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カードチェス  作者: 破天ハント
第二部第一章 外町編
47/73

第一話〖棄権〗

話数をリセットして第二部スタート!

第二部も四章四十話まで続けます(予定)

「ソウジュって誰だっけ?」という方は、第一部第一話〖死者ノ園〗を読み返してください。

【一】


 少年が空を飛んでいる。かたわらに二柱の天使を引き連れて、下摂津ノ國の上空を東から西へ。向かうは『吉備(きび)(くに)』、少年が仕える王の元。

 彼の名は聖路ソウジュ。自身のクリエイションである天使と感覚を共有し、偵察を兼ねて地上を見張らせていた。

 ソウジュは毛先だけ白いウェーブがかった金髪を風になびかせ、背中に生えた白い翼で自ら空を飛んでいた。

 突き刺さりそうなほど尖った高い鼻に、細い眉。金色の爪と瞳。目の下に少しそばかすがあるが、顔立ちの整った美少年だ。

 翼はもちろん本物ではない。不完全に生成した部分的クリエイションを、自分の肉体と連結させている。リミテッドクリエイションなので、霊力を失うと自然消滅する。


「懐かしい風景だぜ」

 下摂津ノ國東部、死者ノ園。墓場が果てしなく続いている。幼少時代、ソウジュは両親と共にそこで暮らしていた時期があった。


 死者ノ園を抜け、都の城壁をかすめると、次は瓦礫ノ園だ。

 地上には人が集まっていた。どうやら近くに対局所ができたらしい。公式大会の予選が開かれている。


「嬉しいぜ。お前も生きていたんだな、カイザ」

 ソウジュは天使の目を通して、幼少時代の友だちを発見した。

 五歳のときに死者ノ園で生き別れて以来、カイザとは会っていない。生きているとは思っていなかった。


 ちょうどカイザが予選を勝ち抜き、対局空間から戻って対戦相手と握手をしているところだった。

 握手を終えると、一目散に誰かを追いかけて観客席へ。喧嘩中の恋人だろうか。褐色に日焼けした少女の手を掴んだ。


 勝者がいきなりどこかへ走り去ってしまったことで、一部の観客およびに対局の監査役、対局所の経営者らしき長身の少女はあっけにとられていた。

 そうしているうちに、観客のひとりが大声を発する。ソウジュと天使に気づいたようだ。観客たちは予選勝者のことなど忘れ、あれはなんだとばかりに空を見上げて指をさす。


「ほーん、あいつはもしかしてぇ――」

 片眼鏡の長身少女は白札を取り出し、木製の箱のような家具をクリエイトした。


「うわさに聞く、吉備ノ國の有力若手クリエイター『死神天使のソウジュ』ちゃうかぁ? どれ、確かめたるからそこで待っときやぁ!」

 少女は地面を蹴り上げ、家具に飛び乗った。さらにその家具を足場に次の家具をクリエイトして飛び移り、空中をぴょんぴょん渡り歩く。


「今日のあては絶好調なんや。逃がさへんでぇ!」

 山猿じみた運動神経で、みるみるソウジュへ迫ってくる少女。


「悪いな、対局所のお姉さん。俺はここで捕まるわけにはいかない。早く本国へ帰還しなきゃいけないもんでね」

 ソウジュは急加速して追っ手を振り切り、東の空へ消えていった。


「じゃあな、カイザ。次に会うときは敵同士かもしれない。そうなったら容赦しないぜ」


 瓦礫ノ園を抜けると、丹波ノ国。今は山城ノ國の属国だ。そこを越えた先が、本国、吉備ノ國。

 ソウジュは吉備ノ國の王、残雪院(ざんせついん)ゼンオウの御前へ急いだ。


「チッ、捕らえ損ねたかぁ。惜しかったんやけどなぁ」

 少女はぬかるんだ地面に着地した。


 踏み台として利用した本棚の残骸が、そこらじゅうに落ちていた。無傷のものもあれば、壊れているものもある。いちばん高いところから落ちたものはバラバラに砕けていた。


「こりゃ、後片付けが大変やなぁ。またアユムに怒られるわ」



【二】


 新時代の極東を幽霊が歩き回っている。『クリエイター思想』と呼ばれる幽霊が。

 西本州のあらゆる権力が、この幽霊を討伐すべく見えない同盟を結んでいる。下摂津ノ國の覇道テイトクも、山城ノ國の御璽羅川ホウギョクも、吉備ノ國の残雪院ゼンオウも。

 クリエイター思想とは、東本州の松平対局塾に端を発する、人間に対するひとつの見方だと言える。

 簡単に要約すれば、「人は皆、クリエイター。ただ、真の力に目覚めていないだけ」という、それだけのことにすぎない。 

 だが、西側諸国の王たちは、東から持ち込まれた思想をできる限り排除したがっていた。自分たちが特別な能力を持って生まれたという前提の元に、力なき者たちを支配してきたからだ。


 新時代においてクリエイターといえば、普通はカードクリエイターを指す。自らの魂をカードに込め、物質を生成する特殊能力者のことだ。

 異世界からカードの雨が降り、文明が崩壊して以降。かつて日本と呼ばれていた国は崩壊し、数十ヶ国に分裂した。旧日本国の国土だった一帯の土地は、今日では総じて極東と呼ばれている。


 各地の有力なクリエイターたちが名乗りを上げる、群雄割拠の新時代。長く続く戦乱の時代。

 いつか極東を再統一する強き者があらわれ、国同士の戦争を終わらせてくれるのではないか。クリエイター思想が広まる以前は、そんな『覇王待望論』ともいうべき考え方が多かった。

 覇王候補は五人いた。越前ノ國の松平シュンギョク、越後ノ國の飛山リューオウ、伊勢ノ國の幽城レイオウ、山城ノ國の御璽羅川ホウギョク、そして吉備ノ國の残雪院ゼンオウ。

 ちなみに、覇王待望論はホウギョクとゼンオウに端を発する。

 これら五人は『極東の三王二玉(さんおうにぎょく)』といわれ、もてはやされていた時期もあった。だがそれも、半世紀近く前の話。誰ひとりとして極東統一を成し得なかった。


 松平対局塾で有名になったシュンギョクはクリエイター思想の発信者であると同時に、三王二玉のひとりでもある。クリエイター養成の天才だったが、戦争は下手。軍神と名高い隣国の王、リューオウに敗れて軍門に下る。

 リューオウは順調に国土を拡張していったが、甲斐ノ國の若き王、角川リョーマと衝突。苦戦を強いられる。

 リューオウとリョーマは親子ほど年が離れていたが、互いにライバルとして認めあっていた。ふたりはいつしか、『東本州の二大英雄』と呼ばれるようになる。


 近畿で最初に台頭したのは、伊勢ノ國のレイオウだ。

 伊勢ノ國、大和ノ國、紀伊ノ國をはじめとする近畿南部の国々は、近畿圏内にありながら、東本州の一部でもある。関ヶ原を通じた細い陸地で東側と繋がっているからだ。

 ちなみに、旧時代の都市、名古屋や岐阜のあった場所は海の底だ。新時代以降、海抜およそ百五十メートル以下の土地は気候変動の餌食となった。

 レイオウは近畿南部を統一後、小国、下摂津ノ國に戦争を仕掛ける。だが苦戦が続き、侵略に失敗。

 混乱の隙を突くように、属国である大和ノ國から、天才クリエイター、斑鳩イルカがあらわれる。イルカは抵抗運動のリーダーとなり、伊勢ノ國は転覆。大和ノ國の女王として即位する。当時わずか十七歳だった。

 内戦により、レイオウは戦死。三王二玉のうち、最初の脱落者となった。


 一方、西本州では。

 テイトクはレイオウの侵略を食い止めたものの、今度は北からの圧力を警戒していた。すでに近畿北部は、「山城の大狸」という悪名で知られるホウギョクの手中に落ちている。

 ホウギョクは丹波ノ国を制圧したことにより、中国地方の支配者、ゼンオウの領土と隣接することになった。ホウギョクとゼンオウのにらみ合いは、数十年後の今でも続いている。


 三王二玉は極東を統一できなかった。

 ホウギョクやゼンオウは今でも大勢力を誇るものの、ときの流れには勝てなかった。ふたりはすでに七十代後半。もはや極東統一などという夢物語はとうに諦めている。

 一世代若いリューオウも、すでに領土拡張の気力はない。己の領土を守ることに徹していた。たびたび侵攻してくるリョーマを相手にすることはあっても、打ち倒そうとまではしなかった。

 三王二玉の生き残りたちは、テイトクやリョーマ、イルカといった若い王たちに手を焼きつつ、やがて来るべき世代交代にむけて思案していた。


 西本州の覇王待望論が下火になった現在、今度は東本州のクリエイター思想が極東を席巻している。

 クリエイター思想の力は絶大だった。半世紀前に比べると、クリエイター養成理論は洗練され、覚醒者の人口は右肩上がりで増えている。

 とはいえ、極東全人口の八十九パーセント弱は未だ非覚醒者。クリエイター思想の最終目標からは、まだまだほど遠い数字だ。



【三】


「だだだ大丈夫ですか、ギンガ姉さん?」

 ケイマはギンガに駆け寄り、安否を確認した。二階建ての建物から落ちたようなものだが、幸いにも無傷だった。


「大丈夫や。あてを見くびったらあかんでぇ」

 ギンガは片眼鏡に跳ねた泥を拭き、なにごともなかったかのように立ち上がる。


「すすすすいません、ギンガ姉さん。かかか肝心なときに、なんの役にも立てなくて。おおおおでの霊力が足りないばかりに⋯⋯」

 己の無力さを悔やむケイマ。昨夜のクリエイトバトルで大量の霊力を消費していたので、いつものペガサスをクリエイトできなかったのだ。


「おおおおでも、いつかギンガ姉さんを守れるくらい強くなりますから!」

「アホ抜かすなや。あんたに守られなあかんほど弱くないねん。それにしても」

 ケイマの手を払いのけ、逆にうしろから肩に手を回してトゲトゲヘアーをクシャクシャにする。


「ええええ、何をするんですか!」

「予選突破おめでとうさん! 頭ナデナデして欲しかったんやろぉ、ほらほら、遠慮すんなや。あんたならやれるって信じとったでぇ」

「あああ、ありがとうございます! おおおおで、絶対優勝するぜい!」

「それやったら、カイザも倒さなあかんわなぁ。カイザとケイマ、どっちが勝つか。あるいはどっちかが本戦の途中で脱落するか。こりゃ、おもろい賭けになりそうやわ」

 片眼鏡のズレを直し、にやりと笑う。頭の中では、カイザとケイマをだしに使ってひと儲けする算段を立てていた。


「そそそそういえば、カイザはどこへ行ったんですかね? 勝ってリヒト先輩と握手してから、すぐどこかへ走っていったようですけど」

「母親とユウがおるところにも戻ってへんかったよな。ということは、多分あれやな。観戦席にあいつのガール⋯⋯、いや、昔の仲間でもおったんやろ」


 ギンガの予想は的中していた。カイザはココナと少し会話したのち、ひとりしょぼくれた様子で帰ってきた。


「カイザァ、予選突破おめでとうさん。なんやその顔、あんまり嬉しくなさそうやなぁ」

「まだ優勝したわけじゃない。本当の戦いはこれからなんだ」

「せや、ようわかっとるやんけ。浮かれんのはまだ早いわ」

 ギンガはケイマにしたようにうしろからカイザの肩に手を回した。


「それに、今は浮かれていられるような気分じゃない。さっきココナと話をしたんだ。先日の洪水で、昔の仲間がたくさん死んだ」

「ああ、あの色黒の女の子やな。惚れとるんかぁ?」

「茶化すなよ、そんなんじゃないんだ」

「ほーん。悪いけど、その子のことは、いったん忘れることや。本戦は都で開かれる。参加するんやったら、一時間後には出発やで」

「え、本戦は二週間後のはずでしょ?」

 カイザは思わずギンガの顔を見上げた。


「色々登録が必要なんや。せやから、避難所を訪問して生き残った仲間に会いに行ったり、死んだ仲間を弔ってる余裕もないでぇ」

 ぐいっと顔を近づけるギンガ。


「せやけどや。今やったら、棄権することもできる。してもええでぇ?」

「き、棄権?」

 カイザは選択に迫られた。


「せっかく予選勝ち抜いたのに、棄権するんかぁ? あては別にかまへんけど、するんやったら今のうちやで。安心せぇ。カイザはこの間まで初心者やったのに、予選を勝ち抜いたんや。それだけでもじゅうぶんにスゴいこっちゃ。不名誉な通り名はもう名乗らんでもええ。デッキも返したる。もちろんタダでとは言わんけど、相場より多少安めで買い戻しを受諾したる。所員の給料から天引きにしたら、今すぐにでも所有権はあんたに移せるんやで。どうするぅ?」

 非情な選択を押しつけているようにも見えるが、ギンガにしてはかなり思いやりのあるほうだ。イレギュラーな事態があったせいで、ギンガもかなり譲歩している。


「ありがとう、気持ちはありがたい。だけど、僕は棄権しない」

 カイザは迷いを払いのけ、即答した。


「ココナは僕を見守ってくれている。どんなときでも、僕がどこへいたって。それに、ココナだって必死に生きているんだ。僕は僕で頑張らなくちゃいけないんだ。それに、母さんの病気だって治らない。だから棄権はしない!」

「ほーん、よう決断した。あんたもやるときはやるんやな」

「ギンガ、僕を連れて行ってよ。都に!」

 背中から、ギンガの体温が伝わってきた。


「よっしゃ! ほんなら、支度して来い。モタモタしとったら、置いていくでぇ」

※作中に登場する地理の補足です。


・「新時代の国名」(支配者の名前)→旧時代の都道府県名


「吉備ノ國」(残雪院ゼンオウ)→岡山県

「丹波ノ国」(御璽羅川ホウギョク)→兵庫県

「上摂津ノ國」(覇門モンハ→御璽羅川ホウギョク)→大阪府北部

「下摂津ノ國」(覇道テイトク)→大阪府北部

「山城ノ國」(御璽羅川ホウギョク)→京都府

「紀伊ノ國」(幽城レイオウ→斑鳩イルカ)→和歌山県

「大和ノ國」(幽城レイオウ→斑鳩イルカ)→奈良県

「伊勢ノ國」(幽城レイオウ→斑鳩イルカ)→三重県

「越前ノ國」(松平シュンギョク→飛山リューオウ)→福井県

「加賀ノ國」(前田一族)→石川県

「越中ノ國(未登場)」(飛山リューオウ)→富山県

「越後ノ國」(飛山リューオウ)→新潟県

「甲斐ノ國」(角川リョーマ)→山梨県

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