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カードチェス  作者: 破天ハント
第一章 カードハンター編
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第十話〖決断〗

 章タイトルをつけました。

【一】


「な、ない!」


 朝起きるとデッキがなくなっていた。

 カイザにとって、デッキ構築は毎晩のルーティン作業だった。夜風に当たりながらクリエイトとデッキ構築をして、寝る前に家の中の隠し場所へしまっておく。はじめのころは母ルミナを起こさないように細心の注意を払っていたが、だんだん気が緩んでいた。

 ルミナのほうが一枚上手だったのだ。ルミナは眠っているふりをして、カイザをずっと観察していた。だがどうやら、家の外での出来事は把握していないらしい。カイザが覚醒したことや、自分でデッキを組んだことまでは知られていない。

 

「母さん、僕のデッキをどこへやったの?」

「もう、うちにはありません。夜明け前には回収業者の方が来て、持っていきました」

 ルミナは淡々と事実を告げた。


「そ、そんな」


 デッキは今ごろ、外町へ向かう回収車(使い捨てのクリエイション)の中でバラされ、ほかのカードとごちゃ混ぜにされていることだろう。カードは外町で分類され、都の城壁をくぐって見知らぬクリエイターの手に渡る。

 レアリティが同じなら、イラストつきカードは、白札の百倍の価値がある。さぞやよい条件で取引されたのだろう。


「今まで隠しごとなんてしなかったのに、最近、どうかしているわよ。何かあったの?」

「ごめんなさい、母さん。ただ、デッキを組んで楽しんでいただけなんだ」


 数十億種類もあるカードから、自分だけのチームを作る。それがデッキ構築の楽しさだ。そこには構築者の考えや思想、アイデアが無数に詰まっている。デッキ構築とは、単に対局で勝利するための設計図というだけでなく、いわば自己表現、アートなのだ。

 ルミナにとっては価値のないものでも、カイザにとっては心血を注いで作り上げた宝物だった。

 

「カードチェスだけはしてはいけないと、あれほど言ったでしょう」

「対局はしていないよ」

「どちらにせよ、あんなカードの束は必要ありません」

「何週間もかけて、一生懸命、組んだのに。ココナに見せてあげるはずだったのに⋯⋯」

 

 カイザは失ったデッキを思い出し、涙で頬をぬらした。大切に育ててきたものを、土足で踏み荒らされ、叩き壊されたような気持ち。あるいは、さよならも告げずに友だちと離れ離れになったような感覚。


「どうして、僕に断りもなくデッキを引き渡したんだよ!」

「ここは母さんの家です。うちにあるものをどうしようと、母さんの勝手でしょ」

「ああ、そうだね。母さんの言うとおりだ。じゃあ、僕もこれからは家の外では勝手にさせてもらうよ」

 

 心の中で、何かがふっ切れた。



【二】


 カイザは放心状態で家を出た。カイザ組メンバーの前では、涙は絶対に見せられない。なんとか表情に出さないように気をつけ、普段と変わらないように装った。

 沈んだ灰色の朝。メンバーと顔を合わせれば、いつものように優しくあいさつを交わし、今日一日の担当区域について指示を出した。ココナだけが、カイザの異変に気づいていた。


「なにかあったの?」

「ゴメン、ココナ。昨日の約束、守れなかったよ」

 カイザはデッキ喪失の経緯を説明した。


「もう諦めるしかない。僕は、カードチェスとは縁がないらしい」

「いいえ、ちょっと待って」

 視線を上に向け、何かを思い出そうとするココナ。


「カイザ、まだ間に合うかもしれないわ」

「今から回収車を走って追いかけろって?」

「違うわよ、そうじゃなくて」

 ココナは意外なことを語りはじめた。

 

「カイザの家では、白札の交換取引はカイザのお母さんがやっていたんでしょ?」

「以前はね。でも最近は全部僕がやっているよ。母さんには、お小遣いぶんしか渡さないようにしている」

「その、以前の話をしているのよ」

「それって、なにか関係がある?」

「いいから、最後まで聞きなさいよ。カイザのお母さんが病気になってから、回収業者の人に家の前まで来てもらうようにしていたんでしょ?」

「うん」

「わたし今日、いつもより早起きしちゃったの」

「急に話が飛んじゃったよ」

 カイザは頭を抱えた。


「夜明け前、ギンガさんを見かけたの」

「ああ、営業まわりでしょ。最近は兵頭対局所の知名度も上がってきたし、所員の数も増えてきたから、ギンガもあんまり歩き回らなくなったよね」


 カイザとココナは、兵頭対局所でカイザ組名義の白札預け入れ用口座を開設した。以来、回収業者との古い付き合いはなくなり、交換取引などもすべて兵頭対局所に任せている。

 はじめはギンガのことを嫌っていたカイザだが、今ではもう顔なじみだ。まだ苦手ではあるが。

 そしてココナも、ギンガやアユムと話す機会が何度かあり、カイザの目から見て仲良さげに女性同士で話していた。


「あの片眼鏡女がどうしたんだよ」 

「カイザの家の前まで来ていたのよ。カイザのお母さんが対応していたわ」

 カイザとココナの家はすぐ近くなので、誰が訪れたのかがお互いにわかる。

 

「え、それってもしかして」

「カイザのお母さんは、ギンガさんを外町の回収業者と間違えたんじゃないかしら」

「だとしたら、ギンガが僕のデッキを持っているかもしれないのか」

「あくまで、もしかしたらよ。確かめてみないとわからないわ」

「ギンガを探さなくちゃ」

「たぶんギンガさんは、外まわりは所員さんに任せて、先に対局所へ戻っているはずよ」

「大変だ。早く行かないとデッキをバラされちゃう!」

 カイザはココナの手を取り、二人で兵頭対局所へ向かった。



【三】


「ああ、覚えとる覚えとる。今日の夜明け前やろ。あの乳のデッカイきれいな女の人、名字が覇田やったからもしかしてとは思うたけど、ホンマにカイザのお母さんやったんかいな。そういわれたら、似てへんこともないかなぁ。せやけど、カイザとはオーラが全然違うで。今思い出してみても、親子とは思われへんわ」

 ギンガは対局室にいた。利用客にカードチェスを教えている最中だった。カイザが事情を説明すると、いつものように、立て板に水のごとくペラペラと喋りだす。


「僕のデッキはまだある?」

「おう、所長室に置いてあるでぇ。探せばすぐに出てくるわ。いっつもアユムに整理整頓を頼んでるねん。あてはそういう細々とした作業は苦手やからなぁ」

「そっか、よかった」

 カイザとココナは顔を見合せ、ほっと息をついた。


 もしも、誰にも言わずにデッキを組んでいたなら。ココナに話していたおかげで、重要な情報を教えてくれた。もしも、ココナがいつもより早く起きていなければ。もしも、デッキを受け取った相手がギンガではなかったら。様々な偶然が重なって、カイザのデッキは難を逃れた。


「今日も僕はツイている!」

 カイザはいつもの口ぐせをこぼした。


「おーっと、安心するのはまだ早いんちゃうかぁ?」

 ギンガは目を細めた。悪そうな顔に早変わり。


「あては、まだ返すとは言うてへんでぇ」

「そんな意地悪言わずに、カイザにデッキを返してあげてください!」

 ココナが横から口をはさんだ。まだギンガを年上だと勘違いしているようだ。


「意地悪ぅ? そら、エラい言われようやなぁ。あてはビジネスでやっとんねん。タダで返せるわけないやろ。もうルミナさんと契約が成立したんや。対価も支払ったあとや」

 ギンガの変貌具合に、ココナは言葉を失った。


「ココナ、悔しいけどギンガにも一理ある。悪いのは僕なんだ」

 ココナを諭して落ち着かせた。

 

「せやせや、そのとおりや。そもそも、自分のデッキを売り飛ばされるほうが悪いんや。ホンマに大事なもんなら、肌身離さず持っとけや。とにかく今は、カイザのデッキはあてのもんになったんや。返して欲しかったら、相応の対価を用意せんかい。ただし、あての言い値やでぇ。どうされますかぁ?」

 ギンガはカイザと額が触れ合うほどに顔をぐっと近づけ、恐ろしい形相で凄んだ。


「なんてやつだ。嘘つき、泥棒、セクハラまがいに、今度は恐喝か。すがすがしいくらいのクズだな。一周まわって逆に尊敬するよ」

 さすがのカイザも頭を抱えた。

 こういう性格だからこそ、瓦礫ノ園の近くで対局所を経営するなどという、常識破りの行動を起こせたのだろう。


「で、君の要求はなんなのさ?」

 開き直って質問した。


「あてと対局所しやがれ!」

「は?」

 口をぽかんとあけた。


「あんたのデッキは一時的に返したる。自分のデッキで、あてに勝ってみぃ。勝ったらタダで返したるわ」

 ギンガは高らかに宣言した。


「だ、だけど僕は対局なんて一度もやったことがないよ」

「なに弱気なこと言っているのよ、カイザ。こんなやつ、さっさと倒しちゃいなさいよ!」

 ココナはカイザの手を握った。カイザのことを悪く言われて火がついたようだ。


「なあ、カイザ。デッキはなんのためにあるんや? 対局するためやろ。せやのに、一度も使われへんなんて、可哀想やと思わんかぁ? そんなやつの元へ返すくらいなら、あてが持ってるほうがマシやわ」

 次々と言葉を紡いで持論を展開していくギンガ。

 

「あんたとはじめて会うたときも、同じこと言うたっけ。クリエイターにとってカードゆうのはなぁ、武士の刀、ガンマンのピストル、職人の仕事道具。己の魂みたいなモンなんや。そんな簡単に手放したらアカンもんなんや。ホンマに大事なもんなら、奪われっぱなしはアカンよなぁ。奪われたんやったら、己の手で取り返さんかい!」

 いちいち長い説教だ。


 カイザはなにも言い返さなかった。

 五秒の沈黙。黙って目を閉じて考える。

 さらに十秒、答えを出せずに悩む。

 二十秒。ギンガもココナも、喋るのをやめた。

 三十秒。息を整える。

 四十秒。まだ踏ん切りがつかない。

 五十秒。母の顔が浮かんだ。今朝、外では自由にやらせてもらうと宣言してきた。だから、どこで誰と対局しようがカイザの勝手だ。それでも、まだ心に迷いがあった。

 一分経過。長すぎる沈黙。カイザは目を開いた。ギンガは退屈そうな顔をしていた。やらないいい訳を探していると思われているようだ。

 もしも、ここですごすごと引き下がったら⋯⋯。ギンガにはじめて会ったあの日のように、カードを奪われたまま一生取り返せないだろう。また同じことを繰り返すことになる。

 カイザは大きく息を吸い込んだ。そして決断した。小さな決断の連続が、やがて人生を大きく変える。カイザは自らの足で、一歩進んだ。

 

「その対局、望むところだ。受けて立つ!」

 次回から第二章です。

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