きついた。
「自分でやったんだろ」
苦笑いでツッコミを入れるカイザ。
「あの人は誰~? 記憶にないのら。コワいのら~」
コアラのように足をからめてカイザにくっつき、離れようとしない。
本当に記憶にないらしい。
「★×5ランク以上の人間越え連中はなぁ、眠りながらでもクリエイトできるんや。見た目にだまされたらアカンでぇ、コイツは兵頭対局所一番の化け物クリエイター。ちゃちな強盗程度にやられるはずないやろぉ」
意識がない状態でも、生命活動がある限りクリエイトは原理上可能。ただし、そんな芸当を実行できるのは★×5ランク以上の実力者のみだ。
睡眠中でも霊的能力は働いている。自分に危害を加えようとする者が近づくと、オートで撃退・制圧することができるのだ。
★×5ランク以上のクリエイターには死角がない。不意打ちも通じない。寝込みを襲っても無駄。
アユムは無意識のうちに強盗を制圧していた。
「スゴいな、それはたしかに化け物クリエイターだ」
アユムの頬をつつきならがら、感心するカイザ。好奇心から頬をつねってみたが、何も起こらなかった。
「本気で危害を加えるつもりじゃないと、オート能力は発動しないんだよ~。というか、化け物っていうのやめてほしいのら」
無抵抗に頬をむにむにされつつ、冷静に答えるアユム。
「それにしても、コイツどうすんねん? スパランのクリエイターがおる対局所に強盗とは、命知らずな奴やなぁ。ちょうど都の役人も来てるみたいやし、引き渡すかぁ」
「そうだね~。ぎんちゃんの判断に任せるのら」
こうして強盗騒ぎは収束した。
対局所は大量の白札を管理しているので、強盗に入られるリスクがある。兵頭対局所は、都の対局所に比べると小規模で簡素なので、警備は多少甘かった。
普段なら店が休みでも地下の裏対局室は開いているので、完全に無人になることはない。だが、今回は地上と地下の両方が休みで狙い目だった。
さっきの強盗も、アユムを無視して白札だけ盗んで逃げていたら、おそらく捕まえられなかっただろう。口封じのためにアユムに殺意を向けたおかげで、逆に墓穴を掘ったのだ。
「今後は、セキュリティを厳重にせんとアカンなぁ」
「ぎんちゃんが都から帰ってくるまでには、なんとかしておくのら」
明日からは通常営業。ギンガは予選通過者二名の引率係として都へ行くことに決まっている。アユムは二週間、ギンガの手を借りずに仕事をしなければならない。
「ほんなら、任せたでぇ。なんかあったときは、すぐ戻るわ」
「大船に乗ったつもりで、所長のあゆちゃんに任せるのら」
アユムは木から飛び降りるようにカイザから離れると、包帯をクリエイトした。
包帯はヘビのように動きまわり、近くにあった車椅子にミイラ男を拘束する。あっという間の出来事だった。
「あとで瓦礫ノ園にでも転がしておくのら」
慣れた口調で淡々と言った。
【三】
「行くでぇ、次はケイマと合流や。集合場所は裏クリエイター寮の前!」
ギンガは目的地へ走った。
「ちょっと待ってよ! ホント、足速いな」
息を切らせつつ、追いかけるカイザ。衣類などを詰めたリュックサックを背負っていたが、それほどの重さはない。にも関わらず、ギンガに先を越されてしまった。
裏クリエイター寮の手前に、黒い自動車が二台とまっている。都のクリエイターが生成したエターナルクリエイションだろう。
旧科学文明時代の技術はすでに失われている。無数の部品からなる自動車を一から製造することは不可能で、故障しても部位によっては修理が利かない。もったいないが使い捨てだ。
手前の車には、都から派遣された役人が待機していた。予選の監査役だった男も乗っているようだ。
うしろの車は、予選通過者のカイザとケイマ、兵頭対局所の代表として副所長のギンガが乗ることになっている。
カイザは自動車に乗ったことがなかった。カードハンター時代によく目にした外町と瓦礫ノ園を往復する廃品回収車は、人力車もどきのリヤカーだった。
都から来た役人が自動車に乗っているところは何度も見たが、まさか自分が乗ることになるとは想像すらしていなかった。
「ケイマのやつ、まだ準備できてへんのかぁ。なにやっとるんやぁ?」
「ちょっと僕が見てくるよ」
カイザは裏クリエイター寮の中へ入っていった。
「おおおおう、カイザ。ちょうどいいところに来たぜい」
ケイマはロビーに座っていた。
「なにやっているんだよ。外でギンガが待っているよ」
「みみみみんなに挨拶して回っていたんだけどよう、ジャイ男先輩が見当たらねえのさ」
カイザがこっそりつけたジャイ男というあだ名は、いつの間にか広まっていた。ジャイ男本人が気に入ったようで、今ではケイマも普通に使っている。
「フッ、彼なら自分の部屋にこもっているのである。予選決勝でなんじに負けて、落ち込んでいる様子であったぞ」
奥からリヒトが歩いてきて、ボソッとつぶやいた。
「ほほほ本当ですかい? ありがとうございやす、イキリヒト先輩!」
ケイマはリヒトの肩をバシンと叩き、ジャイ男の部屋へ走った。
「そ、そのあだ名で呼ぶのはやめるのだ! まったく、どうしようもない後輩である」
走り去るケイマのうしろ姿に吐き捨てた。
「おや? この我に勝利したカイザではないか」
振り返ってカイザに話しかける。
「さっきは良い試合だったね」
「フッ、次は負けないのである」
「僕だって負けないよ」
「ところで、なんじはケイマを迎えに来たのかね?」
「そうなんだよ。ギンガが外でイライラしながら待っているから、早く連れて行きたいんだけど」
「であれば、一緒にジャイ男のところへ行くがよい」
「そうだね。僕もお世話になったし、出発前にあいさつしていきたい」
カイザはケイマのあとを追いかけた。
「ありがとう。リヒトのぶんも都で頑張るからね」
「我に勝った優秀なクリエイターだ。なんじは必ず優勝するであろう。ただし、裏組織の連中にはくれぐれも注意するのであるぞ」
リヒトはなんだかんだで優しい先輩だった。
「あああ開けてくだせえよ、ジャイ男先輩!」
ケイマはジャイ男の部屋のドアをガンガン叩いた。
「仕方がないのう。今開けるぞい」
ドアを開き、隙間から大きな頭を突き出すジャイ男。
「おや、カイザも来ておったのかい。ふたりとも、中へ入るんじゃい」
ジャイ男はふたりを部屋の中へ入れた。