第二十五話〖ライバル〗
【一】
カイザとケイマは和解した。対局前とは違う気持ちで、友好を深めるための握手を交わす。
ギンガは横で大笑いしながら、その光景を楽しんでいた。絶不調でピリピリしていたギンガが、今日一番の笑顔を見せる。
カイザにはいささか意外だった。
一瞬も迷うことなくカイザに挑み、がむしゃらに突っ走ったケイマ。その行動はまるで的外れだったが、結果としてギンガの気分を和らげた。カイザにできなかったことを、いともたやすく成し遂げたのだ。
一見、ケイマはよくいるチンピラ風の裏クリエイターだ。だが、実は正義感が強く、カイザにはないものを持っている。
あくまでカイザの主観だが、ケイマは見かけによらず生真面目な性格なのかもしれない。どうもそのせいで視野が狭くなりがちで、自分の考えに固執して暴走してしまうことがあるらしい。
喋ることや説明することが苦手なので、人から誤解されることも多いだろう。「暴れ馬」という呼び名にしても、自分で付けたのではないようだ。きっと周りの人からそういう風に受け止められ、レッテルを貼られたのだろう。
あとで本人がその呼び名を気に入り、自分で名乗り始めたというわけだ。
そして、なにより意外だったのは、ケイマが加賀ノ国の「王族」だったことだ。
「この見た目で、さすがに冗談でしょう? ケイマが王族だなんて、笑うしかないんだけど」
先の群雄時代、極東に数百の国が乱立した。自らの能力で領土を勝ち取り、国の樹立を宣言した者たちを「王」という。新時代では、一国の支配者となった者は、実際に即位せずとも便宜上「王」と呼ばれる。
そして今は王権時代。より強大な力を持つ「王」が近隣のライバルを打ち倒すか配下に置き、勢力を広げて競っている。数百あった国々はふるいにかけられ、数十にまで減った。
「王」の親族を「王族」という。ケイマは正真正銘、加賀ノ国の「王族」だった。「王弟」の次男として生まれたが、実の父および父に味方する親族たちと対立し、勘当されて国を出た。
その後ギンガと出会い、裏クリエイターの世界に引きずり込まれたというわけだ。根が真面目なぶん、吹っ切れたときの反動が大きかった。ギンガの自由気まますぎる生き方に憧れ、どういうわけか憧れが恋慕に変わったらしい。
「ででででめぇのほうこそ、見かけによらず、元カードハンターだったのか。おおお驚いたぜい」
「そうだよ。ケイマより僕のほうが王族っぽいかな? だけどつい数ヶ月前まで、僕はホントに非覚醒者だったんだ。八日前に兵頭対局所の所員になって、昨日、★×3ランクに昇格したところさ」
「ススススゴい急成長じゃねえか。さささ才能あるぜい、まだ弱いけど」
ひと言余計だが、悪気がないので仕方がない。
「せやろ、せやろ! あてが発掘したんやでぇ。こいつ、絶対まだまだ伸びるでぇ、まだ弱いけど」
横からギンガが割り込んできた。
「うるさいなあ、弱い弱い言うなー!」
噛み付いてかかるカイザ。
「だって、ホンマのことやんけ。この三人の中で、一番弱いねんからなぁ」
「くそう、覚えておけよ。ギンガなんか、すぐに追い抜かしてやるからな。あとで後悔しても遅いからな!」
発言がいちいち小物臭い。
カイザは年下とよく絡み、兄のように慕われてきた。だが、ギンガといると調子が狂う。
ギンガはカイザをクソガキ扱いし、弟のように接した。カイザの周りには、ギンガのようなタイプの人はほかにいない。
一方、ケイマはそんなふたりを羨ましそうに見つめていた。
「ねねね姉さんを追い抜かす前に、まずはおでを倒すことだぜい、カイザ」
「望むところだよ、ケイマ」
「だーから、あんたの姉さんになった覚えはないっちゅうねん、ケイマァ」
三者三様、好き勝手なことを言っている間に、あたりはすっかり暗くなっていた。
【二】
深夜。小雨が降りだした。明け方には豪雨になっていた。空の色さえ見えないような、ぶ厚くどす黒い雲。
カイザは病床の母ルミナを置いて仕事に出かけた。看病に費やす時間はだんだん減ってきている。仕事に行かなければならないので、仕方がないのだ。カイザはそう、自分に言い聞かせた。
ルミナは一貫して、カイザがカードチェスに関わることを否定し続けた。だが今や、反対する気力もなく寝込んでいる。
容態は悪くなる一方だが、打つ手はなかった。あるとすれば、都で開かれるカードチェスの大会で優勝することだけ。
優勝さえすれば、母のために薬を買う余裕ができる。そのためには、たくさん対局をして強くならなければならない。こうして、ますます看病をする余裕がなくなっていった。
「勝てばいいんだ。勝ちさえすれば、すべてが解決する」
黒い雨に打たれながら、兵頭対局所を目指す。
カイザの魂は、今日の雲のようにだんだん黒く濁っていった。
九日目の仕事終わり。久しぶりにココナの家を訪ねる予定だったが、外は暴風雨が吹き荒れていた。対局所から出られないほどの荒れ模様で、やむを得ず裏対局室へ足を運ぶ。
「ままま待っていたぜい」
ケイマは振り返って手を振った。
「まさか、しばらくここに居座る気なの?」
「そそそそうだぜい、おでも大会に参加するんだ。ひょひょひょ兵頭対局所の代表選手になってやるぜい」
「ひえ~、それは手強いねえ」
ケイマはギンガの旧知ということもあり、てっきり裏組織の関係者だと勘ぐっていた。だがそうではなく、ソロの放浪型裏クリエイターだった。全国の裏対局所や裏対局室を巡り、各地の猛者と戦ってきたのだ。
★×3ランクの大会が開かれるということで、ケイマはしばらく旅を中断し、兵頭対局所の裏対局室に留まることにしたという。
「ケイマは十二人目の予選参加者や。さぁてカイザァ、いきなりピンチやでぇ」
ギンガが遅れて裏対局室へ入ってきた。いつもの白い長袖Tシャツにジーンズ姿。トレードマークの片眼鏡。手には、自分でクリエイトした外国語の本。
性格も昨日とは真逆で安定しており、苛烈さもない。
「おおおおギン姉さん!」
ケイマの顔がぱっと明るくなった。
「相変わらず、暑苦しい奴やなぁ。っていうか、その呼び方やめぇ」
「きょきょきょ今日はスカートをはかないんですかい?」
「昨日が特別なだけや。こっちのほうが動きやすいし、ええわ」
「そそそそんなぁ」
あからさまにガッカリするケイマ。
ふたりがくだらないやり取りをしている間、カイザはギンガの言葉を思い返して考えてみた。
「僕が⋯⋯ピンチだって?」
「だってそうやん。カイザは昨日、賭博対局で予選参加予定者に勝ちまくったわけや。十九連勝したんやったっけぇ?」
「そうだよ。昨日は絶好調だったからね」
「代表選手に選ばれるには、まず所内予選で二位以内に入らんとあかん。あての調べでは、昨日の連勝でカイザの暫定順位は、十一人中最下位から、一気に二位まで急上昇した。せやけど⋯⋯」
「そういえば、昨日はジャイ男と戦っていない」
カイザはまだ一度もジャイ男に勝っていない。ジャイ男は予選参加予定者でトップの戦績だ。
「さては、ビビったなぁ? 連勝記録を崩されるんが怖くて、逃げたんやろぉ?」
「ち、違うよ。たまたま、対局の機会がなかったのさ。昨日はジャイ男の挑戦者が多くて、列になっていたんだ。列に並ぶよりも、ほかの人と対局して回数をこなしたかったんだ」
「結果、暫定二位や。ほんで今日、十二人目があらわれた。そういえば、まだケイマには勝ってへんやろぉ? っていうことは、今ァカイザの暫定順位は、三位や」
三位以下は所内予選敗退。都で開かれる本戦に参加できない。
「昨日はたまたま負けただけさ。今日は勝ってやる。ケイマ、僕と対局しやがれ!」
「あああ相手してやるぜい!」
【三】
カイザはつい二日前まで★×2ランクだった。相手は常に格上。連戦連敗は当たり前。それでも諦めずに食い下がるメンタルの強さこそが、カイザの取り柄だった。
カイザ本人は気づいていなかったが、ギンガはちゃんと見ていた。
勝てる見込みなく延々と負け続けるというのは、想像を絶する精神的ダメージだ。聞くのと、実際に体験するのとではまったく違う。
たとえば、元カイザ組のユウ。彼女はクリエイターの世界に身を投じたが、自分が井の中の蛙だと知って絶望した。
一方、カイザも似たような境遇にありながら、気持ちはいつも前向きだった。上達すればいつかは勝てるようになると信じ、決して挑戦をやめなかった。
貧困の中でも母に愛され、大切に育てられ、なんだかんだで運に恵まれてきた環境が、カイザの人格を形成したのだろうか。詰めは甘いが、伸びしろはある。ギンガから見たカイザの評価はそんなところだ。
「ややややるじゃねえか」
「ケイマもね」
カイザはなんとか勝った。ギリギリの戦いだった。次は負けるかもしれない。
「昨日の一戦も合わせたら、これでお互い一勝一敗だね」
「ももももう一戦だ!」
「構わないけど、また負けても知らないよ」
ギンガはふたりの対局を観戦した。昨日、大暴れしたことを反省して、今日は対局しないと決めていた。それに、まだ絶不調の谷を越えたばかり。まだ本調子は出せない。
観戦と読書を交互に繰り返すギンガ。一ページ読んでは対局に目を向け、また一ページ読んでは対局の進行をチェックする。
だからといって、適当に観戦しているわけではない。ギンガは極度の飽き性で、ひとつのものごとに集中できない性格だ。これがギンガにとって最適の観戦方法なのだ。
集中力の持続時間は、カードチェスの実力に大きな影響を及ぼす。その点、ギンガは埋めがたいほどのハンディキャップを背負っている。
それでも★×4ランクまで昇格できたことは、奇跡といってもいいほどだ。
ギンガが奇跡を起こせたは、アユムというライバルがいたからだ。ランクはのちに抜かされたが、それまで実力は互角だった。
アユムもまた、ひとつのことに集中するのが苦手だった。といっても、ギンガのように注意散漫ではない。マルチ型クリエイターといって、あらゆる要素を考慮し、均等にバランス良く目配せするタイプなのだ。
その性質上、常に集中力を分散してしまう。ひとつのことだけに集中していられない。それがアユムの長所でもあり、短所でもある。
アユムはギンガの良き理解者であり、良きライバルだった。アユムがいたから、今のギンガがある。アユムがいなければ、ギンガはいまだに★×3ランクでくすぶっていたことだろう。
ライバルがいれば、ぐんと伸びる。カイザはずっと、実力が同程度の相手を求めていた。ようやく、その願いがかなったのだ。
ケイマはまさに、ライバルと呼べる存在だった。
「あちゃー、僕の負けだ」
「どどどどうだ、降参か?」
「まだまだ、次は負けないよ!」
ギンガはふたりの勝利数をカウントした。昨日のぶんを抜きにすれば、一勝一敗だ。
「ぐぐぐぐぬぬっ」
「やったね。なんだか、今日も絶好調みたいだよ」
本日、カイザ二勝、ケイマ一勝。
「くくくくそうっ」
「ほら、やっぱり今日も絶好調なんだ」
カイザが三勝したところで、ふたりの戦いは終了した。
「あああ明日は負けねえからな!」
「僕だって!」
カイザはほかの裏クリエイターと対局しに行った。巧みに賭博対局を持ちかけ、また連勝記録を築き上げる。二十九連勝したタイミングでジャイ男に対局を申し込まれ、逃げずに挑んだが敗北した。
※この世界では、対局を申し込むとき「しよう」や「しろ」ではなく、「しやがれ!」と言うのがマナーです。例外なく全キャラが言います。どんな世界やねん!