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どこかの国で問題が発生すれば、
日本円の価値が上がる。
それが、外貨取引の世界の常識であった。
そして、ツバサがFXを始めたのは、
それが極端に影響する時期だった。
当時、ツバサの資金は、20万円・・・
まずは、ドルの値動きに注目して、
その3日後、ツバサはドルを1万円分購入・・・
その数分後、2百円、利益が出た。
「1万円で、2百円儲かる・・・」
つまり、
「10万円なら、2千円儲かる・・・」
単純な理屈だった。
などと、考えながら、
取引を繰り返し、
1時間後、2千3百円、利益が出ていた。
ツバサは、思った以上に、得をしたのだ。
しかし、この瞬間、
ツバサは、危険を感じた。
「こんな簡単なら、なぜ、誰もやらない・・・?」
当時、FXは、まだ始まったばかりで、
取引環境が不十分だった。
取引画面の操作が難しく、
不具合で、取引が出来ない危険性もあった。
しかし、1時間で、2千円儲かるのだ。
100万円を使えば、2万円儲かるのだ。
競馬などをするよりも、
こちらの方が、得なのだ。
アメリカが滅ぶ訳が無い。
一時的に損をしても、
将来的には復活する。
つまり、値上がりするまで待てば、
損をしないのだ。
「では、なぜ、話題に成っていない・・・?」
当時、今ほど、ネットは普及していなかった。
「我が家は、光回線」などと、
自慢出来る時代だった。
その為、ネットにも、
FXに関する情報が少なかった。
結果、自力で調べる能力が無ければ、
FXに参加出来ない状況、
それが1年半続いた。
そして、その時期こそ、
FXの黄金時代だったのだ。
値下がりしたドルを買って、
ドルが値上がりした瞬間、
そのドルで、値下がりした円を買う、
理屈の上では、
この瞬間、ツバサは、稼いだ事に成る。
しかし、この時点では、利益は確定していない。
この状態で保有している円は、
値上がりする事もあるが、
値下がりする危険性もあるのだ。
しかし、その状態で、
値下がり時期に買った円を放置する。
この時期、円の価値は、
簡単に回復したのだ。
すると、翌日、
利息がもらえる。
つまり、FXで、
値上がりする通貨を、保有していると、
当時は、毎日、利子が溜まっていたのだ。
そして、ツバサの場合、
その利息を、もらいながら、
さらに、取引を続いていた。
結果、1年後、
ツバサの資金は、1億円を越えていた・・・
元が、20万円なのだ。
例えば、27歳が、趣味で、何かが始めた場合、
20万円など、簡単に消える金額なのだ。
その様に考えれば、
自分が稼いだ、1億円も、
元々は、その20万円なのだ、
全てを失っても、
自分の損失は、趣味のレベルなのだ。
その様な理屈で、ツバサは、
FXの黄金時代に、取引を続けていたのだ。
結果、1年半で、3億2千万円稼いだ。
そして、その時期、ツバサは、
FXを引退した。
雑誌に、
「主婦の私でもFXで1億円稼げた・・・」
その様な記事を見つけたのだ。
その後、税金の事で、少々もめた。
当時、FXは、税金に関しての優遇が無かった。
その為、納税方法が、とても面倒だった。
結果、3億2千万円から、税金を引かれ、
ツバサの手元に残ったのは、
1億5千万円・・・
半分以上が税金に取られたのだ。
しかし、ツバサは、怒らなかった。
何らかの対策を行えば、
多少、税金は戻って来たかも知れない。
しかし、28歳、無職、生涯独身予定が
1億5千万円持っているのだ。
もう、何も心配は無い。
その日から、ツバサは、
外出が出来る様に成った。
しかし、ツバサは、仕事をしなかった。
両親が、生きている限り、
生活の面倒を、みてくれるのだ。
つまり、ニートである。
その為、ツバサは、
1億5千万円を1度も使っていない。
では、親から、お金を、
もらっているのか・・・?
と言うと、
ツバサは、
誕生日に1万円もらう。
そして、お年玉として、2万円もらう。
つまり、1年に3万円もらっている。
しかし、それ以上は、もらわない。
そして、その3万円は、毎年残って行く。
ツバサは、基本、お金を使わないのだ。
そして、食生活も、とても質素であった。
1日1食、
味噌汁用の片手鍋に、
ニンジン、単1乾電池1本分、
タマネギ、半分、
それらをスライスして、鍋に入れ、
生姜チューブ3センチ、
味噌を、プーンに1すくい、
ケチャップと酢は、
ツバサの感覚で2秒程度入れ、
水は3秒程度入れる。
その上にモヤシを入れ、
その上に絹こし豆腐を乗せ、
16等分にカットする。
鍋にフタをして1時間放置、
それを夕方の5時に、10分間、炊いて、
翌朝5時まで放置する。
以前、親戚に教えてもらった豆腐鍋を、
ツバサが、アレンジしたモノである。
それを朝食として、食べる。
その時、青汁も飲む。
その後、朝8時、
リンゴ1個と、納豆を2パック食べる。
1日の食事は、それだけである。
それ以外は、
コーヒーを3杯、
緑茶を3杯、
1ヶ月に2度、焼肉バイキングに行く・・・
そして、普段は、自分の部屋で、
動画を見ている。
そんな生活を続けて居た。
そんなツバサは、幸せだった。
充分に幸せだったのだ。
家族が、自殺をする心配は、不要なのだ。
このまま、死ぬまで、
この暮らしを続ければ、終わるのだ・・・
簡単な事だった。
ツバサには、夢も希望も無かった。
しかし、8年間もの間、
自殺を心配して監視を続けた結果、
ツバサには、独特な精神構造が完成していた。
修行僧・・・?
一生、座禅を続ける生活・・・
それに耐え、死んで行く・・・
それの何が「えらい」のか・・・?
誰にも解らない。
しかし、それに耐える価値観を、
一部の修行僧は修得している。
ツバサの「それ」も、
修行僧の「それ」と同じく、
全くの無価値であるが、
そこには、幸せがあった。
ところが、
そんなツバサには、
困った問題が起きていた・・・
「アニメが面白くない・・・」
ツバサは、そう言い残すと、
夜8時、眠った・・・
こうして、僕の意識は、
原始の時代に戻って来た。
『死ぬまで、ただ生きる人生・・・』
『アニメを見るだけの人生・・・』
そんなツバサが、
「アニメが面白くない・・・」と言った。
ツバサは、正座で浮かびながら、
アニメを見ていたのだ。
そして、そのアニメが、あまりにも、
「くだらない・・・」
それを理由に見るのを止めたのだ。
修行僧の様に、毎日、同じ生活・・・
それを、
28歳から、45歳まで続けて居るツバサ・・・
そんな彼に、心境の変化があったのだ。
『飛行魔法の影響だろうか・・・?』
『僕が現代に行った事で・・・』
『ツバサに、悪影響を与えてしまった・・・?』
僕は、ツバサの事が心配に成った。
座禅をしている人は「えらく」て
アニメを見ている人は「ダメ」
そんな事は無い。
それ自体は、
どちらも、人の役には立たない・・・
それは同じ事である。
つまり、
ツバサは、アニメを見る修業をしていたのだ。
人生が終る、その日まで・・・
それを続ける修行・・・
それで満足・・・
それで幸せ・・・
その価値観で生きていたのだ。
しかし、
『僕が、飛行魔法を与えた事で・・・』
『ツバサの、アニメを見る修行・・・』
『それを妨害してしまった・・・』
結果、僕は、ツバサから、
幸せを「うばい取った」のだ。
『ツバサの価値観を破壊したのだ・・・』
『どうすれば良い・・・』
実の所、どうする事も出来ない。
僕には、何も出来ない。
僕の意識は、勝手に、現代に移動して、
そして、そこで僕の似た人物を、
だだ見ているだけ・・・
しかし、
そんな僕の無意識が、
ツバサに、飛行魔法を与えてしまった。
僕が、現代に行く事を、止めれば、
その能力は発動しない。
しかし、1度飛べる事を経験した事で、
今までの幸せが、退屈に感じる・・・
その様な心境の変化を、与えてしまったのだ。
これは、全て、僕の責任である。
『瞬間移動の、シュンタは・・・?』
『防御魔法の、マモルは・・・?』
『一体、どうしているだろうか・・・?』
その後、価値観に変化が起こり、
人生に悪影響が出ている・・・
その可能性は、否定出来なかった。
『僕は、一体、何なのか・・・?』
『なぜ、存在するのか・・・?』
『僕は、どうすれば良いのか・・・?』
『何もしない価値観・・・』
『誰にも、影響を与えない価値観・・・』
どうすれば、僕は、それを修得出来るのか・・・?




