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カードチェス  作者: 破天ハント
第二章 裏クリエイター編(前編)
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第十二話〖観戦(前編)〗

【一】


 カイザの肉体がゆっくりと消滅していく。ココナは固唾を飲んで見守った。ココナにとって、クリエイター同士による対局空間での対局を観戦するの人生初の経験だ。

 

「ふう、ウラ部屋の観戦は久しぶりなのら」

 アユムはココナの横に並び、体を傾けてもたれかかった。


「ここちゃん、いつも兵頭対局所を利用してくれて、ありがとうございますなのら」

「こちらこそ、いつもお世話になっているわ。この間も、靴の手配で助かったわよ。アユムちゃんは働き者なのね」

 ココナはアユムの肩に手を回した。


 傍から見れば、年の離れた姉妹のよう。だが、よく見ればふたりはまるで違う。

 ココナの目は、両端が細く中央が膨らんだアーモンド型。アユムはくりくりとしたつぶらな瞳。肌の色も、ココナは褐色に日焼けしているが、アユムはあまり外へ出ていないので白い。ココナの手はあちこち傷だらけでボロボロ。アユムのはぷっくりと丸みを帯びた可愛らしい手だ。

 ココナがカードハンターでアユムがクリエイターだということは、誰の目にも明らかだ。

 

「働き者なのはここちゃんなのら。あゆちゃんは、好きなことを楽しんでやっているだけなのら」

 アユムは屈託なく笑った。

 ココナは一瞬、そんなアユムをうらやましいと思った。だが、すぐにかき消した。自分だって、プライドを持って仕事をこなしている。引け目を感じることはない。ココナは自分に言い聞かせた。

 

「近ごろは所員の数も増えたし、あゆちゃんは楽をさせてもらっているのら。元カイザ組の子たちはみんな働き者で助かっているのら」


 アユムは自分よりも年上の子たちを手足のように使い、所長として仕事をこなしている。カイザ組の平均年齢は一桁台。組を抜けて所員になった子どもたちは皆、アユムより少し年上だった。アユムとも何度か対局したことだろう。そして、アユムの圧倒的な才能の前で絶望したに違いない。

  

「地下にこんな裏対局室があるなんて知らなかったわ。アユムちゃんも賭けて対局するの?」

「あゆちゃん、賭けはしないのら」

「そっか、偉いわね」

「そうじゃないのら。あゆちゃんが強すぎて、みんな賭けたがらないのら」

 アユムは深いため息をついた。口調に抑揚がない。


 この空間内で最年少にして最強のクリエイター、兵頭アユム。カードチェスだけでなく、現実の戦闘でも彼女に勝る者はいない。

 弱肉強食の新時代。強さの基準は腕力ではなく、クリエイターランクだ。クリエイションの力を借りれば、非力な女性や子ども、老人であろうと、絶大な力を振るうことができる。アユムの実力なら、数十人の屈強な大男に囲まれても指一本で瞬殺できるだろう。人を見かけで判断するような、浅はかすぎる小悪人は死ぬしかない。



【二】


 ひとたび対局空間に入れば、勝敗が決するまで出られない。クリエイターの肉体は、一時的に消滅して霊体だけになる。そこにあったはずの現実の肉体は、かわりに半透明の立体映像に置き換えられる。物質界の傍観者は、この幻のような映像を通じて対局を見守ることしか許されない。対局所がはじまれば、外部からの助言や妨害は不可能となる。


「お願い、負けないでね」

 観戦者のココナは、両手を胸の前で組んでカイザの勝利を祈った。


 霊体で構成された幻のカイザ。ココナの位置からは、カイザのボディが透けて反対側の野次馬が映って見える。カイザとギンガの幻像が向かい合う。

 実際の対局空間では、ふたりはいくらか離れて立っているはずだ。ココナはふたりの足元に視線を落とした。ボード全体を映すミニチュアの立体映像が展開されている。これを見れば、ふたりの位置関係や対局の進行が手に取るようにわかる。


「ぎんちゃんは手加減しないから、負けるはずないのら」

「そんなの、やってみなければわからないわよ」

「うーん、確かに。かいざちゃんが勝てるかどうかは、ここちゃんの応援次第なのら」


 外部の人間は対局空間内に干渉できない。ココナがいくら大声を張り上げても、カイザの耳には届かない。だがそれでも、きっとカイザの心には届くはず。ココナはそう願った。

 アユムはココナの行為を無意味だと切り捨てず、一緒になって応援した。アユムの立場からすれば応援すべきはギンガだが、両方を応援した。どちらも勝ってほしいが、そうはいかないのが真剣対局だ。短ければ数分、長くとも一時間以内でケリがつく。


「その前に、カードチェスのルールを教えてほしいんだけれど」

「しょうがないな~。対局を見ながら解説してあげるのら」

「てへへ。一応、ひと通りは覚えたんだけれど、覚えたそばから忘れちゃって」

「カードチェスは自分でプレイしてみないと、いつまでたってもルールを覚えられないのら。ここちゃんも、一回くらいは対局しようよ~? 今度、オモテの対局室で初心者交流会があるから、是非参加してほしいのら」

「わかったわ。わたしも参加してみる」

 ココナとアユムは約束を交わした。



【三】


「かいざちゃんの足元に、おっきなハートマークがあるでしょ~? そこに書かれた数字が、親札の体力、つまりかいざちゃん自身の得点なのら。この得点がゼロになると負けなのら」

「そこまではわかるわ」


 対局がはじまれば、対局者は「親札」というカードとして扱われる。先に相手親札を取ったほうが勝ちだ。そのためには、地道に親札の体力を削っていかなければならない。西本州ルールでは、親札の初期体力は十五点。今回はハンデがあるため、カイザの初期体力は二点増えて十七点だ。


「かいざちゃんが先手なのら。さすがかいざちゃん、今日も運がいいね~」


 対局空間では、先手後手は自動でランダムに決められる。今回はカイザが先手、ギンガが後手に決まったようだ。

 

「先手のほうが有利なの?」

「そうとは限らないよ~。状況次第なのら」


 カイザは異常な強運の持ち主だ。ここぞという場面では、ジャンケンならば必ず勝ち、サイコロを振ればゾロ目が出る。自分のデッキを賭けた大勝負でも、こうして否応なく先手を取ってしまう。

 だが、先手には様々なハンデがあるので、必ずしも有利というわけではない。さらに、後手は先手の出方をうかがって対局を進めることができるので、デッキによっては後手有利の場合もある。

 ギンガのデッキは序盤からガンガン攻めるタイプではなく、じわじわと手札を増やして後半からリソースの差で相手をすり潰すタイプだ。どちらかといえば後手有利だ。ギンガに後手を渡したことは、カイザにとって少しマイナスの可能性がある。


「先手は赤い塁、後手は青い塁に乗って対局をスタートするのら。塁っていうのは、ボードを構成する二十二枚の正方形のことなのら」

「そこは問題ないわ。二十枚ある緑の塁が中立塁ね。草原フィールドみたい。それから、赤い塁はカイザから見れば味方塁、ギンガさんから見れば相手塁ね。反対側の青い塁はカイザから見れば相手塁、ギンガさんから見れば味方塁。で、合っているわよね?」

「正解なのら」


 カイザとギンガの幻像が歩きだした。等身大の映像は、その場から移動せずに足だけ動かしているように見える。下に展開されたミニチュアバージョンでは、ふたりが各々のスタート位置に向かっていることがわかる。


「それぞれ味方塁の上に乗ったら、次は初期手札の決定なのら」

「えっと確か、初期手札は三枚だったわよね?」

「そのとおり。最初に配られた三枚は、西本州ルールでは、一度だけ引き直しができるのら。好きなカードを好きな順番で山札の下に戻して、戻した枚数だけカードを引けるよ~」


 ギンガは三枚全部を引き直した。カイザは当然のように引き直しなし。カイザのことだから、完璧な手札だったのだろう。


「先手第一手番はドローができないんだっけ?」

「それだけじゃないのら。先手第一手番は親札の移動もできないし、副対価札のため込みもできない。先手は副対価札が四枚スタートなのら」

「副対価札っていうのが、よくわからないのよね。対価札とどう違うの?」

「性質が真逆なのら。対価札は使ってもなくならない。副対価は使い切り。って覚えるといいよ~」


 対価札と副対価は、カードの対価を支払うための架空のカードだ。対価札は対局開始時点でゼロ枚からスタートし、手番開始ごとに一枚ずつ増えていく。副対価札は対局開始時から持っていて、使うと即座になくなってしまう。

 せっかちな西本州ルールでは、手札のカードをすぐに使いたいため、副対価は開幕から上限マックス、五枚スタートだ。ただし、先手はハンデとして一枚減らして四枚スタートになる。


「あと、ため込みもよくわからないわ。ため込みができる条件がややこしくて。えっと、移動と攻撃はセーフで、駒を出すのがアウトだっけ? あれ、どっちだったかな?」


 ため込みとは、手番終了時に副対価札を一枚獲得できるルールだ。

 副対価札は対局開始時から存在し、使えばなくなってしまう。普通は対局が進むにつれてだんだん数が減っていくが、ある条件を満たせば、あとから獲得することができる。それがため込みルールだ。ただし、先手第一手番はハンデとしてため込みができない。

 

「手札からカードを使うかどうかで判断すれば簡単なのら。移動や攻撃は場のカードを動かすだけだから、手札とは関係ないよね~? 手札を使った手番はため込みができない。手札を一切使わなかった手番は、その手番の最後にため込みができる。って覚えたら簡単なのら」

「なるほど。そういえば、前に練習対局を観戦したとき、片方の対戦相手が、なにもせずに即手番終了でため込みをしたのよ。だからわたし、移動や攻撃をしたらため込みできないと勘違いしちゃったのね。別の手番では駒の移動をしたあとにため込みをしていたから、頭がこんがらがっちゃったわ」

「初心者によくある間違いなのら」

 アユムはクスリと笑った。


「かいざちゃんの初手は〔ネロ〕なのら」

「可愛い女の子だわ」

 カイザは先手第一手番から駒を出したようだ。ローマ皇帝、ネロは女の子に擬人化され、カイザの左側にあらわれた。


〔覇田カイザ〕

 ●第1手番

 手札 3→2枚

 対価札 1枚(1枚使用)

 副対価札 4→1枚

 ♡体力 17点


 ローマ皇帝〔ネロ1〕

 ♢出力 4点

 ♧動力 1点

 ♤戦力 1点

 ♡体力 1点

 自身出現:

 山札から♢出力7点▲の駒札を3枚選んで捨てる。


「ローマ皇帝」の部分は、対局とは関係のない副カード名。副カード名はクリエイターが勝手につけるもので、なくてもかまわない。ギンガとカイザは副カード名をつける派、アユムはつけない派だ。

 亀甲カッコで囲まれた〔ネロ1〕がカード名だ。右側の数字は、スタッツ違いのカードを見分けるための号数。号数もカード名に含まれる。

 対戦者同士のやりとりでは、号数は省略せずにはっきり発話しなければならない。出した駒を正しく伝える義務があるからだ。

 だが、観戦者ならばそこまで神経質になる必要はない。普通、号数は省略して発話する。

 アユムは副カード名も号数も省略して、単に〔ネロ〕と言った。


「駒札には四つの力があるのら」

「出力、動力、戦力、体力でしょう? そこはバッチリよ」


 出力とは、そのカードを出すために必要な力。出力と同じ点数だけ、対価を支払わなければならない。対価は対価札か副対価札で支払うことができる。一枚使えば一点ぶんの対価になる。

 動力とは、そのカードを移動させるときに必要な力。動力以下の歩数だけ、好きな方向にまっすぐ進むことができる。当然、動力がゼロなら移動はできない。

 戦力とは、相手にダメージを与える力。移動先に相手の駒や親札があれば、それに対して攻撃をおこなう。攻撃側の戦力ぶんだけ、相手側の体力を減らす。

 体力とは、場に存在するために必要な力。ゼロになれば即座に破壊され、捨札へ送られる。


「親札の戦力と動力は一律一点だから、省略されているのよね」

「ここちゃん、結構ルールをわかっているのら。あゆちゃんが説明するトコロは、もうないかも~」

「そんなことないわよ。まだまだわからないことがたくさんあるわ。もっと教えてほしいなあ」

「しょうがないな~。あゆちゃんに任せるのら」

 アユムはデレッとした笑みを浮かべた。色々な笑い方をする可愛らしい子だ。こんな可愛らしい子が対局所の所長で★×5ランクのクリエイターだということが、ココナには信じられなかった。


「駒や親札を移動させたり攻撃させたりするときは、対価は必要ないのよね?」

 初心者がよくする質問だ。


「基本的にはその認識であっているのら」


 駒は出すときだけ対価が必要で、一度出してしまえばタダで移動ができる。攻撃は移動の一環として扱うので、同じく対価は必要ない。

 自分の手番中、場にある味方カードは、すべて一回ずつ移動させることができる。特殊な能力がない限り、弱い駒も強い駒も親札も、平等に一回ずつだ。移動したくなければ、しなくてもよい。

 これがもし、移動にも対価が必要なルールだったら。強い駒ばかりが動いて、弱い駒はおいてけぼりにされていただろう。さらに、移動に対価を消費するぶん、新しい駒を場に出すのも遅れるだろう。全体的に躍動感のないゲームになってしまう。


「移動や攻撃は一手番に何回まで、とか決まっていないのよね。場に駒があるだけ動かせるなんて、ビックリだわ」

 チェスや将棋で考えたら、すべての駒が一回ずつ動くようなぶっ飛んだルールだ。このルールのおかげで、カードチェスは現実の戦いにより近い、躍動感のあるゲームになった。


「ただし、出してすぐの駒は動かせないのら」

「召喚酔いだっけ? 次の手番から動かせるのよね」

「そうなのら。ちなみに、召喚酔いは俗称だけど、みんなよく使う単語なのら。〔ネロ〕はこの手番中に出た駒だから、この手番中は移動できないのら」

「把握したわ」

 ココナは納得してうなずいた。


「ほかにわからないことは~?」

「わからないことだらけよ。能力テキストが意味不明だわ」

「第一段落の自身出現は、この駒札が場に出たときに第二段落の能力が発動するよ~って意味なのら」

「そこまではオーケーよ。問題は第二段落。能力の内容ね。黒い三角形、あれはなに?」

「あれは、サンカクの前にある数字以上だよ~ってことをあらわすテキスト記号なのら。場に出たとき、山札から出力七点以上の駒札を三枚選んで捨札にしちゃうぞ~っていうのが〔ネロ〕の能力なのら」

「なるほど。でも、どうして山札のカードを捨てちゃうの? なんの意味があるのかしら?」

「ふっふっふっ。それは後半戦のお楽しみなのら。かいざちゃんは無意味なカードなんてデッキに入れないよ~」

 アユムは意味ありげ含みを持たせた。

第一章の所長VS副所長戦では、対局空間の内部から描写しました。今回は主人公の初対局ですが、あえて外側にいる観戦者の視点から描写してみました。

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