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カードチェス  作者: 破天ハント
第一章 カードハンター編
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第九話〖デッキ〗

【一】


 例のごとく、カイザ組メンバーはココナの家に集合した。カイザは覚醒したことを誰にも告げず、いつものように白札を集めて再分配した。昨日と同じく、分配を終えるやいなや、子どもたちは対局所に我先へと走っていった。しばらくはこの状態が続きそうだ。だが、そのうちみんな飽きるだろう。


「ココナ、話があるんだ」

 カイザはココナと二人きりになったのを確認し、自分の秘密を打ち明けた。ココナはカイザ組の最古参であり、カイザがもっとも信用している人間だ。覚醒の事実は母に言えるはずがなく、まずココナに伝えた。

 

「え、じゃあホントに覚醒したのね!」

「声が大きいよ。まだみんなには内緒にしているんだ」 

「カイザはカードハンターをやめてプロのクリエイターになるの?」

「ならないよ。クリエイターランクの伸びしろは、人によって決まっているんだ。僕はまだ実体化ができない。いつか実体化できるかもしれないし、できないかもしれない。そんな賭けに乗るより、今までどおりカードハンターを続けたほうがいいに決まっているさ」


 カードを実体化できるのは、★×3(ミドル)ランク以上のクリエイターだ。その倍率、約千倍。千人いれば、九百人は一生非覚醒者のまま。九十九人は覚醒すれど実体化はできず。そして、残ったひとりのみが、ようやく★×3(ミドル)ランクに到達できる。そんな厳しい割合だ。

 カイザは、自分が有能なクリエイターだとは考えなかった。カードハンターをやめてまで対局修行にいそしむことは、大きなリスクを伴う。対局修行が徒労に終わる可能性のほうが高いのだ。


「よかったわ。カイザがどこか遠くへ行っちゃうのかと思って、びっくりしちゃった」

「心配しないでいいよ。僕はどこへも行かないから」

「ホントに? じゃあ、ずっとわたしと一緒にいてくれる?」

「そ、それは保証しかねるけど⋯⋯」

 だんだんカイザの声が小さくなった。スーッと目を逸らす。

 

「あ、そういえば」

 カイザは急に別の話題を引っ張り出した。

 

「もうすぐ組の蓄えが目標に達成しそうなんだっけ」

「そうよ。計画より一週間も早く貯まったわ」

「みんなのお陰だよ」


 カイザ組は、あらかじめメンバーの分け前から組合費を天引きしている。全員で一日かけて白札を探し、夕方に全部を回収。総収益から約一割を徴収し、残りを分配するルールだ。収穫量が多い日は一割以上を徴収し、少ない日は蓄えを切り崩す。

 組合費はカイザが徴収し、ココナが家で保管している。週に一度、組の経済状況を集会で発表する。そこで票決をして、必要なものをみんなに配給するのだ。

 カイザ組のサイフの紐はココナが握っている。カイザは家でも仕事でも、白札の管理を人に任せていた。だが、それも昨日まで。家では、母にはっきり宣言した。仕事でも、これからは積極的にココナを助けるつもりだ。カイザは自分を変えようとしていた。


「目標が達成したら、集会で話してもいいんだよね?」

「ええ、カイザの口から発表してもらうわ。今回は奮発して、新しい衣類や靴をみんなに配給するわよ。靴があれば助かるわ」

 ココナはうれしそうに言った。


 ココナを含む、メンバーの約半数は靴を持っていない。裸足での現場作業は危険だが、経済的な理由でやむを得なかった。ココナが足の裏を怪我したことをきっかけに、組から全員分の靴を配給する話が持ち上がった。

 配給品の管理もココナの役割だ。ココナひとりでは無理なので、毎回、数人のメンバーが手助けをしてくれる。その顔ぶれはココナ派という派閥を形成した。

 カイザのように、白札をバンバン拾うことを専門とする者もいる。そういったメンバーの集まりは、やがてカイザ派と呼ばれるようになった。

 ふたつの派閥の関係は良好だ。両派の筆頭であるカイザとココナは仲がいいし、そもそもメンバー同士の争い自体がほとんどない。メンバーからは、カイザとココナは両想いだと勘違いされていた。

 一歩外へ出たら、カードハンター同士が縄張り争いをする瓦礫ノ園。平和なのはカイザ組くらいだ。これもカイザの豪運のお陰だと、メンバーはのんきに信じていた。


「靴の次は、保護衣やマスクだね。作業がラクになるぞ~」

「そんな余裕、まだないでしょう」

 現実的な計算をするココナ。

 

 実は、カイザの言葉も計算づくだった。カードハンターを続ける意思を示すために、わざと作業道具の話を振ったのだ。



【二】


 靴の配給は好評だった。みんなのやる気を引き出し、作業効率もアップした。カイザ組の結束が強まった気がする。と思った矢先、カイザ組を抜けると言い出すメンバーがあらわれた。新入りの少女、ユウだ。

 ユウは最近、対局所に入り浸っていた。四六時中、カードチェスのことを考えていて、本業に身が入っていなかった。そんな折、ユウは覚醒した。

 ちょうど、兵頭対局所は人手不足で所員を募集していた。ギンガとアユム、二人だけで対局所を切り盛りするのは限界だった。クリエイターになったユウは、所員としてスカウトされた。


 ユウの覚醒を皮切りに、カイザ組でのカードチェスブームはより一層過熱した。それから、新たな覚醒者が二人、誕生した。覚醒者はカイザ組を抜け、対局所の所員になった。

 メンバーは新クリエイターの誕生を祝い、組をあげて送別会を開いた。明るく見送り、背中を押してやった。だが、カイザは自分の秘密は決して明かさない。

 

 カイザはあまり対局所に顔を出さない。個人的な白札の交換取引のときと、ココナが注文していた配給品を運び出すときくらいだった。カイザはココナ派メンバーに混じって運び出しの手伝いをした。

 対局所へ行くときは、必ず元メンバーの様子を伺った。元カイザ派のユウは特に気がかりだった。だが、とても元気そうで、カイザの取り越し苦労だった。


 数ヶ月ほどのち。カイザは異変を見抜いた。ユウの顔が日に日に曇ってきている。ほかの元メンバーも同じだった。

 話を聞いてみると、いくら対局してもクリエイターランクがまるっきり上がらず、悩んでいるそうだ。元メンバーで一番カードチェスが強いユウでさえ、次の★×2(ノービス)ランクにすら昇格できない。個人の能力の限界だった。

 やがて、カードチェスブーム自体が下火になった。最初はカードチェスに熱中していた普通の子どもたちも、元メンバーの現状を見て、絶望を覚えた。覚醒者ですらこのありさまなのに、自分たちはその覚醒すらできない。格上相手には、何回やっても勝ち目がない。ひとり、またひとりとカードチェスをやめていった。


「カイザお兄ちゃん。ギンちゃんはね、人はみんなクリエイター、誰にでも輝くチャンスはあるって言ってくれたんだ」

 

 カイザはユウとふたりきりになれるタイミングを見計らい、彼女の話を聞いた。ギンガは所員から「ギンさん」や「ギンちゃん」という愛称で呼ばれていた。

 

「だけど、あんなのきれいごとだよ」


 ユウは濁った目でデッキをケースに直した。このまま売り払うことも考えたが、一応は対局所の所員なのでデッキがないと困るのだ。


「嫌になったら、いつでも戻ってきていいよ」

 カイザはユウの頭をポンポンしてやった。


「ありがとう。だけど、もうカイザ組には戻らないわ。あたし、この対局所の所員として生きていくから」

 ユウは笑顔でカイザに抱きついた。

 

 所員の仕事は激務だが、まあまあの報酬をもらえるので、カードハンターに戻るよりはマシだった。

 そのハードさを考えると、十四歳で副所長のギンガは凄い。七歳で所長のアユムは頭がおかしい。新時代ではこんなジョークが飛ばされている。★×4(エキスパート)ランクは人間最強、★×5(スーパー)ランク以上は人間を辞めた怪物。


 クリエイターは最低でも★×3(ミドル)ランク以上の実力がなければ、対局空間の外で役に立たない。プロのクリエイターなれるのは、さらにその上、★×4(エキスパート)ランクからだ。

 プロとは、純粋に能力だけを頼りに生きる者、新時代の根源的生産者だ。ギンガとアユムは、対局所の経営を生業としているのでプロとはいえない。下摂津ノ國では、プロは都に集められ、ひたすらクリエイションを量産して暮らしている。

 元カイザ組のメンバーたちは、おそらく全員、★×1(ビギナー)ランクで一生を終えるだろう。クリエイターの世界ではこれが当たり前なのだ。



【三】


 誰にも干渉されないひとりの時間、深夜。母が隣で眠ったことを確認し、カイザは静かに床を出る。深夜のデッキ構築は、カイザの日課になりつつあった。背徳感を覚えつつも、やめられない魅力がある。今まで母には、隠しごとひとつしてこなかったのに。

 カイザはカードチェスブームが起こる前から、毎晩コツコツ、カードをクリエイトしていた。最近では、狙ったカードを自由にクリエイトできるようになった。

 だが、実際に対局する意思はない。ひとりでデッキを組み、ひとりで眺めて満足する。クリエイター嫌いの母の言葉が、今でも心の奥にこびりついていた。自由になったはずなのに、いまだに思考や行動を縛られていた。


 カイザがクリエイターだと知っているのは、ギンガとココナだけだった。ギンガに知られたのは、カイザの勘違いのせい。カイザ自ら打ち明けたのは、金子ココナただひとり。ココナにはデッキのことも話してある。


「わたしも、とりあえずルールは覚えたわよ。だけどやっぱり、むずかしいわ。わたしには向いていないみたい」

「そうだよね。僕らはカードハンター。カードを拾うのは得意だけど、使うのは苦手だよね」

「だけど、カイザのデッキなら見てみたいわ」

「デッキは家に隠しいるんだ。まだ誰にも見せていない」

「ねえ、見るだけならいいでしょう? お願い、お願い」

 ココナは祈るように胸の前で手を合わせ、可愛くおねだりした。褐色に日焼けした顔が、ほんのり紅潮している。


「仕方がないなあ。僕自身が納得のいくデッキを組めたら、そのうち見せてあげるよ」

「やったー!」

 ココナはカイザの腕に抱きついた。


「やめろってば。そんなにくっつくなよ」


 カイザは何週間もかけてカードを取捨選択し、少しずつ理想のデッキに近づけた。ココナと二人きりになると、毎日のように完成はまだかと問われた。そのたびに、あともう少し、あともう少しと言って切り抜けた。

 そしてついにデッキが仕上がった。


「よし、明日こそココナに見せてやるぞ」

 カイザはわくわくしながら眠りについた。

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