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カードチェス  作者: 破天ハント
第二章 裏クリエイター編(前編)
15/73

第十三話〖観戦(後編)〗

【一】


 手番がギンガに渡った。後手第一手番。手番数は先手と後手で別々にカウントする。先手は黒い丸、後手は白い丸の記号であらわす。

 まずはドロー。山札の上からカードを一枚引く。そして対価札を一枚獲得。この動作は手番開始ごとに毎回おこなわれる。


〔白銀ギンガ〕

 ○第1手番

 手札 3→4→3枚

 対価札 1枚(1枚使用)

 副対価札 5→2枚

 ♡体力 15点


 幕末十傑、松門四天王〔高杉晋作(たかすぎしんさく)2〕

 ♢出力 4点

 ♧動力 1点

 ♤戦力 2点

 ♡体力 2点

 自身出現:

 捨札から♢出力4~6点の駒札を1枚選んで手札に加える。


 和装の美少女があらわれた。出現場所はギンガの左隣。美少女は着物を着崩して襟元をはだけ、大きな胸を強調している。

 ギンガは谷間を上からのぞき込もうとするが、うまい具合に隠されていた。観戦者から「いいぞもっとやれ」や「けしからんもっとやれ」という野次が飛ぶ。 

 高杉晋作は、奇兵隊の創設などで有名な幕末の志士。高杉晋作本人がこのありさまを見たら、はたしてどんな感想を述べるだろうか。


「も~、真剣対局中になにをやっているのら」

 いつものことだが、苦笑いを浮かべるアユム。


「カイザのデッキがかかった大事な対局なのに、あんなふざけた態度、許せないわ」

 ココナは、その場から立ち去りたいほどに気恥ずかしくなった。勝負熱が落ち着き、興醒めした。


「病気みたいなものなのら。ぎんちゃんの唯一の楽しみだから、そっとしてあげてほしいのら」

「なにか意味があるのかしら?」

「ぎんちゃんは極度の飽き性で、集中力が長続きしないのら。だから、対局の序盤はこんなふうに適当にプレイして、後半から本気モードに入るのら」

「なるほど、そういう戦略なのね」


 カードチェスは集中力を要するゲームだ。真剣対局となるとなおさらだ。長距離マラソンのようなもので、序盤にエネルギーを使いすぎると、終盤は思考力が落ちてミスをしがちになる。特にギンガはその傾向がいちじるしい。

 ふざけているようだが、そういう戦略なのだ。いや、実はふざけているのだが。


「副カード名がふたつもあるわよ」

 ココナは〔高杉晋作〕の表示パネルに目をやった。


「副カード名は最大三つまでつけられるのら。だけど、普通はひとつで充分だよね~。ぎんちゃんは欲張りさんなのら」

「あれ? ギンガさんの捨札にはカードが一枚もないわ。駒札の能力はどうなるの?」

「カードの能力のうち実行不可能な部分は無視して、可能な部分のみを処理するのら」

 カードチェスの基本ルールだ。


「今回のケースではぜんぶ実行不可能だから、能力は不発なのら」

「無駄打ちってことね。もったいない」

「手札が悪いから仕方ないのら」


 対戦者同士は相手の手札を見ることができないが、観戦者は両方の手札を確認できる。

 外野勢は、自分だったらこうする、いやそれは違う、などと好き放題に議論していた。



【二】


 先手第二手番。カイザはドローで手札に加えた『技札(わざふだ)』、〔ローマ大火〕を発動した。


 〔覇田カイザ〕

 ●第2手番

 手札 2→3→2枚

 対価札 2枚(1枚使用)

 副対価札 1枚

 ♡体力 17点


 〔ローマ大火〕

 ♢出力 1点

 通常:

 山札から♢出力7点▲の駒札を3枚選んで捨てる。


「横向きのカードだわ」

「技札というカードなのら」


 デッキを構成するカードは、二種類に分類される。ひとつは駒札。駒札は駒として場に出す。もうひとつは技札。技札は場には出さず即座に捨札に置き、能力の処理をおこなう。場に出さないという性質上、動力、戦力、体力のパラメータは存在しない。


「駒札は縦向き、技札は横向きのデザインなのら。技札は対局の進行に影響を与える、使い捨てのカードなんだよ~」

「なるほど、そんなカードもあるのね。〔ローマ大火〕はさっきの駒札と同じ能力だわ」

「これでかいざちゃんの捨札には、出力七点以上の駒札が六枚に増えたのら」


 ローマ大火。皇帝ネロの時代、ローマ帝国の首都ローマで起こった大きな火災だ。新しい都を造るためにネロが放火した、といううわさが流れたが、真実ではなかった。ネロはキリスト教徒に罪を着せ、多くの人を処刑した。


〔ローマ大火〕と〔ネロ〕はまったく同じ能力テキストだが、出力や発動条件が異なる。

 通常、駒札と技札で同じ能力の場合、駒札のほうが出力が三点高い。どんなに弱い駒でも、出すなら対価を求められる。技札は駒を出さないぶん、低出力高パフォーマンスを発揮できる。


「発動タイミングの通常時っていうのは?」


 テキストの第一段落。「通常」という文字と、その右側にある「タイミングコロン」。タイミングコロンは、発動タイミングをあらわす発動記号だ。〔ローマ大火〕の能力テキスト第一段落には、「このカードの能力は通常時に発動できる」と書かれている。


「通常時っていうのはね、自分の手番中で、カードの出現や移動、戦闘中ではなくて、能力の処理中でもないタイミングのことなのら」

「要するに、なにもしていないときね」

「そうそう。手番プレイヤーは、このタイミングで駒を場に出したり、移動や攻撃をしたり、技札を発動したりできるのら。駒を出したら出現時、移動したら移動時、戦闘したら戦闘時、能力を発動したら発動時、というふうに、なにかするたびにタイミングが切り替わるのら。処理が終わったら、また通常時に戻るのら」

「いろんなタイミングがあるのね」

「基本、能力の発動タイミングは、駒札なら自身出現時、技札なら通常時なのら。そうじゃないのもあるけど」

「基本はシンプルなのね」

「カードチェスのカードは、単純な能力がひとつだけっていうパターンがほとんどなのら。ルールもシンプルだし、ほかのトレーディングカードゲームやボードゲームに比べると、とっても簡単なのら。だけど、ものすごーく奥が深いのら」

 アユムは七歳児だが★×5(スーパー)ランクのクリエイターだ。その言葉は軽いようで重い。



【三】


 後手第二手番。ギンガはなにも出さずに手番を終了。

駒と親札の移動はしたものの、事実上のパスだ。ため込みの条件を満たしているので、副対価札を一枚獲得できる。


〔白銀ギンガ〕

 ○第2手番

 手札 3→4枚

 対価札 2枚(未使用)

 副対価札 2→3枚

 ♡体力 15点


「ギンガさん、もう手番を終了しちゃったわ」

「序盤はこんなものだよ~。ぎんちゃんはあとの展開に備えているのら。まだ手札や副対価札の枚数を減らしたくないし、できれば増やしたいはずなのら」


 アユムは毎日、ギンガの相手をしていた。だからデッキの内容は知っている。ギンガのデッキに入っている駒札は、出力が四から六点で統一されている。

 手番開始時点で、対価札が二枚と副対価札が二枚。ギンガは出力四点のカードを使えたはずだった。だが、使えば副対価札がゼロになってしまう。

 この手番は休憩し、次の手番に出力六点の駒札を展開する作戦のようだ。


 先手第三手番。親札と〔ネロ〕は斜め前に一歩ずつ行進。

 カイザは自身の左側に、ローマ七王〔アンクス・マルキウス2〕を出現させる。出力は三点。副対価札を使わずに済んだ。能力は〔ネロ〕の下位互換だ。自身の出現時、山札から出力七点以上の駒札を一枚選んで捨てる。〔ネロ〕なら三枚捨てられるが、このカードは一枚のみ。そのぶん、出力に対するスタッツが高い。


 古代ローマの最初期に即位した七代の王。それがローマ七王だ。アンクス・マルキウスは四代目の王にあたる。


 ○後手第三手番。移動、移動、出現。


 ●先手第四手番。侵攻、侵攻、侵攻、出現。

 ○後手第四手番。後退、後退、後退、出現。


 ●先手第五手番。時間制限開始。ボード中央の穴から巨大なタイマーがあらわれる。

 

「持ち時間はひとり十五分。ゼロになったら五分だけ猶予時間が与えられて、かわりに親札体力が一点になるのら」

「親札体力が一点になれば、一撃で負けになるわね」

「仮に一点で耐えても、猶予時間が尽きたら負けなのら」


 ○後手第五手番。ギンガのタイマーが進む。その瞬間、本気モードへとスイッチオン。だが、相変わらず逃げに徹する。

 新選組一番隊組長〔沖田総司(おきたそうじ)2〕を出して手番終了。能力で〔ネロ〕を破壊。新選組シリーズの駒札は、指定出力以下の相手駒にダメージを与える能力で統一されている。〔沖田総司〕は、出力六点以下の相手駒を一体選んで、体力を一点マイナスする能力を持っている。


 ●先手第六手番。カイザはギンガの陣地へどんどん切り込んでいく。


 ○後手第六手番。ボード中央のタイマーのまわりをぐるっと回るようにして、カイザの陣地へと逃亡する駒札たち。しんがり、つまり後退部隊の最後尾はギンガ自身だ。本物の戦場なら、しんがりは敵の追撃を食い止める役割があり、もっとも危険な任務だった。

 将棋やチェスでは、駒で王を守るのが鉄則だ。だが、カードチェスでは逆転現象がよく起こる。親札はどのカードよりも体力が高く、駒を守る壁になる。将棋やチェスと違い、親札は一撃程度ではやられない。駒さえ生きれば、いくらでも反撃ができる。ダメージをわざと受けるのも戦略のひとつだ。


 ●先手第七手番。親札で親札を直接攻撃する状況が発生。カイザは、ギンガが乗っている塁へ飛び移った。紫の長い髪がなびく。指をからめた取っ組み合い。

 ギンガに一点のダメージが入り、体力が十四点になった。直後、ギンガはカイザを押し返した。カイザは元いた塁へ跳ね返される。相手のカードに攻撃したが破壊できなかった場合、攻撃側は一歩前の塁に押し返される。この移動を「敗走」といい、ルール上の処理として扱われる。

 出力七点の大型駒札〔カリグラ6〕をうしろに出して手番終了。


 ○後手第七手番。ギンガは自分で直接反撃せず、一歩横へずれる。バックで控えていた〔沖田総司〕に進路を譲り、直接攻撃。2点ダメージ、倍返しだ。


 ●先手第八手番。カイザも同じく自身で反撃せず、バックに頼る。一歩斜め前に移動して、空いた塁を〔カリグラ〕の通り道にする。〔カリグラ〕は二歩先まで爆走し、〔沖田総司〕を一撃で破壊した。

 ○後手第八手番。高スタッツの〔カリグラ〕を倒せず、また逃げる。体を張って駒を守り、手勢を増やしてコロニーを形成。


 ●先手第九手番。勢いに乗って攻めまくる。

 ○後手第九手番。親札で受けてバックで反撃を繰り返しながら、盤面の優位性を確保していくギンガ。


「出力三点以下を下級、四から六点を中級、七点以上を上級というのら。かいざちゃんは上級駒札を運用するデッキ、ぎんちゃんは中級駒札メインのデッキなのら」

「ということは、カイザは十四手番まで耐えたら、毎回強力な駒を二体出せるようになるってことよね?」

「その前に息切れしそうなのら」


 ●先手第十手番。攻め手が少し緩む。とはいうものの、上級の大型駒は一撃が大きい。戦力七点のパワー極振り怪物で点を取りにいく。ギンガ、大きく失点。

 第十四手番まで盤面を維持できたら、カイザの勝ちは確定だ。

 ○後手第十手番。カイザの思い通りにはさせない。カイザが駒を一体ずつ出している間に、ギンガは二体ずつ出して数の優位を打ち出していた。単体では貧弱な駒でも、寄ってたかれば大型駒を討ち取れる。


 ●先手第十一手番。構わず攻めまくる。ギンガの残り体力、五点。

 ○後手第十一手番。ギンガ、ついに攻勢へ。


 ●先手第十二手番。攻め手が途切れる。

 ○後手第十二手番。新選組シリーズの駒札をまとめて三体出すが、能力を活用できたのは一体のみ。中級以下の相手駒にダメージを与える能力だが、カイザの上級駒には歯が立たない。かわりに、戦闘で押しつぶす。

 次の手番でカイザ包囲網が完成だ。


 ●先手第十三手番。ここで一発逆転の技札を二枚同時発動。出力は、なんと両方ゼロだ。


〔道連れ〕

 ♢出力 0点

 通常:

〈♢出力7点▲の駒札×3、捨札→消札〉

 相手駒を1体選んで破壊する。

 

〔ラグナロク〕

 ♢出力 0点

 通常:

〈♢出力7点▲の駒札×3、捨札→消札〉

 相手駒を2体選んで体力をマイナス2点する。


「二枚とも出力がゼロだわ!」

「しかも能力は超強力なのら」


 出力がゼロということは、対価札を使わずに発動できるということだ。だが代わりに、対価カッコで示された対価を発動時に支払わなければならない。〔道連れ〕と〔ラグナロク〕の対価は、捨札から出力七点以上の駒札を三枚選んで『消札(きえふだ)』へ送ることだ。


「消札って?」

「隠された第五の領域なのら。対局中にカードが存在できる場所のことを領域っていうんだよ~。基本の領域は、山札、手札、場、捨札の四つ。消札は、特定のカードの能力や対価でのみ、カードを出入りさせられる秘密の領域なのら」

「なるほど。序盤、山札のカードを捨てていたのは、技札の発動対価として消札にするためだったのね」

「だけど残念、一発逆転は失敗なのら」

「え、どうして?」


 カイザは上級駒を一体と中級駒を一体出して、手番を終了した。もしも、副対価札が一枚でもあれば。この手番で上級駒を二体出して盤石な場をキープできただろう。副対価札の枚数管理ミス。カイザの読みが甘かったということだ。


 ○後手第十三手番。出力ゼロの技札で壊滅的な被害を受けたが、またもや三体同時出しでカバーする。

 新たに登場した新選組駒札〔斎藤一(さいとうはじめ)〕の能力で、前の手番に出たカイザの中級駒を破壊。これがもし上級だったら、能力は不発のはずだった。カイザの駒を破壊できず、逆に返り討ちにされていただろう。


 ●先手第十四手番。上級の大型駒札を二体出現。だが、ときすでおそし。盤面を持ち直せず、出しては取られ、出して取られを繰り返すことになる。

 ○先手第十四手番。包囲網完成。


 ●先手第十五手番。手札がゼロ枚に。

 ○後手第十五手番。盤面崩壊。逃げ場も与えず。チェックメイトだ。

 カイザは手番が回る前に投了した。


「そんな、カイザが負けちゃうなんて!」

 ココナは両手で顔を覆った。


「初心者にしては、健闘したほうなのら」

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