093
僕が、原始時代に来て、3週間目・・・
木々の残る山頂付近・・・
そこに現れた、狼の子供・・・
母は、その狼の子供を抱きしめ・・・
僕は、その狼の子供を、眠らせ・・・
そして、その記憶を、のぞき込んだ。
それは、断片的であり、
音や、匂いの記憶が多く、
僕には、理解出来ない状況も多くあった。
『津波・・・』
『流された・・・・』
『飼い主・・流された・・・』
『他の狼・・流された・・・』
『誰も、居なくなった・・・』
『必死に泳いだ・・・』
『木に引っかかった・・・・』
『よじ登った・・・』
『恐かった・・・』
『木から落ちた・・・』
『助かった・・・』
『誰もいない・・・』
『穴を掘った・・・』
『幼虫を食べた・・・』
『水溜りの水・・・飲めない・・・』
おそらく、塩分とドロで、
異常な匂いと、味がした様である。
『岩の隙間から水が出た』
『飲めた・・・』
『蛇食べた・・・』
これによって、生き延びた状況は、理解出来た。
そこで、今度は、もっと深い記憶を探ってみた。
『親狼・・・』
『狼の兄弟・・・・』
『飼い主・・・・』
『狩・・・・』
『匂い・・・』
『飼い主が掘る・・・』
『ほめられる・・・』
『うれしい・・・』
どうやら、この狼は、
イモの様な、植物を見つけ、主人に、知らせる。
その様な仕事をしていた。
『飼い主に呼ばれる・・・』
『タロ』
この子の名前は、タロの様である。
『タロと会話が、出来るだろうか?』
「タロ・・・聞こえるか・・・?」
僕は、タロに話しかけた。
当然、タロに言葉は、通じない。
しかし、タロは、僕の存在を認識した。
結果、会話は出来ないが、
感情を送る事が出来た。
『大切・・・・』
『仲間・・・・』
これを感情にして、タロに送る。
言葉は解らなくても、
雰囲気で伝える。
その様な意識・・・
『吠える・・』
『大きな音・・』
『見付かる・・・』
『恐い・・・』
『食べられる・・・』
タロに理解出来るのか?
それは解らない。
しかし、
平原で目撃した恐竜は、狼を食べた。
つまり、タロの声を聞けば、
恐竜が襲って来る・・・
その危険性があった。
僕は、様々なパターンで、
タロに、吠える事の危険性を、教えた。
その効果があったのか?
その後、タロは、全く吠えなかった。
翌日、我々は、決断に迫られた。
『今後、どうするか・・・?』
この場に留まるメリットが、無いのだ。
今後の事を、考えれば、
津波被害を受けなかった山中の、川を探し、
そこで生活をする必要があった。
しかし、
『安全な山なんて、どこにある・・・?』
『どうやって探す・・・?』
『この山脈地帯から出て・・・』
『別の山脈地帯に行く・・・?』
『平地を通らずに、たどり着けるのか?』
『平地を抜ける方法を、考えないと・・・』
などと、考えたが、
考えても、名案が出る訳では無かった。
すると、タロが自発的に仕事を始めた。
タロは、優秀だった。
芋の位置を、正確に教えてくれた。
『まだ子供なのに・・・』
タロは、芋を見つけても、
吠えずに、地面を掘り、
父に知らせる。
『吠えて、知らせる事はしない・・・』
僕が、その様に教えたのだが、
タロが吠えない理由は、
それとは違う様に思えた。
『僕が教える以前から、吠えなかった・・・?』
タロは、吠える事が出来る。
しかし、吠えない。
吠えずに知らせる。
それを見て、僕は切なく成った。
タロは、ペットでは無いのだ。
原始人に飼われて居たのだ。
優秀でなければ、原始人が飼う訳がない。
教えても覚えない・・・
そんな、役立たずは、
飼い主である、原始人に食われる。
おそらく、その様な環境に居たと思われる。
タロが吠えないのも、
その為かもしれない。
吠えると不利に成る環境・・・
その様な場所に、居たのかも知れない・・・
僕が見た限り、
タロには、恐竜の記憶はない。
『つまり・・・恐竜以外にも・・・』
『原始人を襲う何かが居る・・・?』
『狼・・?』
『しかし、狼は・・・』
『無音でも、匂いで原始人を見つける・・・』
『では、狼以外・・・?』
『熊・・・?』
『飢えた熊は、人を襲うが・・・』
『狼の鳴き声で、襲いに来るのか・・・?』
『熊でもない・・・?』
『では、なぜ吠えない・・・?』
『狩の邪魔に成る・・・?』
『だから吠えない・・・』
『おそらく・・・それだと思う・・・』
僕は、何か、心に引っかかったが、
その様に納得した。
タロが、イモを見付けた後は、
母が、タロを抱きしめ、
僕が、回復と感謝を伝えた。
結果、会話では無いが、
少し複雑な意志でも、伝わる様に成った。
例えば、人間が、遠くを指差しても、
動物は、指差した方を向かない。
人間の指を見てしまう。
もちろん、教えれば覚えるが、
我々は、その教え方を知らない。
しかし、タロには、
僕の意志が、通じるので、
簡単に教える事が出来た。
結果、タロは、
指差した方を、見る事を覚えた。
覚えれば、我々が喜ぶ事も理解した。
『タロはペットでは無いのだ・・・』
切ないなどと、感傷に、
浸っている場合では無いのだ。
必要な仲間なのだ。
タロを育てた原始人に、感謝である。




