第三十六話〖挑戦者〗
【一】
下摂津ノ國、★×3ランク公式大会。兵頭対局所の代表選抜戦は、今、まさにクライマックスを迎えようとしていた。
Aブロック代表、ケイマ。Bブロック代表、ジャイ男。ふたりのうち、どちらかがひとり目の予選代表選手に選ばれる。
ケイマとジャイ男は向かい合い、握手を交わした。
「お前さんが先手、わしが後手じゃい。かかって来るがよい、挑戦者よ。手加減はせんぞい」
ジャイ男は腕を前に組んで仁王立ちして、ケイマの前に立ちふさがった。
圧倒的な貫禄と、強者特有の威圧感。知識、経験、ともに★×3ランクの中では最高クラスのクリエイターだ。
暫定順位は第一位。予選勝ち抜けは確実視されている。ケイマは運悪く、最後の最後でジャイ男と戦うことになってしまった。
「ててて手加減? そそそそれはこっちのセリフだぜい。おおおおでは必ず勝ち上がってやる!」
威勢よく言い返すケイマ。
とんでもない天才か、あるいはただの天然か。ケイマの中では、自分が負ける未来など想像すらしていなかった。当然のように、勝つつもりでいた。カイザとは真逆、ポジティブすぎる性格だ。
ネガティブなのは必ずしも悪いことではない。事前に最悪の結果を予測をしておいて、そうならないように対策を練っておくことができるからだ。いわゆる、転ばぬ先の杖というやつだ。
ポジティブ、ネガティブ、どちらにも長所と短所がある。もしもどちらか一方が優れて、他方が劣っているのならば、劣っているほうはとっくの昔に適者生存のふるいにかけられているはずだ。
ケイマは練習対局ではジャイ男に二度ほど勝っていたが、あまり当てにはならない。
カイザは知らなかったが、ケイマとジャイ男は裏クリエイター寮のロビーで練習対局をしたことがあった。ケイマは練習対局の面白さを広める「布教活動」の一巻として、裏クリエイター寮の全員と練習対局をしていた。
ジャイ男との練習対局。一戦目は「練習対局の練習」だった。
ジャイ男は真剣対局専門で、しかも脳が焼けるような賭博対局ばかりをしてきた男だ。賭けなし、しかも練習対局では調子が出ず、あっさり負けてしまった。
だが、二戦目はケイマの負けだった。これで一勝一敗だ。二本マッチならば、次が最後だ。三戦目は拮抗した展開だったが、リヒトが横から口出ししたせいでジャイ男が負けてしまった。
お互い不服だったので、仕切り直して四戦目。勝ったのはジャイ男だった。やはり安定した強さで、ケイマは歯が立たなかった。
ケイマは練習対局ではジャイ男に二度勝ったが、一度目は練習対局の練習、二度目はリヒトの邪魔が入っている。本当の実力のみで勝ったという実感はない。
それに、真剣対局ではジャイ男に一度も勝てていない。とはいえ、絶対に勝てないとは限らない。
ここ二日間はカイザやギンガとの特訓に集中していたので、ジャイ男とは対局していなかった。もしかしたら、今ならジャイ男に勝てるだけの実力がついているかもしれない。
「おおおおでは、負けるわけにはいかねぇんだ!」
ケイマはどこまでもポジティブに、自分が勝つ未来を信じて対局に挑んだ。
いつものように、「跳躍」や「屈折」の能力を持つ駒を展開してゆく。
「お前さんの作戦はわかっておるわい」
ジャイ男とケイマは、互いに相手のデッキ内容を把握していた。それどころか、相手の性格やプレイングの癖、相手が何をしたいのか、何をされたら嫌なのか、ツボはすべて熟知している。その上での戦いだ。
ケイマは短期決戦の構えで陣形を整え、一気に攻め入ろうとしていた。ジャイ男はそれを察知して、守りの姿勢をとった。
【二】
「技札発動じゃい、〔菊に青短〕。山札からカードを二枚めくり、出力三点以下の駒札を二枚選んで登場させる。残りは山札の上または下に戻す⋯⋯と言いいたいところだが、残りなどないわい!」
ジャイ男のデッキは、花札をモチーフにした下級ギャンブルデッキだ。山札をめくって下級駒札を直接場に出す技札と、山札から出てきたときに能力を発動できる「人工物」駒札のコンボで構成されている。
「行ってこい、〔菊に盃〕。〔梅に鴬〕!」
ジャイ男は二枚とも下級駒札を引き当てた。
片肌を脱いだ着物姿の大男がふたり、盤面に現れる。それぞれ、「菊とさかずき」、「梅とウグイス」の刺青を入れていた。
親札に隣接するような配置で、守りを固める。ジャイ男を含め、大男が三人も並ぶむさ苦しい構図だ。
「さらに二体の能力を発動じゃい。まずは〔菊に盃〕からじゃい。相手駒を一体選んで、体力をマイナス二点する」
ケイマの駒札が一体破壊された。
「お次は〔梅に鴬〕の能力じゃい。味方駒を一体選んで、戦力をプラス二点、体力をプラス二点する。対象は〔梅に鴬〕自身じゃい」
二体の駒の能力テキスト、第一段落には「自身出現:山札の上、技札の能力;」と書かれている。つまり、「この駒が技札の能力で山札の上から場に出たときに、以下の能力を発動する」という意味だ。
条件をひとつでもクリアできなければ、そのあとに続く能力は発動できない。普通に手札から出してしまえば、ただのゴミになってしまうということだ。
能力を効率的に活用するには、デッキ構築に細心の注意を払わなければならない。だが、たとえどんなに完璧な構築だったとしても、運が悪ければ使えない。
ジャイ男は、見た目に似合わず繊細なデッキを使っていた。
「あああ合駒なんて通用しねぇ。ととと飛び越えて直接攻撃だぜい!」
一方で、ケイマは「跳躍」や「屈折」の能力を駆使して、防御も逃避も不可能な攻撃を仕掛けていく。守れば「跳躍」。逃げれば「屈折」。徹底的に攻めの姿勢だ。
直接攻撃成功後は、あっさり相手駒に取られてしまう。はじめから取られるつもりで、跳躍駒を投げつけるようにして得点をかっさらっていく。
手札が尽きて弾切れしたタイミングで、ケイマの負けが確定する。ケイマの攻め手が止まるのが先か、ジャイ男の親札体力がゼロになるのが先か。意地の張り合いのような戦いが続く。
そして、先手第十手番。ケイマの手札が尽きた。ジャイ男の親札体力は二点。次の手番に直接攻撃を受けなければ、ジャイ男は勝ったも同然だ。
「二重合駒。これならどうじゃい?」
ジャイ男は、動力、戦力、体力が一点の小型駒を大量に展開した。見た目は大男だが、ステータスは小型駒サイズだ。
駒のステータスを伝えるとき、動力、戦力、体力の順で口にするという暗黙のルールがある。「三四五」といえば、動力三点、戦力四点、体力五点の駒を意味する。
ジャイ男は親札を奥に引っ込め、真ん中に「一一一」、最前線に「二二三」を配置した。二重合駒の構えだ。
さらに、周辺に「一一一」の小型駒をばらまき、屈折駒で突撃されないように壁を展開した。
「手番終了じゃい。次の手番をしのげば、お前さんの攻め手は止まる。つまり、わしの勝ちじゃい」
「そそそそうはいくかよ」
先手第十一手番。手札ゼロの状態から、カードを一枚ドローする。
【三】
「ままままずは、技札〔インスピレーション〕を発動。カードを二枚引かせてもらうぜい。ななななんか来い!」
「運任せときたか。ギャンブルなら負けんぞい」
〔インスピレーション〕は出力四点の技札だ。残りの対価札は七枚。副対価札もない。カードを二枚引いたところで、使えるのは一枚だけだろう。
「いいい一枚目」
ケイマが引いたのは、味方駒を移動させる能力を持った強力な駒札だ。能力による移動に、跳躍や屈折を組み合わせた奇襲戦法は、一瞬で盤面を制圧できる。
だが、今は使いどきではない。ハズレカードだ。
跳躍駒は、カードを一枚しか飛び越えることができない。合駒を二重に打たれると、跳躍駒をもってしても奥の親札に直接攻撃をすることは不可能た。
さらに屈折対策も万全。鉄壁の布陣だった。
ケイマは味方駒を移動させる能力を持つカードをデッキに複数投入していた。だが、味方駒を動かすだけでは今の状況を打開することはできない。
相手駒を移動させる能力だったら、合駒を取り払うことができただろう。だが、そんなカードはデッキに入っていない。
「ににに二枚目、いくぜい!」
狙うは、ダメージ系カード。ケイマはデッキに一枚だけ入れていた。そのカードさえ引ければ勝てる。引けなければ負けだ。
ケイマは全身全霊をかけてカードを引いた。カードから指先へ、霊力が流れ込んでくるような感覚があった。
「ききき来たぜい!」
「ここで引き当てよったか、逆転の一枚を」
「あああ当たり前だぜい。おおおおではこの大会で、絶対に優勝しねぇといけねえんだ!」
前田ケイマは、その駒札を高らかに掲げた。
「ここここの駒を場に出させてもらうぜい。あああ当たり前田のぉ、〔クラッシャー〕!」
旧時代に流行ったギャグと共に、ケイマは駒を登場させる。
「ほう、お前さんもなかなかやるのう。さすがじゃい、口上が寒すぎるのを除けばのう」
ジャイ男は腕組みをして関心した。
〔クラッシャー1〕
♢出力 7点
♧動力 1点
♤戦力 1点
♡体力 1点
自身出現:
相手駒を1体選んで♡体力をマイナス3点する。
出力七点、上級のくせにステータスは「一一一」の小型駒。対価のわりには貧弱だ。能力も、単なる三点ダメージ。それ以上でも以下でもない。
ギンガからは、こんなカードは弱いから抜いてしまえと言われていた。だが、ケイマは頑として抜かなかった。
その頑固さが、今回の奇跡を生んだのだ。カイザだったら柔軟に周囲の意見を聞き入れ、〔クラッシャー1〕は抜いていただろう。
三点ダメージを打ちたいだけなら、もっと軽いカードは山ほどある。
たとえば、ギンガ愛用の〔斎藤一1〕。〔クラッシャー〕より出力が一点低く、体力は一点高い。つまり、より軽い対価で、よりステータスの高い駒を出せるということだ。
ただし、能力の最初に「♢出力6点▼の」という文言が付け加えられる。とはいえ、はじめから中級以下の相手駒を狙い撃ちすればいいだけなので、それほど厳しい条件ではない。
たとえば、〔シリアルキラー1〕。裏クリエイター寮のみんなからすすめられた一枚だ。これも〔斎藤一〕と同一ステータスで、付け加えられる文言は、「自身に隣接する」の七文字。
狙った相手駒の隣に出せばいいだけなので、それほど厳しい条件ではない。
一方、〔クラッシャー〕はなんの条件もなく、出せばいきなり好きな相手駒にダメージを与えられる。非常に扱いやすく、初心者向けのカードだといえる。
もう初心者ではないのだから違うカードと入れ替えるように、いろんな人から言われていた。前田ケイマはそれらのアドバイスを無視していた。
周りからは「当たり前田のクラッシャー」と言いたいから入れているだけと見られていたが、そうではなかった。ケイマなりの戦略があったのだ。
今回の盤面のように、二重合駒を潰せば勝てるような状況では、対価が重かろうが、ステータスが低かろうが関係ない。
小手先のわずかな優位を重ねるよりも、より確実にとどめを刺すことを優先したカード選びだった。
二点ダメージでは倒せない可能があるため、わざわざ重量級の三点ダメージカードを選んだ。多少重くとも、ダメージ量が優先だ。
中級以下限定の「新選組シリーズ」も却下。合駒が上級だった場合、ダメージを与えられないからだ。
同じく、隣接ダメージ限定の「キラーシリーズ」も却下。対象の隣に出す必要があるため、あとで跳躍や屈折の邪魔になる可能性があるからだ。
そうしてたどり着いたのが〔クラッシャー1〕のカードだった。ケイマはウマ系以外の駒札も数枚ほど採用していた。〔クラッシャー〕はそのうちの一枚だった。
「ククク〔クラッシャー〕の能力で、手前の合駒に三点ダメージを与えて破壊するぜい! そそそそして最後は、これでトドメだぜい。いいい行けぇ、〔ペガサス〕!」
黄色いペガサスは合駒を飛び越え、ジャイ男に直接攻撃をした。
一戦目を制したのはケイマだった。それも十一手番で快勝だ。
ケイマはもはや「挑戦者」ではない。ジャイ男と対等、いや、それ以上の実力者に成長していたのだ。
さらに二戦目。勝者はまたもやケイマだった。今度は大勝だ。こうして、ひとり目の代表選手はケイマに決まった。
〔クラッシャー〕を出すときの口上は「当たり前田のぉ~↑↑↑クラッッッ↓↓↓シャァァァ↑↑↑」です(激寒)