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カードチェス  作者: 破天ハント
第四章 代表選抜編
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第三十二話〖練習対局〗

【一】


「カカカカイザ、でめぇの番だぜい。ははは早くしろよ」

 退屈そうに腕を組むケイマ。


「おっと、ゴメンゴメン」

 カイザはリヒトと会話しながらケイマと練習対局していた。ケイマの手番中、カイザはつい会話に熱中してしまった。気がついたらカイザの手番になっていた。


「えっと、なるほど。そっちの駒で攻撃したのか。二点ダメージだね。あれ? カードのパラメータが変動したときはどうするの?」

「ここここのコインを使うんだ。すすす数値を書き換えるイメージでカードの上に直接乗せて、元の表記を隠しちまう」

 ケイマは数字が刻まれた赤いコインを取り出した。


 コインの大きさは、旧時代の日本で使われていた一円玉よりわずかに小さい程度。場に出ているカードの上に乗せ、カードの左下にある赤いハートマークを覆い隠す。ジャストサイズだ。

 ハートマークには「3」と印字されていた。この数字は「元々の体力」をあらわす。

 その上に「1」と刻まれたコインを乗せることで、駒が二点のダメージを受け、「現在体力」が一点に変化したと表現できる。


「なるほど、コインを置いておけば、現在体力がひと目ではっきりわかるね」

「カカカ『カウンター』っていうんだぜい」


 カードゲームの世界では、カードの上に置く目印を「カウンター」と呼ぶ。

 カウンターパンチなど、反撃を意味するカウンターではない。数を数える、カウントするほうのカウンターだ(どちらも英語のつづりは同じ)。

 練習対局で使う基本的なカウンターは、黄色、緑、赤、青の四色がある。それぞれ、出力、動力、体力、戦力の専用カラーだ。


 カードチェスの基本的なカウンター四色は、ダメージや修正値を数える、いわゆる「ダメージカウンター」ではない。常に「現在の数値」を正確に表示する装置だ。

 どういうことかといえば、たとえば体力五点の駒が三点のダメージを受けた場合⋯⋯。


 カードチェスでは不採用だが、仮にダメージカウンター方式ならば、乗せるカウンターは三個だ。「最大体力」や「残存体力」の概念があるゲームでは、「体力修正」と「ダメージ」を区別し、ダメージはダメージカウンターを用いて記録する。

 カードに書かれた元々の体力。カード能力などで修正された値。攻撃などで受けたダメージ。三種をそれぞれ別々に把握しなければならないのだ。

 能力などで修正された値を、便宜的に最大体力と呼ぶとする。最大体力からダメージを引いた値が残存体力になる。

 この手のゲームでは、たいてい「回復」という概念がある。ようするに、ダメージカウンターを取り除く処理だ。

 存在しないダメージは回復のしようがないので、最大体力自体が増えることはない。だから、馬鹿みたいなインフレは起こりにくい。怪我を治すだけではマッチョにはならないということだ。

 デメリットとしては、第一に、パラメータがひと目で把握しにくいことだ。いちいちカウンターの数を数えなければならない。

 第二に、体力をあらわすだけで、最大で三種類ものカウンターが必要になること。プラスとマイナスの修正、ダメージ、これで合計三種類だ。

 複雑だが、堅実なシステムといえる。

 

 一方、カードチェスでは「2」と刻まれたカウンターを一個かぶせるだけで十分。カウンターの種類も、一種類のみ。

 各パラメータごとに間違えないよう、四色で色分けしているが、最悪、色なしでも事足りる。ただし、乗せる位置がずれないように注意する必要がある。ハートマークの上に乗せたコインが横のスペードマークにずれてしまったら、体力を修正するはずが戦力を書き換えてしまうことになる。

 カードチェスでは常に「現在の数値」のみを参照とする。クリエイター同士では回復やダメージといった単語がよく使われるが、厳密にはそんな概念は存在しない。単なるプラス修正とマイナス修正に過ぎない。

 単純で分かりやすいことが、このシステムのメリットといえる。

 デメリットは、無限に回復(プラス修正)できること。まれに化け物のような駒が生まれることがある。とはいえ、ピンポイントで破壊されたら大損なので、スタッツ強化は分散したほうが低リスクだ。


「めめめ面倒臭ぇよな。いいいいちいちコインを乗せたり、自分の手でカードをペタペタ動かしたりすんのはよ」

「対局空間では自動でやってくれるからね」

「だだだだけど、そうやって手を動かすのが練習対局の良さなんだぜい。カカカカードの質感、コインの感触がたまんねぇのさ」


 対局空間は、実体のないイメージだけの世界だ。

 駒はクリエイターの想像通りに具現化し、指示通りに動く。パラメータの変動も、いちいちカウンターを乗せる必要がなく、勝手に処理してくれる。シャッフルだって全自動。イカサマをされる心配もない。

 真剣対局とは、いわば旧時代のVRゲームを霊界で再現したようなものなのだ。


 それに対して、練習対局は霊力を一切消費せず、現実世界でおこなわれる。面倒臭い部分もあるが、一度その良さを知れば、病みつきなってしまうらしい。練習対局の愛好家は全国にいる。ケイマもそのひとりだった。

 だが、合理主義者のギンガや、手が小さくてシャッフルが下手なアユムには不評らしい。そもそも、ふたりとも霊力があり余っているので、練習対局を選ぶ必要がないのだが。



【二】


「これをあっちに動かして、それからそっちの駒で攻撃。そのあと、手札からこの駒札をこっちを出して⋯⋯」

 カイザは呪文のように指示語を連発した。

 目の前にあるカードを実際に持って動かすので、いちいちカード前を宣言する必要がないからだ。


「カイザよ、これはこうしてこうしたほうが良いのでは?」

 リヒトが横からアドバイスした。


「あ、なるほどね。そうしてそうしてみるよ」

 アドバイスに従って駒を場に出すカイザ。


「ずずずずるいぞ、カイザ!」

 ケイマは太い指でカイザを差した。


「おっと、ゴメンゴメン。次からは気をつけるよ」


 第三者からアドバイスをもらうのは反則行為だ。真剣対局に慣れていると、つい忘れてしまう。

 真剣対局では、自分と相手のふたりきりで、霊体になって対局空間に閉じ込められる。そもそもアドバイスを含む不正行為は不可能だ。


 練習対局は、対局空間ではできないことをやれるのが強みだ。

 多人数でチームを組み、話し合いながら対局を進める「合議制カードチェス」。

 対局中、決められた回数だけうしろにいる上級者からアドバイスを受けられる「背後霊カードチェス」。

 間違えた動作を巻き戻してなかったことにできる「待ったありカードチェス」。

 ほかにも様々なルールが考案されている。


 だが、今回の練習対局は、真剣対局と変わらないごく普通のルールだ。ケイマの批判には正当性がある。


「まあまあ、カイザは練習対局がはじめてのようだし、今回は許してあげようではないか。賭けはしていないのだろう?」

 格好をつけて仰々しくケイマの肩に手を置くリヒト。


「そそそそりゃあそうだがよう、でめぇが言うんじゃねぇよ」

「申し訳がない。どうやら、また先輩風を吹かせてしまったようだ」

「そそそそんなんだから、イキリヒト先輩って言われるんですぜい。こここここからは真剣勝負。ててて手出しは禁止だぜい」

「フッ。ならば、もう我はなにも言わぬ。うしろで見守ってやるから安心するがよい」

 リヒトは前髪をかきあげて、半回転しながらケイマの後方へ移動した。


「おい、見たか見たか」

「またイキリヒトがイキったらしいぜ」

「放っておけよ。いつものことだろ」

 テーブル周辺の外野がざわついている。


 散々な言われようだが、意外にも実力はあるようだ。カイザの感知能力を使ったところ、ランクは★×3(ミドル)、レベルはだいたい22。霊力は一万一千点を超えている。数字だけ見れば、カイザとほとんど変わらない。

 暫定順位ではカイザが第三位、リヒトが第十位と差が大きく開いているが、当てにはならない。リヒトは裏対局室へは行かず、賭場対局も一切しないからだ。


 ギンガが作成したデータ上では、リヒトは実際よりも過小評価されている可能性がある。

 裏クリエイター寮のすみっこで、暇つぶしでおこなわれる練習対局。さすがのギンガといえども、リヒトに関しては「誰それに何点差で勝ったらしい、負けたらしい」というあやふやな情報しか持ち得ていない。


「リヒトに勝たなきゃ、都行きの切符を手にできない。絶対に負けられないぞ!」

 練習対局、後半戦。カイザは気を取り直して真剣に取り組んだ。

 まずはここでケイマに勝たなければならない。



【三】


 さて、今から集中しようと気分を切り替えた矢先。今度はケイマが口を開いて、集中をかき乱した。


「ななななあ、カイザ。ででででめぇは本当におギン姉さんのことを――」

「出た、またはじまったよ。さっきも言っただろう」

 ため息しか出なかった。


「対局中に、動揺しやすい話題を自分から振ってくるとは。やっぱりケイマはさすがだね」

「そそそそれほどでもねぇぜ」

「褒めてないから!」

 カイザは半ばあきれ気味でツッコミを入れた。

 ケイマと会話すると、どうも調子が狂ってしまう。こうなったら、とことん付き合って自分のペースに引きずり込むしかない。


「そんなに気になるなら、僕からギンガに直接聞いてみようかい? ギンガが君のことをどう思っているのか、知りたいでしょ?」

 まずは探りを入れる。


「ややややめてくれよ、おい」

「遠慮するなって。僕は所員寮暮らしだから、ギンガとはいつでも会えるんだ。明日の朝にでも聞いてみるからさぁ。予選の本戦前にすべてをハッキリさせようよ。そのほうが、スッキリした気分で公式対局に臨めるだろう?」

「だだだだけどよう、結果は分かりきっているぜい。おおおおでは、おギン姉さんからまるっきり相手にされてねぇのさ。ききき聞くまでもねぇ」

「そんなの、試してみないと分からないよ」

「ぐぐぐぐぬぬ⋯⋯。だだだだがしかし、それもそうだよな」

「明日が楽しみだねえ、ケイマ」

 カイザはにやにや笑いながら言った。どうやら精神攻撃が効いているようだ。


 なにやら外野勢が騒がしい。カイザたちのすぐ隣で、観戦組とは別のグループが集まって話をしているようだ。話の内容は、鬼の副所長、白銀ギンガへの批判。

 ギンガは一部の裏クリエイターからひどく嫌われている。あるいは恨まれている。性格や言動が人から誤解されやすく、しかも本人が一切弁解せず、放置しているからだ。他者の評価をなんとも思っていないのだろう。

 自分のやりたいことを貫き通し、ときには他人をも巻き込み、多少の迷惑なら顧みない。良くも悪くも、ギンガに人生を変えられた者は多い。

 また、自業自得ではあるが、賭博対局でこっぴどくやられた者もいる。


 裏クリエイター寮内でギンガの肩を持つのは、それだけでも勇気のいることだ。

 だが、ケイマははばかることなくやってのけた。凄まじい胆力だ。あるいは、単なる天然か。

 カイザが同じ立場なら口をつぐんでいただろう。


 カイザは、ギンガの話題に触れたことを後悔した。どちらにしても、寮内のメンバーは前から知っていたようだが⋯⋯。


「これで王手だよ!」

 ケイマのプレイングミスにつけ込み、容赦ない一手を繰り出す。


「くくくくそう、しまった!」

 手に取るようにわかる動揺具合だ。


「逃がさないよ。それ!」

「ままままだまだ⋯⋯」 

「甘い甘い。これで詰みだ。えい!」

「うううう、負けました」


 練習対局を制したのはカイザだった。ギンガをだしにした精神攻撃が功を奏したのだ。

 カイザは久々にケイマに勝つことができた。ここしばらく、真剣対局やクリエイトバトル、なにをやっても負けっぱなしだった。

 だが、なぜか空虚な気分だった。

 自分は、相手の弱みにつけ込むようなやり方でしか勝てないのか。その程度の実力なのか。カイザは自問した。

 どんなやり方でも、結果を出しさえすればいいと信じていた。だが、そうやって得た勝利の先には、むなしさしかなかった。

※横から口出しするのは重大なマナー違反です。イキらず静かに観戦しましょう。

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