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カードチェス  作者: 破天ハント
第四章 代表選抜編
41/73

第三十七話〖予選決勝(前編1)〗

【一】


 ケイマとジャイ男は対局空間から帰ってきた。

 ケイマはその圧倒的な実力を、観戦者全員に印象づけた。予選勝ち抜き候補ナンバーワンのジャイ男が、決勝戦の一戦目で惨敗、二戦目で大敗を喫したのだ。予想外の出来事だった。


「お前さんの勝ちじゃい。なかなか強くなったのう」

 ジャイ男は腕組みを解き、ケイマに握手を求めた。


「おおおおでも、途中、何度もヒヤヒヤしたぜい」

 右手を差し出すケイマ。

 観客席から拍手が巻き起こる。


 カイザは恐れおののいた。同程度の実力だと思っていたケイマが、いつの間にか自分のはるか上を行っていたのだ。

 カイザはジャイ男に一度も勝ったことがない。だが、ケイマは本番で勝ってみせた。しかも二連勝だ。これにより、ケイマとカイザの実力差がはっきりした。


「ライバルだと思っていたのに。はじめは僕のほうが上だったのに⋯⋯」

 カイザは最終試合に出場するため、クリエイトスペースの真ん中まで歩いて進んだ。

 入口でケイマとすれ違う。おめでとう、とだけ言った。


「ででででめぇも頑張れよ!」

 ケイマはカイザの肩に手を乗せた。その右手はずっしりと重かった。


 Cブロック代表、カイザ。Dブロック代表、リヒト。この試合で、ふたり目の予選代表選手が決まる。


「やはり、なんじも勝ち上がってきたか」

 リヒトは背中のロングソードをぬかるんだ地面に突き立てた。

 

「当たり前じゃないか。ここは勝たせてもらうよ」

 カイザはわずかに青ざめていた。白い左手をリヒトに差し出し、対局開始の握手を交わす。


「我、リヒト。『インフィニティ・キル・リフレイン』の称号を持つ、真のクリエイターなり。いざ尋常に、よろしくお願い致す!」

「はいはい、よろしくお願いします」


 カイザは親札のステータス表示パネルを憎々しげに眺めた。相変わらず、副カード名の欄には「バカイザ」と表示されている。「豪運のカイザ」を名乗りたければ、予選に勝利しなければならない。

 リヒト側の副カード名には、「インフィニティ・キル・リフレイン」という子どもが考えた必殺技のような単語が表示されている。本人いわく、隠された真の名前らしい。

 インフィニティ・キル・リフレインのリヒト。略してイキリヒトだ。


 カイザは動揺していた。

 ユウやルミナが見ているという緊張感。勝たなければならないというプレッシャー。ケイマがジャイ男に二連勝したという事実。

 まったく集中できないまま劣勢に追いやられた。得点を一点も取れないまま、対局は終盤へ向かう。



【二】

 

 カイザの手番。運命の分かれ道。

 盤面の駒は絶好な位置にあった。「三五五」の大型駒が、相手駒と相手親札の両方ににらみを利かせている状態だ。

 直接攻撃で五点を奪うべきか、先に相手駒を取るべきか。カードチェスのセオリーに従うならば、先に駒を処理しておくべきだった。盤面さえ制圧できれば、直接攻撃などあとでいくらでも可能だからだ。

 だが、カイザはそれをしなかった。あえて直接攻撃を選んだ。それには三つの理由があった。


 第一に、リヒトとの点数差が大きく開いていたこと。カイザは残り六点、リヒトは十五点がまるごと残っていた。いくら盤面で優位に立ったところで、肝心の親札が詰んでしまっては意味がない。

 カイザの残り体力では、受け止められる直接攻撃はせいぜい二回が限界だ。たとえば戦力三点の駒で二回攻撃を受けたら、親札体力はちょうどゼロになる。

 リヒトが盤面を捨ててひたすら点を取りにきた場合、一回くらい直接攻撃を受けることになるかもしれない。つまり、詰みにリーチがかかるということだ。

 カイザのデッキには親札体力の回復カードは入っていないため、延命はできない。一手でも間違えたら、即座に首が飛ぶ。慎重なプレイングを強要されることになる。

 そうなってしまえば、絶対に安全な状況を確保できるまで、こちらからは一切攻撃できない。下手に動けば隙を生む。最悪、一点も取れずに負ける可能性もある。


 第二に、上で説明したとおり、一点も取れずに負ける可能性があったからだ。ユウやルミナが見ている試合なのだ。決勝戦で完敗だけはしたくないという見栄があった。


 第三に、リヒトにアドバイスされたからだ。そこは駒を取るべきだと、上から目線で言われた。だから、あえて逆の選択を取ったのだ。


 真剣対局では、カードのすり替えや積み込み等のイカサマは絶対にできない。外部からの連絡も遮断されるため、第三者からアドバイスを受けることはできない。

 だが、内部からは別だ。練習対局と違ってシステム上のイカサマが不可能なため、システム以外の部分では何をやっても許される。

 ブラフに口三味線、言葉巧みな誘導、精神攻撃、なんでもあり。喋るだけではルール違反にはならないのだ。


 リヒトの実力はかなり高く、カイザと互角かそれ以上だ。ただし、性格に難あり。

 リヒトは人の行動にいちいち口を出したがる。横槍を入れるのが好きらしい。そして、付いたあだ名がイキリヒトだ。

 真剣対局では、自分が不利になるようなアドバイスをよくおこなっていた。それでも高い勝率を叩き出すことで、リヒトは自らの強さを相手に示した。もちろん、アドバイスが原因で負けることもある。


 戦力五点の駒で三回直接攻撃できれば勝ちだ。そのうちの一回を、今なら確実に通せるのだ。カイザは五点の誘惑に勝てなかった。

 早く点差を巻き返さなければという焦りがあった。なによりも、完敗の恐怖が優先順位を狂わせた。

 カイザはリヒトのアドバイスを無視して、直接攻撃を選択した。


 だが、その選択は失敗だった。やはり、先に相手駒をつぶしておくべきだった。

 先に反撃の芽を摘んでおけば、あとの心配がなくなる。逆転不可能な状況を作り、ゆっくり相手親札を囲んで圧殺すれば勝てたはずだった。


 リヒトは、手札にカイザを詰められるカードがまだないと自分から白状した。嘘ではなかった。

 嘘ではないと分かりつつ、カイザはわざと逆の行動を取った。つまらない意地だった。素直にリヒトのアドバイスに従って対局に勝っても、勝負には負けたような気がしてならなかった。


 たとえばアユムだったら、常にリヒト以上のプレイングを維持し、アドバイスの隙などないだろう。今のカイザには、それほどの実力はない。

 たとえばギンガだったら、迷わず自分に利益のある行動を取るだろう。少し前のカイザだったら、ギンガの真似をしていたかもしれない。

 たとえばケイマだったら、アドバイスの内容に関わらず、最後は自分の信じた道を頑固に突き進むだろう。結果としてリヒトの言うとおりになったとしても、決断したのは自分自身だと胸を張っただろう。

 だが、カイザはケイマのようにはいかなかった。



【三】


 一戦目、惨敗。カイザは崩れ落ち、対局空間からはじき出された。


「こんなところで、こんな奴に負けるなんて⋯⋯」

 カイザの顔に影が差す。見上げると、リヒトの顔があった。


「フッ、もう諦めたのかね?」

 リヒトは半笑いで見下ろしていた。なんとなくギンガを思い出して、余計に腹が立った。そういえば、背丈や体型も似ている。


「諦める? そんなわけないだろう」

 カイザは立ち上がった。


 観客席が視界に入る。大勢の人がカイザを見ていた。ユウやルミナも、真剣に応援してくれている。

 ふと、赤茶色の髪をした少女が目に飛び込んで来た。その姿は間違いなく、ココナだった。


「僕はここから二連勝して、勝ち上がってやる!」

「よかろう。ならば、やってみせよ」

「望むところだ!」


 リヒトとカイザはふたたび左手で握手して、新たな対局空間へ飛び込んだ。

 二本マッチのジンクスに従えば、カイザはこの試合を落とすことになる。たとえ次の対局で勝ったとしても、その次で負ける可能性が高い。

 勝ち進められる確率は非常に低いが、それでもカイザは諦めなかった。


 ココナが見守ってくれている。その安心感が、カイザの焦りを打ち消した。

 カードハンター時代、カイザはずっとココナに助けられてきた。カイザにとって、右腕のような存在だった。母に言えないようなことも、ココナには言えた。ココナはもっとも信頼している人物だった。

 そもそも、ココナがいなければカイザ組も結成していない。だが、そのころはまだココナの重要さをわかっていなかった。どれだけ大切な存在かをわかっていなかった。今になって、ようやく理解した。


「先手はいただくよ」

 マッチ形式の試合では、前の対局で負けたプレイヤーが先手後手を決める権利を持つ。カイザは先手を取った。第一手番は様子見で何もせずに終了する。

 

「ふむ、よくわからぬが、急に顔つきが変わったようであるな。だがしかし、我の勝利は揺るがない」

 後手、リヒト。対価札一枚と副対価札三枚を使い、出力四点の中級駒を一体出して手番終了。


 先手第二手番。カイザはまたしても何もせずに手番を終了。ため込みルールによって副対価札を一枚獲得。

 カイザのデッキは後半戦で力を発揮する。後々の展開のために、ひっそりと力を蓄えていた。さっきのように急いだり焦ったりしては、同じ失敗を繰り返すことになる。


「そういえば、さっき観客席でなんじと話していたご婦人とは、どういった関係であるか?」

「母親だよ」

「なるほど。しかし、あまり似ておらぬな」

「血が繋がっていないんだよ」

 育ての母ルミナと本当の母ルミナは、うり二つだったという。だが、子の世代までは似ていなかった。以前、ギンガにも同じ指摘をされた覚えがある。


「それにしても、なんじの母はなかなかの美人であるな」

「⋯⋯え?」

 カイザは裏クリエイター寮でリヒトと話したことを思い出した。どうやら、リヒトはルミナのような女性がタイプのようだ。


「この試合が終わったら、口説きに行ってもよいだろうか?」

「は? ダメに決まっているだろう」

「フッ、我は人にアドバイスしたり、外から口を挟んだり、あと横槍を入れるのが大好きなのだよ」

「横槍を入れるって、意味が違うだろ。絶対ダメだからな。それは許さないよ」

「ダメだと言われれば、余計にな」

「ドクズかよ」 

「ならば、この試合に勝つことだな」

「わかった。じゃあ、リヒトが負けたら諦めてもらうよ」

「フッ、よかろう」

「絶対勝つ。勝つ勝つ勝つ! リヒト、お前だけはここで叩きのめしてやるからな!」

 柄にもなく、カイザは先輩クリエイターに向かって「お前」と言い放った。静かな闘志が燃え上がる。

インフィニティ・キル・リフレイン!(中二病)

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