第三十一話〖裏クリエイター寮〗
また変な新キャラが出てきます。
サブキャラなので苗字はナシ。
【一】
裏クリエイターには二種類いる。定住型と放浪型だ。
定住型は決まった場所で生活し、地域の中だけで活動する。
放浪型は、それ以外全部だ。なんらかの目的があって旅をしている者。あてもなく各地を転々としている者。あるいは裏クリエイターとは名ばかりの、ていのいい放浪者⋯⋯。
放浪型裏クリエイターにとって、道中は野宿が基本。近隣に知り合いがいれば泊めてもらう。安い宿があれば利用することもある。
裏クリエイターを専門に食事や寝床を安く提供する宿泊施設を、俗に「裏クリエイター寮」と呼ぶ。あくまで俗称なので、実際には寮ではないが。
毎回決まったメンバーが居座り続けていることが多く、まるで彼らの寮のようだと言われたことから、裏クリエイター寮という俗称がついた。
ケイマはカイザと共に所員寮で所長から説教を受けた。話が終わると、最近利用している裏クリエイター寮へと向かう。カイザは所員寮暮らしだったが、話があると言って一緒に連れて来た。
都へ通じる道の外れ。所員寮から少し歩いた地点。そこは兵頭対局所の息がかかった裏クリエイター寮だった。瓦礫ノ園とは逆方向に位置し、さいわいにも洪水の被害は受けていない。
カイザは、自分以外の裏クリエイターたちがどうやって暮らしているのか知らなかった。
建物の内部は薄汚れていた。といっても、カイザやココナが暮らしていた家に比べるとマシなほうだ。瓦礫ノ園で暮らすカードハンターの生活レベルは最底辺だった。
ロビー周辺は裏クリエイターたちのたまり場になっていた。そこにはカイザのよく知る顔も混ざっている。
途中、ジャイ男ともすれ違った。
「おう、カイザじゃないかい。こんなところまでどうしたんじゃい。まさか、所員寮を追い出されたのかい?」
「違うよ。ケイマが僕に話したいことがあるんだって。それで連れてこられたのさ」
「そうかい。それにしても、明日は予選の本戦じゃい。ふたりとも、あまり遅くまで起きているといかんぞい」
「わかっているよ。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「そこは、『おやすみなじゃい』って言わないんだね」
「むむ、カイザよ。最近、ますますギンちゃんに似てきおったのう」
「え、そうかな?」
「弟子は師匠に似るもんじゃい」
ジャイ男は立ち去った。
入口近くに二台のソファーがテーブルをまたいで向かい合うように置かれていた。カイザとケイマはボロボロのソファーに座り、顔を突き合わせる。
「それで、話ってなんなのさ?」
「ささささっきのクリエイターバトルで勝ったのはおでだ。ででででめぇはおギン姉さんから手を引いてもらうぜい」
「なんだ、そんなことか。わかっているさ。それに、元々僕はギンガのことなんて、なんとも思っていななったんだ」
「そそそそうだったのかよ。ななななら、もっと早く言ってくれれば良かったのによう」
「だって、クリエイトバトルが面白そうだったから。こうしてあとでちゃんと説明したわけだし、結果的には良かったじゃないか」
「そそそその言い方、おギン姉さんそっくりだぜい」
「エ、ソウカナー?」
さっきもジャイ男に同じことを言われた。
前にアユムにも指摘されていた。成果や数字ばかりを追い求めるだけではいけないと。ギンガの悪い部分が似てきたのかもしれない。
カイザは、良くいえば柔軟、悪くいえば流されやすい。朱に交われば赤くなる、という言葉がぴったりの性格だった。周囲の人や環境から影響を受けやすいのだ。
カードハンター時代はよりカードハンターらしく、所員のときは所員らしく、裏クリエイターのときは裏クリエイターらしく。それぞれの状況に応じて、いくつもの顔を使い分けた。
昔のカイザは争いを好まず、みんなで協力するのが信条だった。ギンガに出会ったあの日。カイザは難癖をつけられて白札を奪われた。いや、自分から譲ったのだ。口論になるのが嫌だったからだ。
今のカイザは、裏クリエイターとしてのギンガに同化しつつあった。さっきのクリエイトバトルでも、結果がすべてとばかりに手段を選ばす、ケイマの白札を奪い取った。
カイザは、自分が変わりつつあることを認識した。
【二】
「だいたい、ケイマが僕の話をちゃんと最後まで聞かないのが悪いんだよ。暴走しすぎ!」
「ススススマン。ほほほ本当に、おギン姉さんのことはなんとも思っていないのか?」
「当たり前だろ。あんな女のどこがいいんだよ」
カイザは呆れたように言った。
「おおおおでにとっては、ずっとあこがれの人だったんだ」
ケイマはギンガとの出会いを語る。
そのときはまだ、ギンガは裏組織の構成員、ケイマは加賀ノ國の王子だった。ギンガは裏組織の命令で身分を偽って加賀ノ國へ潜入し、ケイマの専属教師としてカードチェスを教えていた。
ケイマはギンガの元で★×3ランクまで育った。だがある日、ギンガは突然失踪する。山城ノ國のスパイだと判明したからだ。
「ケイマもあわれな⋯⋯おっと、一途な奴だなあ。王子なら、もっと可愛い子とかいっぱい選び選び放題だったんだろう?」
「こここ婚約者がいた。おおおおでにはもったいないくらいの素晴らしい女性だったぜい」
「全部捨てて、裏クリエイターになったんだね」
カイザはなにかを得ようとして裏クリエイターに成り上がった。ケイマはすべてを捨てて裏クリエイターへと堕ちた。もしもふたりの立場が逆だったらと、カイザは妄想した。
「そんなことより、明日は予選の本戦だよ。そろそろ帰ってもいいかな?」
「ままま待てよ、せっかくだからここで一戦していけよ」
「こんなところで?」
「れれれ練習対局だぜい。おおおおでと練習対局しやがれ!」
対局空間でおこなわれる対局を真剣対局という。互いに一点の霊力を消費するため、非覚醒者や霊力の弱いクリエイターは真剣対局をおこなえない。
それ以外は練習対局だ。真剣な気持ちで対局しようとも、高レートの賭場対局であろうとも、分類上は練習対局に含まれる。
練習対局は、地面に線を書いてボードの代用にしても良し、きれいなテーブルの上でマットを敷いても良し。旧科学文明時代のように、デジタル画面やVRでの対局も良し。なんでもありだ。
やろうと思えば、イカサマも可能。
「いいね、やろう」
カイザは紫のデッキケースを取り出した。
「よよよよし来た」
ケイマも槍の穂先にくくりつけていた紐を解き、黄色いデッキケースをテーブルに置いた。
「僕はカードチェスを知ってから覚醒するまでが早かったんだ。だから真剣対局ばかりだったんだよね。練習対局なんて今までやる機会がなかったから、なんか逆になんか新鮮だよ」
以前、表の対局室でギンガやユウに練習対局を誘われたことがあった。カイザがまだカードハンターだった頃の話だ。そのとき断ってからというもの、練習対局をする機会はついに訪れなかった。
「ボボボボードはこいつを使わせてもらうぜい」
槍の先刃と逆側部分を「石突き」と呼ぶ。ケイマの槍は特殊な構造で、石突きを回すとネジのように外れる仕組みになっている。中は空洞で、なにかが入っていた。
ケイマは槍の内部から木製の六角柱を引っ張り出した。いや、柱ではなく板を積み上げて束ねたものだ。力を加えると簡単に分解できる。
六角形の板は全部で二十二枚。見てくれはドリンクコースターのようだが、立派な練習対局用の道具だ。テーブルに並べ、塁として使う。
「へえ、正六角形なんて珍しいね」
「ひひひ東本州の近畿圏以外では、塁は正六角形なんだぜい」
「そういえば、カードチェスの塁は元々正六角形だったんだよね」
開発段階では、塁の形は正六角形だった。だが、あるときから正方形に取って代わられた。
練習対局で六角形のものを用意できなかったとき、偶然近くにあった正方形のマットで代用したのがはじまりだという。
新時代以降、東本州ではカードチェスの歴史が研究されるようになり、正六角形の塁が復活した。
「るるる塁の並べ方、親札の初期配置、ルールもちょっと違うんだぜい」
「東本州ルールか、なんか面白そうだね」
「ままままた今度、教えてやるぜい」
「じゃあ、今日は西本州ルールで練習対局しようか」
「あああ明日のための練習だからな」
「よろしくお願いします!」
「よよよよろしくお願いします!」
カイザ対ケイマ、練習対局スタート。
【三】
ぞろぞろと外野が集まってきた。
「現実世界で人に囲まれながら、塁をペタペタ並べて、自分の手でデッキをシャッフルして対局するのもいいもんだね」
「だだだだろ?」
まずは塁を並べ、互いに相手のデッキをシャッフルする。
「えっと、緑色の塁が二十枚。これは中立塁だよね。赤と青の塁が一枚ずつ。それぞれ先手、後手の味方塁だね。ところで、先手後手はどうやって決めるの?」
「じゃじゃじゃじゃんけんで決める。ささささあ、手を出せ!」
「う、うん」
カイザは言われたように手を出した。
「じゃじゃじゃじゃんけん、ほい!」
「ほ、ほい!」
カイザはチョキ、ケイマはパー。
「やったね。僕が先手だ」
赤い塁をゲットし、ボードに付け足した。
「ややややっぱりカイザは豪運だぜい」
「へへへ、実はじゃんけんでは負けたことがないんだ」
先手後手は、対局空間では自動で決められる。確率は限りなく二分の一。ズルはできない。
だが、練習対局ではじゃんけんやコイントスで決める。すると、どうしても偏りが生じてしまう。カイザは、その存在自体がゲームバランスを崩壊させる要因になりかねないのだ。
「あとは親札だね。白札でも使う?」
「ししし白札の表側に、自分の名前を書いて味方塁の上に乗せるんだ」
ふたりは白札を使って自分専用の親札を作成した。
「お、練習対局対局だな。なかなかおもむきのあることをしているではないか」
外野のひとりがテーブルに近づいてきた。黒ずくめの格好で、ロングソードを背負った細身の若者。カイザたちより三つほど年上に見える。
「イイイ⋯⋯リリリリヒト先輩!」
ケイマの知り合いだった。カイザの記憶が確かなら、目の前にいるリヒトという男は、予選の予選に出場していた選手だ。
暫定順位は十二人中、第十位。脱落候補だったが、ギンガの目論見に反して第七位の選手を倒して勝ち上がった。
「おいケイマ。今、『イ』からはじまる言葉を言いかけてやめたような気がしたが、我の気のせいであるか?」
「ききき気のせいだぜい。イキリヒトなんてあだ名、おでは知らねえ」
「なんじは本当に嘘が下手であるな」
どうやら、イキリヒトというのが彼のあだ名らしい。本人は嫌っているようだが、裏クリエイター寮では定着してしまっている様子だ。
「なんじはケイマの恋人であるか?」
リヒトはケイマを放置し、カイザに話しかけた。
「いや、僕は男なんですけど。覇田カイザ、よろしくね」
「おっと、それは失礼。ケイマがいつも言っている、あこがれの人を連れてきたのかと勘違いしていたようだ。では、友人かね?」
「まあ、ライバルみたいなものかな?」
「なるほど、恋敵であるか」
「断じて違う」
カイザは念を押すように言った。
「そこまで強く否定するかね」
「ケイマとは趣味が合わないからね。おかげさまで恋敵にならずに友情を維持できたよ」
ケイマにも聞こえるよう、軽く皮肉を交える。
横目でケイマを見ると、袋からアルミ製のコインをぶちまけていた。床に転がったコインを拾い、熱心に枚数を数えている。おそらく、コインは練習対局用の道具だろう。
相変わらず、人の話を聞いていない。
「では、なんじの趣味とは?」
「リヒトが先に答えてよ」
「よかろう。我が好きなのは、優しくて清らかで、あとおっぱいの大きい大人の女性である」
「ふーん」
カイザは周囲を見渡した。男だらけだった。
「なら、僕と気が合いそうだね」
手を差し出す。
「なんじとも良い友人になれそうである」
リヒトはカイザの手を取った。熱い握手を交わす。
「いつか恋敵になるかもしれないけど。明日、決勝で会えるといいね」
「うむ」
リヒトは、明日のトーナメントではDブロックだ。カイザはCブロック。お互い初戦を勝ち抜けば、二戦目で当たることになる。
ふたりはケイマを差し置いて語り合った。
リヒトは裏クリエイターではなかった。賭場対局は一切やらない。裏対局室にも入らない。しかも兵頭対局所の所員でもない。
だから、カイザは今日までリヒトの存在を知らなかったのだ。
今回は男ばかりの回でした。
アユムちゃんの過去回は数話先になりそう(遠い目)