第三十七話〖予選決勝(前編1)〗
【一】
ケイマとジャイ男は対局空間から帰ってきた。
ケイマはその圧倒的な実力を、観戦者全員に印象づけた。予選勝ち抜き候補ナンバーワンのジャイ男が、決勝戦の一戦目で惨敗、二戦目で大敗を喫したのだ。予想外の出来事だった。
「お前さんの勝ちじゃい。なかなか強くなったのう」
ジャイ男は腕組みを解き、ケイマに握手を求めた。
「おおおおでも、途中、何度もヒヤヒヤしたぜい」
右手を差し出すケイマ。
観客席から拍手が巻き起こる。
カイザは恐れおののいた。同程度の実力だと思っていたケイマが、いつの間にか自分のはるか上を行っていたのだ。
カイザはジャイ男に一度も勝ったことがない。だが、ケイマは本番で勝ってみせた。しかも二連勝だ。これにより、ケイマとカイザの実力差がはっきりした。
「ライバルだと思っていたのに。はじめは僕のほうが上だったのに⋯⋯」
カイザは最終試合に出場するため、クリエイトスペースの真ん中まで歩いて進んだ。
入口でケイマとすれ違う。おめでとう、とだけ言った。
「ででででめぇも頑張れよ!」
ケイマはカイザの肩に手を乗せた。その右手はずっしりと重かった。
Cブロック代表、カイザ。Dブロック代表、リヒト。この試合で、ふたり目の予選代表選手が決まる。
「やはり、なんじも勝ち上がってきたか」
リヒトは背中のロングソードをぬかるんだ地面に突き立てた。
「当たり前じゃないか。ここは勝たせてもらうよ」
カイザはわずかに青ざめていた。白い左手をリヒトに差し出し、対局開始の握手を交わす。
「我、リヒト。『インフィニティ・キル・リフレイン』の称号を持つ、真のクリエイターなり。いざ尋常に、よろしくお願い致す!」
「はいはい、よろしくお願いします」
カイザは親札のステータス表示パネルを憎々しげに眺めた。相変わらず、副カード名の欄には「バカイザ」と表示されている。「豪運のカイザ」を名乗りたければ、予選に勝利しなければならない。
リヒト側の副カード名には、「インフィニティ・キル・リフレイン」という子どもが考えた必殺技のような単語が表示されている。本人いわく、隠された真の名前らしい。
インフィニティ・キル・リフレインのリヒト。略してイキリヒトだ。
カイザは動揺していた。
ユウやルミナが見ているという緊張感。勝たなければならないというプレッシャー。ケイマがジャイ男に二連勝したという事実。
まったく集中できないまま劣勢に追いやられた。得点を一点も取れないまま、対局は終盤へ向かう。
【二】
カイザの手番。運命の分かれ道。
盤面の駒は絶好な位置にあった。「三五五」の大型駒が、相手駒と相手親札の両方ににらみを利かせている状態だ。
直接攻撃で五点を奪うべきか、先に相手駒を取るべきか。カードチェスのセオリーに従うならば、先に駒を処理しておくべきだった。盤面さえ制圧できれば、直接攻撃などあとでいくらでも可能だからだ。
だが、カイザはそれをしなかった。あえて直接攻撃を選んだ。それには三つの理由があった。
第一に、リヒトとの点数差が大きく開いていたこと。カイザは残り六点、リヒトは十五点がまるごと残っていた。いくら盤面で優位に立ったところで、肝心の親札が詰んでしまっては意味がない。
カイザの残り体力では、受け止められる直接攻撃はせいぜい二回が限界だ。たとえば戦力三点の駒で二回攻撃を受けたら、親札体力はちょうどゼロになる。
リヒトが盤面を捨ててひたすら点を取りにきた場合、一回くらい直接攻撃を受けることになるかもしれない。つまり、詰みにリーチがかかるということだ。
カイザのデッキには親札体力の回復カードは入っていないため、延命はできない。一手でも間違えたら、即座に首が飛ぶ。慎重なプレイングを強要されることになる。
そうなってしまえば、絶対に安全な状況を確保できるまで、こちらからは一切攻撃できない。下手に動けば隙を生む。最悪、一点も取れずに負ける可能性もある。
第二に、上で説明したとおり、一点も取れずに負ける可能性があったからだ。ユウやルミナが見ている試合なのだ。決勝戦で完敗だけはしたくないという見栄があった。
第三に、リヒトにアドバイスされたからだ。そこは駒を取るべきだと、上から目線で言われた。だから、あえて逆の選択を取ったのだ。
真剣対局では、カードのすり替えや積み込み等のイカサマは絶対にできない。外部からの連絡も遮断されるため、第三者からアドバイスを受けることはできない。
だが、内部からは別だ。練習対局と違ってシステム上のイカサマが不可能なため、システム以外の部分では何をやっても許される。
ブラフに口三味線、言葉巧みな誘導、精神攻撃、なんでもあり。喋るだけではルール違反にはならないのだ。
リヒトの実力はかなり高く、カイザと互角かそれ以上だ。ただし、性格に難あり。
リヒトは人の行動にいちいち口を出したがる。横槍を入れるのが好きらしい。そして、付いたあだ名がイキリヒトだ。
真剣対局では、自分が不利になるようなアドバイスをよくおこなっていた。それでも高い勝率を叩き出すことで、リヒトは自らの強さを相手に示した。もちろん、アドバイスが原因で負けることもある。
戦力五点の駒で三回直接攻撃できれば勝ちだ。そのうちの一回を、今なら確実に通せるのだ。カイザは五点の誘惑に勝てなかった。
早く点差を巻き返さなければという焦りがあった。なによりも、完敗の恐怖が優先順位を狂わせた。
カイザはリヒトのアドバイスを無視して、直接攻撃を選択した。
だが、その選択は失敗だった。やはり、先に相手駒をつぶしておくべきだった。
先に反撃の芽を摘んでおけば、あとの心配がなくなる。逆転不可能な状況を作り、ゆっくり相手親札を囲んで圧殺すれば勝てたはずだった。
リヒトは、手札にカイザを詰められるカードがまだないと自分から白状した。嘘ではなかった。
嘘ではないと分かりつつ、カイザはわざと逆の行動を取った。つまらない意地だった。素直にリヒトのアドバイスに従って対局に勝っても、勝負には負けたような気がしてならなかった。
たとえばアユムだったら、常にリヒト以上のプレイングを維持し、アドバイスの隙などないだろう。今のカイザには、それほどの実力はない。
たとえばギンガだったら、迷わず自分に利益のある行動を取るだろう。少し前のカイザだったら、ギンガの真似をしていたかもしれない。
たとえばケイマだったら、アドバイスの内容に関わらず、最後は自分の信じた道を頑固に突き進むだろう。結果としてリヒトの言うとおりになったとしても、決断したのは自分自身だと胸を張っただろう。
だが、カイザはケイマのようにはいかなかった。
【三】
一戦目、惨敗。カイザは崩れ落ち、対局空間からはじき出された。
「こんなところで、こんな奴に負けるなんて⋯⋯」
カイザの顔に影が差す。見上げると、リヒトの顔があった。
「フッ、もう諦めたのかね?」
リヒトは半笑いで見下ろしていた。なんとなくギンガを思い出して、余計に腹が立った。そういえば、背丈や体型も似ている。
「諦める? そんなわけないだろう」
カイザは立ち上がった。
観客席が視界に入る。大勢の人がカイザを見ていた。ユウやルミナも、真剣に応援してくれている。
ふと、赤茶色の髪をした少女が目に飛び込んで来た。その姿は間違いなく、ココナだった。
「僕はここから二連勝して、勝ち上がってやる!」
「よかろう。ならば、やってみせよ」
「望むところだ!」
リヒトとカイザはふたたび左手で握手して、新たな対局空間へ飛び込んだ。
二本マッチのジンクスに従えば、カイザはこの試合を落とすことになる。たとえ次の対局で勝ったとしても、その次で負ける可能性が高い。
勝ち進められる確率は非常に低いが、それでもカイザは諦めなかった。
ココナが見守ってくれている。その安心感が、カイザの焦りを打ち消した。
カードハンター時代、カイザはずっとココナに助けられてきた。カイザにとって、右腕のような存在だった。母に言えないようなことも、ココナには言えた。ココナはもっとも信頼している人物だった。
そもそも、ココナがいなければカイザ組も結成していない。だが、そのころはまだココナの重要さをわかっていなかった。どれだけ大切な存在かをわかっていなかった。今になって、ようやく理解した。
「先手はいただくよ」
マッチ形式の試合では、前の対局で負けたプレイヤーが先手後手を決める権利を持つ。カイザは先手を取った。第一手番は様子見で何もせずに終了する。
「ふむ、よくわからぬが、急に顔つきが変わったようであるな。だがしかし、我の勝利は揺るがない」
後手、リヒト。対価札一枚と副対価札三枚を使い、出力四点の中級駒を一体出して手番終了。
先手第二手番。カイザはまたしても何もせずに手番を終了。ため込みルールによって副対価札を一枚獲得。
カイザのデッキは後半戦で力を発揮する。後々の展開のために、ひっそりと力を蓄えていた。さっきのように急いだり焦ったりしては、同じ失敗を繰り返すことになる。
「そういえば、さっき観客席でなんじと話していたご婦人とは、どういった関係であるか?」
「母親だよ」
「なるほど。しかし、あまり似ておらぬな」
「血が繋がっていないんだよ」
育ての母ルミナと本当の母ルミナは、うり二つだったという。だが、子の世代までは似ていなかった。以前、ギンガにも同じ指摘をされた覚えがある。
「それにしても、なんじの母はなかなかの美人であるな」
「⋯⋯え?」
カイザは裏クリエイター寮でリヒトと話したことを思い出した。どうやら、リヒトはルミナのような女性がタイプのようだ。
「この試合が終わったら、口説きに行ってもよいだろうか?」
「は? ダメに決まっているだろう」
「フッ、我は人にアドバイスしたり、外から口を挟んだり、あと横槍を入れるのが大好きなのだよ」
「横槍を入れるって、意味が違うだろ。絶対ダメだからな。それは許さないよ」
「ダメだと言われれば、余計にな」
「ドクズかよ」
「ならば、この試合に勝つことだな」
「わかった。じゃあ、リヒトが負けたら諦めてもらうよ」
「フッ、よかろう」
「絶対勝つ。勝つ勝つ勝つ! リヒト、お前だけはここで叩きのめしてやるからな!」
柄にもなく、カイザは先輩クリエイターに向かって「お前」と言い放った。静かな闘志が燃え上がる。
インフィニティ・キル・リフレイン!(中二病)