第二十八話〖絶不調(絶好調)〗
二十一話と逆のタイトルです。
【一】
記録的な大豪雨だった。
瓦礫ノ園の建物は、木や竹、トタンや廃材を組み合わせた弱い作りになっている。洪水によって、いともたやすく流されてしまった。
山城ノ國属国上摂津ノ國および下摂津ノ國、両サイド合わせて死者は百人前後。負傷者、被害者、行方不明者はその数十倍はいると予測される。あくまで国が発表した予測でしかないが。
瓦礫ノ園の住民は流れ者の集まりであり、正確な人口は分からない。そもそも、瓦礫ノ園に住むこと自体が不法占拠なのだ。
新時代以降の土地は、どこも各王たちが武力で勝ち得た領土からなる。だから本来は合法も不法もないが、それを言い出せば元も子もない。
十四日目。空は真っ黒。どこまでが空で、どこからが雲かさえ区別がつかない。
兵頭対局所は岸から遠い位置にあったので、大した被害はなかった。所員寮も無事だ。カイザはルミナをユウに任せ、ひとりで外に出た。
風雨は弱まれど、まだ雨は降りやまない。ぬかるんだ大地に足を取られる。人や動物の死体がその辺に転がっていた。
国の支援団体が来て被災者の対応していた。都から派遣されてきたクリエイターたちが水や食料、仮設住宅を提供したが、供給は追いついていない。
はっきり言って、国の対応はあまりにもずさんだった。人手がまったく足りていない。下摂津ノ國の「王」、覇道テイトクは、自身の統治下にある『下摂津自衛団』および『下摂津自警団』を都から動かさなかった。
しょせん、瓦礫ノ園は見捨てられた土地。住民は見捨てられた人々だ。
一方、兵頭対局所は積極的的に被災者を援助した。アユムは兵頭対局所所長として、ひとりのクリエイターとして、各方面で大活躍だった。
「ココナ、それにみんな。どこに行ったんだよ!」
カイザは仲間を探した。
何人かは水死体で見つかった。逃げ遅れたのだろう。ココナの姿はなかった。もう二度と会えないかもしれない。そんな疑念が脳裏をよぎる。
「ココナ、ココナの顔が見たいよ。こんなことなら、もっと早く会っていればよかった」
対局所に戻ると、国の役人が来ていた。被災者の支援のためではない。公式大会の監査役だ。
「大会は延期するんじゃないのかよ?」
カイザは自分の目と耳を疑った。
「延期? なにを言っているのだね、お嬢ちゃん。ふむ、お嬢ちゃんは兵頭対局所の所員のようだね」
公式大会監査役と思われる男性は、振り返ってカイザを見下ろす。
カイザの感知能力は、彼が★×2ランクだと示した。
「下摂津自衛団および自警団、両組織の総統たる覇道テイトク様が、大会はこのまま開催すると言っておられるのだ」
「のんきに大会なんてやっている場合じゃないだろう!
こんなときに!」
激高するカイザ。お嬢ちゃん呼ばわりを訂正する余裕もなかった。
「こんなときだからこそ、開催するのだよ。クリエイター育成は我が国の急務なのだからね。それに、瓦礫ノ園の貧民どもがどうなろうと知ったことか」
「な、なんだと!」
カイザは我慢できず、監査役に掴みかかろうとした。
「まあまあ、バカイザァ。ちょっと落ち着けや」
ギンガが間に割って入り、カイザを子どものように抱き上げた。
「離せよ、ギンガ。こいつは!」
「こらこら暴れるなや、クソガキィ。あんたがなにを言うても変えらへんでぇ。これは決まったことなんや」
「くそう、ギンガまで!」
「兵頭対局所は被災者の支援にあたる。大会も開催する。アユムは支援組、あては大会組や。予定通り午後から予選を開催する。せやから、変なマネしたらあかんでぇ。失格になりたくなかったらなぁ」
ギンガの一言で、カイザはしおれて力が抜ける。母を救うためにも、失格になるわけにはいかない。
【二】
数時間後。クリエイトスペースに人だかりができていた。大会予選の準備がはじまっている。
カイザはそこから少し離れた場所で、たったひとり、天を見上げた。また雨が激しくなってきた。
「間違っているのは僕なのか?」
雲に問いかける。
「いや、間違っているのはこの国だ。覇道テイトクとかいう奴だ。王だか総統だか知らないけど、ふざけたことをしやがって! 瓦礫ノ園の被災者を助けるほうが優先だろう! 都の奴らめ、人を見下しやがって! 瓦礫ノ園の住民だって同じ人間なんだぞ。人はみんな、クリエイターなんだ。大切にしなくてもいい人間なんていやしない」
覇田カイザ、十四年の人生でもっとも強い怒りを覚えた日だった。
「覚えておけよ、都の連中め。そして、覇道テイトク。お前たちが見捨てた瓦礫ノ園出身者のすごさを見せつけてやる!」
手を掲げ、黒い雲にかざした。雨が目に入る。
「いつか絶対、分からせてやるからな!」
カイザは天に誓った。
「おーい、カイザァ。そろそろ予選が始まるでぇ」
ギンガが走ってきた。今日は絶好調らしく、活動的で力があり余っているようだ。
「なにひとりで物思いにふけっとんねん。ほら、いくでぇ」
ギンガに手を引かれ、クリエイトスペースまで引き戻される。
「それにしても、カイザはツイとるなぁ。豪運の名を冠するだけあるわ」
「なにがだよ?」
「寮に移ったその日に、洪水で家が流されたんやで。どんな危機回避能力やねん。未来予知能力でもあるんかぁ?」
「不謹慎だぞ。怒るよ」
「スマンスマン、そんなつもりやないねん。せやけど、事実やんけ。ホンマに偶然やったんかぁ?」
「当たり前だろ」
カイザは淡々と答えた。
ギンガの言い分は一理ある。もしも寮に移っていなければ、今ごろルミナは死んでいた。
「もしも僕がクリエイターにならず、所員にもならず、ずっとカードハンターを続けていたら、洪水は起きなかったのかな?」
「そんなわけないやろぉ。さすがのカイザでも、天候までは操れんわ。考えすぎやって」
「そうだよね、考えすぎだよね」
昔、ココナの両親がクリエイターに殺されたとき。ちょうどあの日、ルミナが倒れた。
カイザはルミナに付きっきりで、外へ出る余裕などなかった。もしも外へ出ていたら、カイザも殺されていたかもしれない。
ルミナが病気になったことで結果的に救われたのだ。似たようなことが何度もあった。今回もそうだ。
「実はあて、ちょっとだけ未来予知能力があるねん」
「はぁ?」
カイザは胡散臭げにギンガを見上げた。シャツがぬれて肌に張りついている。
「一週間前から、魂のバランスがおかしかったんや。あの日、今までにないくらいの絶不調やった。ほんで今日は、ホンマやったら不調と好調の中間になっとるはずやのに、なぜか絶好調やねん。魂のバランスがおかしくなるときは、決まってなんかが起こりよる。ほんでもまさか、こんなことになるとは思わへんかったけど。もっと早く、気づいとけばなぁ」
「だけど仮に、その話を事前に話していたとしても、誰も信じないよね」
「せやろなぁ。あて自身、あんまりアテにしとらんねんから。ちょっと雨が続くんかなぁ、くらいしか思うとらんかったわ」
「僕は信じるよ」
「ホンマかぁ?」
「ホントだよ」
妙な能力に恵まれたカイザとギンガは、互いに同志を見つけたような気がした。はじめて理解しあえた気がした。
ふたりは手をつないでクリエイトスペースに向かう。その手は雨にぬれても冷たかった。
「頑張りやぁ!」
「もちろんだとも」
だがその日、カイザは絶不調だった。三日前あたりから戦績は下がり調子。今日が戦績グラフの谷底だ。
家を失い、仲間を失い。カイザは今日が人生のどん底だった。とても、対局に集中できるような精神状態ではない。
小雨降る中、大会予選が開催される。初戦はいきなりカイザ対ジャイ男だった。
「僕はなんて運が悪いんだ⋯⋯」
カイザは惨敗した。
【三】
その日、金子ココナは絶不調だった。
カイザ組は解散し、家は流され、祖母をうしない、自分も死にかけた。心身共にボロボロになりながらも、ぬかるみを進んだ。
ココナはアユムに発見され、兵頭対局所で保護された。涙を必死にこらえ、下を向いて歩く。
カイザ組にはふたつの派閥があった。
カイザ派は優秀なカードハンターの集まりだ。豪運のカイザと呼ばれていた元リーダーを尊敬して組に入った子たちが多い。カイザが所員になってから、ひとりまたひとりと組を抜けていった。
ココナ組は、組の配給品や財務を担当する。中心人物はココナで、わずか数人からなる。カイザが抜けたあと、ココナが次のリーダーになった。その影響でココナ派は力を増してゆき、カイザ派から反発されるようになった。
カイザが抜けたあと、カイザ組は勢いを失った。メンバーは減るばかり。二日前、ココナはついに解散宣言をした。
カイザがいたら、こんなことにはならなかったはず。ココナは自分の力のなさを悔やんだ。
だが、自分からカイザに会おうとはしなった。プライドが邪魔したのだ。今、組のリーダーはカイザではなくココナ。それに、カイザにはカイザの人生がある。今さら助けを求めるわけにはいかなかった。
元カイザ組のユウを通じてカイザに連絡を図ったが、カイザは来なかった。ココナは絶望した。最愛の人に見捨てられたのだ。
ココナはカイザに告げることなく組を解散させた。ひとりで兵頭対局所へ向かい、カイザ組名義の白札口座を解約した。対局所内でもカイザには会えなかった。
その翌日が上下摂津の大水害。まさに踏んだり蹴ったりだ。唯一の肉親である祖母が絶命し、ココナは天涯孤独になった。家もない。仲間もいない。大好きなカイザからも忘れられた。
ココナはすべてを失った。
「こんなときにカードゲームの大会を開くだなんて、どうかしているわ」
雨に打たれながら、悪態をつく。
ココナはボロボロの格好のまま、クリエイトスペースの観客たちに混ざった。大会はすでにはじまっていた。
「カイザまでこんな大会に参加しているのね」
初戦からカイザが戦っていた。対戦相手は、裏対局室でカイザとサイコロ勝負をしていた大男だ。
ココナに応援されているとはつゆ知らず、カイザは対局空間で熱い戦いを繰り広げていた。
どうやらカイザは惨敗した様子。大泣きしていた。なぐさめに行こうと群衆をかきわけている間に、ココナは別の女に役割を奪われる。ギンガに先を越されたのだ。
カイザはギンガの胸で泣きはらしていた。ギンガはカイザの背中をさする。そのまま抱き合うふたり。
ココナはその場で固まった。
「カイザ、やっぱりあの女の人と⋯⋯」
唇を噛み、涙をこらえる。
「なによ、一回負けたくらいで大泣きしちゃってさ。泣きたいのは、わたしのほうよ!」
我慢の限界だった。
「しょせん、わたしはなんの力も持たない、ただの貧しい小娘。カイザ組が解散したのも、祖母を助けられなかったのも、全部わたしが無力だったせい。だけど、いつか抜け出してやる」
ココナは天を仰ぎ見た。黒い雨が顔を汚す。雨水が目薬のように瞳を直撃し、ココナは黒い涙を流した。
「間違えているのは、わたしのほうなの?」
雲に問いかける。くしくも、数時間前のカイザと同じことをしていた。だが、ココナは知るよしもない。
「いいえ、間違えているのはこの世界だわ。偽善だらけのこの世界だわ。人はみんなクリエイターだなんて嘘よ。わたしには、そんな力はなかった。世界は差別と不平等に満ちている」
怨念に満ちた声を上げ、雲をにらむ。
「だけど、『力』はクリエイト能力だけとは限らないわ。ほかにも色んな力があるはず。わたしは、いつまでも無力のままでいるつもりはないのよ。必ず力を手に入れてやる! 力さえあれば、力さえあれば!」
空に向かって手を掲げる。動作までカイザと同じだった。
「カイザ、待っていてね。なにがあっても見捨てたりはしない。ずっとあなたの味方よ。ずっと大好きよ。あなたがなにをしようと、誰といようと、今は許すわ。いつか、自分の力であなたを振り向かせてみせるから。わたしに依存して、すがりついて、わたしなしでは生きられないと言わせてみせるから。だから待っていてね、わたしの大好きな人。いつか必ず、分からせてあげるわ」
ココナは天に誓った。
三章終了まであと少し!
四章から展開も明るくなる(と思う、多分)。