第十九話〖クリエイトスペース〗
【一】
「やっとカイザも★×3ランクに昇格したかぁ。やるやんけ、よしよしぃ」
いつもと同じ服装に着替えたギンガは、カイザを軽々と持ち上げて頭髪をくしゃくしゃにした。まるで赤ん坊のような扱いだ。
「やめろ、触るな。セクハラだぞ!」
カイザは暴れて抵抗するが、逃げられない。水色の髪からいい香りがする。寮に戻ってシャワーを浴びてきたのだろう。だから今日は裏対局室に来るのが遅かったのか、と納得した。
「おめでとうさぁん!」
カイザを降ろすと、イスにドカッと腰掛けた。
「どういたしまして。これで正規所員として認めてくれるんだよね?」
「あれ、そんな約束しとったかなぁ?」
悪びれることなくすっとぼける。
「していただろ。忘れたとは言わせないぞ!」
カイザは前のめりでデスクに両手を突き、プレッシャーをかけた。
「ちゃうねん、ちゃうねん。元々あんたは仮所員やないねん。すでに正規所員なんや」
「え、どういうこと?」
「カイザは、はじめから正規所員扱いやったんや。っていうか、そもそもこの対局所に仮所員なんて制度はないでぇ。所長と副所長の面接をパスすれば、その瞬間からうちの所員や。カイザが実は正規所員やなかったなんて、誰も知らへんねん。要するに、仮所員ウンヌンはあてが勝手に言うとっただけってことやわ」
ギンガはへらへらしながら事情を説明した。
「はあ? なんだよそれ!」
カイザは肘をついて頭を抱えた。
「嘘はついとらんやろ?」
「まあ、確かにそうだけど」
自分のデッキを奪い返せないような人間は正規所員として認めない、とギンガは言っていた。「認めない」というのは、あくまで個人的な心構えとして「賛同しかねない」という意味だ。実際に「許可を出さない」わけではない。
「お前を男として認めない」という旧時代の言い回しに似ている。誰が認めようが、認めまいが、性別は変わらない。
そもそもカイザが兵頭対局所で勤めるようになったのは、負債を返済してデッキを奪い返すためだ。★×3ランクに昇格しなければ、一ヶ月でクビにされていたのも事実。ギンガの中では本当に仮所員だったのだ。
「⋯⋯ということは、給料は?」
「あはは、今まで助かったわぁ。普通の半分で働いてくれるとは、あんたホンマにええ奴やなぁ」
「このクズめ! 鬼め! 僕の給料、ちゃんと払えよ!」
カイザはギンガの胸ぐらを掴んで前後に揺らした。
「まあまあ、そう怒んなや。落ち着かんかい。昇格できたんやから、結果オーライやんけ。切羽詰まった状況に追い込んだほうが、クリエイターランクは上がりやすいんやでぇ。え、給料ォ? 負債を帳消しにしたら、それでぴったりチャラやろ」
すべてはギンガの計画どおり。ギンガのほうが一枚上手だった。
人を騙すような嘘なら、カイザはすぐに見破れる。だが今回は、自分で勝手に勘違いしていただけ。見破りようがなかった。
「カイザ組のメンバーもみんな知っとるでぇ。知らんのはカイザだけや。試しにあんたのガールフレンドにも聞いたらええやん」
「だから、ガールフレンドじゃないってば」
送別会のとき、カイザは紫のデッキケースを受け取った。プレゼントを選んだのはココナ、アドバイスをしたのはギンガだ。ギンガとココナは、対局所内のショップコーナーで事前に話し合っていた。
そのときギンガは、カイザを正規所員にするという「本当のこと」を話した。カイザ組のメンバーは、はじめからカイザが正規所員になったものだと思っていたし、事実そのとおりだった。
知らなかったのはカイザだけ。そういえば、ココナは送別会で「所員就業おめでとう」とはっきり言っていたと思い出した。
「なるほど、そういうことだったのか」
対局所での七日間の勤務は、カードハンターでの三十日分の労働に相当する。実に、四倍以上の所得格差だ。
兵頭対局所では、所員の給料はその日の終わりに自分の口座へ振り込まれるようになっている。カイザは負債を分割し、給料から天引きされる形で支払っていた。それがたった今、未払いの給料が発覚して相殺された。
負債は消えた。だが、デッキはまだ取り返していない。今はギンガから自分のデッキを「借りている」状態だ。
一刻も早く、デッキを自分のものにしたいカイザ。分割後払いを提案するが、頑として拒否される。
目の前に現物を用意できなければ、いかなる交換取引にも応じない。ギンガはそう言い放った。デッキの所有権を握り続けることで、優位性を保つ作戦だ。
「く、自分のデッキが自分のものじゃないなんて」
「ほーん、悔しい? 悔しいかぁ? ほんなら、手っ取り早い解決方法があるでぇ」
「はいはい、大会で優勝しろっていうんでしょ」
「お、分かっとるやんけ。来週は所内選抜戦や。枠は二人。うちに在籍する★×3ランクのクリエイターから、一番と二番を選ぶねん。裏も表も入り乱れやでぇ」
大会に参加するには、まずは所内選抜戦で勝ち抜かなければならない。
現在、参加資格のあるクリエイターは、カイザを含めて十一人。ほとんどは専業の裏クリエイターで、所員とのかけ持ちはカイザのみ。そのほかは、裏に一切関わらず、きれいな身を貫く所員が二人ほど。あとは、★×3ランクの実力者なのにカードハンターをやっている対局所利用客がひとり。
今のところ、カイザの実力は十一人中、十一位。さっきランクアップしたばかりなので当然だ。七日以内に一位か二位にならなければ、大会には参加できない。
ちなみに、一位はジャイ男だ。
【二】
「せっかく★×3ランクに昇格したことだし、なにかクリエイトしてみたいな。もちろん修行対局も大事だけど、自分の能力を把握しておきたいんだ」
「お、もしかしてやり方が分からんのかぁ?」
「実は、そうなんだ」
「よっしゃ、じゃあ今から外ォ出よかぁ」
ギンガはカイザの手首を掴んで副所長室を飛び出し、そのまま対局所の外へ連行した。
「え、ちょっと!」
「初クリエイトは何が飛び出すか分からんからなぁ。クリエイトスペースで練習するでぇ」
『クリエイトスペース』とは、巨大クリエイションを実体化するときに使用する広場だ。下摂津ノ國では、近辺にクリエイトスペースがなければ対局所を開設できない。
兵頭対局所の専用クリエイトスペースは、対局所と寮の間にある。なにもない平らな地面が長方形に広がっており、内側は十字に四分割されている。柵とネットで囲われているが、子どもが勝手に入り込んで遊んでいた。
「ここ、クリエイトスペースだったのか」
「せやで。子どもの遊び場になっとるけどな」
「ほとんど使われていないんだね」
カイザはその場所を知っていた。初日に寮へ案内されたときに通ったからだ。だが、クリエイトスペースだとは気づかなかった。
兵頭対局所には、巨大クリエイションを生み出せるほどの実力者はふたりしかいない。所長のアユムと副所長のギンガだ。
いつの間にか、クリエイトスペースは運動場と化していた。本来は許可がなければ立ち入り禁止だが、所長の意向により自由に使わせていた。
クリエイトスペースが必要になるほどの巨大クリエイションを生み出せる者は、ほとんどが★×4ランク以上だ。だから基本的に、★×3ランク以下はクリエイトスペースを使用する必要がない。
だが、はじめて実体化をおこなう際はクリエイトスペースの利用が推奨されている。なにがクリエイトされるか分からないので、万が一の事故を考慮しなければならいからだ。
「おう、奥が空いとるわ。ほな行こかぁ」
ギンガはカイザの手を引いて、早足でズカズカ歩いた。始終、自分のペースで行動している。
子どもたちはギンガの顔を見るなり、柵の外側へ逃げてスペースを譲った。
「ここで遊ぶんもええけど、たまには兵頭対局所にも来てやぁ。対局室は誰でも大歓迎やでぇ」
「だけど俺、カードを持っていないもん」
近くで遊んでいたリーダー格の男の子が、ギンガを見上げて言った。
「デッキなら借りれるでぇ」
「だけど、ルールも分かんないし」
「所員さんが丁寧に教えてくれるがな。今なら、可愛い所員さんがぎょうさんおるでぇ」
ギンガと男の子のやり取りを、カイザは無言で聞いていた。ほんの少し前まで、カイザはこの男の子と同じ立場だった。
ギンガがいなければ、カイザは覚醒することもなく対局所の所員になることもなかった。今も、カイザ組のリーダーとしてカードハンターをやっていたに違いない。病に伏せる母を前に、何の解決策もなくおろおろしていたことだろう。
ギンガはその性格から、多くの人に嫌われていた。カイザもそのうちのひとりだが、ギンガによって人生を変えられ、目標を得たのは否定しようがない。
カイザのほかにも、ギンガによって人生を変えられた人はたくさんいる。もしかしたら、目の前にいる男の子も。
【三】
「クリエイトには段階があるねん。第ゼロ段階から第四段階まで、合計五段階や」
クリエイトスペースの一区画で、ギンガはカードクリエイトの説明をはじめた。
カイザとギンガは広場の真ん中で向かい合う。
子どもたちが柵の向こう側から見守っていた。
「まずは基本中の基本中、カードクリエイトや。これは第ゼロ段階やな」
ギンガは両手を突き出し、意識を集中させた。
光の粉が噴水のように舞い上がる。輝く霧が消えたときには、手のひらの上に白札があった。両手にそれぞれ一枚ずつ。ギンガは自分の魂から霊子を抽出し、無からカードをクリエイトしたのだ。
『カードクリエイト』。それは、虚空から白札を生み出す能力。基本にして究極の創造術だ。
「本来、白札を生み出す力は全人類に宿っとるんや」
「非覚醒者でも?」
「せやで、能力自体はある。ただ、霊子保有量が少なすぎて実行できんだけなんや。たとえるなら、手元に食材はないけど料理の腕ならある、みたいなイメージかな。せやから、ホンマは非覚醒者なんかこの世におらへんねん」
「なるほど。人は皆クリエイターって言葉は本当だったんだね」
「あては『覚醒者』とか『非覚醒者』っちゅう区別はないと思うんや。現実世界で能力を発揮できようができまい、そんなん関係あらへん。どっちも同じや。いわゆる非覚醒者にも、同じようにクリエイターランクを当てはめて、★×0ランクって呼んだらええやん。あてはそう思う」
★×0とは能なしや役立たずを意味し、非覚醒者を侮辱する言葉。一般的にはそう認識されている。
ギンガはその認識に異を唱え、真逆の主張を展開した。すべての人間は、ただ人間であるというだけで、一個の魂を有した立派な覚醒者。能力を発揮できるかどうかは問題ではない、というのだ。
「クリエイターランクは、魂のデカさ、要は霊子保有量で決まるんや。非覚醒者って呼ばれとる奴にも魂はある。それやったら同じようにクリエイターランクを当てはめて、★×0ランクって呼んでもええやないか」
「言っていることはわかるよ。だけど、きちんと説明しないと読み違えられちゃいそうだね。特に、ギンガは人から誤解を受けやすい性格だから」
カイザはやんわりと忠告した。
「カードクリエイトは、霊子の変換効率が悪すぎるんや。いちいち自分で作り出すのは割に合わへん。普通は、カードハンターから買い取ったほうがええ。せやから、あってないようなもん。せやから第ゼロ段階やな。ほんで、次がやっと第一段階。ネームクリエイトや」
名前の創造、『ネームクリエイト』。心に思い描いたカード名を、白札という無地のキャンバスに焼き付ける能力だ。白札を用いた念写、といったところか。イメージを実体化させる第一歩だ。
カード名とステータスは紐付けされた関係にある。名前さえ決まれば、ステータスも自動的で決まる。能力テキストおよび出力や動力、戦力、体力の数値は、ネームクリエイトの一環としてまとめて写し出されるのだ。
「ネームクリエイトできるんは、★×1ランク以上からや。慣れてきたら、副カード名とかフレーバーテキストなんかも書き加えられるようになるでぇ」
最低限、カード名とステータスさえあれば、そのカードは対局で使用できる。副カード名とフレーバーテキストは対局の進行に影響しない部分、いわばオマケだ。だがそれらのオマケ項目こそが、各々が自由に書き加えて自分を表現できる箇所なのだ。
「ほんで、第二段階はイラストクリエイト。第一段階では文字しか書き加えられへんかったけど、第二段階ではついにイラストを描けるようになるんや」
ヴィジュアルがないカードは味気なく、面白みに欠ける。カード中央にぽっかり空いた白くて四角いスペースは、なにかを訴えているように見える。
イラストがなくとも対局の進行には問題ない。それでもやはり、イラストあってこそのカードゲームだ。イラストなしのカードゲームなど考えられない。
『イラストクリエイト』が可能になるのは、★×2ランク以上からだ。
「最後に、お待ちかねの実体化能力や。ここからは今までの流れが変わるでぇ。第三段階はリミテッドクリエイト、第四段階はエターナルクリエイト。★×3ランクでも第四段階に進める奴もおるし、逆に★×4ランクでも第三段階止まりの奴もおる」
「そのふたつはどう違うの?」
「リミテッドクリエイトは、一定時間のみの実体化能力や」
『リミテッドクリエイト』によって実体化されたクリエイションは、『リミテッドクリエイション』という。それは光の粒をまき散らしながら動きまわり、最後には消えてなくなる。線香花火のような、はかない存在だ。
なぜだか、カイザは天使を思い浮かべた。夜の墓場で、光をこぼしながら飛び回る天使。どこかで見た気がする光景だが、思い出せなかった。
「エターナルクリエイトは、無期限の実体化能力や」
『エターナルクリエイト』で実体化されたクリエイションは、もはや昔からこの世界にあった物質と区別がつかない。そして、永遠に存在し続ける。エターナルクリエイトで実体化されたクリエイションは、『エターナルクリエイション』という。
「たとえば、カードクリエイトに必要な霊力を百点とするやん?」
「急に話が戻ったね。カードクリエイトは第ゼロ段階でしょ?」
「これから説明するねん。ネームクリエイトは一枚一点、イラストクリエイトは一枚十点。エターナルクリエイトは、一回百グラムあたり一点や」
カードの重さは、一枚につき約一グラム。白札のクリエイトは一グラム百点だ。対して、エターナルクリエイトでは百グラム一点。一定質量あたりの霊力消費量は、エターナルクリエイトのほうが一万倍も効率がいい計算になる。
「リミテッドクリエイションは、ほとんど質量がない光の塊なんや。霊力消費は少なくて済むけど、出現時間はごくわずか。長いこと維持したければ、エターナルクリエイト並の霊力がいるねん」
「どちらにも長所と短所があって、一概には優劣を決められないんだね」
「じゃあお次は⋯⋯」
説明が終わると、ギンガはなんの前触れもなく右腕を上げた。ギンガは説明なしでいきなり行動に移ることがよくあった。今回もそうらしい。
ギンガの指先から霊光が放出された。カードクリエイト、ネームクリエイト、イラストクリエイトを連続しておこない、立派なイラスト付きカードを瞬時に出現させてみせる。
「実演タイムやで。よう見ときやぁ!」
天に掲げた白札から、エターナルクリエイションが飛び出した。