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カードチェス  作者: 破天ハント
第三章 裏クリエイター編(後編)
31/73

第二十八話〖絶不調(絶好調)〗

二十一話と逆のタイトルです。

【一】


 記録的な大豪雨だった。

 瓦礫ノ園の建物は、木や竹、トタンや廃材を組み合わせた弱い作りになっている。洪水によって、いともたやすく流されてしまった。

 山城ノ國属国上摂津ノ國および下摂津ノ國、両サイド合わせて死者は百人前後。負傷者、被害者、行方不明者はその数十倍はいると予測される。あくまで国が発表した予測でしかないが。


 瓦礫ノ園の住民は流れ者の集まりであり、正確な人口は分からない。そもそも、瓦礫ノ園に住むこと自体が不法占拠なのだ。

 新時代以降の土地は、どこも各王たちが武力で勝ち得た領土からなる。だから本来は合法も不法もないが、それを言い出せば元も子もない。


 十四日目。空は真っ黒。どこまでが空で、どこからが雲かさえ区別がつかない。

 兵頭対局所は岸から遠い位置にあったので、大した被害はなかった。所員寮も無事だ。カイザはルミナをユウに任せ、ひとりで外に出た。

 風雨は弱まれど、まだ雨は降りやまない。ぬかるんだ大地に足を取られる。人や動物の死体がその辺に転がっていた。


 国の支援団体が来て被災者の対応していた。都から派遣されてきたクリエイターたちが水や食料、仮設住宅を提供したが、供給は追いついていない。

 はっきり言って、国の対応はあまりにもずさんだった。人手がまったく足りていない。下摂津ノ國の「王」、覇道テイトクは、自身の統治下にある『下摂津自衛団』および『下摂津自警団』を都から動かさなかった。

 しょせん、瓦礫ノ園は見捨てられた土地。住民は見捨てられた人々だ。


 一方、兵頭対局所は積極的的に被災者を援助した。アユムは兵頭対局所所長として、ひとりのクリエイターとして、各方面で大活躍だった。


「ココナ、それにみんな。どこに行ったんだよ!」

 カイザは仲間を探した。

 何人かは水死体で見つかった。逃げ遅れたのだろう。ココナの姿はなかった。もう二度と会えないかもしれない。そんな疑念が脳裏をよぎる。


「ココナ、ココナの顔が見たいよ。こんなことなら、もっと早く会っていればよかった」


 対局所に戻ると、国の役人が来ていた。被災者の支援のためではない。公式大会の監査役だ。


「大会は延期するんじゃないのかよ?」

 カイザは自分の目と耳を疑った。


「延期? なにを言っているのだね、お嬢ちゃん。ふむ、お嬢ちゃんは兵頭対局所の所員のようだね」

 公式大会監査役と思われる男性は、振り返ってカイザを見下ろす。

 カイザの感知能力は、彼が★×2(ノービス)ランクだと示した。


「下摂津自衛団および自警団、両組織の総統たる覇道テイトク様が、大会はこのまま開催すると言っておられるのだ」 

「のんきに大会なんてやっている場合じゃないだろう!

 こんなときに!」

 激高するカイザ。お嬢ちゃん呼ばわりを訂正する余裕もなかった。

 

「こんなときだからこそ、開催するのだよ。クリエイター育成は我が国の急務なのだからね。それに、瓦礫ノ園の貧民どもがどうなろうと知ったことか」

「な、なんだと!」

 カイザは我慢できず、監査役に掴みかかろうとした。


「まあまあ、バカイザァ。ちょっと落ち着けや」

 ギンガが間に割って入り、カイザを子どものように抱き上げた。


「離せよ、ギンガ。こいつは!」

「こらこら暴れるなや、クソガキィ。あんたがなにを言うても変えらへんでぇ。これは決まったことなんや」

「くそう、ギンガまで!」

「兵頭対局所は被災者の支援にあたる。大会も開催する。アユムは支援組、あては大会組や。予定通り午後から予選を開催する。せやから、変なマネしたらあかんでぇ。失格になりたくなかったらなぁ」

 ギンガの一言で、カイザはしおれて力が抜ける。母を救うためにも、失格になるわけにはいかない。



【二】


 数時間後。クリエイトスペースに人だかりができていた。大会予選の準備がはじまっている。

 カイザはそこから少し離れた場所で、たったひとり、天を見上げた。また雨が激しくなってきた。


「間違っているのは僕なのか?」

 雲に問いかける。


「いや、間違っているのはこの国だ。覇道テイトクとかいう奴だ。王だか総統だか知らないけど、ふざけたことをしやがって! 瓦礫ノ園の被災者を助けるほうが優先だろう! 都の奴らめ、人を見下しやがって! 瓦礫ノ園の住民だって同じ人間なんだぞ。人はみんな、クリエイターなんだ。大切にしなくてもいい人間なんていやしない」

 覇田カイザ、十四年の人生でもっとも強い怒りを覚えた日だった。


「覚えておけよ、都の連中め。そして、覇道テイトク。お前たちが見捨てた瓦礫ノ園出身者のすごさを見せつけてやる!」

 手を掲げ、黒い雲にかざした。雨が目に入る。


「いつか絶対、分からせてやるからな!」

 カイザは天に誓った。


「おーい、カイザァ。そろそろ予選が始まるでぇ」

 ギンガが走ってきた。今日は絶好調らしく、活動的で力があり余っているようだ。


「なにひとりで物思いにふけっとんねん。ほら、いくでぇ」

 ギンガに手を引かれ、クリエイトスペースまで引き戻される。


「それにしても、カイザはツイとるなぁ。豪運の名を冠するだけあるわ」

「なにがだよ?」

「寮に移ったその日に、洪水で家が流されたんやで。どんな危機回避能力やねん。未来予知能力でもあるんかぁ?」

「不謹慎だぞ。怒るよ」

「スマンスマン、そんなつもりやないねん。せやけど、事実やんけ。ホンマに偶然やったんかぁ?」

「当たり前だろ」

 カイザは淡々と答えた。

 ギンガの言い分は一理ある。もしも寮に移っていなければ、今ごろルミナは死んでいた。


「もしも僕がクリエイターにならず、所員にもならず、ずっとカードハンターを続けていたら、洪水は起きなかったのかな?」

「そんなわけないやろぉ。さすがのカイザでも、天候までは操れんわ。考えすぎやって」

「そうだよね、考えすぎだよね」


 昔、ココナの両親がクリエイターに殺されたとき。ちょうどあの日、ルミナが倒れた。

 カイザはルミナに付きっきりで、外へ出る余裕などなかった。もしも外へ出ていたら、カイザも殺されていたかもしれない。

 ルミナが病気になったことで結果的に救われたのだ。似たようなことが何度もあった。今回もそうだ。


「実はあて、ちょっとだけ未来予知能力があるねん」

「はぁ?」

 カイザは胡散臭げにギンガを見上げた。シャツがぬれて肌に張りついている。


「一週間前から、魂のバランスがおかしかったんや。あの日、今までにないくらいの絶不調やった。ほんで今日は、ホンマやったら不調と好調の中間になっとるはずやのに、なぜか絶好調やねん。魂のバランスがおかしくなるときは、決まってなんかが起こりよる。ほんでもまさか、こんなことになるとは思わへんかったけど。もっと早く、気づいとけばなぁ」

「だけど仮に、その話を事前に話していたとしても、誰も信じないよね」

「せやろなぁ。あて自身、あんまりアテにしとらんねんから。ちょっと雨が続くんかなぁ、くらいしか思うとらんかったわ」

「僕は信じるよ」

「ホンマかぁ?」

「ホントだよ」


 妙な能力に恵まれたカイザとギンガは、互いに同志を見つけたような気がした。はじめて理解しあえた気がした。

 ふたりは手をつないでクリエイトスペースに向かう。その手は雨にぬれても冷たかった。


「頑張りやぁ!」

「もちろんだとも」

 だがその日、カイザは絶不調だった。三日前あたりから戦績は下がり調子。今日が戦績グラフの谷底だ。

 家を失い、仲間を失い。カイザは今日が人生のどん底だった。とても、対局に集中できるような精神状態ではない。


 小雨降る中、大会予選が開催される。初戦はいきなりカイザ対ジャイ男だった。


「僕はなんて運が悪いんだ⋯⋯」

 カイザは惨敗した。


【三】


 その日、金子ココナは絶不調だった。

 カイザ組は解散し、家は流され、祖母をうしない、自分も死にかけた。心身共にボロボロになりながらも、ぬかるみを進んだ。

 ココナはアユムに発見され、兵頭対局所で保護された。涙を必死にこらえ、下を向いて歩く。


 カイザ組にはふたつの派閥があった。

 カイザ派は優秀なカードハンターの集まりだ。豪運のカイザと呼ばれていた元リーダーを尊敬して組に入った子たちが多い。カイザが所員になってから、ひとりまたひとりと組を抜けていった。

 ココナ組は、組の配給品や財務を担当する。中心人物はココナで、わずか数人からなる。カイザが抜けたあと、ココナが次のリーダーになった。その影響でココナ派は力を増してゆき、カイザ派から反発されるようになった。


 カイザが抜けたあと、カイザ組は勢いを失った。メンバーは減るばかり。二日前、ココナはついに解散宣言をした。

 カイザがいたら、こんなことにはならなかったはず。ココナは自分の力のなさを悔やんだ。

 だが、自分からカイザに会おうとはしなった。プライドが邪魔したのだ。今、組のリーダーはカイザではなくココナ。それに、カイザにはカイザの人生がある。今さら助けを求めるわけにはいかなかった。

 元カイザ組のユウを通じてカイザに連絡を図ったが、カイザは来なかった。ココナは絶望した。最愛の人に見捨てられたのだ。

 ココナはカイザに告げることなく組を解散させた。ひとりで兵頭対局所へ向かい、カイザ組名義の白札口座を解約した。対局所内でもカイザには会えなかった。


 その翌日が上下摂津の大水害。まさに踏んだり蹴ったりだ。唯一の肉親である祖母が絶命し、ココナは天涯孤独になった。家もない。仲間もいない。大好きなカイザからも忘れられた。

 ココナはすべてを失った。


「こんなときにカードゲームの大会を開くだなんて、どうかしているわ」

 雨に打たれながら、悪態をつく。

 ココナはボロボロの格好のまま、クリエイトスペースの観客たちに混ざった。大会はすでにはじまっていた。


「カイザまでこんな大会に参加しているのね」

 初戦からカイザが戦っていた。対戦相手は、裏対局室でカイザとサイコロ勝負をしていた大男だ。


 ココナに応援されているとはつゆ知らず、カイザは対局空間で熱い戦いを繰り広げていた。

 どうやらカイザは惨敗した様子。大泣きしていた。なぐさめに行こうと群衆をかきわけている間に、ココナは別の女に役割を奪われる。ギンガに先を越されたのだ。

 カイザはギンガの胸で泣きはらしていた。ギンガはカイザの背中をさする。そのまま抱き合うふたり。

 ココナはその場で固まった。


「カイザ、やっぱりあの女の人と⋯⋯」

 唇を噛み、涙をこらえる。


「なによ、一回負けたくらいで大泣きしちゃってさ。泣きたいのは、わたしのほうよ!」

 我慢の限界だった。


「しょせん、わたしはなんの力も持たない、ただの貧しい小娘。カイザ組が解散したのも、祖母を助けられなかったのも、全部わたしが無力だったせい。だけど、いつか抜け出してやる」

 ココナは天を仰ぎ見た。黒い雨が顔を汚す。雨水が目薬のように瞳を直撃し、ココナは黒い涙を流した。


「間違えているのは、わたしのほうなの?」

 雲に問いかける。くしくも、数時間前のカイザと同じことをしていた。だが、ココナは知るよしもない。


「いいえ、間違えているのはこの世界だわ。偽善だらけのこの世界だわ。人はみんなクリエイターだなんて嘘よ。わたしには、そんな力はなかった。世界は差別と不平等に満ちている」

 怨念に満ちた声を上げ、雲をにらむ。


「だけど、『力』はクリエイト能力だけとは限らないわ。ほかにも色んな力があるはず。わたしは、いつまでも無力のままでいるつもりはないのよ。必ず力を手に入れてやる! 力さえあれば、力さえあれば!」

 空に向かって手を掲げる。動作までカイザと同じだった。


「カイザ、待っていてね。なにがあっても見捨てたりはしない。ずっとあなたの味方よ。ずっと大好きよ。あなたがなにをしようと、誰といようと、今は許すわ。いつか、自分の力であなたを振り向かせてみせるから。わたしに依存して、すがりついて、わたしなしでは生きられないと言わせてみせるから。だから待っていてね、わたしの大好きな人。いつか必ず、分からせてあげるわ」

 ココナは天に誓った。

三章終了まであと少し!

四章から展開も明るくなる(と思う、多分)。

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