377
釣具の開発談義は、一段落した。
では、いよいよ、
先ほど、生まれて、初めて釣った魚、
それを食べる。
薫製器から取り出し、
その様子を見る。
とても美味しそうに見える。
どうやら、とても良い匂いらしい。
その事で、3人は、
とても、喜んでいる。
しかし、僕は、不安である。
池の魚は、不味い。
その様な話を、聞いた事があるのだ。
閉鎖された環境で生きる。
ある意味、ドブ魚。
同じ場所で、同じモノを生涯食べる。
結果、体内には、同じ成分が蓄積される。
その為、成分が濃く成る。
だから、臭い。
以前、豆腐息子が言っていた事を、
思い出したのだ。
しかし、そんな事をいっても、
もう、手遅れである。
家族は、そんな事とは知らず、
ワクワクしている。
まず、父が釣った鯉を、食べる事に成った。
全員で、その1匹を食べてみるのだ。
さすがに、3人も緊張している。
未知の魚を食べるのだ。
本能的に恐怖を感じる。
しかし、父は、
自分で釣った魚を、食べられる事が、
うれしい様で、まずは1口、
そして、何かを考える。
不安な表情で見守る2人、
次の瞬間、父は、にっこり笑った。
どうやら、美味しい様である。
『良かった!』
僕は、心から、そう思った。
では、次に、ナマズである。
一体、どんな味がするのか?
僕には、解らないが、
祖母は、とても気に入った様である。
そして、薫製にしたナマズを、
少し火で炙る。
すると、3人は、目を見開いた。
とても美味しい様である。
こうして、3人は、うれしそうに、
魚を食べた。
夜、1人の時間・・・
僕は、悩んでいた。
現在、僕の身体は、植物人間である。
そして、そんな僕と話す場合、
家族は、僕の身体を、抱きしめる必要がある。
『僕の身体を、抱きしめても良いのか・・・?』
現在、僕の身体は、空中に浮かんでいる。
そして、バリアで守られている。
『バリアで、僕の鮮度を守っているのだ・・・』
そんな僕の身体を、抱きしめても、
大丈夫なのか・・・?
僕の身体は、僕の魂の記憶装置である。
そして、バリアで守る事で、
半永久的に使う事が出来る。
ところが、毎日、抱きしめられている・・・
『腐らないだろうか・・・?』
例えば、
冷蔵庫で10日間、保存出来る肉でも、
毎日、握って戻す・・・
これを繰り返したら。
10日以前に腐ってしまう。
僕の身体は、腐る訳では無いが、
それでも、理屈は同じ事である。
それとも、回復魔法の効果で、
『抱きしめられても、平気なのか・・・?』
解らない・・・
抱きしめる事で、
家族が幸せを感じている事は、事実である。
しかし、このまま、続けても良いのか・・・?
正直な所、不安である。
バリアによって、食事さえ不要な身体・・・
しかし、抱きしめられる事で、
その効果が数秒間、途絶えてしまう・・・
その可能性はある。
そして、その数秒が、数時間に成った時、
僕の身体は、食事を必要とするのでは・・・?
その様な可能性もあるのだ。
ところが、それを、説明して、
『今後、僕を抱きしめないで・・・』
そんな事は言えない・・・
現実問題、抱きしめないと、会話が出来ないのだ。
『では、どうする・・・?』
僕には、疑問があった。
現在、僕の身体は、目を閉じた状態で、
浮かんでいる。
そんな僕の身体を、調べても、
悪い場所など無いのだ。
つまり、目も耳も鼻も
機能するハズなのだ。
しかし、僕の無意識が、
僕を植物人間にした事で、
それらが使えない様である。
目に関しては、千里眼があるので、
全く問題は無い、
匂いに関しては、我慢出来る事である。
しかし、音が聞こえないのは、困る・・・
家族会議が聞こえない・・・
その為、誰かの通訳が必要に成る。
これは困る。
『耳だけでも、使えないだろうか・・・?』
そんな事を、考えながら、
僕は、再び、自分の脳を観察した。
僕は、回復の原理など知らないのに、
回復魔法を使っているのだ。
その理屈で考えれば、
僕が、耳の機能を求めて、
脳を観察すれば、
耳が機能する可能性はある。
耳そのモノは、問題無いのだ。
脳の、どこかを、改善すれば、
耳が機能するのだ・・・
『しかし、耳が機能する事で・・・』
『身体の寿命が、短く成るのでは・・・?』
と不安に成る。
しかし、このままでは、
不便である事は事実だ・・・
と思って、脳を観察していると、
再び、奇妙な現象が起きた・・・
『また、シュンタの所へ行くのか・・・?』
と思ったが、それは違った様である。
その人物は、鏡の前に立っていた。
彼を、
少年と呼ぶベキか、
青年と呼ぶベキか・・・?
この段階では、僕には解らなかった。
しかし、その男性は、僕に驚きを与えた。
何と、彼は、魔法使いの帽子を、
かぶって居たのだ。
ここからは、僕が見て、感じた事と、
その後、知った事である。
彼の名前は、マモル、仮名である。
年齢は19歳、
職業はフリーター、
クリーニング工場に勤務、
そんなマモルは、自分の部屋で、
魔法使いの帽子、
通称・魔法帽をかぶって、
鏡を見ていた。
そして、その時、
マモルは「めまい」に襲われた。
「倒れる・・・」
そう感じたマモルだったが、
もう、手遅れだった。
机の角に・・・
頭を激突・・・
と思った・・・
しかし、その瞬間、マモルは、
不思議な体験をした。
見えないクッションで、
その激突を回避したのだ。
しかし、それで終わりでは無い。
机の角への、激突は回避したが、
その後、床に倒れ込む・・・
と思ったが、
見えないクッションで、
その衝撃を回避・・・
その結果、マモルは、
天井を向いた状態に成り、
「ふんわり」と、無事着地・・・
「何が起きた・・・?」
「身体が痛く無い・・・」
「何とも無い・・・」
マモルは立ち上がると、
周囲を見渡した。
机には、ミシンがあり、
その数歩先には、アイロン台がある・・・
一体、どうすれば良いのか解らず、
再び、鏡の前に行く・・・
そして、驚いた。
「帽子が・・・ズレていない・・・」
マモルは、魔法帽に関して、
多少の知識があった。
魔法帽は、非実用的な帽子であり、
本来、使い物には成ら無いのだ。
そんな帽子が、転倒直後、
全くズレる事無く、ぬげる事無く、
かぶった状態で、頭に残っている・・・
それは、異常な事なのだ。
マモルは、頭を振ってみた。
本来なら、それだけで魔法帽はズレる。
しかし、マモルの、かぶっている魔法帽は、
何事も無い・・・
帽子として機能している・・・
その後も、大袈裟に頭部を動かしたが、
帽子は無事である。
試しに逆立ちをしてみたが、
それでも、帽子は動かない・・・
ちなみに、この魔法帽は、
マモルが作ったモノである。
それも、今回で5作目・・・
その為、多少の専門的知識もあった。
「ハチマキが無いのに・・・」
「ズレ無い・・・?」
魔法帽は、トンガリ帽と呼ばれる様に、
上に行くほど、細く成る。
結果、「おでこ」に合わせ、
ピッタリサイズで作ると、
その帽子は、頭の上部が、
帽子に「つっかえ」
「おでこ」まで下ろせないのだ。
その為、魔法帽は、
少し大きいサイズで作り、
「おでこ」まで下ろし、
そして、帽子の上から「ハチマキ」をして、
頭に固定する必要があるのだ。
その為、
魔法帽のイラストには、
ベルトが装着されているモノが多い。
それが無いと「ぶかぶか」で
帽子としては使えないのだ。
そして、現在、マモルの魔法帽には、
「ハチマキ」が無い。
なぜなら、
今現在、この魔法帽は製作途中であり、
ハチマキを、装着する前の、確認として、
鏡を見ていたのだ。
その為、マモルが、かぶっている帽子は、
帽子としては、使えるモノでは無い・・・
ハズなのだ・・・
ところが、
その帽子がズレないのだ。
動かないのだ。
頭には、何の苦痛も無い。
手を使えば、帽子は、簡単に脱げる様に思う・・・
しかし、マモルは、それをしなかった。
この不思議な現象は、帽子を脱ぐ事で、
終了する可能性が高いと、感じたのだ。
その為、マモルは、帽子を脱がずに、
実験を開始した。
「転んでも無事・・・」
という事で、
まずは、自分で、自分に「しっぺ」・・・
つまり、右手で左腕を叩いた。
「ペシッ!」と音がして痛い・・・
しかし、これは、当然に思えた。
自分で自分を叩けないのなら、
「歩く事も出来ない・・・」
「心臓だって動けない・・・」
それが、マモルの理屈だった。
そこで、次に、彼は、机の上の、
10円玉を手に取った。
ミシンを使う時、
マイナスドライバーが必要な時がある。
そして、その場合、
ミシンの構造上、
ドライバーよりも、
コインの方が、使いやすいのだ。
その為、彼は、ミシンを使う時、
10円玉を用意しているのだ。
その10円玉を右手で、つまんで、
ベッドに右足を乗せる。
そして、10円玉の側面が、
右足の親指の爪に、当たる様に、
落下させる・・・
当たる前から、苦痛を感じる状況・・・
ところが、次の瞬間・・・
目に見えないクッションによって、
その10円玉が、一瞬停止・・・
その後、見えない何かの上を転がる様に、
ベットの上に落ちた・・・
もう1度、試してみたが、
結果は、同じだった・・・
では、もう1度・・・
と思ったが、
その時、マモルは限界に達していた。
彼は、帽子を作っている最中から、
トイレを我慢していたのだ。
そして、その我慢が、限界に達したのだ。
その為、マモルは、悩む事に成った。




