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原始人の胎児に転生して、2日目の夜・・・
真夜中、山脈の中腹部・・・
3人にとっても、不意な雨だったらしい。
僕のイメージする原始人は、
雨が降る事など、事前に解るハズなのだが、
現実は、違う様である。
3人は、あわてている。
『異常気象なのか・・・?』
『天気雨・・・?』
『それにしては、雨量が多い・・・』
実際、原始人が、あわてる程の雨である。
しかし、疑問を感じる。
『これが、本当に・・・』
『大騒ぎする程の雨か・・・?』
そして、次の瞬間、
僕は、自分の間違いに、気付いた。
『違う・・・!』
『3人は、雨に驚いている訳では無い・・・』
『熊だ!』
熊は、賢いと聞いた事がある。
1頭の熊が、村を壊滅させた事件も、
実在したらしい。
『熊は・・・』
『この雨を、待っていたのか・・・?』
完全な不意打ちだった。
現在、真夜中である。
しかし、3人は、起きていた。
起きて周囲を、警戒していた。
ところが、熊は、それよりも上手だった。
雨音で、足音を消し接近・・・
そして、今、母に向かって、突き進んでいる。
母は、尻餅をついた状態・・・
地面が滑り、立ち上がれない・・・
次の瞬間、母は、条件反射で、ドロを投げた。
その瞬間、僕の視点は、
上から見下ろした様に変化・・・
スローモーション開始・・・
母が、投げたドロを見る。
モノが、飛び散るドロなので、
一点集中が起こらない・・・
『あれっ・・・?』
その瞬間、僕は、昼間の出来事を、思い出した。
『鹿皮に包んだ内臓・・・』
それが僕に、ヒントを与えた。
『これだ・・・!』
『投げたドロを、包み込むイメージ・・・』
『土を動かすのでは無く・・・』
『包んだ、それを動かすイメージ・・・』
その瞬間、
『爆音・・・・?』
現在、受精卵である僕に、音など、聞こえない。
しかし、音が見えた様な、感覚があった。
その瞬間、ドロが、熊の顔面に、叩き込まれたのだ。
4足で突進中の、熊の顔が、
その衝撃で、振り上がる。
『それ程の勢い・・・』
『以前、ボールが吹っ飛んだ出来事・・・』
あの現象であった。
しかし、熊の突進が、止まる訳ではない。
母に激突する・・・その直前・・・
この間にも、スローモーションは続いていた。
だから、僕には、それが出来た。
『熊の頭部を包み込むイメージ・・・』
『頭部ではなく・・・』
『包み込んだ、それを母から遠ざける・・・!』
次の瞬間、
熊が、全力疾走の最中に、
ありえない勢いで直立した。
と同時に、父が、熊のノドに槍を叩き込んだ。
と同時に、僕は魔法で、母を、包み込み・・・
熊の突進軌道から、母を移動させた。
『片輪走行の感覚・・・!』
『慎重に・・・!』
母は、腰を抜かし、目を見開き、熊を見ている。
『そのポーズのまま・・・』
『左にスライド・・・』
先程まで、母が居た場所を、熊が通過する。
ノドに槍が刺さり、不自然に直立した熊が、
その姿勢のまま、勢い良く通り抜けたのだ。
そして、通過後、
熊はバランスを崩し、前のめりに・・・
『このままでは、槍が折れる・・・!』
大切な槍である。
無傷で回収したい。
『槍を包む・・・』
その瞬間、槍の刺さっている状態が、
手で触れている様に、理解出来た。
『魔法の感覚だ・・・!』
刺さった槍先を、握っている様な感覚・・・
熊のノドを、押し広げる感覚・・・
その瞬間、倒れるハズの熊が、
見えない壁に激突した様に、その動きを止め、
刺さっていた槍が、ゆっくりと抜ける。
完全に、僕の能力を越えた力だった。
生前の僕なら、この瞬間、
魔法の力に耐えられず、死んでいただろう。
『槍を包む・・・』
『羽毛のイメージ・・・』
『上昇・・・』
次の瞬間、熊は、バランスを崩し、
山の斜面を転げ落ちた。
『死んだのか・・・?』
僕から数メートル離れたので、その姿は見えない。
『現実的に考え、死んでいる・・・』
『あるいは、数分後には・・・』
『呼吸困難で死ぬだろう・・・』
『ノドが潰されたのだ・・・』
しかし、それでも熊が、
再び突進して来る様な、不安を感じる。
そこで、3人の様子を見て、熊の生死を確認する。
しかし、3人は無反応である。
3人は、雨の中、呆然としていた。
空中に浮かんだ石槍を、父の手元へ、ゆっくりと戻す。
すると、父は、震える手で、それを受け取った。




