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僕は、困っていた。
『恐竜の赤ちゃんに・・・』
『何と、話しかければ、良いのか・・・?』
始めて、話かけるのだ。
タロの時は、
タロの声が聞こえ、
試しに呼んでみたら、
こちらに来た。
『これで行こう・・・』
しかし、
現在、2匹に赤ちゃんは、
牛を見てビビッている・・・
その為、母の後ろに隠れている。
『これでは呼べない・・・』
僕は、全方向が見えている。
つまり、
ある意味、密着しているのだ。
もう、来ている状態なのだ。
そこで、計画を変更して、
優しく話しかけてみた。
『大丈夫だよ・・・』
『ほら、タロが居る・・・』
『タロは、仲間・・・』
『大切な仲間・・・』
『ケガは駄目・・・』
『爪を使っては駄目・・・』
『尻尾を使っては駄目・・・』
相手は、恐竜の赤ちゃんである。
言葉など、通じる訳がない。
しかし、僕は、話ている訳では無い。
心で意志を伝えているのだ。
それが、どの様に伝わっているのか・・・?
それは解らない。
しかし、
以前、僕は、タロに、
「右に曲がって」と言った。
それなのに、
タロが「左」に曲がった事があった。
なぜなら、僕が言い間違えたのだ。
本当は「左に曲がって」欲しいのに、
心の声で『右に曲がって・・・』と言ったのだ。
すると、タロは、左に曲がったのだ。
つまり、僕が「右」と言っても、
僕の心が、
「左」と考えていた場合には、
タロには「左」と伝わるのだ。
つまり、言葉では無く、
僕の意志が、伝わるのだ。
つまり、言葉など解らなくても、
通じるのだ。
では、なぜ、
父と祖母には伝わらない・・・?
現在、僕が、心で会話出来るのは、
母とタロだけである。
そして、過去に、
この2匹の赤ちゃんの声も聞いている。
つまり、僕の意志は
赤ちゃんに通じるのだ。
僕は、心で声を発しながら、
その意志を、赤ちゃんに伝えた。
『大丈夫・・・』
『安心して・・・』
『恐くない・・・』
すると、母の後に隠れていた赤ちゃんが、
母の前に回り込み、
母の顔を、のぞき込んだ。
何か、悩んでいる様である。
そして、「違う・・・違う・・・」と
赤ちゃんの声が、聞こえて来た。
どうやら、赤ちゃんは、
母とは別の、何かに気付いた様である。
結果、先ほどまで、警戒していた牛の事を、
忘れたかの様に、
母の周囲を回り、僕の姿を探し始めた。
もちろん、見付かる訳が無い・・・
恐竜は、熱と嗅覚で
獲物を探す。
ところが、
その機能で見つけ出せない何か・・・
それが、目の前に存在しているのだ。
しかし、これは、
どの様に伝えれば良いのか・・・?
『僕は、母の中に居る・・・』
その様に伝えたが、
納得行かない様子である。
僕の意思は伝わっている。
その為、母の匂いを嗅いでいる。
しかし、恐竜の習性なのか・・・?
姿が見えず、感知も出来ない・・・
しかし、それが目の前に居る・・・
それが、どうしても納得出来ないのだ。
これは、鏡を見たペットが、
混乱するのと、同じ事である。
最初、それが自分の姿だとは、
理解出来ない。
裏側を探すが居ない・・・
知能が高い場合は、
その後、それが自分であると理解出来るが、
その多くは、それが理解出来ないまま、
『これは、この様なモノ・・・』
その様にして受け入れる。
しかし、
タロの場合は、何の説明も無しで、
僕が、母の中に居る事を、
理解してくれた。
タロは、元々、原始人に飼われていたので、
自分には理解出来ない日常・・・
それを受け入れる耐性が、出来ていたのだ。
例えば、
火起こす・・・
槍で獣を仕留める・・・
この様な事、狼には出来ない。
しかし、主人である原始人には出来る。
その様な日常を経験しているので、
母の中に、誰かが居ても、
主人なら、それも出来るのだろう・・・
その様に納得出来るのだ。
ところが、2匹の赤ちゃんは、
納得しない。
心で意志が伝わっている・・・
それなのに、納得してもらえない・・・
僕にとって、これは重大な発見だった。
言葉が通じなくても、
心で会話が出来る・・・
僕には、その能力がある。
そして、僕が「右」と言い間違えても、
僕の意思が「左」と考えていれば、
「左」と通じる。
つまり、この方法で会話を行えば、
嘘は通用しないのだ。
言葉では無いのだ・・・
意思で伝わるのだ。
その為、本当に心が通じ合い、
嘘の無い会話が出来る。
ところが、
それでも納得してもらえない・・・
その様な事は、今後も、必ず起きる。
僕は、この出来事で、それを理解した。
本当の事を言っても、
相手が、それを、
受け入れる保障は、無いのだ。
僕が、今後、
例えば100年後・・・
何かの理由で、他の原始人と交流した場合、
『僕は、助けて来た・・・』
それが、事実である事が伝わっても、
相手が、それを受け入れる保障は無い・・・
その様な可能性もあるのだ。
などと考えながらも、
今回、赤ちゃんには、
納得してもらう必要がある。
実際には、納得しなくても、
今後は、家族として生活するのだ。
受け入れてもらう必要がある。
そこで、僕は、赤ちゃんに、
名前を付ける事にした。
僕は、名前の付け方を知っていた。
名付けの原則は、
2文字で、呼び捨てしやすい、名前である。
これは、生前、近所の人に、
猟犬の名付け方として、習ったのだ。
「テツ」「トラ」「シロ」などの名前は、
小声でも、聞き取りやすい。
しかし、
「しゅ」「しゃ」「ふぁ」など、
小声で発した場合、
聞き間違えが発生する。
その為、僕が住んでいた地域では、
2文字で「はっきり」聞き取れる。
そんな名前の犬が多かった。
それを踏まえて、
僕は、2匹に赤ちゃんを、
「ドラ」と「ゴン」と名付けた。
オスかメスかが解らないので、
エサが先に食べるのを「ドラ」
後に食べるのを「ゴン」とした。
「ドラ」は少し大きく、赤茶色の身体の色も濃い、
「ゴン」は2センチ小さく、色も薄い・・・
おそらく、小さな「ゴン」は、
野生であれば「ドラ」のエサに成っていたのだ。
そして気付いた。
『という事は、この恐竜は・・・』
『滅茶苦茶、食べるのでは・・・?』
産まれて直ぐに、自分の兄弟を食べるとしたら、
それは、大変な大食いである。
実際、ドラもゴンも、毎日、沢山の肉を食べている。
『赤ちゃんの時期だけだろうか・・・?』
以前、テレビで見た時、
ヘビやトカゲは、2週間に1度の食事でも、
生きて行ける・・・
その様に聞いたのだが、
『恐竜は別なのだろうか・・・?』
『今後、エサは、どうする・・・?』
ちなみに、今、僕が、心で悩んでいる事は、
赤ちゃんには、伝わらない様である。
あくまでも、伝える意志がある時だけ、
伝わるらしい。
そこで、僕は、赤ちゃんに、
名前を伝えた。
通常、名前を付けられても、
ペットが、それを理解する為には、
数日かかる。
最初、名前を呼んで来るのは、
エサがもらえる・・・
その様な理由である。
しかし、エサ以外の時にも、
「シロ」と呼ばれる・・・
なるほど、これは、
自分を呼ぶ言葉なのか・・・
それを理解する為には、
時間がかかる。
また、今回の様に、
「ドラ」と「ゴン」の場合は、
自分が、どっちか・・・?
それを理解する時間も必要である。
しかし、心で意志が通じるので、
ドラもゴンも、
自分が、ドラであり、ゴンである事を、
瞬時に理解した。




