第三十三話〖所員寮〗
前回と前々回は、男ばかりの裏クリエイター寮が舞台でした。今回と次回は、女ばかりの所員寮がメインでお話が進みます。
※所員寮には男性も住んでいますが、たまたま出てこないだけです。
【一】
予選の二日間、兵頭対局所は営業しない。所員は休暇が与えられている。裏対局室も閉鎖だ。
クリエイトスペースは予選で使用するので、立ち入りが禁止されている。裏クリエイター寮内は真剣対局ができるほど広いスペードがない。
そうなると、裏クリエイターたちは練習対局で我慢するか、野外へ出るかの二択に迫られる。
カイザは練習対局に勝利した。時間はすでに深夜。ケイマやリヒトたちと別れ、所員寮へ戻ることにした。
裏クリエイター寮の外へ出ると、ジャイ男を筆頭に顔見知りのメンバーが野外対局をしていた。対局空間にいるのでこちら側は見えていないはずだが、一応、霊子映像に手を振ってから帰った。
「おかえりぃ!」
所員寮のドアを開くと、ギンガが仁王立ちして待ち構えていた。
「ひゃっ! た、ただいま。なにやっているんだよ?」
「こんな時間に、どこをほっつき歩いとったんやぁ?」
ギンガはカイザの質問には一切答えず、一方的に自分の質問をぶつける。
「ちょっと裏クリエイター寮で練習対局をしていたんだよ」
「ほーん。そういえば、アユムちゃんから聞いたでぇ。なんや、あてをめぐってケイマとクリエイトバトルしたそうやないか」
「うっわー、最悪だよ。誤解なんだけど」
カイザは両手で頭を抱えた。
「おら、ちょっと来いやぁ!」
「や、やめろ。なにするんだ、離せ!」
カイザは所員寮最上階まで連れ込まれ、あれよあれよという間にギンガのベッドに押し倒される。
「いやいや、ちょっと待ってよ。この状況はおかしい」
「なーにがおかしいねん? 自分で倒れ込んだんやろぉ!」
⋯⋯正確には押し倒されたのではなく、部屋に放り込まれた衝撃でベッドに沈んだだけだった。ギンガからすれば、押し倒した自覚はない。
「まーた変なこと考えとるんかぁ?」
「勘違いするなよ。そんなわけないだろう。ギンガなんて、こっちから願い下げさ」
「ホンマにぃ? カイザは、あてのことをどう思うとるねん?」
グイグイと顔を近づけ、真正面から見つめる。
「大っ嫌いに決まっているだろ。変なあだ名をつけやがって。早くデッキを返せよ」
近づいてくるギンガの顔を押し返し、ベッドから立ち上がって部屋の隅へ避難した。
「副カード名とデッキは、優勝して勝ち取れや」
「当たり前だろ。やってやるさ」
「昼間とは大違いやなぁ。負けて泣いとったくせに」
「うるさいなあ。そのあと二連勝しただろう!」
ムキになって反論する。
「っていうか、そこまで嫌がることはないやろぉ。いや、ないこともないか。嫌われとるくらいのほうが、ちょうどええわ。あてを好く奴なんか頭おかしいって、自分でも思うとるからからな」
「さすがにそこまでは思わないけど」
なぜかフォローを入れる側に回るカイザ。
ギンガは妙なところが自虐的というか、ひねくれていた。左胸の怪我のこともあるが、どうやらそれだけではない様子。元々の性格のようだ。
「いやぁ、せやけど安心したわ。これで明日から、あんたとも気楽に付き合える。ケイマみたいな奴は苦手やねんなぁ」
「だけど、ケイマはギンガのことをすごく好きみたいだよ」
「はぁ、もう勘弁してやぁ。あてが好きなんは☆×10の白札や。いつか見つけ出して結婚するんが夢やねん。生身の人間はいらんわ」
「結局、ゼニかよ! そのほうがギンガらしいけどさ」
「☆×10の白札ァ手に入れたら、白銀ギンガから白札ギンガに名前変えるわ」
「⋯⋯なんかこの部屋、寒くない?」
クセの強い冗談だが、ギンガの性格がにじみ出ていた。☆×10の白札はまだ発見されておらず、☆×0百億枚ぶんの価値があるといわれている。
「ギンガは、好みのタイプとかないの? 筋肉質がいいとか、ぽっちゃりがいいとか」
「うーん、せやなぁ。ちっちゃい子が好みかなぁ」
「あ、今の質問はナシで。聞いてはいけないことを聞いてしまった」
「ちなみに、男の子でも女の子でも構わへんでぇ」
「もういいから。これ以上、性癖をカミングアウトするのはやめてくれよ」
青ざめた表情で、ドアのほうへとあとずさり。
「おい、逃げようとすんなや。引きすぎやろぉ。ちっちゃいっちゅうんは、幼いほうじゃなくて、背が低いって意味な」
「なるほど、そういう意味ね。自分が長身だからかな?」
「知らんけど。生まれつきの性癖やからなぁ」
「まあ、性癖は人それぞれだからね。⋯⋯あれ? ちょっと待って。そういえば、ギンガの昔の相棒は、目つきが悪くて、爪が長くて歯がギザギザの、緑髪で背の低い女の子だったよね? それで、今の相棒は所長のアユムちゃん。あっ!」
「なんで知っとんねん。念写真見たんかぁ?」
「前に一度、この部屋に入ったことがあるんだ。今日はキレイに整理整頓されているね」
一週間にさかのぼる。カイザは、アユムの麻酔注射で眠らされたギンガを部屋まで運んだ。そのとき、〔パートナーシップ〕という技札がテーブルに置いてあったのだ。
『念写真』というらしい。イラストクリエイトの能力を利用した、旧時代の写真に相当する。
副カード名の欄には「最強コンビ」の文字。イラスト欄には、緑の子がギンガと一緒に写っていた。ギンガの左胸をえぐった少女だ。
「ジョーコのやつ、今ごろなにしとるんやろぉ。まだ裏組織におるんかなぁ。生きとるか、死んどるかもわからん」
ギンガはベッドに寝転がった。憂いを帯びた表情で、昔のことを思い出す。
「今はアユムちゃんがいるからいいじゃないか。裏組織を抜けて、自分の人生を選んだんだろ?」
「せやな。あいつにはあいつの、あてにはあての人生がある。これでよかったんや。あては今が一番、幸せやで」
【二】
誤解を解いたカイザは、ギンガの部屋から出て自分の部屋へ帰ろうとした。
ギンガとアユムの部屋は、廊下をはさんで向かい合っている。ドアを開けると、そこにはアユムの姿があった。
「アユムちゃん、こんな夜遅くにどうしたの?」
「かいざちゃんこそ、こんな夜遅くにぎんちゃんの部屋でなにをしていなのかな~?」
「ち、違うんだ。無理やり連れて来られたんだよ」
「無理やり連れ込まれちゃったの~?」
「言い方! 言っておくけど、なにもなかったからね。というか、子どもはそんなことを聞いちゃいけません!」
「むう、子ども扱いされたくないのら」
「子どもじゃないか。子どもは早く寝ないと、大きくなれないよ」
「睡眠時間なんて二時間もあればじゅうぶんだよ~。それにあゆちゃんは、これ以上大きくなれないのら」
「大きくなれないって、どういうこと?」
「一年前から、体の成長が止まっちゃったの~」
アユムは、ごく平凡な日常会話のようにサラッと言った。
「え?」
「無理な修行対局を繰り返したせいなのら。あ、そうそう。今から霊毒病の資料を取りに、書庫へ行こうと思っていたところだったのら。かいざちゃんも一緒に来る~?」
霊毒によって魂をむしばまれる病、霊毒病。カイザの母ルミナが患い、彼女の命を奪おうとしている。
霊毒の耐性は人それぞれ。同じように生活していても、かかりやすい人もいれば、かかりにくい人もいる。
「霊毒病について、アユムちゃんはなにか知っているの?」
「あゆちゃんも霊毒病にかかった疑いがあるのら。つい昨日、判明したばかりなんだけどね~」
「そんな、アユムちゃんまで!」
「まだ初期段階だから、すぐにはなにも起こらないのら。平気だよ~」
廊下の先のドアを開くと、そこは所員寮の小さな書庫になっていた。所員ならいつでも利用できる。
狭い空間の壁一面が本と本棚で埋め尽くされている。全部、ギンガのクリエイションだという。
売れそうなものは外町へ輸送され、そのほとんどが都の門をくぐることになる。売れそうにないものは、この書庫に置いておく。蔵書は毎日、少しずつ増えている。
カイザとアユムは手分けして本を探した。
アユムが探しているのは、新時代以降に執筆された新しい本。東本州のとある『霊科医』が著したという、霊毒病に関する専門書だ。
人間は、肉体と霊体というふたつの要素によって構成されている。霊体の病気を担当する医者を、霊科医という。
「もう~。ぎんちゃんったら、本当に整理整頓が下手なのら。あゆちゃんがいないと、なんにもできないんだから~」
「もしかして、今日、ギンガの部屋を掃除したのもアユムちゃん?」
「いつもあゆちゃんがやっているのら」
「なんかきれいだと思ったら、やっぱりアユムちゃんだったのか」
そんなことだろうと思っていた。
「あ、見つけた。やっぱり僕はツイている!」
しばらくすると、アユムの求めていた本が見つかった。先に見つけたのはカイザだった。
カードハンター時代からの口癖だ。レアカードを手に入れたときや、探し物を見つけたときはいつも言っていた。
カードチェスを始めてからは、先手を取れたり、カードの引きがよかったりするとつい口に出た。
【三】
「ふむふむ~」
アユムはその場で床にペタンと座り、本を読みだした。
「かいざちゃん、人間の霊体はねえ、霊魂という核にあたる部分と、それを包む『霊層』に分かれているのら」
読みながら、カイザに説明する。
霊魂、あるいは単に魂とも。人間にとって魂は重要な霊的臓器であり、「見えざる心臓」とも呼ばれている。心臓が血液を全身に循環させるように、魂は生命力の元である霊気を全身に送っているのだ。
その魂を包んで守っているのが霊層だ。本では、人間の心臓部を中心としたふたつの同心円の図で説明されている。卵の黄身と白身のような見た目だ。
「霊層は、外から霊力を取り込む器官でもあるのら。霊毒病は、霊毒が霊層に詰まる病気なんだよ~」
霊層から吸収された霊力は、まず魂に送られて生命力に変換される。それから全身を巡って消費されるのだ。
魂や霊層の活動は、誰でも無意識におこなっている。心臓の働きと同じだ。それはごく自然な行為であり、霊光や霊毒のような残留物は発生しない。
だが、クリエイターは違う。
魂を激しく活動させ、霊力を無理やり物理的なエネルギーに変換。それを物質化して取り出している。代償として、霊光や霊毒を発生させることになる。
霊毒が霊層に詰まると、体外から霊力を取り込む力、または取り込んだ霊力を魂に送り込む力が弱くなる。そうなると生命力が弱まり、最後には肉体にまでダメージが及ぶ。
症状は人それぞれだが、内臓や神経をやられることが多いという。
霊的な感知能力を極めた者の中には、霊子保有量だけでなく、魂の状態や病気まで知ることができる者もいる。たいていの霊科医は繊細な感知能力を備えており、その能力を活用して魂や体内霊気の流れを診察する。
霊科医は、新時代以降にできた新しい職業だ。シャーマンや占い師など、似たような職業は昔からあった。だが、裏づけとなる理論がなかったのだ。
国から許可を得た霊科医となると、都にも数人しかいない。エリート中のエリートだ。
瓦礫ノ園の洪水後、国の支援団体が来て被災者の対応していた。都から派遣されてきたクリエイターの中に、ランクは低いが感知能力の優れた者がひとりいた。
アユムが優秀な高ランククリエイターだということで、許可を得て試しに魂を直接霊視してみたという。すると、どうもおかしな状態だったようで、霊毒病の疑いを持ったらしい。
その人は本職の霊科医ではないので、簡単な霊視はできても、診察や治療まではできない。今後、アユムは都の霊科医に見てもらう予定だという。
「あゆちゃんはパパの言いつけを破って、人目を盗んで無茶な修行対局を繰り返したのら。そのツケで、体の成長が止まったの。去年から、もう身長は伸びていないのら。あ、体重はちょっと増えたけどね~」
アユムは重たい話でも、ニコニコ笑いながら語る。
「もう一生、大きくもなれない。子どもも産めない。霊毒病にもかかりやすくなる。余命たぶん、まだ三十年はあるかな~? それが、急激に★×5ランクに上がった代償なのら」
旧時代最後の世紀あたりから、人類は言語や価値観が変わっていった。
変化は見た目にもあらわれる。
女のような男や、男のような女が増えていった。若者のように健康な老人。若くとも虚弱体質な者。子どものように幼い精神のまま大人になった者。頭脳明晰で、考え方も大人びた子ども⋯⋯。
新時代以降、変化の流れはますます激しくなる。「普通」という基準が失われ、あるのは個人差のみとなった。非覚醒者の中にはまだまだ古い基準で生きる者が多いが、覚醒者は新しい基準を作ろうとしていた。
その新しい基準の枠さえも打ち破るのが、裏クリエイターという生き物だ。
新時代生まれの中でも、アユムは特に優秀な子どもだった。生まれつき、子どもでありなが大人以上の能力を持っていた。
だが、いや、だからこそというべきか。アユムは現状に対して常に不満を抱いていた。
父は外町にある対局所の経営者。母は、アユムが三歳のときに亡くなった。
裏対局室をゆりかごに、喧騒を子守唄にして成長した。五歳で立派な裏クリエイター。見た目は穏やかそうだが、大人顔負けの頭脳と胆力を持ち合わせた恐るべき子どもなのだ。
五歳にして独立を目指し、七歳で所長になる。
だが、結果ばかりを追いかけた代償として、一生背負うことになる呪いをかけられた。クリエイターとして急成長するかわり、肉体が成長しなくなるという呪いだ。
本来ならば人生をかけてコツコツゆっくり育てていくはずのものを、アユムは短い期間で手に入れた。
結果として、アユムは「伸びしろ」を失った。もはや永遠に成長することはない。クリエイターランクも、自身の肉体も。
アユムにとって、残り三十年ほどの余命は「余生」だった。得るものはすべて得た。もはや結果や数字を追う意味も失った。せめて余生は、いつも笑顔で過ごそうと決意していた。
アユムちゃんの正体が転生者である可能性は、まだ捨てきれない⋯⋯!