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僕が、原始の世界に来て3週間目・・・
もちろん、僕は、まだ、胎児である。
タロは、
土砂崩れの前兆を感じると、
誰かの足を、
前足で、ポンポンと軽く叩き、
その方向を、見つめる。
これにより、我々は、
その発生を、事前に知る事が出来た。
実際、移動中、タロの知らせによって、
土砂崩れを、回避した事もあった。
タロは、本当に役に立ってくれる。
『それなのに・・・』
『なぜ?調子に乗らない・・・?』
僕は、不思議に思った。
犬は、序列を大切にする。
当然、狼も同じだと思う。
自分が、群れの中で、何番目に偉いのか?
それを認識する。
そして、自分の力を、誇示する。
ところが、タロには、それが無い。
食べ物を見つけ、土砂崩れを知らせ、
周囲の音を警戒する。
ある意味、1番役に立っている。
それなのに、タロは、自分が偉いなどとは、
思っていない・・・
『なぜ・・・?』
『生まれ持った性格なのか・・・?』
考えても、仕方ないが、
僕は、ずっと不思議に思っていた。
我々は、朝8時位に成ると、
定住地を探し、出発する。
そして、昼の3時頃、明るい間に、
その日、野宿する場所を決めて、
その場で、休む。
季節的に寒い事と、
周囲への警戒、
土砂崩れへの対応、
それらを考えると、
万全の体制で、
夜中に備えた方が、有利なのだ。
我々には、回復魔法がある。
しかし、
回復魔法で、回復出来るのは、
体力だけであり、
精神疲労は、回復出来ない。
つまり、悩み事は、消えないのだ。
そして、原始人である3人は、
この暮らしを、3週間続けているのだ。
その間、3人は、凄まじい地鳴りを、
何度も聞いている。
僕には、聞こえないが、
母の話から判断すると、
おそらく、土砂崩れダムの決壊である。
倒木で、埋め尽くされた川・・・
その上流には、
本来、流れるハズの、湧き水が溜まる。
そして、それが一定量を越えると、
一気に流れ出す。
それが、通称、土砂崩れダムの決壊である。
『もしかすると、これで川が復活する・・・?』
と思ったが、
倒木は、それぞれが、つっかえ棒の状態で、
他の倒木の動きを、止めて居る為、
元渓流の、倒木が、流れる事は、
ほとんど無かった。
つまり、数日後には、
再び、土砂崩れダムの決壊が起こるのだ。
『突然、ドロ水が流れ込ん来る・・・』
『そして、その影響で、土砂崩れが起こる・・・』
『これでは、安心して暮らせない・・・』
その為、我々は、安心して暮らせる場所を求め、
毎日、山中を移動した。
そんな、ある日、
それは起こった。
「芋」と声が聞こえたのだ。
僕には、その声が、
タロのモノだと理解出来た。
3人には、聞こえなかった様である。
タロは、いつも通り、
芋を探しながら、歩いていた。
そして、立ち止まった瞬間
「芋」と声を発したのだ。
タロは、母のお腹に、
頭を当てている訳ではない。
つまり、
僕に、タロの声が聞こえる訳が無い、
そもそも、タロは、話す事など出来ない。
しかし、声が聞こえたのだ。
『声?』
実際、その声が、どんな声かと考えると、
解らない・・・
高い声なのか?
低い声なのか?
それさえ解らない。
しかし、僕は、それを声として認識した。
タロが、父に、芋のある場所を教えている。
もちろん、声など出さず、
地面を掘って、父に知らせている。
しかし、その時、僕には、
「イモ、ここある」と、
タロの心の声が、聞こえていた。
『テレパシー?』
僕は、タロに向かって、
「おいで!」
と呼んでみた。
すると、タロは、
驚く様子も無く、
普通に、僕の所・・・
実際には、母の前にやって来た。
そして「何?」と言った。
この声も、3人には聞こえていない・・・
しかし、僕には、聞こえた。
つまり、僕とタロは、声を発さずに、
会話が出来るのだ。
もちろん、狼に、高度な会話など無理である。
おそらくは、タロの疑問の感情が、
僕の中で、変換され「何?」という言葉として、
聞こえたのだ。
『という事は・・・』
僕は、タロに
右と左を教える事にした。
まず、タロが、ポンポンと叩く方の手、
それが右である。
タロは、土砂崩れの前、
必ず、右前足で、誰かの足をポンポンと叩く。
つまり、タロにも利き手があるのだ。
これを、どの様に教えるか?
と思ったら、
以外と、すんなりと覚えた。
生前、僕の祖父は、
柴犬のシロを、飼っていた。
そしてシロは、
自分は、今、教えられている。
という事が、なかなか、解らなかった。
祖父に、意味不明な言葉で、
何かを、言われている。
その様な段階から、スタートするのだ。
そして、
何が駄目なのか?
それも解らない。
言葉が解らないのだから、当然である。
例えば、ハードルなど、飛び越えなくても、
祖父の所には行ける。
輪をくぐる必要性が解らない・・・
ところが、祖父が残念な顔をする。
柴犬のシロには、
それが、理解出来ない。
結果、集中力が途切れる。
そして、その状況が、嫌になる。
つまり、犬に、何かを教える場合、
この状況を、克服する必要があるのだ。
しかし、
狼のタロと、
胎児の僕は、
心で、意志を伝える事が出来る。
結果、タロは、
教えられている事を、理解出来る。
僕が、何を求めているのか?
それが、なぜ必要なのか?
タロに通じているのだ。
その為、タロは、驚く程、覚えが良かった。
一瞬、右?と迷う事もあったが、
数日後には、
山中を移動している最中に、
「タロ、右」と言ったら、
タロは、当然の様に右に曲がった。
それと同様に、「左」「戻れ」「走れ」
単語による、動作指示が可能に成った。
3人にも、その事を教え、
声による指示も可能に成った。
そして、タロからは、僕に、
「芋」「水」「ヘビ」「土砂崩れ」など、
心の声による、連絡が入る様に成った。
残念ながら、3人には、聞こえない。
しかし、僕が、母に知らせ、
母が、2人に知らせる事で、
タロの意志が、伝わり易く成った。
つまり、タロは、
何を発見したのか?
それを、家族に知らせる事が、
可能に成ったのだ。




