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カードチェス  作者: 破天ハント
第四章 代表選抜編
38/73

第三十四話〖真実〗

【一】


「おかえりなさい、カイザお兄ちゃん」

「ごめんユウちゃん。起こしてしまったね」


 自分の部屋に帰ると、ユウとルミナが横に並んで眠っていた。ユウはドアを開ける音で目を覚まし、カイザを出迎えた。

 

 予選期間中、対局所は営業せず、所員は一部を除いて休みになる。その間の給料は出ない。困るのは所員だ。

 カイザは給料と同等ぶんをユウに支払い、代わりに母親の看病を任せていた。

 ユウはずっとルミナに付きっきりだった。看病の成果が出たのか、ルミナの体調は少しよくなっていた。今もすやすや眠っている。

 逆に、ユウは心身共に疲れきっていた。カイザがやるよりも手際がよく、テキパキとこなしていったが、それでもフラフラになるほどだった。今日一日、頑張りすぎだ。

 

 カイザはユウにお礼を言い、頭をなでた。一緒に横になって見つめ合う。


「明日も頑張ってね、カイザお兄ちゃん」

「ありがとうね。ユウちゃんのためにも、絶対に勝ってみせるよ」


 ユウの存在はありがたい。だが、心の中では違うことを考えていた。もしもこんなとき、ココナがいてくれたら⋯⋯。ユウには申し訳ないと思いつつ、否定できない自分がいた。


 ココナはおそらく、避難所にいる。アユムからそう聞いていた。明日になれば、また観戦に来てくれるかもしれない。

 カイザは淡い期待を抱きながら、明日のためにはやく寝ようとした。が、なかなか寝つけない。

 先に寝たのはユウだった。カイザの手を握り、顔に寝息を当ててくる。よほど疲れていたのだろう。

 少し前のカイザなら、その手を振りほどき、背を向けて寝ていただろう。だが、今のカイザにはそれができなかった。

 カイザは、さっきアユムと話したことを思い出した。


 ★×5(スーパー)ランクに到達するには、人間の限界を超え、人間をやめる決意が必要だ。アユムは自分の人生を選ぶために、「普通の女の子」をやめた。

 もはや、後戻りはできない。永遠に成長が止まった肉体の中で、生き続けるしかないのだ。

 かわいそうだと言う者もいる。だが、それはアユムが自分で決めたこと。他人に同情される筋合いはない。

 アユムは強く、気高く生きている。成し遂げたことも、その代償も、すべて受け入れて生きている。


「――自分らしく生きて、自分らしく表現するのがクリエイターなのら。なにを得るか、なにを成し遂げるのかじゃない。大切なのは、自分がどんな存在なのか、なにになりたいかだよ~」


 アユムは昨日も同じことをカイザに言っていた。ただの気休めかと思っていたが、そうではなかった。実体験を通して得た、重みのある言葉だった。


 大切なのは、なにを成し遂げるかではなく、自分がどんな存在であるか。「do」ではなく、「be」なのだと悟った。

 ゴールは自分の外側ではなく、内側にあるということ。内から込み上げる気持ちに従って、自分らしく生きて、自分らしく表現すること。

 誰かの言いなりになって自分の気持ちを押し殺すのは、殺されたのと同じこと。生きながらにして、死んだも同然。


 人は皆、はじめは必ず誰かに依存して生きている。そうしなければ生きていけないからだ。

 だが、一生そのまま依存し続ける必要もない。人は誰もが、自分の人生を選ぶことができるのだ。

 カードチェスの駒のように、誰かの指示に従ったり、支配されたりするために存在するのではない。誰かの期待に応えるためでも、服従するためでもない。

 自分の内なる声を聞き、本当の気持ちに目覚めたとき、自分の存在理由を知ることになる。


 かつてのアユムは、そのことを分かっていなかった。ただただ早く独立したくて、多くのものを犠牲にした。

 誰にも支配されたくなくて、成し遂げられる力を手に入れようとした。外側にあるものばかりを追いかけ、内側を見つめることを忘れていた。

 それこそが罠だった。

「力があればなんでも手に入れられる。力がなければ価値がない」とか「誰かの役に立たなければ意味がない」とか、それは誰かが勝手に決めたこと。外側からもたらされた価値基準だ。

 自分の外側にある世界に振り回され、内なる声を押しつぶしていた。支配から逃れようとして、結局は支配されていた。

  

 失って、はじめて気づく大切さ。あとになって悟った真理。

 それでも、後悔はしていないという。がむしゃらに行動した結果として、頭を打ってはじめて悟ったのだから。行動しなければ、それすらも分からなかったのだから。


(そうだ、僕だって自分の人生を生きたいんだ。明日、母さんにすべて言おう。もう嘘はつかない。言いわけもしない。ありのままに話そう。どんな反応をされたって構わない。僕は僕なんだ!)


 カイザは決意を固め、眠りについた。



【二】


 十五日目の朝。

 ユウはカイザとルミナよりも早く起きて、朝食の準備をしていた。ふたりが目覚める前に食事を済ませ、荷物を取りに自分の部屋へ戻った。

 カイザとルミナが起きたのはほぼ同時だった。ルミナは自分で起き上がり、ご飯を食べられるほどに回復していた。親子そろっての食事は久しぶりだ。


「ねえ、母さん。ここがどこだかわかる?」

「ユウちゃんの部屋、かしら。ユウちゃん、カードハンターを辞めたのでしょう?」

「違うよ。ここは僕たちの部屋なんだ。ユウちゃんの部屋は二階だよ」

「どういうこと?」

「僕たちの家は洪水で流されたんだ」

 カイザは二日前に起こった洪水のことを説明した。瓦礫ノ園の惨状や、カイザ組のメンバーが行方不明になったことも伝えた。


「じゃあ、母さんたちは避難させてもらったのね。この部屋は一時的に借りているんでしょう?」

「それも違うよ。僕はカードハンターを辞めて、兵頭対局所の所員になったんだ」

 真実を話す覚悟を決める。カイザは洗いざらい、すべてをぶちまけた。


 瓦礫ノ園でギンガに出会った日のこと。拾った白札をめぐって口論し、対局を申し込まれた。だが、カイザは色々な理由をつけて対局を断った。

 瓦礫ノ園で兵頭対局所のうわさが広がりだした、あの時期のこと。カイザは兵頭対局所を偵察しに行った。そこで、所長のアユムと顔を合わせた。対局室にはユウがいた。あとからギンガもやって来た。

 ある日、突然、覚醒したこと。深夜にこっそり起きて、デッキを組んだこと。すべてルミナにはお見通しで、カイザのデッキは売り払われてしまった。

 カイザのデッキは兵頭対局所にある可能性が高いと気づいて、ココナとふたりで駆け出した。そこでギンガに対局を挑まれて、勢いで無謀な賭けに乗ったこと。


 裏対局室でジャイ男に遭遇して、サイコロ勝負で勝ったこと。だがそのあと、肝心の対局は負けだった。デッキを取り返せず、おまけに負債も抱えてしまった。

 ギンガに頭を下げて、所員にしてもらったこと。カイザは組のメンバーに、自分が組を抜けると言わなければならなかった。ココナの計らいでとりおこなわれた送別会。カイザは紫のデッキケースを受け取った。

 ルミナが血を吐いたあの日。カイザは霊毒病という病気があることすらも知らなかった。ルミナを救うには、カードチェスの大会で優勝しなければいけない。カイザは必死に特訓を積み重ねた。

 努力の甲斐があって、カイザは★×3(ミドル)ランクに昇格した。ギンガの手引きでクリエイトスペースに連れて行かれ、目の前でクリエイションが生まれる瞬間を見た。


 カイザは自分の力でクリエイションを作り出すことに成功した。カイザにとって、それは人生の節目だった。

 一方で、翌日のギンガは絶不調でイライラしていた。裏対局所で大暴れするが、カイザの力ではやめさせることができなかった。

 瓦礫の園でケイマと出会った。出会っていきなり対局し、カイザはあっさり負けてしまった。ギンガの気分を和らげたのはケイマだった。ケイマは、カイザにないものを持っていた。ふたりは良きライバルとなった。

 ケイマはしばらく居座り、兵頭対局所の予選代表になろうとしていた。最初はカイザのほうが勝っていたが、ケイマはじわじわと強くなっていった。

 カイザは絶不調におちいり、勝ちさえすればなにをやってもいいという考えにとらわれてしまった。大会に専念するために、所員寮へと移り住んだ。洪水が起こったのは、ちょうどその日のことだった。


 悲惨な出来事だったにも関わらず、大会の予選は予定どおりにおこなわれた。カイザは初戦でジャイ男に負けるが、そのあと二勝して勝ち上がった。

 アユムはどん底のカイザにアドバイスを与えたが、あまり効果はなかった。だが、ココナが生きていると知ったことで、気持ちは少し和らいだ。

 昨夜は、ケイマとクリエイトバトルをした。練習対局をした。勝ちさえすればなにをやっても構わないと思っていた。だが、相手の弱みにつけ込むようなやり方で勝っても、むなしいだけだと悟った。

 ギンガの部屋に連れ込まれ、裏クリエイターの生き様を垣間見た。

 その帰り、アユムが霊毒病にかかった疑いがあると知った。書庫でアユムと話しながら、兵頭対局所誕生までの経緯を教えてもらった。


 自分らしく生き、自分らしく表現することの大切さ。

 カイザは決意した。誰かに依存することをやめると。誰かの期待に応えるために、自分を押し殺すことをやめると。 

 だから、洗いざらいすべてを告げた。自分の人生を生きるために。怒られたって構わない。嫌われたって構わない。

 カイザは母が大好きだった。どんな反応をされようとも、その気持ちは変わらない。



【三】


 カイザはひたすらに喋りまくった。思いついた順に口から放り出していったので、時系列はメチャクチャだった。ギンガのように上手くは話せなかったが、言いたいことをすべて言った。

 ルミナはカイザの話にじっと耳を傾けた。途中で口をはさむことなく、黙って聞き続けた。頬からとろけ落ちそうなほどのタレ目で、息子の成長した姿を見つめた。


「⋯⋯そっか。カイザは母さんの知らないところで、色んなことを経緯していたのね。危ないことも、内緒でたくさんしてきたのでしょう?」


「今まで黙っていてごめんなさい。だけど、もう嘘はつかないよ。母さんは昔から、嘘だけはついてはいけない。正直に生きなさいって、言い続けてきたもんね」

「どうしても、カードハンターに戻る気はないのね?」

「うん。どんなに反対されたって、僕はクリエイターをやめない。母さんのことは大好きだよ。だけど、僕には僕の人生があるんだ」

「成長したわね、カイザ。自分で考えて、たくさん悩んで、決めたことなのでしょう? これからは、あなたの好きに生きなさい」

「反対しないの?」

「本当はね、母さんには反対する資格なんてないのよ」

「え、どういうこと?」

「今までごめんね、カイザ。あなたには嘘をついてはいけないと言っていたくせに、母さんはあなたに嘘をついて生きてきたの。本当に、悪い親だわ」

 ルミナは一呼吸おいて下を向いた。真実を話す決心をして、正面を向き直す。


 目と目が合い、数秒の沈黙。


 カイザは隠していたことをすべて話した。そして今、ルミナもカイザに隠していたことを話そうとしている。

 ルミナが何を言い出すのか。カイザにはまったく予想がつかなかった。脳裏に不安がよぎる。だが、逃げ出すわけにはいかない。


「母さんね、今までカイザにふたつの嘘をついたの。ひとつは霊毒病のこと。血を吐くまで、ずっと黙っていてごめんなさいね。もう完治は不可能なのよ」

「そんなことはないよ。都へ行って診てもらえば、まだ助かるかもしれない」

「可能性は低いわ。だから、元気なうちに、言わなければならないことがあるの」

「嫌だ、そんなの聞きたくない!」

「聞きなさい。母さんはね、本当の母親ではないの。カイザ、あなたは本当の息子ではないの」

「⋯⋯嘘、だよね?」

「いいえ、本当のことよ。今までずっと、嘘をついてきたの」

「じゃあ、本当の母親は誰なのさ?」

「『下摂津七覇』のひとり、覇田ルミナ様よ。私の本当の名前は、波田ルミ。ルミナ様の影武者だったの。いつか言わなければと思っていたの。今日がその日だわ」 

「いきなりそんなことを言われても、意味がわからないよ」

「そうよね。今から順を追って説明するわ」

 カイザの育ての母は、大きく息を吸い込んだ。

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