083
原始人の胎児に転生して、2度目の深夜・・・
父の投げた石槍は、熊のノドを貫いていた。
そして、僕は、魔法の力を発動させ、
その石槍を回収した。
その直後、熊は、山の斜面を転げ落ちて行った。
僕には、数メートル範囲しか見えないので、
その熊の姿を、見失ってしまった。
『間違い無く、死んでいる・・・』
それは、確信出来た。
しかし、3人は、
呆然と斜面を見下ろしている。
『あまりの恐怖で、思考が働かないのか・・・?』
しかし、父は、僕が回収した石槍を、受け取った。
『つまり、思考は働いている・・・』
『では、なぜ、3人は動かない・・・?』
その後も、山の斜面を見下ろし、
何も言わず、立っている3人。
母からは、複雑な心境が伝わって来る。
『恐怖は感じていない・・・』
『つまり、熊は、死んだという事だ・・・』
とても気に成る状況だが、
会話の出来ない僕は、参加出来ない。
『仕方が無い・・・』
僕は、魔法の感覚を忘れない様に、
『落下する雨粒を、包み込み・・・』
『あれ・・・出来ない・・・』
『地面のドロを、包み込み・・・』
『出来ない・・・』
動かす魔法が発動しない。
『集中力が途切れたのか・・・?』
『動かせない・・・』
『なぜ・・・?』
僕は、何となく、その理由が理解出来た。
『練習では、魔法が発動しない・・・』
『練習と、本番では、思考が異なる・・・』
『だから、魔法が発動しない・・・』
『つまり、ピンチの時にしか・・・』
『動かす魔法は、発動しない・・・』
その現実に、僕は、不安を感じる。
『次に、非常事態が、起きた場合・・・』
『僕の、魔法は、発動するのか・・・?』
『僕は、どのレベルをピンチを感じる・・・?』
『もし、僕が、この程度・・・と・・・』
『考えてしまった場合・・・』
『一体、どう成る・・・?』
例えば、非常事態なのに、
思わず笑ってしまう事がある。
その様な事は、誰にでも起きる。
その場合、それは、ピンチであっても、
『魔法は発動しないのか・・・?』
『大丈夫なのか・・・?』
これは、映画では無い・・・
命がけの一か八かでは、確実に失敗する。
それが、現実なのだ。
つまり、練習が必要なのだ。
練習しても、失敗する事はある。
それが現実なのだ。
だから、もっと、練習する・・・
それが、必要なのだ。
『しかし、それが出来ないのか・・・?』
『練習では、魔法は発動しないのか・・・?』
3人は、相変らず、呆然としている。
熊が転がり落ちた斜面を、見下ろしている。
ただ、それだけ・・・
『おそらく、3人の原始人には・・・』
『次の行動を考え、それを、伝える・・・』
『その様な言葉が無いのだ・・・』
僕は、その様に考えた。
『あと、どれ位、呆然としているのか・・・?』
ヒマである。
そこで、僕は、考え事を続けた。
『本当に、ピンチの時にしか・・・』
『発動しないのか・・・?』
生前、僕は、学校の帰り道・・・
地面に落ちた野球ボールを、
軽い気持ちで、蹴飛ばした。
すると、そのボールは、魔法の影響を受け・・・
まるで、散歩をする子犬の様に、
僕の前を転がり続けた。
『なぜ、転がり続けた・・・?』
『そう言えば・・・』
『あの時も・・・』
『雨が降っていた・・・』
僕は気付いた。
『雨が降っていたから・・・?』
『雨が降っていたから・・・』
『一点集中出来なかったのか・・・?』
『雨の影響で、意識が分散して・・・』
そして、思い出す。
『あの時、水溜まりもあった・・・』
『歩く事に、注意していた・・・』
『それで、一点集中が成立せず・・・』
『結果的に、ぼんやり見る事と成り・・・』
『ボールは、転がり続けた・・・』
『ぼんやり見ると、魔法の反射面が増える・・・』
『つまり、魔法の効果が高まる・・・・』
『思い返せば、スローモーションの時も・・・』
『全体を見ている・・・』
『生前、僕は、ドアを開ける時・・・』
『一点集中していた・・・』
『一点集中している・・・』
『つもり、だった・・・』
『しかし、実際には・・・』
『全体を見ていたのか・・・?』
『本当に、一点集中していた時期は・・・』
『ドアは、動かなかった・・・』
『しかし、毎日、続ける事で・・・』
『動く様に成った・・・』
『おそらく、家族に見られる事を心配して・・・』
『周囲にも、意識を向けていた・・・』
『それで、出来る様に成った・・・』
トイレのフタも、同じである。
緊張して、注目する様なモノでは、無いのだ。
3才の頃の僕は、軽い気持ちで、
日常的に繰り返していたのだ。
『そういう事か・・・』
僕は、それを踏まえて、思い返してみた。
あの時、僕は、その転がるボールを見ながら、
楽しげに歩いた。
しかし、
当時、下校中だった僕は、我に帰った。
『こんな事をしては駄目だ・・・!』
『見付かったら大変だ・・・!』と
『思わず、隠したい心境・・・』
『あわてて、隠そうとする気持ち・・・』
『条件反射で、手で隠そうとする気持ち・・・』
『しかし、手は届かない・・・』
『その瞬間、僕の無意識が・・・』
『魔法の手で、ボールを隠した・・・』
『実際、手では無いが・・・』
『魔法で、包み込んだ状態・・・』
『しかし、目に見えない魔法で・・・』
『隠せる訳がない・・・』
『当然、ボールは見えている・・・』
『結果、僕の無意識は、あせる・・・』
『だから、それを、草むらに隠した・・・』
『これだ・・・』
通常、身体を動かす時には、予備動作が必要である。
高く飛び上がる為には、一度しゃがむ必要がある。
しかし、魔法には、そんな必要はない。
だから、突然、吹っ飛んだ。
『筋肉の制約など無い・・・』
『だから、全力で、吹っ飛んだ・・・』
つまり、
『あの時のボールも・・・』
『今回の、ドロ・・・』
『偶然、包み込む事で、成功したのだ・・・』
『この理屈であれば・・・』
『羽毛は変形しない・・・』
『超ギザギザ飛行の時・・・』
『羽毛を、持っている訳ではない・・・』
『羽毛の周囲を包み込んでいのだ・・・』
『だから羽毛は、つぶれなかった・・・』
『そして、今回、その原理を使い・・・』
『熊も槍も移動出来た・・・』
『理屈は解った・・・』
『では、これを、今後・・・』
『どの様に発動させるか・・・?』
『次回、非常事態の時・・・』
『雨が降る保証はない・・・』
『雨以外で、意識を分散させる方法・・・』
『では、意識を分散させれば・・・』
『動かす魔法は、発動するのか・・・?』
色々と試してみた。
しかし、何も動かない。
『雨は、関係無いのか・・・?』
『では、何が必要なのか・・・?』
『熊を倒した時、僕は、何を考えた・・・?』
『あの瞬間、あせった・・・?』
『守りたい・・・?』
『大切・・・・・?』
『家族を大切に思った・・・』
何となく理解出来た。
『家族を心配しながら、魔法を使った・・・』
『本気で心配した・・・』
『本気だから発動したのだ・・・』
『芝居では無い・・・』
『本気の本気・・・』
『助かる為なら、自分の腕を切り落とす・・・』
『そのレベルの本気・・・』
『練習や、空想とは、まるで別物の本気・・・』
僕は、その様に納得した。
つまり、
『本当に、危険な場面でないと・・・』
『発動しないのか・・・?』
『それとも、今後の成長で・・・』
『改善出来るのか・・・?』
考えても答えなど、出る訳が無い。
しかし、その答えを知った時には、
手遅れである可能性がある。
魔法が発動せずに、誰かが死ぬ・・・
僕は、恐怖を感じていた。
一方、呆然としていた3人に、動きがあった。
祖母が父に、何かを言っている。
困惑する父・・・
すると、母が、喜び始めた。
明らかに芝居である。
それに同調する祖母・・・
どうやら、熊を倒した事は、
『男の誇り・・・?』
『部族の誇り・・・?』
とにかく、とても、誇らしい事の様である。
しかし、実際には、父が倒した訳ではない。
父は、それを理解している。
祖母も、それを理解している。
その事が、雰囲気から見てとれる。
もちろん、母も理解している。
結果、3人は、顔を見合わせ沈黙した。




