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カードチェス  作者: 破天ハント
第三章 裏クリエイター編(後編)
24/73

第二十一話〖絶好調(絶不調)〗

※第一章カードハンター編は、主人公にとって古い世界の物語でした。第二章からはカードチェスの対局をするようになり、新しい世界へ突入しました。どん底から「上昇」し、クリエイト能力に目覚めて人生のターニングポイントに到達。そしてこれから続く第三章は、「下降」の物語です。主人公および周りの人間が次々と闇に堕ちてゆく展開になります。

【一】


「いくぞ!」

 カイザの瞳と髪が霊光を帯びる。


「なんやこれ、黒い光やんけ!」

 ギンガは目を見開いた。


 白札が黒い光を放っていた。漆黒の光が霧のように広がる。

 霧の中から出現したのは、一柱の悪魔だった。悪魔は本棚の上にちょこんと座った。

 肌と目は赤色。とがった耳と、とがった歯。頭に生えた一対の角は、三日月のように弧を描く。コウモリのような黒い翼。矢じりのような尻尾。

  

「やったぁ! 僕がクリエイトしたんだ!」

 歓喜の声をあげた。


「よくやったなぁ、成功や!」

 カイザの頭をくしゃくしゃにするギンガ。

 普段のカイザなら怒るところだが、今はそれどころではなかった。


「僕はクリエイターになったぞ! 自分の力で成し遂げたんだ!」

 興奮を抑えきれない。カイザは犬のようにギンガの周りを回り、何度も声を声をあげた。

 ふたりは子どものようにはしゃいだ。抱きしめあい、喜びあった。向かい合って互いの腕を掴み、ハンマー投げのようにグルグル回す。回されるのはカイザのほうだ。

 

 カイザがクリエイトした悪魔は、リミテッドクリエイションだ。黒い光の粉をまき散らしながら少しずつ消えてゆく。カイザの意思に従って、歩いたり空を飛んだりした。存在時間、約三分。はじめてにしては上出来だ。

 

 この上ない達成感だった。

 カイザはずっとカードハンターをやってきて、クリエイターにはなれないと思い込んできた。持ち前の運の良さでカードハンターとして小さな成功を収めたものの、それは本当の自分の実力ではなかった。ギンガにこっぴどく負け、自分が井の中の蛙だと知った。

 最初に覚醒したときは、ただなんとなく力が使えるようになっただけ。だが、今回は違う。何度も修行対局して、たくさん学んで、たくさん負けて、たまに勝って、ようやくたどり着いたのだ。

 容姿や運の良さだけに頼らず、誰の顔色もうかがわず、自分で考え、迷い、悩み、あがいた末に自分の力で勝ち取った。カイザにとって人生のターニングポイントだった。


「それにしても、クリエイションから黒い光が出るなんて珍しいなぁ」

「え、普通は出ないの?」

「せやなぁ。極東のあちこちの国ィ巡ったけど、あてが知る限りカイザのほかにはひとりしかおらへん」

 片眼鏡の縁を指で押さえつつ、とある人名を答えた。


「下摂津ノ國の王、覇道テイトクや」



【二】


 八日目の朝。霊毒は今日も空の色を変化させる。おとといは赤色、昨日は黄色が混ざってオレンジ色、そして今日は赤が完全に抜けて真っ黄色だ。

 その日、カイザは絶好調だった。


 カイザはわずか一週間で★×3(ミドル)ランクに昇格し、クリエイションを生み出すことに成功した。史上最短記録だ。情報は兵頭対局所内でまたたく間に広まった。

 カイザは自分のことをうわさされているに違いないと思いながら出勤した。


「今日は危ないな」

「危ないぜ」

「危ないですね」

 所員たちは互いに目配せして、ひそひそ話をしている。どうやら、うわさの人物はカイザではない様子。

 近くの所員に事情を聞くと、所員は黙って斜め前を指さした。

 

「危ない危ないって、いったいなにが危ないのさ?」

 指をさされた方向を向いたカイザ。その光景に自分の目を疑った。何度もまぶたをこする。


「うわ、なにあれ可愛い」

「だまされてはいけません。目を合わせたら殺されますよ」

「そうか、今日はギンガの絶不調日だったっけ」


 兵頭対局所副所長、白銀ギンガはいつにも増してイライラしていた。その場でじっとしていられず、閉じ込められたクマのように同じところを歩き回る。

 

 日頃は衣服に気を使わず、ずっと同じ格好をしているが、今日はいつもと違う。

 パステル調のフリル付きトップス。肩は露出している。花柄のスカートに、かかとの高いリボン付きパンプス。トレードマークの片眼鏡を外し、ナチュラルメイクで顔を整えている。髪を左側に寄せて束ね、耳の傷を隠す。

 履き慣れない靴のせいか、歩くたびに体の軸がブレている。片眼鏡を外しているせいかもしれない。


 普通なら精神が不安定なときほど服装に気を使わなくなるものだが、ギンガの場合は逆のようだ。

 いつもは注意散漫だが明るく活動的で、飽き性のくせに色んなことに首を突っ込みたがる。細部を意識する余裕などなく、服装は動きやすさ重視。服選びに無駄な時間も思考も使いたくないと公言していた。

 今日のような絶不調日は、神経質で常に気が立っている。周囲の人間からすれば、普段と違う服装なので判別しやすい。


「クルルァ! あんた何回言えば分かんねん」


 運悪く捕まった所員がいた。元カイザ組メンバーの少女、ユウだ。所員の中ではカイザと一番仲が良い。

 ユウはカードハンター時代から、ほかの子よりも利発だった。ロジカルな思考が得意で、カードチェスはずば抜けて上手かった。カイザの周囲では誰よりも早く覚醒し、兵頭対局所の所員として引き抜かれた。

 だが、優秀な所員の中ではむしろ落ちこぼれになる。ユウは自分が井の中の蛙だと知った。この頃は毎日死んだ魚のような目で仕事をして、人は皆クリエイターなんて嘘、というのが口ぐせになっていた。最近はミスも多く、絶不調だった。


「はよせんかい! ちんたらしとったら、日ィ暮れてまうやろぅが!」

 ギンガはユウの小さなミスを指摘した。手こそ上げなかったものの、精神的に参ってしまうような言葉を猛烈な勢いで浴びせかける。


 涙を我慢し、うなだれるユウ。


「まあまあ、そこまで言わなくてもいいじゃないか」

 カイザは思わず間に入り、ユウをかばった。怒りの矛先がカイザに移る。

 

 カイザとギンガはことあるごとに対立した。誰もがギンガの剣幕におびえて黙りこくる中、カイザだけが堂々と反論した。


 所員たちはギンガの理不尽な要求に疲れ果て、惨状を訴えるために所長室へ向かった。所長のアユムはギンガを呼び出し、ふたりきりで話し合った。

 ギンガは昔から好調期と不調期を定期的に繰り返す体質だった。アユムはギンガと出会って以来、絶不調の日を何度も見てきた。だが、今回は今まで一度も見たことがないほど深刻な精神状態だった。



【三】


 昼過ぎから、ギンガは体調不良を理由に仕事を休んだ。自室で横になるが、目が冴えて眠れない。ギンガはベッドから飛び降り、デッキ片手に裏対局室へ潜り込んだ。

 ひとりで泣きはらしたせいで、整えた髪もメイクもぐちゃぐちゃ。裏組織にいた頃に戻ったような荒れ方だ。ギンガ自身にも制御しようがなかった。


「アカンなぁ、最近はやっと落ち着いてきたと思うたのに」

 コンパスのような足でドアを蹴り開ける。月に一度しかはかないスカートがひるがえった。

 

「誰か、あてと対局しやがれぇ!」

 狂犬のような目つきで対戦相手を探しまわる。その辺の裏クリエイターを捕まえて勝負を挑んだ。


「ただ白札ァ賭けるだけなんか面白ォないわなぁ。勝ったほうが、親札の残体力ぶんだけ相手をぶん殴れるってのはどうやぁ?」

 舌なめずりしながら言った。


 カードチェスは、先に相手親札の体力をゼロにしたほうが勝ちのボード&カードゲームだ。親札の体力は十五点から始まる。

 ギンガの提案したルールでは、最大十五発、最低でも一発は勝者が敗者に暴力を振るうことになる。


「あぁ、なんか無性にイライラするわぁ。昔を思い出してまうやんけ」


 その日、ギンガは絶不調だった。魂が擦り切れて霊子保有量が減り、★×4(エキスパート)ランクから★×3(ミドル)ランクへ格落ちするほどだ。

 兵頭対局所のナンバーツーといえども、今日ばかりはハードモードだ。こんな日に限って、わざわざ危険な賭博対局に身を投じた。

 カイザがやって来た頃には、ボロボロになっていた。


「うわあ、いったい何があったの?」

 カイザの目に飛び込んで来たのは、鼻血まみれで髪を振り乱すギンガの姿。服は血で汚れている。

 近くにいたジャイ男から事情を聞いた。


「というわけで、今日のギンちゃんはひどい荒れようなんじゃい」

 

 裏クリエイターとの暴力カードチェス。ギンガは初戦からいきなり六点差で敗北し、六発殴られる。二戦目で勝利し、やり返す。四点差だったので殴った回数はギンガのほうが二回少ないはずだが、なぜか相手のほうがダメージを受けていた。

 次は別の女性裏クリエイターを挑発して対局に持ち込み、八点差で勝利。だが、すぐさまリベンジを挑まれ、七点差で敗北。「鬼の副所長」は日頃から恨まれていたのか、ここぞとばかりに容赦なくボコボコにされた。


 ジャイ男を筆頭に、大半の裏クリエイターはギンガとは対局しないという姿勢を見せた。

 ごく一部のギンガをよく思っていない裏クリエイターたちは、ギンガを成敗するチャンスと見たのか、自分から立候補してきた。ギンガは片っ端から対局した。

 ギンガの勝率は六割以下。勝利数のほうが多く、敗北時でも相手の残り体力は少なめだったとはいえ、普段と比べれば負けが込んでいる。副所長の威厳はなかった。


「もうやめようよ、こんなこと」

 カイザはギンガの背中に抱きついて止めに入った。


「離せやクルルァ!」

 一瞬で振りほどく。カイザを押し倒して馬乗りになり、手首を掴んで制圧した。


「ボロボロじゃないか。もうやめておきなよ」

 口を開くと鼻血が滴り落ちてきた。カイザは血を見ただけで母の顔が脳裏をよぎった。

 

「やめておけってぇ? ほんなら、あてと対局しやがれ! 勝ったらなんでも言うこと聞いたるわ」

 おでこが触れ合うほどに顔を近づけ、にらみつける。


「嫌だ。僕はそんな対局したくない」

 カイザは思わず顔をそむけた。その拍子に、目薬のように血が目に入る。激痛のあまりまぶたを閉じて、鼻にしわを寄せた。


 カイザは血なまぐさいことが苦手だった。カードハンター時代から、喧嘩や縄張り争いに巻き込まれそうになると逃げてきた。

 

「なんやぁ、対局せんのかい。あーっ、しょうもなっ」

「しょうもなくて悪かったな。どうせ僕は弱虫だし、痛いのはキライだ」

「せやろな」

「だって、僕は自分が大切だからさ」

「はぁ?」

「前にギンガが言っていたじゃないか。人はみんなクリエイターだって」

「それがどうしたんや?」

「クリエイターは、みんなそれぞれ違った能力を持った特別な存在なんだ。人は誰もが生まれながらに特別で、生まれながらに大切なんだ。大切にしなくてもいい人間なんていない。だからギンガも、自分で自分を傷つけるようなことはしちゃダメだよ!」

「はぁ? 知ったような口を叩くなや。説教するなら勝ってからにせぇ。戦う気ィないんやったら、今すぐウラ部屋から出て行けや。お帰りはあちらやでぇ」

 ギンガは素早く立ち上がり、カイザを持ち上げてドアの方向へ放り投げた。


「あてはもう、傷つけられても構わん人間なんや。殺されても構わん人間なんや。カイザ、あんたになにが分かるねん」

 口に含んだ血を吐き捨てた。


 直後、裏対局室のドアが開く。どこからともなく病院用ベッドが出現し、カイザを受け止めた。


「こらこら、喧嘩はいけないのら」

 きらきら輝く満面の笑み。ピンクのショートヘアが揺れる。


「ア、アユムちゃん!」

 カイザはベッドから起き上がった。


「しょ、所長」

「所長!」

「仏の所長!」

 裏対局室にいる人間全員の視線が集まった。どんならときでも不気味なほどに笑みを絶やさず、「仏の所長」と呼ばれる女の子。兵頭対局所所長、兵頭アユムだ。


「ぎんちゃんったら、しばらく休むようにって言ったのに。ちょっと目を離した隙に、悪さばっかりするんだから~。あゆちゃん、プンプンなのら」

 腕を組み、頬をぷくっと膨らませ、鼻から大きく息を吐き出す。


「しばらくおやすみしてもらうのら」

 アユムの指先が輝いた。


 ギンガの背後に車椅子が現れる。気がつくと、ギンガは腰を下ろしていた。空中から包帯が飛び出し、四肢と胴体をぐるぐる巻きにして車椅子に固定される。


「離せや子ども所長ォ! ウラ部屋で何をしようが、そんなんあての勝手やろぉ!」

「はいはい、暴れちゃダメなのら」

 脱脂綿が現れ、鼻の穴に飛び込む。ばんそうこう部隊が虚空から出撃し、あちこちの傷にペタペタ特攻。

 仕上げに麻酔の注射針。ギンガは意識を失った。


「今後、この裏対局室を含む兵頭対局所の敷地内では、暴力行為はいっさい禁止なのら」

 アユムは表情を崩さずに言った。


「みんな、あゆちゃんと約束なのら。指切りげんまん」

 アユムの頭上に、無数の医療用メスが現れる。


「嘘ついたら、メス千本飲ますのら」

 怖いくらいに可愛らしい笑顔だった。

今回はヒロインがバーサーカー化(普段より弱くなる)する展開でした。

第三章はずっとこんな調子です。

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