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カードチェス  作者: 破天ハント
第二章 裏クリエイター編(前編)
17/73

第十五話〖発覚〗

【一】


 カイザ組は崩壊の危機にあった。

 メンバー全員で拾い集めた白札をココナの家で再分配し、いつものように笑って騒いで歌ってお開きになるはずだった。が、最後に放たれたカイザの言葉で場が凍りついた。

 カイザが★×2(ノービス)ランクのクリエイターに覚醒していたこと、明日から兵頭対局所の所員になること、それから負債についても。すべて隠さずに伝えた。


 あまりの衝撃で誰も言葉を発しない。

 覚醒したことや所員になったことは、本来ならば良い知らせのはず。ただし、それがカイザ以外だったなら。

 カイザ組で一番の稼ぎ頭であり、リーダーでもあるカイザ自身が組を抜ける。その場合、組はどう対処するべきか。まったく想定されていなかった。

 カイザは後継者にココナを指名した。明日からココナは組のリーダーになる。公表から指名までの流れは、事前にふたりで打ち合わせしていた。


 翌日の夕方には送別会が開かれる。ココナはすでに段取りを進めているようだった。なんともせわしない予定だ。

 所員になると決意してから、あっという間だった。まだ現実を受け止めきれていないメンバーもたくさんいる。深い事情があるとはいえ、公表した翌日にさようならとは、あまりに薄情ではないか。胸をえぐられるようなうしろめたさだった。

 

 カイザは明日、所員としての基本を副所長のギンガに直接指導してもらうことになっている。それが終われば、早めに帰れる。二日目からは先輩所員に仕事を教えられ、営業終了後は裏対局室でひたすら修行対局だ。

 明日一日のみ修行対局が免除されるよう、すでにギンガに取り計らっている。これでカイザは気にせず送別会に行くことができる。裏対局室では「鬼の副所長」と呼ばれているギンガも、本当に鬼ではないようだ。



【二】


 所員として一日目の朝。今日の空は、白札のように真っ白。はじまりの日にふさわしい色だ。


「窓口の営業開始時間は朝の九時、終了時間は夕方の五時や。ほんで、営業がはじまる二時間前までには出勤すること。退勤時間はみんなバラバラ。仕事が終わった奴から先に帰ってよし。終わらへんかったら、永遠に居残りやでぇ」

 まずはギンガから兵頭対局所の説明を受ける。


「まぁ、今日だけははよ帰らしたるわ。大事な仲間が待ってるんやろぉ?」

「ありがとう。ギンガって意外と優しいんだね」

「べ、別にあんたのためやないんやでぇ。あてがはよ帰りたかっただけやからな! ⋯⋯って、あてが言うと思ったかぁ?」

「言っているじゃん」

「うるさいわ。なんぼおだてても、デッキは返さんでぇ」

 ギンガは腰に手を当て、したり顔で見下ろしてきた。顔の距離が近い。カイザは唾をかけてやりたい気持ちを抑えた。仮にも上司だ、同い年だが。


 カイザのデッキケースは今、ギンガの腰にぶらさがっている。デッキを賭けた真剣対局で敗れた以上、カイザに所有権はない。


 デッキケースとは、デッキがちょうど入るサイズの小さな入れ物だ。一辺だけ本体とふたがくっついており、ボタンで開け閉めする。腰にぶらさげるのが最近のはやりだ。

 たくさんのカードを入れられる大きめの箱は、カードケースという。カードケースは本体とふたが別々で、ふたを上からかぶせて収納する。だから、デッキケースとカードケースは別物だ。

 

「ほれ、貸したるわ」

 ギンガはデッキケースを腰から外し、カイザに手渡しした。水色の爪がカイザの手の甲に引っかかる。


 カイザにとって、ギンガは顔も性格も好みではなく、むしろ大嫌いな女だ。とはいえ、すらりと長い手足や指はつい見とれてしまう。


「勤務時間内だけやで。退勤時に回収するからなぁ」


 所員がデッキを持たないのは都合が悪い。勤務時間内のみ「借りる」という形で、デッキを一時的に返してもらうことになった。


 丹精を込めて組んだ自分のデッキ。この世にただひとつしかない、自分だけのデッキ。母に売り飛ばされて一度は諦めたが、奇跡的にギンガが持っていた。

 ギンガがいなければ、今ごろデッキは存在しない。本来ならば感謝すべきだが、デッキを奪った張本人でもある。もっとも、対局で負けたカイザが悪いのだが。

 ギンガは恋敵のような相手だ。いつか必ずデッキを取り返してやると、カイザは心に誓った。


「デッキケース、ボロボロやないか」

 ギンガはにやつきながら言った。

 おそらく嫌味のつもりではなかっただろうが、そう解釈もできる。悪気はなくても苛立ちが募る。


「買い換える余裕がないからね。余計なお世話さ」

 カイザはデッキをデッキケースに片付けた。

 

 デッキケースは汚れて黒ずみ、ふたのボタンが取れてパカパカしている。腰につけた状態で飛び跳ねでもしたら、中身が地面に散らばってしまうだろう。


 ギンガのデッキケースは、きれいで傷ひとつない。ギンガの好きな水色で、しかも形状が普通とは異なる。特注品だと見て取れた。

 普通サイズを縦に二個重ねたようなタワー型。指を突っ込んでも底に届かない。ギンガ以外が使う場合、いちいちデッキケースごと傾けるかひっくり返すかしなければならず、勝手が悪そうだ。手の幅が狭く、かつ指の長いギンガでなければ使いこなせないだろう。


 こだわりが詰まった、世界でひとつだけのデッキケース。カイザは、いつか自分も特注品を腰にさげたいと願った。



【三】


 デッキケースを受け取ると、カイザは所内を案内された。

 ギンガは子どものようにスキップしながら、カイザの手を引いてぐいぐいリードする。

 強引に引っ張られたり押されたりするたびにデッキケースからカードが飛び出しそうで、カイザは気が気でなかった。やはり知性のかけらもない乱暴な女だと、イライラしながら考える。


「じゃあ、次行くでぇ。早く早く!」

「え、ちょっと!」


 カイザは窓口の向こう側に引きずり込まれた。所長か副所長の許可がある者、もしくは所員しか入れない場所だ。

 片腕をギンガにつかまれ、無理矢理に引き寄せられる。もう片方の手で腰にさげたデッキケースのふたを押さえていたので、バランスを崩して前に転んだ。紫の髪がばさりと揺れる。

 異変を感じたギンガはとっさに振り返った。そのタイミングでカイザの顔が胸元に飛び込んでくる。そのまま胸でカイザの体重を受け止め、バランスを崩すことなく支えた。細身に見えてカイザより筋力がある。


 普通なら、カードハンターをやっていると筋力がつくはず。だが、カイザは運に頼って楽をしてきたので、それほど力が強くなかった。以前、ギンガに腕をつかまれたときも、自力でほどける気がしなかった。

 一方、ギンガはクリエイターのくせに妙に腕っぷしが強い。体力もある。

 

「ご、ごめん」

「あてこそ、ちょっと強く引っ張りすぎたわ。っていうか、謝る前に顔をどけろや。このむっつりスケベが!」

 ギンガはカイザの顔を引き剥がし、シャキッと立たせた。


 カイザはぼうっと左の頬をなでた。まだ柔らかい感触が残っている。だが、右の頬にはその感触がなかった。妙な違和感。はじめてギンガにあった日もそうだった。そのときは確かめようがなかった。

 ギンガはシャツの下にガーゼを巻いていた。過去に大きな怪我を負ったようだが、すでに傷は塞がっているらしい。ガーゼはさらし代わりで、胸元をきつく締めつけていた。


「カイザはええ仲間に恵まれて良かったなぁ」

「う、うん。急にどうしたの?」

「あてなぁ、ホンマは下摂津人やないねん。大和ノ國出身なんや」

 大和ノ國。かつては伊勢ノ國の属国だったが、今は立場が逆転し、近畿で二番目に大きい国へと成り上がった。


「十歳くらいまで、あてもカードハンターやったんやで」

「そうだったんだ。意外だね」

「子どもらでイルカ組っちゅうグループを結成してなぁ。あてにも仲間がおったんや」

「じゃあ僕と一緒じゃないか」

 嫌な女だと思っていたギンガの過去を知り、急に親近感を覚えた。


「毎日毎日、下を向いてレアカードを探してまわったなぁ。飽き性やから苦痛やったわ。ホンマ苦手やった。サボってばっかりやったなぁ」

「カイザ組だったら追放だね」

「カイザは観察眼鋭いもんなぁ」

 ギンガはへらへら笑った。


「せやけど、戦争で仲間の半分くらいは死んでもうたわ。生き残ったメンバーはクリエイターたちの対局を盗み見ては真似してなぁ。ほんで、あてとリーダーだけ覚醒したんや」

「良かったじゃないか」

「良かったんやけどなぁ⋯⋯。自分の実力を確かめたくなって、あては仲間を捨てたねん。サブリーダーになってくれって言われたけど、無視して国を飛び出したった。放浪の裏クリエイターになったんや」


 裏クリエイターには、ひとつの裏対局所か裏対局室に居座るタイプと、各地を巡り歩く放浪タイプの二種類がある。


「二年くらいかけて、あちこち旅したんや。そのうち裏クリエイターの組織に目ェつけられて、勧誘されたんや」

「入ったの?」

「おう。興味本位で入ったはええけど、仕事内容はえげつないことばかりやらされたわ。まあ、その話は置いといて。実力に応じてだんだん地位も上がっていって、とある裏対局所の二番手にまでなったんやでぇ」

「いつも二番手だね。ギンガにリーダーの器はないよ」

「やかましいわ、バカイザ!」

 ギンガはカイザに不名誉なあだ名をつけた。


「それで、どうなったんだよ?」 

「まあ、あれや。面倒ごとが増えてきて、飽きちゃったんよなぁ」

「組織を抜けたの?」

「昔の元リーダーが故郷で頑張っとるっちゅう話を聞いてなぁ」

「ギンガとはえらい違いだね」

「ほっといてぇ。あてにはあての考えがあったんや」

 ギンガはむっとして反論した。


「元リーダーの活動を知って、あてはいても立ってもいられんくなったんや。こんなところで時間をムダにしとったらあかん、自分の実力を上げな! そう思い立って東本州側に逃げたんや。せやけど、組織には組織のルールがあってなぁ、円満に送り出してはくれんかったわ。あては裏切り者の烙印を押されたんや」

「もしかして、体の傷は組織からの制裁だったの?」

「お、察しがええなぁ。殺されそうになったけど、なんとか命からがら逃げおおせたんや」

 

 ギンガの命を狙ったのは、元相棒だった。ふたりは組織の名コンビだったが、ギンガは相棒をあっさり捨てた。飽きたらポイ、それがギンガの悪い癖だった。

 元相棒はギンガの暗殺に失敗した。全力の一撃は心臓を外し、左の目と耳、そして胸にダメージを与えただけにとどまった。目はつぶれかけ、耳にはV字の傷。左の乳房は完全にえぐり取られた。


「顔に傷がつかんかったんは、ホンマに奇跡やわ。ただでさえ、裏部屋では鬼の副所長って言われとんのに、もし顔に傷なんかあったらどうなってたか。目も失明せずに済んだし、生きとるだけで万々歳やわ」

「ムチャクチャな人生だな。それで、琵琶海峡を越えてどこへ向かったの?」

「松平対局塾や。誰でも入塾できるけど、出るのが難しいことで有名なところや。★×4(エキスパート)ランク以上のクリエイターは費用免除って聞いて、すぐに入塾を決めたわ」


 松平対局塾は、東本州では有名なクリエイター養成学校だ。のちに新時代を切り開いた東の英傑たちの多くが、松平対局塾の出身だと公表している。


「そこで修行対局をして強くなったんだね」

「いやぁ、それがまた例の発作でなぁ⋯⋯」

 飽きて辞めたらしい。


「クズだな」

「クズやない。新しいことへの好奇心が強いだけや」

「いいように解釈しすぎだよ」

 カイザは呆れて頭を抱えた。


 ギンガは松平対局塾を辞め、裏クリエイターに戻った。感情の波に任せてあちこちの組織に属しては抜けて属しては抜けて、期間を置いて繰り返した。

 ギンガの名前は、さまざまな組織のブラックリストに書き加えられた。再び東本州に足を踏み入れようものなら、いつ殺されてもおかしくない。

 こうしてギンガはしばらく下摂津ノ國に身を隠すことになった。


「想像以上のクズだな」

「クズやない。新しいことへの好奇――――」

「そのネタはもういいから」

 いつの間にか、カイザが突っ込み役になっていた。ギンガの昔話は、笑えるほどお馬鹿な内容ばかりだった。


「房総島で取り囲まれたときは、ホンマに死ぬかと思うたなぁ。正面は敵がうじゃうじゃ、背後は断崖絶壁。よう逃げ延びたもんやわぁ」

 話は多少、盛っているようだ。


「胸はもう、治らないの?」

「かわいそうとか思うとるかぁ?」

「いや、自業自得だと思っているよ」

 同情されたくないはずだと思い、カイザはあえて突き放した。


「だけど、なんとかなるならいいね」

「なんとかして、どないしたいんやぁ? ホンマ、スケベなガキやなぁ。おっぱいのことしか考えてないやんけ」

「ち、違うよ。いや、そうだけど」

「まあなぁ⋯⋯。都へ行けば、本物そっくりなクリエイションを装着する技術もあるみたいやで。外町で腕のいい医者に頼めば、再建手術って手もある」

「高額なの?」

「いや、その問題は心配いらん。せやけど、そうやないねん」

 珍しく、ギンガは言葉選びに迷った。いつもなら早口でスラスラまくし立てるのだが。

 

「だってさぁ、下手に隠すより、ありのままでおるほうが、なんかあてらしいやん」

 ギンガは誇らしげに答えた。


「それもそうだね」

「クリエイターっちゅうのはな、カードチェスを通して自分らしさを表現するもんや。対局空間では、自分自身が親札ちゅうカードになる。ということはやなぁ、自分自身をデザインすることもクリエイターの務めってわけや。うちの裏部屋連中なんか、みんな派手な髪型でおもろい格好、癖の強いしゃべり方やったやろ? 各々が、自分にあったスタイルを極めた結果や。誰になんと言われようが、自分を表現するのがクリエイターなんや。人の目なんか気にせんでええねん!」

 いつもの早口に戻った。


 人の顔色ばかりうかがって生きてきたカイザにとって、ギンガの生き方はまぶしかった。クリエイターになれば自分を変えられるかもしれない。そう考えたカイザは、一人前のクリエイターになると決意した。最初は成り行きで流されただけだが、今は本気だ。

ヒロインが実は男⋯⋯ではありませんでした、残念。

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