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僕を出産した母は、父と祖母に、
自分が魔法を使えない事を伝えた。
父も祖母も、
それを受け入れる以外に、選択肢が無かった。
僕を抱きしている母から、
謝罪の気持ちが伝わって来た・・・
役に立てない事への、悲しみ・・・
自分が不要である事への、苦しみ・・・
母は、責任を感じていた。
母は、自分を責めていた。
しかし、
母は、何も悪く無いのだ。
それは、僕が知っている。
母は、この10ヶ月もの間、
断る事も出来ず、
僕に振り回されていたのだ。
ネズミの大群が走り抜ける真上で、
不自然な空中浮遊・・・
どれだけ、恐かっただろうか・・・?
台風が直撃する山脈上空で放置・・・
僕が、魔法で、山を補強している間など、
母は、そこに居るだけで、
何も出来ない・・・
僕と一心同体なので、
強制的に、僕に同行させられる・・・
『恐いから、嫌・・・』
母には、そんな選択肢など無かった。
全ては強制・・・
僕の行動が最優先・・・
母には、断る権利など無かった。
その為、父と祖母が、
一生懸命に乾燥室を作っていた時も、
牛の飼育をしている時も、
母は、参加出来ず、
僕に連れて行かれる・・・
そんな母の、唯一の誇り、
それは、回復魔法を発している・・・
それで、家族の健康を守っている・・・
それだけが、母の心を支えていたのだ。
そして、今、その回復魔法が、
自分のモノでは無かった事実を、理解した。
そして、今、産んだ我が子に、
母乳を与える事も出来ない・・・
『何だ、これは・・・』
僕は、苦しい気持ちに成った。
母は、道具だったのだ。
僕を産むまでの、お荷物だったのだ。
そして今、不用品に成ったのだ。
母は、その様に感じている。
『どうする・・・』
このままで良い訳が無かった・・・
母は、大切な家族なのだ。
道具では無いのだ。
お荷物では無いのだ。
『では、どうする・・・?』
どの様にして、
母の価値を見つける・・・?
『母の価値とは何か・・・?』
実の所、特別に何かする必要など無い・・・
今後は、父と祖母と、いっしょに、
仕事を行えば良いのである。
しかし、僕は、納得出来なかった。
それでは、母に対して、
あまりにも失礼だと感じた。
これまで、散々利用しておいて、
僕を産んだら、それで終了・・・
母乳を与える事も出来ない。
僕は、母から、魔法を奪い・・・
母としての、権利も奪ったのだ。
『何とか、しなくては・・・』
家族の昼食中・・・
赤ちゃんの僕は、空中に浮かんでいた。
地面から、2メートルの位置、
そこから、家族に回復魔法を送っている。
僕には、
回復魔法を出している、自覚は無いのだが、
家族の回復を確認する事で、
回復魔法が発動している事が、理解出来た。
以前は、
この回復魔法によって、
寿命が短く成るのでは・・・?
命を削って、回復を行っているのでは・・・?
その様な不安もあったが、
現在、僕の左横には、牛肉が浮かんでいる。
これまで、母の横に浮かんでいた牛肉である。
この肉は、1ヶ月前の鮮度を、
今も保っている。
母の話によると、
温度まで、当時のままである。
つまり、
回復魔法を使っても、老化はしないのだ。
現在、植物人間である僕には、
温度を感じる事が出来ない。
見えないし、
聞こえないし、
匂わないし、
何も感じないのだ。
ただ、記憶装置としての、
植物人間が浮かんでいる。
極論、首が無くても、
機能する。
僕の細胞さえあれば、
記憶装置として機能する。
それが、現在の僕の肉体なのだ。
僕が産まれてから、
6時間以上が経過している。
しかし、僕は、何も食べていない・・・
バリアで、体調が守られている。
その為、僕の身体が健康である事は、
確認出来る。
つまり、
僕の身体は、食事を必要としないのだ。
しかし、
なぜ、何も食べなくても、
大丈夫なのか・・・?
恐竜ゴンは、バリアで守られている期間も、
エサの時間に成れば、肉を食べていた。
その理屈で行けば、
僕にも、母乳が必要なのだが・・・
回復魔法で確認した所、
僕の身体には、問題点が無い。
つまり、母乳は不要なのだ。
理由は解らないが、
横に浮かんでいる牛肉も、
食事をしている訳では無い。
しかし、当時の温度・・・
つまり、体温を保っているのだ。
『なぜだ・・・?』
体温を保つ為には、
カロリーが必要である。
そして、そのカロリーは、
食事のよって得られるモノである。
ところが、僕の横に浮かぶ牛肉は、
首と内臓と皮が無い・・・
つまり、牛の死体なのだ・・・
それを少し切っては、
狼タロと、恐竜ゴンに与えているのだ。
その為、現在、大部分は、骨が見えている。
つまり、生きている訳が無いのだ。
ところが、体温を保っている。
つまり、僕の肉体も、
それと同じ原理で守られている。
おそらく、
僕の肉体の鮮度は、
バリアによって保たれる。
食事は必要では無い・・・
しかし、その事に、僕は、不安を感じた。
食事が不要なのに、
生きている・・・
体温を保っている・・・
つまり、
僕は、この世界の何かを消費して、
それを、使い、肉の鮮度を守っている。
その可能性があるのだ。
本来、必要の無い消費・・・
それを、今も続けている・・・
その危険性は充分にあった。
牛の大地には、謎池がある。
山菜森の近くなのに、
生き物も、水草も、存在しない・・・
しかし、謎池の水を、魚に与えても、
魚が死ぬ事は無い。
つまり、謎池の水は無害なのだ。
それなのに、生き物が居ない。
そんな池が、自然に存在する訳が無いのだ。
つまり、謎池の生命は、
僕の無意識魔法が、消費しているのだ。
『今も、そうなのか・・・?』
『謎池に生命が誕生しても・・・』
『それを、僕が消費しているのか・・・?』
それで、牛肉の鮮度を、
守っている可能性・・・
それを否定出来ない。
しかし、
『それで足りるのか・・・?』
謎池には、生き物が居ないのだ。
鳥のフンなどが、池に入り、
ミジンコが湧く事は、考えられるが、
その程度の生命で、
『牛肉の鮮度が保てたのか・・・?』
現実的に考え、
それは、無理に思えた。
つまり、僕が知らないだけで、
第2の謎池が存在する・・・
もちろん、
それが池である保障は無い・・・
僕の知らない、牛の群れ・・・
牛を消費して、
牛肉の鮮度を守っている・・・?
その可能性も考えられた。
この世界の全ては、
素粒子の組み合わせで、出来ている。
そして、僕は、その組み合わせを、
変化させる事が出来る。
その理屈で考えれば、
謎池の生命を消費しなくても、
空気だって、光だって、
素粒子なのだ。
それを使えば、良いのだ。
しかし、僕の無意識は、
それをしない・・・
なぜか、謎池の生命を消費して、
僕の魔法に使っていた。
理由は解らない。
解らない事だらけだが、
僕の理屈で考えた場合、
素粒子の消費は、大変危険な行為であった。
全宇宙は、素粒子で出来ている。
その中から、ほんの少しであっても、
素粒子が消滅する・・・
結果、その分、宇宙が小さく成る。
もちろん、宇宙全体から見れば、
謎池の生命量など、無いに等しい・・・
しかし、消滅している事は事実なのだ。
食事をして、便が出る場合、
素粒子の消費は発生していない。
食事が、便に変化しただけである。
自動車が、ガソリンを使っても、
ガソリンが、排気ガスに成る。
つまり、
プラス・マイナス・ゼロなのだ。
この宇宙から素粒子が、
消滅している訳では無いのだ。
ところが、
瞬間移動を行った場合・・・
回復魔法を使っている場合・・・
肉の鮮度を守っている場合・・・
『一体、何を消費している・・・?』
消費した後、
何かを出しているのか・・・?
プラス・マイナス・ゼロに、
成っているのか・・・?
その確認が出来ないのだ。
僕が、魔法を使う事で、
宇宙が縮小している危険性・・・
それが、どの様な結果を生むのか・・・?
その不安・・・
砂漠から、砂粒が1つ消えても、
それで、砂漠は崩壊しない。
しかし、
風船に、砂粒1つ分の穴が開いた場合・・・
風船は割れる。
『では、宇宙は、どの様に成る・・・?』
僕は、過去に、地面の塩分を消滅させている。
『その時の素粒子は、どう成った・・・?』
分解されて、
別の素粒子に成ったのか・・・?
それとも、
この宇宙から消滅したのか・・・?
『僕の魔法は、宇宙に・・・』
『どの程度の被害を与えている・・・?』
もちろん、この様な事で、悩んでも、
回復魔法の発動は止められない。
千里眼の発動も、
バリアも、
僕の意思では、止められないのだ。
つまり、
今も、宇宙が縮小している。
その可能性があるのだ・・・
などと、考えていると、
3人は、食事を終えた。




