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原始人の胎児に成って、2回目の深夜・・・
父は、熊を倒したのだ。
偉業を成し遂げたのだ。
しかし、素直に喜べない3人・・・
その3人の視線が、僕に向く。
実際には、母のお腹を見ている。
3人は理解していた。
そこに何かがいる・・・
『この3人に信仰があるのか・・・?』
それは解らない。
しかし、
祖母は、地面にヒザを着き、
母のお腹を抱きしめた。
『あっ!今だ・・・!』
僕が、そう考えた瞬間、母も、祖母も、
何かを、感じ取ったらしい・・・
母の手が、祖母の頭を包み込む。
父は、何事か、理解出来ない様だが、
その雰囲気を察して、
何も言わず、周囲を警戒している。
雨の中、数分後・・・
祖母は、母から離れた。
祖母は、目を見開き・・・
感動の表情で、母のお腹を見ている。
祖母には、何かしらの回復が、起きたらしい。
その為、元気をアピールしている。
しかし、相変わらず、ヒザは痛い様である。
そんな中、父が、移動を提案した。
雨宿りが必要である。
寒い季節なのだ。
当然の判断であった。
その為、3人は、熊を放置したまま、
山を少し登り、巨木の下で休憩した。
すると、母が、父を見る。
父は、その意図を察したが、
恥かしい様である。
しかし、祖母にもすすめられ・・・
父は、母のお腹を抱きしめた。
数分後・・・
父は、驚きの表情で、母のお腹を見ていた。
母の、誇らしげな感情が、伝わってくる。
『今なら、話せるのでは・・・?』
「あああー」
僕は、マイクのテストの様に、
心で、声を発した。
すると、母が、
「あああー」と言葉を発した?
実際、僕には音は聞こえないが、
母が、声を発した事は、理解出来た。
『通じた・・・!』
しかし・・・
『困った・・・』
『何を話せば良いのか・・・?』
互いの言葉が、解らないのだ。
このままでは、
僕の名前が『あああー』に成ってしまう。
その時、母が、お腹をさわった・・・
僕は、その瞬間、
「おなか・おなか・おなか」と繰り返した。
すると、母が
「おなか・おなか・おなか」と繰り返す。
そして、母は、お腹を、
ポンポンと、軽く叩きながら・・・
父と祖母に
「おなか・おなか・おなか」と言っている・・・?
どうやら、僕の声は、母にしか聞こえない様だ。
母が、父と祖母に、何かを説明して、
再び「おなか・おなか・おなか」と繰り返した。
僕には、聞こえないが、2人の口は動いている。
『母には、通じている・・・?』
『そして、母が、通訳してくれる・・・』
『この方法で行ける・・・?』
『何か、別のモノをポンポンして・・・!』
と僕は、考えた。
すると、その気持ちが通じたのか、
母は、雨宿り中の巨木をポンポンした。
「木・木・木」
僕は、心で声を発する。
しかし、その瞬間、僕は、不安を感じた。
『これでは、3回繰り返すと誤解する・・・?』
当然の様に、母も、
「木・木・木」と3回繰り返した。
そして、それに習い、父と祖母も3回繰り返す。
声は聞こえないが、口は動いている。
楽しそうである。
すると、母は、父をポンポンした。
僕は、少し悩んだが、
「男」と1回だけ、心で言葉を発する。
祖母を、ポンポンした際には「女」
母が、自分をポンポンした時にも「女」
『これで理解出来るのか・・・?』
『性別の違いだと、通じるのか・・・?』
すると、母は、先ほどとは、
別の木をポンポンする。
そこで僕は「木」と教える。
すると、母は、最初の、巨木をポンポンした。
『あっ、この人は賢い・・・』
そこで僕は「木」と答える。
すると、母は、自分のお腹をさわり、
1度だけ「おなか」と言った。
『これだけ賢ければ、充分だ・・・』
僕は、安心した。
おそらく母には、僕の声と、感情が伝わっている。
その結果、僕の意図を、察してくれる様である。
残念ながら、父と祖母の声は聞こえない。
結果、
『正しい発音が、出来ているのか・・・?』
それは解らない。
もちろん、母の発する声も、
実際には、聞こえている訳ではない。
現在、僕には、耳が無いのだ。
つまり、僕と母は、心で会話をしているのだ。
その後、母、父、祖母は、
娯楽感覚で、ポンポンを繰り返し、単語を学んだ。
もちろん、全てを覚える訳ではない。
「土」と「地面」で、混乱したり、
「雨」と「水」の区別が、困難だったり、
「葉っぱ」に関しては、何度も忘れ、
4回以上、教えた。
その間に、雨は止んでいた。
その後、3人は、相談を始めるた。
相談と言っても、その多くは、
身ぶり手振りである。
その為、僕にも理解出来た。
熊をどうするか?
顔の皮も剥ぐか?
つまり、熊を倒した記念として、
熊の皮の全てを、1枚の毛皮として、
剥ぎ取り、持ち去るか?
それとも、頭と手先と足先は処分して、
実用品として、胴体と腕脚の毛皮だけを、
持ち去るか?
この3人にとって、この事は、重要であるらしい。
名誉か?
実用か?
その為、鹿の時とは違い、
捨てるという選択肢は、無い様である。
すると、3人は、僕に意見を求めて来た。
身振り手振りを使い、
どっちにするか、僕に選択を迫る。
『えっ・・・どうすれば・・・・』
僕は考えた。
『毛皮の、持ち運びに、疲れたら・・・』
『回復させる事が、出来る・・・』
つまり、
『名誉が、重要なら・・・』
『毛皮の全てを、持って行けば良い・・・』
『しかし、どの様に伝えれば・・・?』
と悩んでいると・・・
父が、全てを持って行く、身振りを見せた。
そこで、その瞬間、僕は「はい!」と言った。
それが聞こえるのは、母だけである。
すると、母が「はい!」と言った。
もちろん、3人に「はい」の意味は解らない。
しかし、母には、僕の感情が伝わる。
結果「はい」の意味が、理解出来た様である。
すると、母は、熊の首や手を、
捨てる身振りを行った。
そこで僕は「いいえ!」と言った。
その結果、母は、父と祖母に、
「はい」と「いいえ」の意味を教えた。
『会話が出来る・・・』
その後、僕は、驚きの光景を見た。
それは、素晴らしい手際だった。
父が、熊の毛皮を、見事に剥ぎ取って行く・・・
3人の顔は、猿に近い・・・
現代人の猿顔など、結局は、人間の顔である。
しかし、3人の顔は、
歯の位置が、鼻よりも前に出ている。
これは、食べ物を、食い千切る時に、
都合が良い為である。
つまり、人間以前の人類なのだ。
そんな、猿顔の原始人である3人が、
職人を思わせる手際で、
役割りを分担して、毛皮を剥ぎ、
それを巨木に、強く巻き付け、
棍棒で叩く・・・
雨上がりで、困難ではあるが、
火を起こし、毛皮を煙にあてる・・・
再び、毛皮を木に巻き付け、皮の裏面に灰を、スリ込む。
『知能的には、人間と同等・・・?』
それが、僕の感想だった。




