第二十四話〖タイマン(後編)〗
【一】
〔覇田カイザ〕
●第14手番
手札 8→9→8枚
対価札 14枚(未使用)
副対価札 0枚
♡体力 9点
〔レクイエム〕
♢出力 0点
通常:
〈♢出力7点▲の駒札×2、捨札→消札〉
相手駒を1体選んで体力をマイナス3点する。
レクイエム。それは死者の安息を願う典礼。
カイザの頭の中では、すでに勝利の方程式ができあがっていた。ケイマの敗北は必然だった。
「能力の対象は、えっと、インなんとか」
「イイイ〔インキタトゥス〕な」
「そう、それ」
〔インキタトゥス〕の体力は四点。〔レクイエム〕で三点のダメージを受けて、残り一点。
「最後は親札で攻撃だ!」
カイザ自身が隣の塁へ殴り込み、〔カリグラ〕のかたきを討った。
「駒札を二体出して手番終了だよ」
二体ともケイマに隣接するように配置した。
「どうする? もう終わっちゃうよ?」
カイザは余裕を見せつけるように言った。
ケイマは塁の端に追い込まれていて、逃げ場はどこにもない。しかも残り体力は二点。
今出した二体は戦力五点と四点の大型駒。両方とも破壊しなければ、次の手番でケイマの負けだ。ぴったり隣接しているので、合駒を挟むこともできない。
「ままま、まだ終わっていない!」
ケイマは勢いよくカードをドローした。
〔前田ケイマ〕
○第14手番
手札 1→2枚
対価札 14枚(未使用)
副対価札 0枚
♡体力 2点
「おおお、終わりはでめぇのほうだぜい」
「なにを言っているんだよ? どう考えたって、僕のほうが優勢じゃないか」
カイザは反論した。
盤面はカイザが圧倒的優勢。駒の総数、個々のスタッツ、配置、どれを見てもカイザが勝っている。
ケイマの駒札は、〔サラブレッド〕と〔グレビーシマウマ〕の二体のみ。どちらも戦力、体力が三点の中型駒だ。
カイザの駒は五体いて、どれも戦力、体力が五点以上の大型駒。うち二体は王手を利かせている。一方、ケイマの駒は配置が悪く、この手番は攻撃すらできない。
盤面以外でもカイザが圧倒的優勢。カイザの親札体力は九点、ケイマはたったの二点。カイザの手札は六枚、ケイマは二枚。
第十四手番を過ぎた今、出力七点の駒札を軸にしたカイザのデッキは強い。さらにいえば、カイザの捨札には上級駒札が山ほど蓄えられている。これをリソースにすれば、出力ゼロの技札をバンバン撃ち込める。
カイザが負ける要素など、なにひとつありはしないのだ。
「おおお親札で、相手親札に直接攻撃だぜい!」
脇目も振らず、隣にいるカイザに全力タックル。行動に迷いがない。
「グヘッ。なんてプレイングだ。もうわけが分からないよ」
カイザは腹をさすって立ち上がった。残り体力、八点。
「貴重な一点のダメージ源を、僕への直接攻撃に使うだなんて。最後の悪あがきかな?」
カイザは、ケイマが負けを悟ったものだと思い込んだ。
ケイマはこの手番中に二体の相手駒を倒さなければならない。一体でも残れば、次の手番で負けてしまう。
二体も倒しきれないと判断し、無意味な直接攻撃に走ったのだろう。対局空間内では不死身だが、痛みは感じる。戦略上無意味でも、直接攻撃すること自体が目的なのだ。
悪あがきをする理由はほかにもある。大会などでは、勝者の親札体力が戦績として記録される場合があるからだ。敗北確定時点でもすぐには投了せず、少しでも点を削ることで、勝者の足を引っ張ることができる。
敗者側からしても、たとえば「十五対ゼロで完全敗北」よりも「残り三点、惜しくも届かず」のほうが格好がつく。負けは負けでも、一矢報いてから負けたいという心理もある。
賭博対局では、勝者の親札体力によって取り分が変わる場合もある。
ギンガが考案した暴力カードチェスでも同じだ。対局空間で相手にダメージを与えたぶんだけ、負けた場合に現実世界で受けるダメージが減る。悪あがきではなく、正当化な自衛手段なのだ。
今回のパターンは、カイザに悪感情を抱いているケイマが、少しでも制裁を加えるために直接攻撃をしてきたに違いない。
――――いや、違う。相手はまだ諦めていない。ケイマの表情を見て、カイザは考えを改めた。
「まさか、この手番中に勝つつもりなのか?」
「おおおおではこのカードに賭けるぜい。イイイ〔インスピレーション〕!」
【二】
カードチェスの基本ルールは、敵の王、相手親札を取る(体力をゼロにする)ことだ。
そのためには手札からどんどん駒札を場に出していかなければならない。王は裸一貫からスタートし、仲間を増やして敵に立ち向かう。
手札が尽きれば仲間の増援が途切れる。そうなれば王は死んだも同然。敵に囲まれてチェックメイトだ。だから、手札は大切にしなければならない。いかに手札を管理し、ボードの支配権を得るかが勝敗の鍵だ。
初心者は手札の価値が分からず、手札を補充する能力を過小評価する傾向にある。なぜなら、直接盤面に影響がないからだ。だが、上級者ほど「その一枚」の重さを理解する。
「なるほど、ドローに賭けるつもりなんだね」
「ききき奇跡を見せてやるぜい!」
〔インスピレーション〕は、出力四点でカードを二枚引く技札だ。手札一枚を使用して二枚を得る。実質、増える枚数は一枚だけ。
盤面には影響を与えず、対価札を四枚も消費するので、使うタイミングは要注意だ。下手をすれば、駒を出すテンポが遅れ、盤面を取られてしまう。
ケイマは山札の上からカードを二枚引き、手札が三枚に増えた。
「どう? 奇跡は起きた?」
「おおおおう、起きたぜい」
「えー、嘘でしょう!」
どうも嘘ではない様子。カイザが観察したところ、ケイマは馬鹿正直な性格で、思考が顔に出やすいようだ。
ケイマは明らかに勝利を確信した顔をしていた。
「残り八点、取れるの?」
「ととと取れる!」
カイザの体力は半分以上も残っている。この手番だけで削りきるのは至難の業だ。まず、肝心の直接攻撃を実行する駒がない。駒自体はあるが、配置が悪いのだ。
「ユユユ〔ユニコーン〕!」
黄色いユニコーンがあらわれた。額の中央に生えた一本の白い角は、どんな敵でも必ず突き刺すような力強さがある。
「また『未知』か。出力九点、重量級だね」
「しゅしゅしゅ出現時能力、発動! みみみ味方駒を一体選んで『鋭角屈折』を与える」
「屈折」とは、移動中に進行方向を変えることができるワンフレーズ能力だ。
「鋭角屈折」を持つ駒は、最初の一歩はまっすぐ進み、二歩目は進行方向に対して斜めうしろに移動する。壁にあたって跳ね返るような鋭角的な動きをすることから、この名がついた。
ちなみに強制能力なので、曲がりたくなくても曲がらなければならない。これはデメリットにもなりうる。
また、当然ではあるが、動力一以下の駒札には持たせても効果がない。「屈折」能力を持たせること自体は可能だが、二歩目がないので曲がりようがないからだ。
「たたた対象は〔サラブレッド〕だぜい」
〔ユニコーン〕の角がはずれ、〔サラブレッド〕の額に移植された。
「ということは、〔サラブレッド〕で僕に直接攻撃が可能になるね。悪い配置だと思っていたけど、実は計算だったんだのか、スゴいよ!」
はじめて見る能力に目を輝かせるカイザ。
「だけど、〔サラブレッド〕の戦力は三点だよ。まだ五点足りない」
後手第十四手番。対価札十四枚のうち、〔インスピレーション〕で四枚、〔ペガサス〕で九枚、合計十三枚使用。使用可能な対価札は、残り一枚。副対価札もない。出せるカードは、出力一点以下のカードのみ。しかも、手札は二枚しかない。
「ととと〔突然変異〕!」
出力一点。ケイマは最後の対価札を使用した。
〔突然変異〕は、味方駒を一体選んで、戦力と体力一点プラスする強化系技札だ。
ケイマは〔サラブレッド〕を対象に選んだ。
本来、軽種馬であるはずのサラブレッドが、重種馬並の巨体に変異する。
「まだ四点足りない。対価札はもうないよ」
「ここここれが、おでとカードの〔きずな〕の力だー!」
ケイマは最後の手札を使用した。
〔きずな〕
♢出力 0点
通常:
〈♢出力4点▲の駒札×1、捨札→消札〉
味方駒を1体選んで戦力をプラス一点、体力をプラス一点する。
さっきカイザに破壊された〔インキタトゥス〕を捨札から消札へ送り、能力を発動する。対象はもちろん、〔サラブレッド〕だ。
〔ユニコーン〕の角をつけられ、〔突然変異〕でムキムキになった〔サラブレッド〕。今度は〔きずな〕の力で強そうなオーラを放出。消札送りにされた〔インキタトゥス〕の魂が背後霊のようにとりついている。立派に「ウマのようななにか」に改造されてしまった。
「出力ゼロで捨札活用の技札だって? 真似されちゃったよ。だけど、それでもまだ戦力は五点。まだ三点足りないよ」
「ひひひ必殺の一撃ぃ!」
ケイマは〔サラブレッド〕で直接攻撃を宣言した。
「ちょっと、僕の話を聞いているの? だから、まだ三点足りないんだってば!」
「いいい行けぇ!」
話がまったく噛み合っていない。
〔サラブレッド〕の額に生えているのは、どんな敵でも必ず突き刺す〔ユニコーン〕の角だ。ウマのようななにかはカイザと逆方向に疾走したが、自然界ではありえないような動きで百二十度ターン。そして、カイザ目がけて突進した。
【三】
「なんやねん、この終わり方は。シマウマがカイザのケツゥ突っついてゲームセットって、シュールすぎるやろぉ! あてはなにを見せられとるんや。反応に困ったわ。っていうか、シマウマってウマちゃうやろぉ。なんでラストアタックがシマウマやねん。直接攻撃の順番、逆や逆ゥ。最後くらいケイマのシンボル、暴れ馬で決めてぇや!」
ギンガは腹を抱え、大口を開けてゲラゲラと笑った。
ふたりが対局している間、ギンガはすぐ近くで観戦していた。
観戦者側から見える立体映像は、場所に合わせてサイズが変わる。壁に囲まれた裏対局室ではミニチュアサイズだったが、さえぎるものがない瓦礫ノ園では実寸大。その場にいるような大迫力で、対局空間で繰り広げられている熱い戦いを観戦することができるのだ。
結論から述べれば、カイザは負けた。〔グレビーシマウマ〕が残り三点を取ったのだ。
シマウマは捕食者から逃げる際、ジグザグに走って追跡をかわす。カードチェスでは、「鈍角屈折」の能力でジグザグ走りが再現されている。「鋭角屈折」が斜めうしろに曲がる能力なら、「鈍角屈折」は斜め前に曲がる能力だ。
元ネタでは逃げる際の動きだったが、カードチェスでは主に攻撃手段として活用される。〔グレビーシマウマ〕は一歩前に移動したのち、二歩目で斜め前にいる相手親札の塁に侵入した。
将棋でいう桂馬、チェスでいうナイトの動きに似ているが、ボードの形状が違うので別物だ。
背後からカイザのお尻を突いて、突然のゲームセット。なんともあっけない幕引きだった。
「さーて、カイザァ。約束どおり、あてに謝ってもらおうかぁ」
悪い顔でにやにや笑うギンガ。
「そういえば、そんな約束をしていたっけ」
カイザとケイマは、対局前に約束をしていた。カイザが勝てば、ケイマがなんでも言うことを聞く。ケイマが勝てば、カイザはギンガに謝罪する。カイザは対局に熱中して忘れていた。
「オラオラ、はよせぇや!」
「なんか知らないけれど、ごめんなさい」
なぜか頭を下げさせられるカイザ。所員になるときも屈辱を我慢してギンガに頭を下げたが、今回はそれ以上の理不尽さだ。
「しょうがないなぁ、無償労働で許しといたるわ。なにを許すんかは知らんけど」
「く、大人しくしていれば好き勝手に言いやがって。この鬼畜片眼鏡め!」
「今日はつけてへんけどなぁ」
相変わらずのやり取りを交わすカイザとギンガ。
「どどど、どういうことだよ?」
ふたりの会話を聞いていたケイマは混乱した。察しが悪く、自分が勘違いしていたことをまだ理解していない。
ギンガはヘラヘラしながらケイマに状況を説明した。
「ももも申し訳ない! おおおおではでめぇのことを誤解していたようだぜい」
ケイマは深々と頭を下げた。
「なんだ、今さらかよ。いつ気づくかなって放っておいたのに、結局最後まで気づかなかったね」
なぜか、対局に勝ったのに謝るケイマ。
なぜか、なにも悪いことをしていないのに謝るカイザ。
なぜか、いつも悪いことをしているのに許す側のギンガ。
あまりにも不条理で奇妙な結末だった。
今回のケイマ君は、超熱血で主人公みたいでした。
主人公なのに、まーた負けてしまったカイザ。余裕こいたセリフが小物臭い⋯⋯。