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カードチェス  作者: 破天ハント
第四章 代表選抜編
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第三十五話〖予選〗

しもしぇっちゅひちは!(噛みまくり)

【一】


 下摂津ノ國の建国に携わった七人の功労者を、『下摂津七覇(しもせっつしちは)』と呼ぶ。七人は協力して下摂津ノ國を発展させた。

 だが、七人のまとめ役だった「長老」覇山ユウゾウが息を引き取ると、残りの六人は仲間割れをはじめた。やがて「暴君」覇道テイトクが力を握り、残りの五人を次々と粛清していった。


 七覇の生き残り、覇田ルミナは、影武者の波田ルミと共に下摂津ノ國の東部へと逃げ延びた。死者ノ園と呼ばれている場所だ。

 ルミとルミナは、ときを同じくして身ごもった。膨らんだ腹まで、ふたりはうり二つだった。

 ルミは死産した。

 ルミナは帝王切開によって元気な赤子を産んだ。だが、術後に様態が悪化して、その日のうちに息を引き取った。赤子はカイザと名付けられた。


 死の間際、ルミナはルミを呼び出して遺言を伝えた。主君の遺言に従い、その日から波田ルミは覇田ルミナとして生きることになった。

 偽ルミナは、赤子だったカイザを自分の子として育てた。最初のうちは、死産した本当の子の代わりでしかなかった。だが、日に日にカイザへの愛情が募っていった。カイザの本当の母親になろうとした。


 本物のルミナは別の遺言を残していた。いつか我が子は、危険な力に目覚めることになる。だから、カードチェスをさせてはいけない、という遺言だ。

 危険な力がどういうものかはわからない。だが、主君の言うことに間違いはないはずだ。偽ルミナはカイザからカードチェスを遠ざけた。本当は心苦しかったが、遺言に従うしかなかったのだ。

  

「七覇? 影武者? そんなの知らないよ。悪い冗談だよね? ねえ、母さ――」

「本当の母親じゃなくてごめんね。母さんは、いえ、私は偽物だったよ。今までずっと、隠し続けていたの」

「今さらそんなことを言われても⋯⋯」

 放心状態のカイザ。

 心臓の鼓動が激しくなり、胸が苦しくなる。落ち着こうとして深呼吸すると、空気が変なところへ入って咳き込んでしまった。


「もうやめようよ。仲直りしようよ。母さんに逆らったから、怒っているんでしょう? それで、僕を困らせたくて、わざとそんな態度を取っているんだよね?」

 空間がゆがんだような気がした。カイザは目をぱちくりさせてルミナのほうをちらりと見た。


 ルミナはゆっくりと首を横に振った。

「私はもう怒ってはいないわ。これ以上、あなたを縛りたくないの。カイザには、やりたいことをやって幸せになってほしい。これからは私のことを気にせずに、自由に生きていいのよ」

「意地悪なことを言わないでよ!」

 カイザは目を見開いて母の顔を凝視した。嘘は言っていなかった。


「意地悪なんて言わないわ。大好きな私の息子なんですから。ずっと嘘をついてきたの。間違いだらけの育て方だった。お母さんだってしょせん人間。正しく育てようとしたけれど、やっぱり間違えてしまったわ。あのときも、あのときも、あのときも、何度も間違えてきた。もっと早く、認めてあげたらよかった。あなたは立派に生きている。私が口を出さなくとも、自分で考え、自分の足で立って、自分で生きようとしている。はじめから、やりたいようにさせてあげればよかった。遺言なんて気にしなければよかった。できることなら昔に戻って、もう一度あなたのためにやり直したいと思っているわ。だけど、それは叶わぬ話。母さんはそのとき、そのときに、持てる限りの知恵と力を振り絞ってきたのよ。あなたのためにベストを尽くしてきたつもりだった。それだけは嘘ではないわ。だけど、何を言っても、言い訳にしかならないよね。私はあなたの、本当の母親ではないのだから」

 ルミナは涙を流した。本物の涙だった。


「血がつながっているかなんて関係ない。僕にとって、母親は母さんだけだよ」

 気がつけば、カイザも涙を流していた。


「最近、なんだか涙もろいんだよね。どうしてかな、母さん?」

「カイザは昔から泣き虫だったじゃないの」

 ルミナはカイザを抱き寄せた。


「ありがとうね、母さんと呼んでくれて。母さんはそれだけでも嬉しいわ」


 ひと組の親子は、今、はじめて互いに向かい合う。

 ルミナが言っていることは、すぐには信じられないような内容だった。だが、嘘を言っているようにも見えなかった。カイザは認めるしかないのだ。

 ルミナもまた、カイザが隠してきたことを認めるしかなかった。ことカイザに関しては、どんな嘘でも見破る自信がある。

 嬉しいのか、悲しいのか、悩みがあるのか、お腹が空いているのか。カイザのことなら、顔をひと目見ただけで判断できた。


「そういえば、これから大切な試合があるのでしょう?」

「うん。昼からだから、まだ時間はあるよ」

「お母さんも、見に行っていいかしら?」

「見に来てくれるの?」

「お母さんには、カイザの実力がどのレベルかはわからない。それどころか、ルールさえもわからない。だけど、カイザが好きなことをやっている姿を見てみたい。カイザが本気で取り組んでいるなら、母さんも応援したいの」

「ありがとう。頑張るよ。絶対勝つからね」

 カイザは決意を込めて宣言する。


 ドアをノックする音が聞こえた。

「カイザお兄ちゃん、そろそろ入ってもいいかな?」

 どうやらユウが部屋の外で待っていたようだ。


「ごめんごめん、気にしなくてよかったのに。早く入りなよ」


 カイザの声を聞いて、ユウはゆっくりとドアを開けた。



【二】


 赤茶色の空だった。黒い雲が天の半分以上を隠しているが、まだ雨が降る気配はない。


「予選二日目、はじめるでぇ!」

 拡声器で増幅されたギンガの声は、クリエイトスペースの端から端まで響き渡った。音が割れても意に介さない。


「今日の試合形式は、二本マッチや。先に二勝したほうが勝ち。ええな、説明は以上や。ほな、ちゃっちゃと対局しよかぁ。まずはAブロックから。選手ははよ中に入ってやぁ!」


 Aブロックにはケイマがいる。ケイマの対戦相手は先にクリエイトスペースに入り、配置についていた。ケイマはあとから入場した。

 柵の入口でギンガとすれ違う。ケイマは立ち止まって話しかけた。


「ままま待っていてくだせぇ、おギン姉さん。おおおおでは絶対に勝ってみせますぜい」

「おう、ひいきは出来んけど、期待しとるでぇ」

「ここここの試合で勝ったら、おでと――」

「はい却下ぁ! 予選ごときで調子に乗んなぁ。優勝してからもの言えや」

「じゃじゃじゃじゃあ、優勝したら⋯⋯」

「ええから、はよ入らんかい」

 ギンガはケイマの背中を押してクリエイトスペースに放り込んだ。


 一戦目。ケイマはいきなり完勝した。あまりの一方的な試合運びに、観客はケイマの対戦相手ばかりを応援した。

 二戦目は初期手札が悪かった。それでも十二点を残して大勝してしまう。圧倒的な実力差だった。


「かかか勝ちましたぜい、姉さん」

 試合が終わると、ケイマは懲りもせずにギンガの元へ駆け寄った。


「おめでとうさん。せやけど、ケイマの実力やったら、このくらいは勝って当然やろぉ」

「そそそそのとおりですぜい。おおおおでの目標は優勝すること。ここここんなところで、負けるわけにはいきやせんぜい!」

「おう、その意気や!」

「ささささっき、優勝したら付き合ってくださいって言ったとき、『ええから』って聞きましたからね」

 ケイマは選手の待機場所に戻っていった。


「おい、ちょっと待てや。あて、そんなん言うたっけぇ? あー、もうええわ。今はそんなことより、次の試合や」

 ギンガは拡声器を口に当てた。


「続いてBブロック。選手は中へどうぞぉ!」


 二試合目はジャイ男がいるBブロックの試合だ。ジャイ男は二連続で大勝して、あっという間に試合を終わらせた。


 二本先取の試合では、一戦目の対局で勝った選手が試合でも勝つ、というジンクスがある。

 そもそもカードチェスは実力差がはっきりとあらわれるゲームだ。二本マッチでは、より実力のある選手が二連勝する確率が高い。仮に二戦目で運悪く負けたとしても、最後の三戦目で挽回できる。

 それに、相手側からしても、一戦目で負けたあとに逆転の二連勝をするのは心理的にむずかしい。あと一戦でも落としたら終わり、というプレッシャーは相当こたえるものだ。


「お次はCブロックやでぇ。バカイザァ、はよ来い。ダッシュや。はやくはやく!」

「わかってるってば。そのあだ名で呼ぶなよ!」

 カイザはユウにルミナを任せ、クリエイトスペースの入口まで全力で走った。全力だが、遅い。息を切らしながら入場した。



【三】


 一戦目。カイザはいきなり惜敗した。相手の残り体力はわずか三点だった。この三点を取れずに負けるのが、今のカイザの実力だった。


「うわあ、どうしよう、どうしよう。母さんも見ているのに、このままじゃ予選敗退だよ」

 母に対局を見られているという緊張感。意識すればするほどに、カイザは冷静さを失った。


「こんなことなら、観戦なんて断ればよかった。ユウに頼んで、家でじっとするように言っておけばよかった」


 さっきもじゅうぶん泣いたはずなのに、カイザはまた泣きそうになっていた。二本マッチのジンクスが脳裏をよぎるが、首をブルブル振って邪念を払い除ける。

 首を振った勢いで、紫の髪が傘のように舞い上がった。腰につけたデッキケースが揺れ、内部のデッキがシャカシャカと音を立てる。


「勝たなきゃ、勝たなきゃ。落ち着かないと。二連勝しなきゃいけないんだぞ」

 対局空間へ移動するために、対戦相手と二度目の握手を交わす。

 カイザは大きく息を吸い込み、目を閉じだ。

 

 デッキケースに手をかける。カイザ組の送別会でもらった紫のデッキケースだ。これを見るたびに、メンバーのことを思い出す。


「みんな見守ってくれているんだ。だからなにも怖くない。ミスを怖がって、小さくなっちゃダメだ。自分らしい対局をすればいい」

 目を開けた。

 果てしない荒野が広がっていた。もはや観戦者の野次は聞こえない。


 二戦目、カイザはなんとか辛勝することができた。カイザの得点は残り一点だった。まさにギリギリの戦いだ。

 調子を取り戻したカイザは、二戦目でようやく大勝した。これで決勝進は確定だ。

 カイザはフラフラになってユウやルミナがいる席へ戻った。


「ほんじゃあ、最後はDブロックやでぇ。リヒト起きろ、出番や!」

 だんだんギンガのテンションが上がってきている。ギンガはリヒトの真ん前で拡声器を使った。


「わかっているとも。うるさい女であるな。眠っていたのではない。瞑想していたのだ」

 リヒトはギンガの呼びかけに反応し、目を開けたと同時に耳を塞ぐ。入口付近の柵にもたれ、足を組んで待機していたのだ。


「ふん、ついに我の出番か」

 キリッとした顔で入場する。


 お決まりの黒いロングコートに、黒いブーツ。背中には西洋風のロングソード。格好をつけまくった仕草で観客を盛り上げ、心をつかむ。


「ガンバレよ、イキリヒト~」

「そのあだ名で呼ぶのはやめろ。我は不愉快である!」

 ただし、野次にはいちいち突っかかる。


 リヒトは格好だけではなく、実力も一流だった。一戦目は難なく大勝。二戦目は惜しくも快勝止まりだったが、圧倒的な勝ちには変わりがない。


 これで全ブロックの一試合目が終了した。次はいよいよ予選最後の試合だ。

 Aブロック代表はケイマに決まった。一戦目は完勝、二戦目は大勝。恐れ知らずの暴れ馬とは、彼のこと。今、一番勢いに乗っている選手だ。暫定順位では第二位だったが、第一位のジャイ男を倒す可能性は高い。

 Bブロック、ジャイ男。二連続大勝を決め、安定した強さを叩き出す。決勝進出者の中では、もっともクリエイター歴が長い。これまで幾度となく予選を通過してきた実力者だ。

 Cブロック、カイザ。惜敗、辛勝、大勝。なんとか首の皮一枚で決勝に進出することができた。おそるべき急成長を遂げ、非覚醒者から★×3(ミドル)ランクまで一気に駆け上がった新参者。勝利への道は険しい。

 Dブロック、リヒト。大勝、快勝。公式大会に参加するのははじめてで、その実力は未知数た。暫定順位は第十位だったが、当てにはできない。クリエイター歴はケイマよりは長く、ジャイ男よりは短い。


「泣いても笑っても、次で決まるんや、兵頭対局所代表がぁ! よっしゃ、ほんならまずはAブロック代表対、Bブロック代表や! ここからが本番やでぇ!」

 拡声器がぶっ壊れた。

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