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カードチェス  作者: 破天ハント
第四章 代表選抜編
44/73

第四十話〖予選決勝(後編2)〗

【一】


「彼女のあとを追おうと、何度この剣先を我自身に向けたことか。だがしかし、自ら命を絶つことなどできなかった。彼女は、身を呈して我を守ってくれたのだから」

 リヒトは塁に突き刺したロングソードを引き抜き、背中のさやに戻した。


「きっと、今でも見守ってくれているよ」

 カイザの体からあふれ出ていた霊光が、ゆっくりと輝きを失ってゆく。逆立っていた髪も元に戻っていた。

 

「フッ、守られてばかりであるな。いつも彼女に助けられてばかりだった。不甲斐ない男である」

「そんなことはないよ。彼女のぶんも生きるために、強くなろうとしたじゃないか」

「恐るべき霊視能力であるな。その実力、我以上か」


 実は、リヒトも高い霊視能力を持っていた。

 命からがら生き延びたリヒトは、国境を越えて下摂津ノ國へと逃亡した。独学で剣の技を磨き、クリエイターレベルを上げ、ついでに霊視能力も鍛えた。


 昨夜、裏クリエイター寮で顔を合わせるまで、カイザはリヒトを知らなかった。だが、リヒトはそれよりも数時間早くカイザの存在を知っていた。

 カイザとケイマが瓦礫ノ園でクリエイトバトルをしていたとき。クリエイト反応からふたりの戦いを察知していた人間が、少なくともふたりいた。アユムとリヒトだ。

 感知能力に関しては、両者とも優秀だった。だが、霊視能力に関してはリヒトがずば抜けていた。ただし当然ながら、クリエイターとしての実力は、アユムのほうがはるかに上だ。


 リヒトはクリエイトバトルをその目で直接見ていたわけではなかった。だが、霊的な視覚によってカイザのクリエイションを見ていた。カイザ本人さえ気づいていなかった感覚フィードバック機能まで把握済みだった。

 さらに、カイザがほんの数ヶ月前まで非覚醒者だったことも知った。★×3(ミドル)ランクに昇格したのは、わずか一週間前のことだ。

 リヒトの霊視能力では、それ以上の情報は得られなかった。人生の一部を追体験するほどのぶっ飛んだ霊視などは、リヒトの能力ではとてもではないが不可能だ。

 あとは、とりあえずカイザが霊毒病ではないと確認できる程度。それでもかなり優秀なほうだ。


「僕にはわかるよ。リヒトは誰よりも優しい人だってことを。誰よりも、弱い人の味方だってことを。対局中の人にアドバイスをするのはマナー違反。そんなことくらい、君も知っているはず。さっきまでは、リヒトのことを上から目線のイヤな奴だと思っていたさ。だけどホントは、一方的に追い詰められている側を見ていられなくて、ついつい助けたくなっちゃうんだよね?」

 カイザはドローカードを頭上に掲げた。黒い霧が晴れてゆく。


「僕がつい数ヶ月前まで非覚醒者だったことを、君は知っていた。だから、わざと悪役を買って出てくれたんだよね? 君の恋人が味わったような悲劇を繰り返したくなかったんだよね? 生半可な気持ちの僕を危険な世界から遠ざけようとしてくれたんだよね? ありがとう。気持ちはすごく嬉しいよ。だけど、それは僕には必要ないんだ」

 技札を発動した。逆転の一手だ。


 カイザは現状に対してネガティブな人間だった。自信満々に人を導くようなタイプではない。いつでも心に不安や危機感を抱いて生きていた。

 悪い予感がしたときは、心の声に従った。予感はたいてい的中した。心の声に逆らっていたら、今ごろカイザは何回死んでいたことか。

 もしもカイザがポジティブな性格だったら、なんとかなるさとタカをくくって、破滅していたに違いない。カイザは単に運が良かっただけでなく、その性格が危機回避につながっていたのだ。


 ケイマとは正反対だった。ケイマはどこまでもポジティブで、自分の信念に従ってまっしぐらに突き進む。そのために生まれた国を出て、王子の位まで捨て、後先考えず裏クリエイターになった。

 カイザなら、自分から王子の位を捨てるようなまねはできない。ケイマは現状に対してポジティブで、先のことに関しては破滅的な思考の持ち主なのだ。

 一方、カイザは現状に対してネガティブで、将来のことには建設的だった。

 たった一度、ギンガとデッキを賭けた対局に挑んだときは破滅的な選択だったともいえる。だが、あのときは不思議と悪い予感がしなかった。

 結果的には賭博対局に敗れ、負債を抱えることになった。だが、それがきっかけで兵頭対局所の所員になり、クリエイターとして成長した。

 ずっと母の言葉に従って生きてきたが、はじめて自分の意思で決断した。カイザにとって人生の転機となった。


 カイザ組のリーダーだった頃、カイザはその性格と運によって、何度も活路を見出してきた。

 グループのリーダーである以上、ときに非情な決断をしなければならないものだ。だが、そうなる前に準備をしておくことで、カイザは非情な決断をせずに済んだ。



【二】


 国や組織のリーダーは、ときに非人間的な選択を強いられる。平気でやれる者もいれば、そうでない者もいる。

 リヒトの恋人は、口封じのために一族から抹殺された。山城ノ國の王、御璽羅川ホウギョクは、自国の勢力を拡大するために血が流れることをいとわなかった。

 下摂津ノ國の王、覇道テイトクは、瓦礫ノ園を切り捨てることを選んだ。洪水で被害を受けてもお構いなしだ。

 兵頭対局所の副所長、ギンガは、対局所を経営していくためなら多少のきわどいこともやってのける。所長のアユムも、ある程度は目をつむっている。


 だが、カイザは非情になれなかった。カイザ組のリーダーだった頃、カイザはいつでも弱者の側に立っていた。

 カイザ組のメンバーは、小さな子どもが多かった。一生懸命頑張っても大人ほど成果を上げられない。それでも、カイザは切り捨てなかった。利益度外視で、弱者を守るために行動した。

 それはきっと、カイザ自身が弱者だったからだ。カイザは同い年の少女、ココナよりも非力だった。ましてや、大人相手には絶対に負けてしまうだろう。

 カードハンター同士の縄張り争いが起これば、カイザ組は場所を譲った。力なき者は、力ある者の影に隠れ、顔色をうかがって生きるしかなかった。

 メンバーの誰かが悩んでいたら、カイザは隣に座って話を聞いた。解決策のない問題でも、一緒になって悩んだ。一緒になって怒ったり、悲しんだりした。

 ギンガなら、時間の無駄だといって切り捨てるだろう。だが、それができないのがカイザだった。


 カイザは他者の感情の機微に敏感で、よく嘘を見抜いた。ただし、相手に対して余計な怒りや憎しみを覚えたり、こちらが平常心を失っていたりする場合は感覚が曇ってしまう。

 冷静に相手の立場に立って表情を観察すれば、たいていのことはわかってしまう。だが、共感能力の高さは諸刃の剣でもあった。相手の悪い感情を受け取りやすく、もろに影響を受けてしまう。

 しかも、生来ネガティブで不安体質だ。受け取った悪感情は人一倍残りやすい。本来ならば、誰かの悩みをいちいち聞いていては身が持たないはずだ。それでもなお、聞かずにはいられない性分だった。

 鳴かぬホトトギスを鳴かせられるほど器用ではないが、かわりに自分が泣いてあげられる。

 つらいのはみんな同じだ、などと言ってひとくくりにまとめず、ひとりひとりに寄り添った。一緒に悩み、一緒に苦しみ、一緒に怒り、一緒に悲しんだ。


 誰かが地獄へ堕ちるとしたら、説教を垂れて改心を迫ったり、高いところから手を差し伸べたりするのはカイザの役目ではない。苦しみをかえりみず、一緒になって堕ちていくのがカイザだった。

 なんのためらいもなく、どこまでも、どこまでも、道連れになって堕ちていく。途中で見放したりしない。カイザはどん底まで堕ちていった。


〔道連れ〕

 ♢出力 0点

 通常:

〈♢出力7点▲の駒札×3、捨札→消札〉

 相手駒を1体選んで破壊する。


〔道連れ〕の出力はゼロだが、別に発動対価を支払わなければならない。捨札から出力七点以上の駒札を三枚選んで消札にすることだ。

 カイザは対局序盤に〔ネロ〕の能力で山札からカードを捨てておいたので、難なく発動対価を支払うことができた。


「発動対象は〔デュランダル〕。一緒に堕ちよう。堕ちるのは慣れているんだ」


 カイザの捨札置き場から、三柱の魂が浮かび上がり、消滅した。

 今度は〔デュランダル〕の足元に黒い影が差し、塁を覆い隠す。カイザのクリエイションに似た黒い腕が塁から無数に生えてきて、〔デュランダル〕を包み込んだ。ずぶずぶと沼の底へ沈むように、ボードから姿を消した。


「この先を進めば、つらいことや苦しいことがたくさんあるのは知っている。リヒトの気持ちはちゃんと受けとめたよ。だけど、僕はどんなことがあっても引き返さない。悪いけど、ここは勝たせてもらうよ」


 少し前まで、カイザは瓦礫ノ園に暮らすカードハンターのひとりだった。だが、ギンガとの対局に敗れ、やむなくカードハンターをやめた。自分が作ったグループ、カイザ組を抜けなければならなかった。

 リヒトは今でもカードハンターを続けている。クリエイターとして活動しながらも、カードハンターとしてのプライドも忘れていない。

 カイザが捨てざるを得なかったものを、リヒトは捨てずに持っている。カイザにはできなかったことを、リヒトは苦労しながらも実行している。

 だからこそ、カイザはリヒトの実力を認めなければならなかった。だからこそ、その実力者を倒して前に進まなければならなかった。


 カイザの得点は、十五点のうち残り七点。親同士の直接攻撃で一点と、スタッツ「三七七」の〔デュランダル〕から直接攻撃で七点のダメージを受けたからだ。

 七点ダメージをもう一度受けていたら、得点はちょうどゼロになって負けていただろう。だが、奇跡的に〔道連れ〕を引いたことで、〔デュランダル〕の破壊に成功した。引けていなければ、負けは確実だった。

〔道連れ〕は出力ゼロの技札なので、まだ対価札を一枚も使用していない。カイザは手札から〔コンモドゥス〕を出した。出現時能力で自身の戦力と体力を上昇させ、「三七七」の大型駒に化ける。


 リヒトとカイザは立場が逆転した。リヒトはカイザの〔コンモドゥス〕を処理する手段がなかった。そのままカイザの勢いに押され、王手をかけられる。


「クッ、認めよう。我の負けである」

 リヒトは投了した。



【三】


 カイザは快勝した。これで一勝一敗だ。流れを掴んだカイザは、三戦目も連続で快勝を決めた。

 カイザは二本マッチのジンクスをことごとく破り、何度も負けながらも予選を通過した。

 こうして兵頭対局所の予選が終了した。本戦への出場権は、ケイマとカイザに与えられた。


 カイザのクリエイションは、どうやら対局空間の外からは見えなかったようだ。観客や監査役は、カイザとリヒトの間になにが起こったのかを知らなかった。


「ありがとう。リヒトのおかげで、僕はまたひとつ成長できた気がするよ。」

 対局空間から戻ると、カイザはリヒトに握手を求めた。


「カイザよ、予選通過おめでとう。試合に負ければ、ルミナさんには近づかないという約束であったな。潔く諦めるとしよう」

 残念そうな表情で、リヒトはカイザの手を取った。


「まだ言っていたのか。というか、あれはガチのやつだったんだね」

「死に別れた恋人にそっくりだったのだよ」

「まあ、気づいていたけど⋯⋯」

「最後に我からひとつ、忠告である。本戦出場者の中に、裏組織のやからが紛れ込んでいる。くれぐれも気をつけよ」

「ありがとう、覚えておくね」


 観客席がざわざわと動き出す。すべての対局が終了したので、皆、帰ろうとしているのだ。

 カイザはココナのうしろ姿を見つけ、追いかけた。褐色に日焼けした肌、赤茶色の髪。間違えようがなかった。


「ココナ、待ってよ!」

 カイザは息を切らしながら、ココナの腕を取って引き止めた。


「久しぶり、カイザ」

 ココナは振り返らなかった。うしろを向いたまま会話を続ける。


「本当に、久しぶりだよ。昨日も僕の試合を見てくれていたよね。声をかけてくれたらよかったのに、どうして話もせずに帰っちゃうんだよ。洪水があって、大変だったんでしょう?」

「わたしのことなんて、もう忘れちゃったんだと思っていたわ。だから、声をかけられなかった」

「忘れるもんか。ココナがいてくれたから、今まで頑張れたんだ。ずっと顔を見せなくてごめんね。いつでも会えると思っていたんだ。まさか、あんな洪水が起きるなんて⋯⋯」

「アユムちゃんから聞いたわ。今は所員寮で暮らしているでしょう? まるで、こうなることがわかっていたみたいね」

「そんなわけないだろう。偶然さ。それにしても、ココナが無事で良かったよ。ほかのメンバーはどうなったの?」

「カイザはまだ知らないのね。ほとんどみんな、死んだわ」

「え?」

「生き残ったのはわたしと数人。今は避難所で生活しているわ」

 ココナはうしろを向いたまま、カイザ組解散から崩壊までの経緯を教えた。涙は流さなかった。


「ごめんなさい。昨日、カイザが泣いているところを見ちゃったの。泣きたいのはわたしのほうだなんて言って突き放して、カイザに話しかけることもしなかった。ひどいことを考えちゃった」

「仕方ないよ。全部、僕が悪かったんだ。もっと早く、ココナと会って話をしていれば⋯⋯」

「違うわ、あなたは何も悪くない。あなたには、あなたの道がある。立派なクリエイターになってね。応援しているわ」

「何言っているんだよ。もう会わないみたいな言い方じゃないか」

「そうよ。わたしたち、しばらく会うのはやめましょう」

「どうしてだよ? せっかく、せっかく再開できたのに! ココナが生きているとわかって、どれだけ嬉しかったか。観客席にいるとわかって、どれだけ心強かったか。そうだ、所員寮で一緒に暮らそう。避難所は不便でしょ?」

「⋯⋯ごめんなさい」

 ココナはカイザの手を振りほどいた。


「え?」

 カイザはその場で立ち尽くした。


「もう、あなたの手は借りないわ。カイザにはカイザの道がある。わたしにも、わたしの道がある。わたしなりのやり方で、自分の力だけで、この境遇から抜け出してみせる」

 ココナはカイザを置いて歩き出した。


「昨日、避難所でね、ココナ組っていう新しいグループを結成したの。わたしなりのやり方で、あなたとは違うやり方で、みんなをまとめてみせるわ」

 

 この世界には、強者がいる。弱者がいる。カイザはとココナは、共に瓦礫ノ園で育った力なき弱者だった。

 力なき者たちにも力があると示すため、カイザは元カードハンターでありながら、クリエイターとして輝こうとしていた。

 力ある者たちに対抗するため、ココナはカードハンターを集め、団結することを選んだ。

 カイザとココナはたもとを分かった。


「今までは助けられてばかりだったけど、いつかあなたを助けられるようになってみせるわ。あなたと対等になれる日が来たら、また会いましょうね。だから、その日が来るまでは、さようなら」

 赤茶色の空の下。ココナの姿が小さくなってゆく。

これにて、第一部終了です。

第一部全体のあとがきは、あとでまとめて載せます。

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