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カードチェス  作者: 破天ハント
第四章 代表選抜編
43/73

第三十九話〖予選決勝(後編1)〗

今回はイキリヒト先輩の過去が明らかになります。メチャクチャ重たい話です。

【一】


 古代インド発祥のボードゲーム、チャトランガ。一説によると、好戦的な王に現実の戦争をやめさせるために考案されたともいわれている。

 チャトランガはやがて世界へ広がり、各地で類似のゲームが生まれた。東ではシャンチーや将棋、西ではチェス。ほかにも無数の種類がある。

 そして旧時代最後の世紀。カードゲームの要素が融合した新感覚のゲーム、カードチェスが誕生した。


 カードチェス。それはクリエイター同士の「平和的」な戦い。

 対局空間内でどれだけ傷つこうとも、現実世界では無傷でいられる。現実世界の血なまぐさい戦いに比べれば、犠牲は最小限に抑えられる。

 現実世界でのクリエイターとしての実力と、対局空間内でのカードチェスの実力は比例する。戦争で役立つ道具をより多くクリエイトできる者ほど、真剣対局も強い。


 新時代における国同士の争いは、外交で決着がつかなければ真剣対局で決める。それも無理なら、クリエイターを大量に投入した戦争だ。

 戦争はテクノロジーを発達させる。経済にも貢献する。人々の暮らしを豊かにする様々な発明品は、実はそのほとんどが兵器開発の副産物だ。

 その一方で、戦争は多くの血を流す。旧時代から続く、人類の変わらない性質だ。


 カードチェスの起源の起源、チャトランガのさらに起源へとさかのぼる。

 それが「どのように」生まれたのか。兵棋演習の駒と盤から生まれた。つまり、元は戦争の道具だった。

 では、「なぜ」生まれたのか。戦争をやめさせるためだ。


 新時代のクリエイターたちは、いつしかカードチェスの本質を忘れた。カードチェスは、戦争をやめさせるために考案されたゲームを元にしながら、擬似的な戦争の道具となった。

 こうして、カードチェス考案者の願いは忘れ去られた⋯⋯。


「クリエイター同士なら、たとえ初対面でも、対局すれば友だちになれる。たとえ言葉が通じなくても、ルールが共通言語になる。きっと、カードチェスは人と人とが仲良くなるために作られたんだ。争うためなんかじゃない」

 カイザは静かに自分の考えを訴えた。


「フッ、きれいごとである。負ければ殺される対局もあるのだぞ。特に裏組織の連中は、虫でもつぶすように人を殺す。この先、強くなっていけば、いつかは目にすることになるであろう。しょせん、カードチェスは争いの道具なのだよ」

 リヒトもまた、静かに言った。


「僕にはわかる。それは君の本心じゃないよね?」

「本心に決まっているであろう」

「だったら、どうしてそんなにも悲しそうなのさ!」

 大粒の涙が黒い霊光に包まれながら、カイザの頬を伝う。 


「バカな! 対局空間内では、クリエイションの生成は不可能なはずである」

 リヒトは自分の目を疑った。

 カイザの指先から霊光が放たれている。指に続いて、爪、髪、瞳の順に、漆黒の輝きが連鎖した。

 指や瞳が動くたびに、対局空間に黒い残像があらわれる。長い髪は翼を広げたコウモリのように、扇状に舞い上がった。


「リヒトは、本当は虫も殺せないような優しい人だってことが。今まで、つらいことや悲しいことをたくさん経験してきたんだよね?」

 カイザの背中あたりから、無数の黒い手が伸びる。黒い手は霧のように薄く広がり、対局空間と一体化した。


 カイザのリミテッドクリエイションは、主人であるカイザと意識や感覚を共有することができる。集中すれば、遠くに離れているクリエイションからも視覚や聴覚情報を受け取れる。

 ケイマとクリエイトバトルをしたときは余裕がなかったので、そのことに気づけなかった。


 カイザは自分の意識をクリエイション側に委ねた。意識を乗り移らせるようなイメージだ。

 単純な視覚や聴覚情報だけでなく、『霊視能力』までもが拡張された。 

 霊力の発生源や強弱を知覚する機能、感知能力。それを極めた者は、人間の位置情報や最大霊力を瞬時に知ることができる。

 一方、相手の魂の深くまで潜り込んで、その人が歩んできた人生や思考、感覚、感情を読み取る力を霊視能力という。

 霊科医が患者の魂を診断する際にも、霊視能力は活用される。ただし、普通は現実の魂の状態が見えるだけ。過去に潜り込むような高精度の霊視能力を持つ者はごくわずかだ。

 

 霧状に分散したクリエイションは、カイザとリヒトを包み込んでいる。霧の中で、カイザはクリエイションを通してリヒトの魂を霊視した。

 リヒトが経験してきたことや、そのときどきの感情すべてが、流れ込んでくる。超高精度の霊視能力は、ときに相手の人生そのものを一瞬のうちに追体験することになる。



【二】


 すべての人間がクリエイターへと覚醒できるわけではない。ましてや、★×3(ミドル)ランク以上に昇格できるのはごく一部の者だけだ。だが、仮に全員が昇格できるとする。

 ある者は土をクリエイトした。

 ある者は水を。

 空気を。

 動植物を。

 幻獣などの霊的生物を。

 道具や機械を。

 建築物を。 

 ある者はキャラクター化させ、またある者はそのままクリエイトする。

 人はそれぞれ、生まれながらに作り出せるクリエイションの種類が決まっているのだという。そのバリエーションこそが生まれ持った個性なのだ。


 霊視能力を用いれば、誰が何をクリエイトできるか知ることができる。

 リヒトの場合は剣だった。刀剣類のエターナルクリエイターでありながら、まともに剣を扱えない。かつてのリヒトは、カイザと同じように非力で泣き虫な少年だった。

 両親は山城ノ國属国上摂津ノ國のカードハンター。下摂津ノ國との境界付近に暮らし、対岸には瓦礫ノ園が見えた。

 瓦礫ノ園の住民ほどではないが、家は貧しく、よくいじめられた。物心ついたときから、つらい現実から逃れるため、空想の世界に浸るようになった。

 もしかしたら、自分は特別な運命を背負った人間なのかもしれない。いつの日か、誰も知らない才能が開花するかもしれない。リヒトはその日を待ち続けた。


 ある日、リヒトはとある女性と偶然知り合う。その人は、対局所の次期副所長候補だった。リヒトはその人に誘われてカードチェスを学ぶようになった。

 いつしか、リヒトはその人に恋をしていた。認められたくて努力した。コツコツと経験値を重ね、ついには★×3(ミドル)ランクまで昇格した。

 リヒトはその人の恋人になった。その人はリヒトより五つ年上で、頼れる姉のような存在だった。

 リヒトはその人の婚約者になった。今までのように甘やかされてはいけないと自分を律し、プロのクリエイターになることを決意した。プロを目指すということは、★×4(エキスパート)ランク以上を目指すということだ。


 その人の一族が経営する対局所を通して、刀剣類のクリエイションを販売するようになった。取引先は山城ノ國本国。

 まだまだ霊力不足で生産性は低く、専業でカードハンターをやっているほうがマシなレベル。それだけでは生活していけない。

 とはいえ、リヒトは自らのクリエイションで一応の糧を得ることに成功したのだ。このうえない喜びだった。


 リヒトはよく裏クリエイターと間違われた。個性的な格好に、独特の口調。なにより、背中に負ったロングソード。人から見える位置に武器を持っておくのは、裏クリエイターの特徴のひとつだ。

 だが、実際には裏クリエイターではなかった。むしろ、裏クリエイターや裏組織のたぐいは嫌っていた。賭博対局も一切しない。清廉潔白な人物だった。


 半分プロで、半分カードハンターの二重生活。

 最初の一週間はカードハンターとして泥にまみれて白札を集める。翌週からは黒いロングコートに身を包んで、キザなクリエイターとして活動する。それがリヒトの、本当の姿だ。


 クリエイションを生成するには白札が必要だ。その白札を生成するには霊力が必要になる。

 リヒトの霊力では、白札のクリエイトは割に合わない。だから、前の週に自分で拾ってきた白札を活用した。

 自分で取って自分で使う。それこそがクリエイターとしてのあるべき姿だと思うようになった。

 カードハンターはクリエイターから不当に搾取されている。だから、カードハンターは貧しいのだ。そして、その仕組みを作ったのは、クリエイターの頂点に君臨する「王」たちだ。

 リヒトはクリエイターを憎むようになった。だがそれは、自分自身や婚約者を否定することになる。


 結婚の日取りが決まった。★×4(エキスパート)ランクにはまだ遠かったが、とりあえず生活はできている。リヒトの婚約者のほうが、先に★×4(エキスパート)ランクに昇格した。リヒトは助けられてばかりだった。

 リヒトの剣は、立派な危険物系クリエイションだ。危険物系クリエイションとは、銃砲や刀剣類、そのほか火薬や兵器類を指す。

 売り払われたクリエイションは、どこで誰に使われているのか。気になって独自に調べていた。巧妙に隠蔽されたルートを解き明かしていくうちに、リヒトは真実にたどり着いた。結婚式の一週間前だった。



【三】


 ならず者国家、山城ノ國。

 王の名は御璽羅川ホウギョク。ずる賢い策略家で、「山城の大狸」というあだ名の食えない老人だ。

 のちに下摂津ノ國の王となる覇道テイトクと、ほかの下摂津七覇が対立していた時代。ホウギョクはその混乱に乗じて領土を拡大した。


 七覇がひとり、覇門(はもん)モンハは、敵国の王であるはずのホウギョクと裏で通じていた。旧友にして仇敵、テイトクをその手で討つためだ。

 当時、上摂津ノ國と下摂津ノ國は、『摂津ノ國』というひとつの国にまとまっていた。はじめはふたつに分かれていたが、七覇たちが協力して、再統一を成し遂げたのだ。

 だが、その栄光は終わりを迎える。モンハはホウギョクの支援を受けて、北部一帯を支配下に置いた。モンハは上摂津ノ國の樹立を宣言し、王となった。

 だが、モンハの栄光もまた、あっけなく終わった。ホウギョクは、用済みとなったモンハを暗殺。結局、上摂津ノ國の独立期間は一年と持たなかった。


 ホウギョクは上摂津ノ國を征服したのち、今度は丹波ノ國を侵略。近畿北部の統一を果たした。

 当時、リヒトはまだ子どもだった。幸いにも戦争には巻き込まれなかった。記憶にも残っていない。

 売られたクリエイションの行き先、山城ノ國について調べていく中で、リヒトは様々な事実を知った。

 ホウギョクがおこなった、卑劣な行為の数々。カードハンターから搾取するための仕組み。山城ノ國と裏組織との関係。 


 ホウギョクは自国の人間をクリエイターランクごとに分け、階層を作った。ネズミ講のような仕組みで、人々から奪うためだ。

 下の階層にいる人間は、さらにその下の階層から搾取する。最下層は非覚醒者で、ほぼ全員がカードハンターだ。

 階層の頂点に君臨するのはホウギョク自身。国レベルの巨大な搾取構造により、莫大な富を集めることに成功した。

 リヒトが調べたところ、この仕組みを維持するために、とある裏組織が一枚噛んでいるらしい。


 リヒトは、自分のクリエイションが裏組織に流れていることを突き止めた。そして、裏組織のトップは御璽羅川ホウギョクその人だったのだ。

 さらにショックだったのは、リヒトが信頼していた対局所の所長や副所長が、それを黙認していたということだ。対局所経営者の一族のうち、知らないのはリヒトの婚約者だけだった。


「思い出したくもない、過去の話だ。知らぬほうが幸せであったかもしれない。だがしかし、我は見て見ぬふりなどできなかったのだよ」

 リヒトは手に持った剣を塁の真ん中に突き刺した。


「思い出したくないのなら、どうしてその剣をまだ手元に置いているのさ?」

 カイザはわずか数秒のうちに、リヒトの人生を追体験した。だがら、物語の結末を知っている。


 結婚式の当日、花嫁は口封じのために殺された。リヒトも命を狙われたが、なんとか逃げ切ることができた。花嫁が身代わりになったのだ。

 純白の花嫁衣装を赤く染めたその武器は、皮肉にもリヒトのクリエイションだった。今、塁に突き刺さっているロングソードだ。

基本的に、苗字つきのキャラはなんらかの役職持ちか、ストーリー全体の中で一定の役割を担うメインキャラクターのみです。

リヒトさんは第一部限定のサブキャラクターの予定でしたが、作者が気に入ったのでまた登場させるかもしれません。

あー、苗字どうしようかな⋯⋯。

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