第二十三話〖タイマン(前編)〗
【一】
黄色いペガサスは光の粉を吹き出しながら崩れてゆく。リミテッドクリエイションの宿命だ。
「あああ会いたかったですぜ、姉さん」
小太りの少年はギンガに近づいた。背丈はカイザよりも高く、百七十センチメートルはありそうだ。そのわりには足が短く、小股でちょこちょこと歩く。
「なーにが姉さんやねん。あんたみたいな奴を弟にした覚えはないわい。っていうか、同い年やろ」
うんざりした表情で腕を組むギンガ。あまり関わりたくない相手のようだ。
「ここここの女の子は誰ですかい?」
少年の声は野太いが上擦り気味で、しかもよくどもるし噛む。慣れるまでは非常に聞き取りづらい声をしていた。
カイザは、なんとなく自分のことを言われていると察知した。毎度のごとく、また性別を間違えられたようだ。
「僕は女の子じゃない」
むすっとして話に割り込んだ。
「ででででめぇは男だったのかい。おおおおでは★×3ランクの裏クリエイター、前田ケイマ。かかか、『加賀の暴れ馬』とはおでのことだぜい!」
非常に聞き取りづらいが、「おで」は俺、「でめぇ」はてめぇを意味するらしい。
「へーえ、僕も★×3ランクの裏クリエイターなんだ。覇田カイザ、またの名は『豪運のカイザ』さ」
カイザはつんけんした態度で接した。年下には甘いが、同年代には容赦がない。それに、相手の敵意を感じ取った上での対応でもあった。
ケイマはカイザに顔を近づけ、至近距離で向かい合う。
カイザはこびることなく相手をにらみ返した。
ギンガは横でこの状況を楽しんでいた。
カイザは相手をよく観察した。
髪は黄色で、ソフトクリームのコーンを逆さにつけたようなトゲトゲヘアー。毛束を固めてつくった十二本の角は、先端だけ紫色。「暴れ馬」というだけあって、まったくもって派手な髪型だ。
通り名から推察すると、『加賀ノ國』から琵琶海峡を越えてきたのだろう。放浪タイプの裏クリエイターと見受けられる。わざわざギンガを追いかけて来たのか、用事のついでに会いに来たのか。前者だとすれば、相当ギンガにほれていることになる。
全体的に骨格ががっしりしていて、ぱっと見ると小太りだが筋肉もある。肩幅は広く、顔も体も横に長い。腕はカイザの太もも並で、二メートルほどの赤い槍を肩に担いでいる。
槍の穂先に紐をくくりつけ、デッキケースをぶら下げている。そのまま槍を振り回せばデッキが吹っ飛ぶので、いきなり攻撃はしてこないだろう。
だが、武器はそれだけではない。赤い槍をもう一本持っている。二本目は長さ一メートル程度で、刀のごとく腰に下げていた。二本の槍は同時に使うのか、単なるこけおどしかは不明。いずれにしても警戒は怠れない。
一方、ケイマもカイザを見ていた。
少女のような顔に、地面に届きそうなほどの長髪。ベースは紫で、根元と毛先だけ黄色い。ケイマとは正反対の配色だ。
体はか細く、色白。どこか高貴な雰囲気をまとっている。ケイマは国本の「貴族」や「王族」を思い出し、自然と険しい顔つきになった。
ケイマは横目でギンガを見た。全身傷だらけで、顔も髪もメチャクチャ。服は血と汚れでドロドロ。泣き腫らしたような赤いまぶた。そして、なにかをこらえるのに必死の表情。
「ででででめぇ、おギン姉さんになにをしたぁ!」
我を忘れてカイザを怒鳴りつける。
ギンガは笑いをこらえるのに必死だった。
「おおおおでと対局しやがれ!」
「いいけど、今日の僕は絶好調だよ?」
「おおおおでが勝ったら、罪を認めておギン姉さんに謝れ!」
「君が負けたらどうするのさ?」
「ななななんでも言うことを聞いてやる」
「だったらその勝負、受けて立とうじゃないか!」
ふたりは握手を交わし、対局空間へ飛び込んだ。
【二】
「先手はもらったよ。やっぱり僕はツイている!」
幸先の良いスタートだ。引き直しをしないのは、もはや当たり前。恐るべき引きの良さで、完璧な初期手札を確保した。
カイザは現在、十九連勝中。ここで勝てば二十連勝達成だ。
「たたたたしか豪運だったか。だだだだけど、カードチェスは運だけでは勝てないぜい」
同じく、ケイマも引き直しなし。
久しぶりにギンガの姿を拝んだ効能なのか、ケイマもまた絶好調だった。それもまた、珍しいスカート姿をだ。今日のケイマは、自分が負けるヴィジョンなどまったく想像できないほどにみなぎっていた。
「序盤からかっ飛ばしていくよ!」
カイザは初手からいきなり駒を出現させる。能力で山札から上級駒札を二枚選んで捨札に落とした。
カイザのデッキは、ローマ皇帝や王を題材としたカードを使った「人物デッキ」だ。
上級駒札が多めの構築で、序盤は手札が重く動きが悪いが、後半はうってかわって苛烈な攻めを展開する。いざとなれば、あらかじめ捨札にためておいた上級駒札をリソースとして、出力ゼロの技札を叩きつけることもできる。お決まりの戦略だ。
「ななななるほど、でめぇのデッキは見切ったぜい」
「まあ、初手の動きを見れば誰でも分かるよね」
「ででででめぇには絶対負けるものか! ままま待っていてくだせぇ、おギン姉さん。かかか必ず勝って、姉さんの雪辱を果たしてやりますぜい」
闘志を燃やすケイマ。カイザに負けじと初手から駒を出現させる。
カイザは、自分があらぬ誤解を受けていると分かっていた。だが、今さら説明をするのも煩わしく、あえて放っておくことにした。対局はもう、始まっているのだ。
それに、相手がいつ気づくかを試してみたかった。今のところ、気づく素振りはまるでない。どうやら、少し思い込みの激しい性格のようだ。
双方、順調に駒を展開してゆく。互いに一歩も譲らず、親札を前にせり出してテリトリーを主張する。タイマンを張り、素手で殴り合うような状況が続いた。
「ゆゆゆ行け、〔松風〕、〔赤兎馬〕、〔ブケファロス〕!」
ウマが盤上を駆け巡る。馬具を装着していたり、していなかったり。いずれにせよ乗り手はおらず、ウマ単体だ。
ケイマのデッキは、古今東西の名馬を扱った「生物デッキ」だ。と思いきや、〔サラブレッド〕や〔アハルテケ〕など、名馬の個体ではなく品種を扱った駒も次々と出てくる。
果ては〔グレビーシマウマ〕なんかが飛び出してきて、盤面はアフリカのサバンナと化する。ちなみに、シマウマはウマ科に属するが、種としてはウマではなく、むしろロバに近い生き物だ。とりあえずウマ科なら、なんでも構わないようだ。
駒を擬人化したりキャラクター化したりせずに、そのまま出してくるあたりがケイマらしい。
「へえ、なかなかやるじゃないか。だけど、ここは僕が勝たせてもらうよ。〔カリグラ〕!」
終盤、カイザはエースカードを投入した。
〔カリグラ〕は、自身が出現したときに出力七点以上の味方駒を一体選んで戦力と体力を一点強化する能力がある。カイザが出現させたのは、号数最大の〔カリグラ6〕。出力は七点なので、自分自身を能力の対象にすることができる。
「戦力は六点に上昇。次の手番で逃げなければ、大ダメージを受けることになるよ」
ケイマの残り体力は八点。直接攻撃を受けてもまだ負けはしないものの、致命傷となるのは確実だ。
「体力も六点に上昇。これはさすがに倒せないよね」
場に出ているケイマの駒は、どれも戦力四点以下だ。〔カリグラ〕を倒したければ、攻撃を二回以上に分けて地道に体力を削っていくしかない。
普通なら、いったん逃げる。逃げて反撃の機会をうかがう。
だが、ケイマはそうしなかった。
「おおお親札で〔カリグラ〕に攻撃だぜい!」
ケイマはカリグラに反撃した。カリグラの体力が五点になる。
「ば、馬鹿な! そんなんじゃ、倒せないぞ。次の手番で六点食らうんだぞ!」
カイザは驚きを隠せなかった。
親札の戦力は一律一点。攻撃しても、一点しかダメージを与えられない。次の手番に反撃されることを鑑みると、ケイマの行動はあまりに軽率だった。
「イイイ〔インキタトゥス〕を場に出して、手番終了だぜい!」
ケイマは、自身の背後に新たな駒を配置した。
インキタトゥスはカリグラ帝の愛馬として知られている。非常に賢く、人語を理解していたとも。
皇帝とその愛馬は、くしくも敵同士として盤面で相まみえた。
〔インキタトゥス〕は戦力、体力共に四点の大型駒だ。とはいえ、〔カリグラ〕には及ばない。
〔インキタトゥス〕、ケイマ、〔カリグラ〕、カイザの順で、一直線に横並びの配置。ほかの列でも、互いの駒が各地で火花を散らしている。対局はいよいよクライマックスに突入した。
「〔カリグラ〕で親札に直接攻撃だ!」
カイザの命令で〔カリグラ〕はケイマのいる塁に飛び移り、直接攻撃を仕掛けた。前の手番に逃げていれば、本来受けなかったはずの直接攻撃だ。
ケイマの残り体力は二点。戦闘が終了すると、〔カリグラ〕は元いた塁へと敗走した。
カイザのデッキには、出力七点以上の上級駒札が多数入っている。そして、今は第十三手番。次の手番からは上級駒札を二体ずつ出していける。圧倒的にカイザの優勢だ。
「僕は駒札を一体出して手番終了だよ。さあ、次はどうする?」
カイザは相手の動きを予測する。
普通なら、まずは親札、つまりケイマ自身を隣接する空塁へ逃がすはずだ。そこからふたつの選択肢を選ぶことになる。〔インキタトゥス〕で〔カリグラ〕を攻撃するか、攻撃せずに別の列へ逃がすか。
〔インキタトゥス〕の戦力は四点。攻撃しても、〔カリグラ〕を仕留めきれない。そうなれば、カイザの手番で返り討ちにされてしまう。カイザがケイマに隣接する塁に駒を二体出したら、もうチェックメイトだ。その場合、一体でも除去できなければカイザの勝ちは確定する。
だから、火力系(戦闘を介さず、相手駒や親札に直接ダメージを与える能力)のカードでもない限り、普通なら逃げるのが得策だ。そう、普通なら⋯⋯。
カイザがケイマの立場なら、まず親札を逃がすだろう。火力系のような対策カードを持っていないなら、〔インキタトゥス〕も逃がす。そして適当に駒を出して手番終了だ。
だが、相手は普通ではない。なにをしでかすか分からない「暴れ馬」だ。また妙なプレイングをする可能性は捨てきれない。
「おおお、おでの手番。親札で〔カリグラ〕に攻撃だぜい」
「はーあ? また攻撃しちゃうの? 倒せもしないのに?」
カイザはあきれ果てた。ケイマの行動は、予想の斜め上だった。カイザの中では、まず親札が逃げる動きまでは確実だった。それを裏切られたのだ。
「たたた倒せもしないのにだって? そそそそれはどうかな?」
ケイマは手札から一枚のカードを選び、天に掲げた。
【三】
「ペペペ〔ペガサス〕!」
「いきなり『未知』? もうなんでもありかよ」
光り輝くペガサスが舞い降りた。白い翼に、黄色い毛並み。対局前にケイマがまたがって空を飛んでいた、あのペガサスと同じデザインだ。
「しゅしゅしゅ出現時能力、発動! みみみ味方駒を一体選んで、『跳躍・味方カード』を与える。たたた対象は〔インキタトゥス〕だぜい!」
「チョーヤク? みかたかあど?」
「ワワワワンフレーズ能力だぜい」
「ワンフレーズ能力? なんだよ、それ?」
「ししし知らないのか? ひひひ東本州では、こんなの常識だぜ」
ケイマは『ワンフレーズ能力』の説明をした。説明は下手くそ。しかも噛みまくりのどもりまくりだったが、カイザはなんとか意味を理解した。
ワンフレーズ能力とは、特定の短い語句で言い表されるカードの能力だ。よく使われる能力を省略して記述する目的があるという。
たとえば、『跳躍』は場のカードを飛び越えて移動できる能力。『屈折』は折れ曲がれるような移動ができる能力。
カードチェスの駒は、自身の動力以下の歩数なら、好きな方向に好きな歩数だけまっすぐ移動できる。いわば、歩数制限がついたチェスのクイーンだ。当然、移動途中で別のカードを飛び越えたり、進行方向を変えることはできない。
だが、『跳躍』を持つ駒はカードを飛び越えて移動できる。『屈折』を持つ駒は途中で進行方向を変えられる。ワンフレーズ能力があると盤面はより複雑になる。
カイザが暮らす西本州圏内では、ワンフレーズ能力はあまり使われない。駒の能力は「自身出現:」のタイミングで発動する単発能力ばかり。能力を使い終わればただの駒、というパターンだ。
カードチェスに関しては、東本州は西本州よりもハイレベルだ。それに、ルールも少し違うらしい。向こうにはクリエイターの聖地ともいえる『松平対局塾』もあり、こちら側とは比べられないほど研究が進んでいるという。
「ははは走れ、〔インキタトゥス〕!」
〔インキタトゥス〕は、主人であるケイマに向かって突進した。あわや、衝動する寸前。
〔ペガサス〕の翼は装着式だった。翼は本体からポロンと外れ、ひとりでに塁を浮遊して〔インキタトゥス〕の背中に宿る。
「いいい今だ、飛べぇー!」
一頭のウマが空を飛んだ。天を突き破らんばかりに上を目指し、ケイマの頭上を飛び越える。はるか上空、だんだん姿が小さくなる。
ふと、カイザはそのウマの姿を見失った。再び確認したときには、すでに下へ向かって加速していた。
上空からのアタック。ウマはかつての乗り手であるローマ皇帝に体当たりした。
〔ペガサス〕が〔インキタトゥス〕に与えた『跳躍・味方カード』は、味方カードを飛び越えて移動するワンフレーズ能力だ。〔インキタトゥス〕は味方親札であるケイマを飛び越え、その向こう側にいる〔カリグラ〕を攻撃した。
〔カリグラ〕は破壊された。カイザの隣を守っていたその駒は、霊子の塊となって崩壊した。
光の霧が舞い、視界がさえぎられる。目を開けたときには、そこにいたはずの味方駒は消えてなくなっていた。かわりに、空飛ぶ相手駒が目の前に立ち塞がる。
「なるほど、僕は油断していたようだ。大逆転だね、ケイマ」
「おおおおでの勝ちだ、カイザ」
ふたりは、互いの実力を認めあった。いつしか下の名前で呼んでいた。
対局を通じて相手を理解する。それがクリエイターという生き物なのだ。
「だけど、まだ勝負はついていないよ」
カイザの手番。
「必殺技を使用するしかないようだね」
・カイザを女の子と間違う→仕方ない。
・おギン姉さんが、実は笑いをこらえているのに気づかない→表情を読むのが苦手。けどまあ分かる。
・ギンガが乱暴されたと誤解→思い込みが激しい。けどまあ分からなくもない。
・「おでと対局しやがれ」→は?なぜそうなる?
⋯⋯とまあ、初っ端からポンコツ気味の新キャラ登場ですが、よろしくお願いします。
※この世界のクリエイターはこんな奴ばっかりです。