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カードチェス  作者: 破天ハント
第二章 裏クリエイター編(前編)
13/73

第十一話〖裏対局室〗

【一】


 カイザはデッキを取り返すべく、ギンガとの対局を受け入れた。


「ええ度胸やんけ。ほんなら地下のウラ部屋へ案内したるわ」

「ウ、ウラ部屋?」

「おう、裏対局室や」

 危険な香りのする言葉が、カイザの耳に飛び込んできた。


「地上の対局室は一般人用の遊びの空間や。本物の対局がしたかったら、裏対局室に行くしかないでぇ」


『裏対局室』。国の管理下におさまりきらない『裏クリエイター』たちが集う場所。そこでは、賭博対局はもちろん、裏社会の代打ちによる真剣対局がおこなわれている。下摂津ノ國では、都の役人に『裏対局所』および裏対局室を摘発された場合、関係者は一発で死刑になる。だが、実際には公然と賄賂が横行しており、そう簡単には摘発されない。


 カイザはギンガの口車に乗せられ、裏対局室で真剣対局をすることになった。受けて立つと宣言したからには、引き下がるわけにはいかない。


「ここから先は、僕ひとりでなんとかするよ。ココナは先に帰って仕事の続きをするんだ」

「いやよ、わたしも行くわ」

 ココナはカイザの腕にくっついて離れない。軽い口論になった。


「お熱いでんなぁ、おふたりさん」

 傍観していたギンガがにやついた。

 

「心配せんでも、そないヤバい場所やあらへんでぇ。うちのウラ部屋は、ちょっと賭けたりするだけの健全なトコロや」

 健全な裏対局室とは? カイザは首をひねった。裏の時点で健全ではない。安心させるための罠かもしれない。どんな場所かは、行ってみなければわからない。カイザは、無関係なココナを巻き込みたくなかった。


「ガールフレンドも一緒に入ってええで。そばにいてくれたほうが、カイザも気合いも入るやろぉ? それとも、負けるんが怖いんかぁ?」

「ココナはガールフレンドじゃない!」

 カイザは否定した。


「そんなに強く否定しなくてもいいじゃないの。そこは『負けるのが怖いんじゃない!』って言うところでしょ」

 ココナはムスッとした表情を浮かべた。


「なんやぁ、違うんかい。イジったるつもりやったのに、しょうもなぁ」

 あからさまに落胆するギンガ。

 結局、ココナもついてくることになった。ギンガはカイザたちふたりを窓口の奥へ案内した。所員たちがデスクに向かい、せっせと業務をこなしている。真面目に仕事をしている所員を尻目に、廊下をまっすぐ進む。右側が所長室、左側が副所長だ。

 突き当たりには分厚い鉄のドア。ドアの前にはステンレス製のポールが二本、立っている。窓口の前にもある整列用のガイドポールだ。間に張られた赤いベルトが行く手を阻む。


「ほな、あんたらふたりで先行っといてぇ。あては所長を迎えにいくわ。あんたのデッキも探さんとあかんし。あてらはあとからすぐ行くから、ゆっくりしといてやぁ」

「あてら? まさか、アユムちゃんも裏対局室へ連れていくの?」

 カイザは小さな子どもを変な場所に出入りさせたくなかった。


「あのなぁ、アユムは所長やで。あんなちっちゃいくせに」

 ギンガは遠回しに真実を突きつけた。裏対局室を開帳したのはアユムだったのだ。


「まぁ、腕前はあてと互角やけどな」

 どうやら腕前はアユムのほうが上らしい。


「じゃあ、先に行くよ。僕のデッキを頼む」

 カイザはギンガを追い抜かし、先へ進んだ。


「どんつきのドアァ開けて、階段を降りたら真ん前や。あ、ガイドポールは下ぁくぐってやぁ」


 カイザとココナは横に並んで手をつないだ。ギンガの指示に従い、赤いベルトの下をくぐり抜ける。この赤いベルトが、裏の世界との境界線だ。

 カイザは重いドアを押した。ドアの向こうは薄暗く、怪しい下り階段が口を開けて待ち構えていた。階段の幅は狭く、ふたりは身を寄せあいながら降りていった。



【二】


 裏対局室は全面畳敷きで、数十人があぐらをかいて車座になっていた。二人の男が、輪の中心で対局をしている。

 まわりの野次馬どもは、どちらが勝つかを賭けているようだ。盤面ではあいつが優勢だとか、手札と得点ならこいつに利がある、などと議論しながらわいわい盛り上がっている。ひとり静かに輪から離れ、片膝をついて壁にもたれている者もいる。

 裏クリエイターは年齢、性別、服装、国籍がバラバラでまとまりがない。ならず者、やくざ者、かぶき者、チンピラ風情に放浪者、それから不良少年、対局博徒。派手な衣装に変な髪型。皆、目立とうとしているようだ。西洋風のロングソードや日本刀、長ドス、槍、棍棒、ピストルなど武器系統のクリエイションを身につけ、侮られないように威圧している。


「お嬢ちゃんふたりはヒラ所員かい? オモテの客かい? ここはコワーいウラの世界じゃい。所長か副所長の許可証がないと入れん場所じゃい」


 筋骨隆々の大男が、なめまわすようなねっとりとした目つきでカイザとココナを順に見比べた。大男は上半身が裸で腹巻きをつけている。下はブカブカのズボン。頭は鉄のかぶと。腰に日本刀。手にはなぜかどんぶり鉢。明らかに異様な風貌だ。

 ココナはカイザの背中に隠れた。


「僕はお嬢ちゃんじゃない」

「お前さん、男の子だったのかい。そりゃあ失礼。キレイな顔をしているから、てっきり女の子かと。ところで、許可証はあるのかい?」

「ない。だけどギンガと対局をしにきた」

「副所長のギンちゃんと? なるほど、お前さんが次の犠牲者か」

「犠牲者?」

「そうじゃい。お前さんはギンちゃんの口車に乗せられたんじゃい」

 ジャイ男は言った。たまに語尾が「じゃい」になるからジャイ男。たった今、カイザが心の中でつけたあだ名だ。


「ギンちゃんは、身寄りのない外国人やら、瓦礫ノ園の子どもやらを、裏対局室へ言葉巧みに引っ張りこんでは、修行対局をさせとるんじゃい。知られざる逸材とやらを探しとるらしい。知られざる逸材なんて存在せんとは言いきれんが、確率は限りなく低い。博打みたいなもんじゃい。悪いことは言わん、帰ったほうがええぞ。どうせお前さんも、才能なんてないだろうしな」

 ジャイ男はカイザの身を案じ、ギンガの悪行を暴露した。ギンガ自身は悪行だとは思っていないだろうが。


「僕はデッキを取り返しにきただけだ。取り返すまで帰るつもりはない」

 カイザはトゲを含んだ強めの口調で言い返した。


 カイザは人の顔色をうかがい、空気を読んで誰とでも仲良くなれるタイプだ。だが、権力や立場を笠に着る者や、頼んでもないのに憐れみを向けてくる者などには、つい反抗する癖があった。初対面でギンガに感じた嫌悪感も、カイザの性格に起因する。


「僕は修行対局をしに来たんじゃない。一応は覚醒者だけれど、クリエイターとして生きるつもりはないんだ」

「お、おう。それならいいんだが」

「だけど、勝手に才能を決めつけられるのは気に食わない」

「ほーう、そんなに自信があるのかい? そんならひとつ、勝負じゃい!」

「自信があるわけじゃないよ。それに、僕のデッキはギンガが持っているんだ。だから対局はできない」

「いやいや、対局はせんよい。ちょっとした暇つぶしじゃい」

 ジャイ男はその場であぐらをかき、腹巻きから白札を取り出した。指に唾をつけて、フッと息を吹きかける。引き締まった胸部が霊光で輝く。サイコロが三個、ジャイ男の指の間に挟まれていた。


「賭けならしないよ」

「安心せい。わっしも裏クリエイターのはしくれじゃい。素人から巻き上げるかよ」

「それなら、やってみるよ」

 

「ちょっと、カイザ!」

 ココナはうしろからカイザの裾を引っ張った。


「大丈夫だよ、ココナ」

 カイザはココナの頭をなでた。


「やるんかい? やらんのかい?」

「やるよ。あとで、賭けじゃなくてよかったと言わせてやる」

「言うねぇ、少年。じゃあ、少年でもわかるシンプルなルールでいこう。大か小かを選びな」

「大で」

「サイコロを三個同時にどんぶり鉢に振って、出目の合計が大きいほうが勝ちじゃい。二戦目からは、負けた側が出目の大小を選び直せるってルールでどうだい?」

「それでかまわない。先に振りなよ」

「そんなら、遠慮なくいくぞい。それ!」

 ジャイ男はサイコロをどんぶり鉢にころがした。


「四、五、五で合計十四じゃい。これは強ぇぞ」

「十五以上の目を出せば僕の勝ちだね」

 カイザはサイコロとどんぶり鉢を受け取り、畳の上に立て膝をついた。


「行けぇ!」

 サイコロがカイザの手からこぼれ落ちる。どんぶり鉢の中でグルグル回転し、数度ぶつかり、やがて静止した。


「ろ、六のゾロ目じゃい!」

 六、六、六で合計十八。


「僕の勝ちだね」

「な、なら次は小で勝負じゃい」

 ジャイ男はカイザからどんぶり鉢を取り上げ、サイコロを振った。


「来い!」

 一、一、二で合計四。


「悪いなあ、少年。これはわっしの勝ちじゃい」

「それはどうかな? 振ってみるまでわからないよ」

 次はカイザの番だ。かけ声もなく、サイコロをポイッと放り投げた。


「な、なんじゃいこれは! またゾロ目か」

 ジャイ男を目を丸くした。

 一、一、一で合計三。


「また僕の勝ちだね」

「むむ、ならもう一度、小で勝負じゃい」

 三戦目。またカイザが一のゾロ目を出して勝利。


「今度は大じゃい」

 四戦目。六のゾロ目でカイザの勝利。

 五戦目、六戦目、七戦目、八、九、十⋯⋯。結局、ジャイ男は一勝もできなかった。


「お前さん、なかなかやるな。名前はなんじゃい?」

「覇田カイザ。豪運のカイザって呼ばれている」

「なるほど、豪運か。だが、対局は運だけではどうにもならんぞ」

 ジャイ男は厚かましく忠告した。


「デッキ、取り返せたらええな。応援するぞい」

 カイザとジャイ男は握手を交わした。


「どうやら、暇つぶしの時間は終わりのようじゃい」

 裏対局室のドアが勢いよく開いた。


「おらカイザァ、デッキ持って来たでぇ。対局や対局ゥ!」



【三】


 ギンガは長い足で裏対局室のドアを蹴り開けた。かたわらにはアユムもいる。


「はい、かいざちゃんのデッキなのら」

 アユムはカードケースを両手で持ち、カイザのもとへ持って行った。


「ありがとうね、アユムちゃん」

 カイザはカードケースを受け取り、アユムの頭をよしよしした。カードケースからデッキを取り出し、中身を確認する。


「そのデッキで間違いあらへんなぁ?」

 ギンガはそっぽを向いている。


「今、確認するよ」

「あては中身を見てへんでぇ」

 公平性を保つために、デッキ探しは全部アユムに押しつけたようだ。ギンガは今も横を向いて、カイザ自身によるデッキ確認作業を見ないようにしている。その辺は妙に律儀だ。


「間違いない、僕のデッキだ」

「ほんなら今すぐ対局⋯⋯の前に、決めごとをしておくかぁ」


 ギンガが出した条件は三つ。

 第一に、デッキを一時的に返して対局する。依然、所有権はギンガにある。

 第二に、カイザが勝てばデッキはそのままカイザの手に戻る。

 第三に、カイザが負けた場合の代償は、カードハンターとして三十日分のタダ働きだ。デッキを返してほしければ、カード一枚につき、さらに丸一日分の労働を追加。デッキは三十枚なので、丸ごと買い取りたければ、合計六十日分だ。

 ついでにもうひとつ。対局しなければデッキは即時、ギンガの手で解体される。一切の交換取引に応じない。


「条件は以上や。問題あらへんかぁ?」

「大丈夫だよ、問題ない」

「ちょっと待ちなさいよ、カイザ。冷静に考えるのよ。負けたら最低でも三十日の無償労働。生活できないじゃない」

 ココナが顔を真っ青にして話に割り込んだ。


「勝てばいいだろ。さっきの威勢はどうしたのさ?」

「ごめんなさい、わたしの責任よね。さっきはつい火がついちゃって⋯⋯。わたしがあおったから、引くに引けなくなったのよね。もう格好つけなくてもいいのよ。やめましょう、こんなの駄目よ。乗っちゃいけないわ」

「心配してくれてありがとう。だけど、これは僕が自分の意思で決めたことなんだ。ココナの責任じゃないよ」

 カイザはココナをなだめすかせ、ギンガのほうへ向き直った。


「そろそろはじめようか」

「やめるなら今のうちやでぇ。女の子の前やからって格好つけんでえぇんやでぇ」

「いちいちうるさいな。対局空間への行き方を教えろよ」

「よっしゃ、ほんならあてと一緒に来ぃ!」

 ギンガはカイザの腕をグイッとつかみ、部屋の中央まで引っ張っていった。ちょうど、裏クリエイター同士の賭け対局が終わったようだ。裏クリエイターたちはカイザとギンガの登場に沸きあがり、二人を取り囲んだ。

「ちょっと、ギンガ?」

「えぇから、えぇから。ここがあてらのステージや」

 ギンガは観衆に手を振った。鳴り響くのは歓声⋯⋯ではなくブーイングの嵐だ。

「こらー、 ギンちゃん。こんないたいけな女の子をウラ部屋へ連れ込むなー!」

「そうだそうだー!」

「いや、男の子だぞ」

「そうだそうだー!」

「少しは手加減してやれー!」

「そうだそうだー!」

「俺らと対局するときも手加減してくれー!」

「そうだそうだー!」

「鬼! 鬼の副所長ー!」

「みんなおおきにぃ、いつも応援ありがとうなぁ」

 ギンガは観衆のブーイングを意にも介さず、ヘラヘラ笑ってお辞儀をした。裏対局室では、ギンガは「鬼の副所長」というあだ名で呼ばれていた。所長のアユムには負わせられない汚れ役を買っているからだろうか。


「応援、なのか?」

 カイザは困惑した。


「細かいことはどうでもえぇねん。ほな、対局空間へトリップするでぇ。右手でカードケースに触れて、左手で握手や」

「わかった」

「ちょっと待ったー!」

 ココナがまたもや割って入った。


「カイザは初心者なのよ。ギンガさんは副所長なんでしょ? せめて、なにかハンデをあげてよ」

「せやなぁ、しょうがないからハンデやるわ。ホンマやったら、真剣対局ではハンデなしやねんけどな。今回だけ特別やでぇ。二段分のクリエイターランク差があるから、カイザの得点を二点増やしてスタートや。それでかまへんかぁ?」

「じゅうぶんだよ」

 カイザはうなずいた。


「よっしゃ、じゃあ対局や!」

 ギンガは左手を出してカイザの手をがっしりつかんだ。カイザはそれ以上の力で握り返した。


「お願いしますぅ」

「お願いします」


 対局空間への入口が開く。カイザは目を閉じた。自分の肉体が少しずつ失われるような感覚。原子レベルで分解されるようなイメージだ。だんだん意識が遠のく。

 目を開けると、そこは荒野だった。正方形のマットが二十二枚。


「ここが対局空間か」

 カイザは周囲を見渡した。

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