第二話〖瓦礫ノ園〗
【一】
今日の空は紫、流れる雲はこげ茶色。霊毒は世界の色を書き換える。
十四歳の少年、覇田カイザは、空と同じ色の長い髪をかき分けて仕事に取りかかった。
地平線の果てまで続くゴミの海。ここは『瓦礫ノ園』。社会から見捨てられた人やモノが流れ着く場所だ。
旧時代の建築物の残骸や、うずたかく積もった廃棄物。それらは丘を形成し、カイザの行く手を阻む。カイザはドロドロに汚れがらも、腐臭に満ちた丘を登った。瓦礫の山脈と谷を超え、汚水の川を渡る。
保護衣や靴、マスクもなく、素手でゴミ山をあさった。常に下を向いてカードを探していたので、首が悲鳴をあげている。
「見つけた! よし、今日も僕はツイている」
カイザは一枚のカードを拾った。世紀末に天から降ってきたカードチェスのカードだ。約半世紀の歳月によって、カードは霊力を失い、名前もイラストも消えて『白札』と化していた。
カイザはカードチェスのルールを知らない。ただただ、生きるための手段として、首や腰を痛めながらカード拾いに励んでいた。
瓦礫ノ園の人々は、再利用できそうな廃材やカードチェスのカードを回収業者に持っていくことで生きている。その中でも、カード拾いのみに特化した者を『カードハンター』という。
カイザは五歳のころから母と二人でカードハンターとして生きてきた。それより前のことは覚えていない。父の顔は知らない。カイザが産まれるよりも前に死んだらしい。
二年前、母は体を悪くして寝たきりになった。長年の苦労がたたったのだろう。カイザは母のぶんまで稼がなければならなかった。
母の病気がきっかけで、カイザはひとりでカードハンターとして活動すること決意した。
その決意を皮切りに、恐ろしいほどの幸運に恵まれるようになった。瓦礫をどければレアカード、ちょっと探せばレアカード。磁力で吸い寄せられたように、大量のレアカードが集まった。
いつしか「豪運のカイザ」というあだ名までつけられた。カイザは近隣の子どもたちに慕われ、いつの間にか「カイザ組」という子どもだけのカードハンター組織のリーダーになっていた。
【二】
カイザは近くに落ちていた紫色の布切れを拾い、マントのように羽織ってみた。
「似合うかな?」
カイザはよく女の子と間違われた。色白で瞳が大きく、鼻筋も通っていた。肩幅は狭く、手足も細い。髪は足首に届くほど長い。髪色は紫、毛先と根元付近は黄色で、全部地毛だ。
カイザは、ほかの子どもたちとはどこか異なる雰囲気を醸し出していた。瓦礫の園育ち思えないような、高貴な印象を人に与えた。
「カイザ、待ってよ~」
裸足の少女、金子ココナはカイザの背を追って走った。ココナもカイザと同じく、瓦礫の園でカード拾いを生業にして生きている。
「カイザったら、またこっそり別行動して! 手柄を独り占めする気でしょう」
ココナは頬を膨らませ、上目遣いでカイザをにらんだ。瞳は赤茶色で、アーモンド型だ。ココナが息を吸うたびに、襟から日焼けした薄い胸がちらりと見える。
カイザは興味なさそうに視線をそらした。
ココナの汚れたワンピースは、片方の紐が切れている。瓦礫ノ園で生きる者は、衣類を気にかける余裕などなかった。
「コラ! わたしが話しているんだから、コッチ向きなさいよ。今から一緒にレアカードをザックザック探しちゃうわよ」
「いや、この辺一帯にはもうレアカードはないよ」
カイザは申し訳なさそうにカードケースを取り出し、カードの束を見せた。
世紀末に降り注いだカードはどれも霊力を失って白札化しているが、名前やイラストを囲む枠線と、希少度をあらわす白抜きの星(☆)は残っていた。
カードの希少度は☆×0から☆×9までの十段階で評価される。星がひとつ増えるごとにカードの価値は十倍になる。
ココナは大きなため息をついた。
「☆×4がこんなにたくさん。さすが、豪運のカイザと呼ばれるだけあるわね。その運の強さ、私にも分けてほしいわ」
ココナは求める財宝が採り尽くされたと悟り、回れ右して引き返した。
肩にかかっていた赤茶色の髪が、ふわりと舞う。歩くたびに丈の短いワンピースがめくれ上がり、褐色の太ももが見え隠れした。
「ココナ以外のメンバーの様子は?」
追う側に逆転したカイザは、ココナの背中に質問した。
「みんなそれほど良くないわ。カイザ組は今日もいつも通り、あなたの一人勝ちよ」
「だよな、この近辺は拾い尽くしたから」
カイザはカードハンターとしての生き方に限界を感じた。もうどこもひと通り探し終えている。新たな場所を開拓しようとすれば、別のグループのテリトリーに入ってしまう。
ココナはカイザと似たような境遇だったが、カイザのような強運はなかった。最初はカイザのあとをコソコソとつけまわり、取り残したカードを狙っていた。
「二人で一緒に探そうよ。そのほうが手間が省けるしね」というカイザの一言から、二人はチームとして活動することになった。
それから、カイザは似た境遇の子どもたちを次々とチームに引き入れた。いつの間に人数が増え、今のカイザ組が出来上がった。
カイザ組は約二十人の少年少女で構成されるカードハンター集団に成長した。半数以上は年齢一桁で、最年長は十四歳のカイザとココナだ。
「サスケ、ヨサク、ハチロー⋯⋯。みんな頑張っているなぁ」
カイザとココナは、ゴミ山の頂上からカイザ組メンバーの働きを眺めた。
カイザは各々の性格を見極め、捜索範囲をチームごとに分担させている。
考えるのが得意だが体を動かすのが苦手な子は、考えるより行動するタイプの子と。広範囲を見渡すのが得意だが目の前がおろそかな子は、逆の性格の子と。サボりグセのある子は真面目な子を側につけて見習わせた。
「あっ、きゃーっ!」
ココナは足を滑らせてゴミ山から落ちた。ゴミの雪崩が起こり、カイザも巻き込まれる。
「ココナ、大丈夫? 怪我はない?」
「イテテテテ、大丈夫じゃない~! 足の裏を怪我しちゃったみたい。カイザは?」
「僕は大丈夫だよ、問題ない」
「さすが、今日もツイてるわね」
カイザはココナの元へ駆け寄った。ココナの足の裏には、金属片が突き刺さっていた。靴を履いていなかったので、直に深くまで食い込んでいる。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
カイザはココナを横に寝かせ、足首をつかんで金属片を引き抜いた。肩にかけていた紫のマントを引きちぎり、傷口に巻いた。布に血が染み込んでいく。
「もう夕方だ、そろそろ帰ろうか」
カイザはココナを背負い、集合場所まで運び込んだ。
「いつもありがとうね、カイザ」
「ココナが無事なら、それでいいさ」
【三】
夕暮れ時、カイザ組総本部(金子ココナ宅)。今日の夕焼け空は赤紫。新時代の空や雲は、日によって色を変える。
ゴミを踏み固めた土地に、トタンとベニヤでこしらえた簡素な家屋。ドアはなく、すぐそこのゴミ山から悪臭が入り込んでいる。トイレもシャワーもない。ココナは祖母と二人で暮らしていた。
付近には同様の住居が密集しており、カイザ組のメンバーはみなご近所同士だ。
「やあ諸君、今日もケバケバしい空だったね」
カイザはメンバーが全員そろったことを確かめ、喋りはじめた。
「下だけを見てカード拾いに精を出せば、空なんて見なくて済む。下を見れば、悪臭のするゴミの山に、旧時代の瓦礫にガラクタ、都の下水から来る汚物、垂れ流しの汚水⋯⋯。まったく、瓦礫ノ園はいいところだねぇ」
カイザの弁舌に、一同はクスリと笑った。
カイザは今日の収穫カードを集め、平等に分配した。
集団でおこなうカード拾いは、受け持ちの範囲によってアタリ、ハズレの差が大きい。真面目にカード拾いをしていた場合でも獲得枚数が少ない場合や、その逆もよくある。だからカイザ組では、全員で平等に分配するように取り決めている。
割を食うのはいつもカイザとココナだったが、取り決めは必ず守った。カイザ組に入れば働きの少ない小さな子でも受け入れてもらえると評判になり、構成員はどんどん増えていった。
中には取ってきたカードを隠し持つ嘘つきもいたが、カイザはことごとく見抜いた。ひどい場合は追放処分をくだした。
「わぁ、☆×3ばっかりだ。☆×4もこんなに!」
子どもたちが歓声をあげた。
「やっぱり豪運のカイザだぜ、凄すぎだぁ!」
カイザは組のメンバーに畏怖の念すら抱かれ、リーダーとしてまつりあげられた。だが、当の本人は目立つのが苦手で、名が広まるのを嫌がった。
分配が終わると、みんなで歌を歌い、談笑した。すっかり日が暮れ、メンバーは各々の家へ帰った。
カイザ組のメンバーは、今を楽しく暮らしている。瓦礫ノ園での生き方に慣れてしまっているからだ。貧しくとも、それほどの悲壮感はない。
だが、リーダーのカイザだけは、このままではいけないという危機感を心の中に募らせていた。