第三十八話〖予選決勝(前編2)〗
【一】
カードチェスは、チェス系ボードゲームの要素を取り入れたトレーディングカードゲームだ。
トレーディングカードの起源は、旧時代最後の世紀、初頭にさかのぼる。アメリカの数学者によって考案され、世界中に普及した。
チェスや将棋の起源は、古代インドの戦争ゲーム、チャトランガだ。チャトランガは元々、兵棋演習の道具だったともいわれている。兵棋演習とは、軍事状況や作戦行動を図上で再現する軍事研究だ。
チェス系ボードゲームでは、駒は最初から盤面に配置されている。だが、カードチェスでは裸一貫からはじまり、あとから味方駒を出現させていくルールだ。
その様子はクリエイトバトルによく似ている。カードチェスとは、ゲームとして再現されたクリエイター同士の戦いそのものだったのだ。
カイザはケイマとのクリエイトバトルを思い出し、カードチェスの本質を思い出した。
「そうか、これはルール化された戦争なんだ。クリエイター同士の真剣な戦いなんだ」
先手第三手番。カイザはついに駒を出した。
ローマ皇帝〔ネロ〕が、三次元美少女キャラクターとなって姿をあらわす。
「カイザよ、真剣対局で優秀なクリエイターは、実戦でも優秀らしい、という話を聞いたことがあるかね?」
後手第三手番。リヒトは背中のロングソードを左手でつかみ、さやから引き抜いた。
右手に手札、左手に剣。すさまじい殺気を放っている。
「実戦って、クリエイトバトルのこと?」
「クリエイトバトルなど生ぬるい。本物の殺し合いである」
リヒトは〔デュランダル〕という人工物の駒を出現させた。
デュランダルとは、フランスの伝説的な英雄ローランが持っていたとされる聖剣だ。
英雄ではなく、英雄が所持していた剣が活躍するのがリヒトのデッキ。世界各国の名剣を美青年に擬人化させて、駒として場に出させる。
「こ、殺し合い⋯⋯」
カイザはうしろへ一方引き下がった。
〔デュランダル〕はその使い手であるリヒトと同じように、カイザに殺気を向けてきた。
「出現時、〔デュランダル〕の能力を発動!」
名剣シリーズの駒札は、戦力が一定以上の味方駒を強化する能力を持つ。強い駒をさらに強くして、とにかく暴れて相手に損害を与えるのがリヒトのやり方だ。
〔デュランダル〕の能力は、「自身が場に出たとき、戦力三点以上の味方駒を一体選んで戦力をプラス一点、体力をプラス一点する」だ。
リヒトが出したのはスタッツが「三三三」の中型駒。つまり、自分自身を能力の対象にすることができる。〔デュランダル〕は「三四四」に強化された。
「我の真剣対局はいつでも真剣勝負なり。本物の剣で殺し合うということだ。生きるか死ぬか。優勝したければ、我を殺す気で来い」
「殺す気だなんて⋯⋯」
「やるかやらないか。自分がやらなけれは、相手にやられてしまうぞ」
「僕は自分らしい対局がしたいんだ。リヒトとは違う!」
先手第四手番。カイザは敵陣へ前進し、リヒトと向かい合った。現実のクリエイトバトルなら、即座に首をはねられている距離だ。
対局で負けても、死ぬことはない。これはカードゲームなのだから安全。カイザはそう信じ、相手の気迫にひるむことなく自分のプレイングを実行した。
カイザは自身の背後に駒を出して手番を終了する。
【二】
「フッ、甘いな」
後手第四手番。リヒトはカードをドローし、手札と盤面を見比べた。
はじめに盤面の駒を動かし、そのあとで手札から新しい駒を出すのがカードチェスのセオリーだ。何も考えずに駒を出すと、自分の駒で進路を塞ぐことになってしまう。
どの駒をどこに動かすかを先に考えておき、その後の盤面を頭の中で想像する。手番中におこなうすべての動作をシュミレートして、納得ができてからようやく実行に移すのが、プレイングミスを減らすコツだ。
後半戦にもなれば駒も増え、盤面はますます複雑化する。手番がまわってくるたびに詰将棋を解いているような感覚だ。
しかも、詰将棋の問題とは違い、カードチェスには厳密な意味での正解がない。その一手が、のちの展開を大きく変えることがある。完全に未来を読むことはむずかしい。
「決めた。ではゆくぞ」
親札同士を隣接させるということは、戦闘をけしかける行為に等しい。つまり、先に誘ったのはカイザのほうだ。
リヒトは誘いに乗るか、横へ逃げるかを選ぶことがでた。もちろん、答えは決まっている。
「味方親札で、相手親札に直接攻撃。知るがよい。これが真剣対局の恐ろしさである。しっかり記憶に刻み込むのだ!」
リヒトは剣を構え、カイザの塁へ突進した。ためらうことなく、そのまま頭から一刀両断に切り伏せる。
「ひぃ、ぐぎゃあ!」
ほんの一瞬だったが、カイザは今まで経験ことのない激痛を味わった。体が真っ二つに裂ける痛みだ。ケイマのユニコーンで突撃されたときとは比べ物にならない。
刃が体の中を通り抜ける感覚。対局空間でしか味わえない、限りなく本物に近い死の瞬間。対局空間内では肉体的なダメージは即座に回復するが、これが現実世界なら即死している。
「どうだ、痛いであろう。これが死の恐怖というものだ」
直接攻撃完了後、リヒトは速やかに元の塁へと引き下がった。背後に駒札を出して反撃に備え、手番を終了する。
「ひ、ひどいよ。親札同士の直接攻撃で、わざわざ剣を使うことはないじゃないか。相手をおびえさせて逃げるようにしむける気だな。だけど、思い通りにはいかないよ」
先手第五手番。カイザがドローすると同時に、ボード中央の穴に巨大なタイマーがせり上がってきた。
「好きに解釈したまえ。ただ、言わせてもらう。混迷時代の先人たちは、現実世界で何度も何度も危ない目に遭い、死を覚悟することで覚醒したのである。我に勝ってクリエイターの高みを目指すというならば、この程度は耐えてみせよ。無理ならば早く投了したまえ」
クリエイターは真剣対局の回数に比例して最大霊力が上昇していく。だが、悲しいことにいつかは限界に達して成長が止まる。伸びしろはクリエイターごとに生まれつき決まっているという説もある。
公式大会の記録を調べると、本戦出場者はそのほとんどがのちにランクアップしていることがわかる。これは偶然ではない。各ランクごとの人口比を見れば納得がいく事実だ。
あるランク帯で、ひとつ上のランクへ上がれるのは上位一割のトップクリエイターのみ。各対局所でおこなわれる公式大会の予選では、選手の平均人数は約二十人といわれている。
つまり、予選を勝ち抜く実力があれば、将来的にランクアップできる可能性が高いということだ。
今回、兵頭対局所の予選参加者は十二人。平均より約八人も少ないが、それを考慮に入れるとしても、予選突破者のどちらかが★×4ランクに昇格できるかもしれないという計算になる。
ここでカイザがリヒトを倒せば、ギンガと同じ★×4ランクに昇格する可能性は格段に上がる。
ただし、リヒトは断言した。クリエイターの高みを目指すならば、対局中に剣で裂かれることなど当然だと心得ておくように、と。
「リヒト、僕はお前のやり方を許さない。相手を苛立たせるようなアドバイスをして妨害したり、母さんをダシに使って動揺を誘おうとしたり、相手を剣でおどしつけて行動の選択肢を奪おうとしたり。そんなのはもう、カードチェスじゃない。真剣対局じゃない。僕は屈しないぞ。逃げるもんか。直接攻撃返しだ!」
カイザはリヒトの塁へ殴り込み、一点のダメージを与えた。
「良いのか? 次の手番で、また体を裂かれるかも知れぬぞ?」
「黙れ。そんなヘボい剣で切られたって、痛くもかゆくもないよ」
駒を一体出して手番終了。
「結果を出しさせすれば、どんなやり手段を取ってもいいと思っていた。だけど、そうやって得た勝利の先には、むなしさしかないと知ったんだ。カードチェスという決められたルールの中で、僕は正しい手段でお前を倒す!」
カイザは高々と宣言した。
【三】
「ほう、我のインフィニティ・キル・リフレイン・ソードを侮辱するか。ならば容赦はせぬのだ」
後手第五手番。リヒトは横の塁へ逃げた。いや、逃げたのではない。後方の駒〔デュランダル〕が進むための道を開けたのだ。
「〔デュランダル〕で直接攻撃」
「ひぎぃ」
カイザは思わず目をつむり、腕を上げて顔をガードしていた。頭では無意味だとわかっていたが、つい体が反応してしまう。
「⋯⋯をする前に、先に駒を出しておくのである」
「おどかさないでよ」
「おどかしたつもりはない。どんな順番で行動しようと、我の自由であろう」
先に場のカードを動かしてから、最後に手札か駒札を出して手番終了、というのが通常の流れだ。だが、例外はよくある。
「確かに、それもそうだよね」
戦闘前に駒を出しておくといえば、戦力強化系だとアタリが付く。カイザの推測は正しかった。
「手札から、魔剣〔アロンダイト〕を我の隣に出現させるぞ。そして、出現時能力、発動である」
魔剣アロンダイトは美青年として擬人化され、場に姿をあらわす。
〔アロンダイト〕の能力は、「戦力三点以上の味方駒を一体選んで戦力をプラス三点、体力をプラス三点する」というものだ。
発動対象は当然、〔デュランダル〕。スタッツは「三七七」に上昇し、化け物級の超大型駒へと強化された。
「強い者を、さらに強くする能力か。強化能力で駒をどんどん育成していくデッキなんだね」
「そのとおりである。弱者は剣を振るえない。剣は強き者が使ってこそ、その強さを発揮するのだ」
リヒトは自論を述べ、手番を終了した。
「それは違う。間違っているよ。弱い者は見殺しにしてもいいっていうのか?」
「もう一度言う。そのとおりである」
「勝つためなら、弱い者を切り捨ててもいいっていうのか?」
「そのとおりである」
「邪魔者は剣で切り伏せて、前へ進めばいいと思っているのか?」
「そのとおりである」
「それじゃあ、お前も瓦礫ノ園を見捨てた奴らと同じなんだね」
カイザは唇を噛み、拳を強く握りしめた。
瓦礫ノ園を襲った大洪水。カイザは家を流され、カードハンター時代の仲間をうしなった。
これほどの大惨事が起こりながらも、下摂津ノ國の王はほとんど何もしなかった。そして、なにごともなかったかのように公式大会の予選を開いた。
カイザは今でこそ、クリエイターという名の、力ある者たちの一員だ。だが、かつてはただのカードハンターだった。貧困に苦しみ、力ある者たちにおびえて暮らす力なき者だった。
この先、クリエイターとしてどれだけ成長しようとも、根っこの部分は変わらないだろう。弱者を切り捨てるというリヒトの言葉に、どうしても抗ってやりたかった。
「では参る。〔デュランダル〕で直接攻撃!」
デュランダルはカイザの元へ駆け寄った。右手が剣に変形し、そのまま素早くカイザの首をはねる。
「あががっ」
変な声の断末魔と共に、首がぽーんと飛び跳ねる。大量に吹き出す血しぶき。
次の瞬間には、逆再生したように血液が体内に戻される。切断された首も元どおりになっていた。
「一瞬であったので、それほど痛みも感じなかったであろう。だがしかし、死の恐怖だけは残り続ける」
リヒトは淡々と言った。
カイザは無意識に涙を流し、失禁していた。
「これで我の手番は終了である。恐ろしければ、逃げても構わぬのだぞ。投了という選択肢もある」
「いや、僕は投了しない」
震える声で言った。先手第六出番が開始される。
「ほう、まだ諦めぬのであるか」
「当たり前だ。だって、僕は勝たなきゃいけないんだ。リヒト、君のためにも」
「我のために?」
リヒトは首をひねった。
「ありがとうね。首チョンパされて、頭にのぼった血が抜けた気がするよ。おかげで冷静になれた気がする。僕はリヒトの言葉にいちいち苛立って、自分を見失いかけていたんだ」
カイザはボロボロと涙を流した。カイザは泣き虫だったが、対局中に泣いたのは人生初だった。
「やはり恐ろしいかね?」
「違うよ。この涙は悲しみの涙なんだ」
カイザは魂を込めてドローした。
目前には、カイザの首をはねた「三七七」の怪物級が立ちはだかっている。それを倒せる味方駒はいない。手札にも有効なカードはない。まさか、ここまで強化されるとは思っていなかった。
だが、カイザはあきらめていなかった。真のクリエイターは、一回一回のドローを大切にする。心を込め、魂を注いでその一枚を引くのだ。その一枚で奇跡を起こせると信じて。
カードチェスを愛する者なら、誰だって奇跡を起こせる。人は誰だってクリエイターになれるのだ。
「リヒト、君は嘘をついたね。僕にはわかるんだよ、君の本心が。だから悲しいんだ」
第一部終了まで、あと二話です!