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生き物には、水が必要である。
つまり、
恐竜の赤ちゃんを、育てる為には、
水が必要であった。
現在、僕の知る限り、
牛の大地には、
1種類の恐竜しか生息しておらず、
それらは、必ず、水飲み場の近くに、
定住していた。
つまり、
我々が育てている赤ちゃんも、
水飲み場の近くで、生息する習性を、
持っているハズなのだ・・・
つまり、
もし、水飲み場が無ければ、
赤ちゃんは、恐竜の本能で、
水飲み場を、探す危険性が、考えられる。
その為、僕は、北大川の近くに、
巣穴を作ったのだ。
作った当時は、水位が少なく、
赤ちゃんが、渡れる状態だった。
ところが、
現在、枯れた大地の川は、
3日間、降り続いた雨によって、
増水している為、
恐竜の赤ちゃんが、水を飲みに行けば、
溺れ死ぬ事が、予想出来た。
『どうする・・・?』
『一時的に、家の戻すか・・・?』
などと、馬鹿げた事を考えてしまう。
そんな事は、駄目なのだ。
恐竜の赤ちゃんの爪は、
ナイフの様に鋭い・・・
そんな赤ちゃんは、
原始人である母の事を、
本当の親だと思っている。
しかし、その赤ちゃんは、
母の腕に飛び掛り、
ケガをさせていたのだ。
そんな恐竜と、家族を一緒に、
住まわせる訳には行かない。
だから、僕は、北大川の近くに、
巣穴を作り、飼育を開始したのだ。
現在、
2匹の赤ちゃんの中で、
どちらが強いか、
それが決まった様で、
母の腕に飛び掛り、
力を誇示する事は、無くなった。
しかし、それでも、
ナイフを持った子供が、走り回っては、
家族が危険である。
その為、家に連れて帰る事など、
不可能なのである。
では、僕は、恐竜の赤ちゃんを、
どうするか・・・
僕は、恐竜の赤ちゃんを、
北巣穴に放置した。
今後も、エサは与えに行く・・・
しかし、それは、1日3回、
その時、行方不明であれば、探す・・・
その時、溺れていたら、助ける・・・
しかし、それ以外の時は、知らない・・・
殺す訳では無い・・・
生きさせるのだ。
僕は、その様に決めた。
現実的に考えた場合、
親恐竜だって、それが限界である。
生前、ペット番組で見た事があった。
仔猫が可愛いからと、
全に手を貸す、
それを続けると、
その猫は、将来、精神に異常が出てしまう。
本来、子猫は、
軽い段差を、一生懸命に登る・・・
それは、仔猫の本能であり、
必要だから、それを修得しているのだ。
そして、その時の発見、工夫が、
その後の、賢さに影響を与える。
ところが、その時期に、
飼い主が、全て手を貸してしまう。
登ろうとしたら、持ち上げ、乗せてあげ・・・
子猫が、自力で下りれる段差も、下ろしてやる。
場合によっては、猫が考える前に、
飼い主が対応する。
結果、その猫は、
本能的に必要な、
訓練が出来ず、
知力も鍛えられずに、
成長してしまう。
本来、猫は、
その様な世界で、生きる動物ではない。
自分の生きたい様に生きる。
それが猫である。
苦労する事も、我慢する事も、
猫の生き方には、必要なのだ。
それなのに、全て、手出しされる。
飼い主が、全ての事を、
先回りして、解決してしまう。
これを、過剰なレベルで行う。
正常な飼い主なら、疑問を持つレベルで、
過保護に育てる・・・
番組の性質上、
はっきりとは表現しなかったが、
そんな育て方をした場合、
将来、その猫は、狂ってしまう。
自分の精神をコントロール出来無く成る。
自分が何を求めているのか・・・?
それが解らない・・・
そして暴れる。
それを防ぐ為には、
仔猫の時期に、
多少、忍耐力を鍛える環境で、
育てる必要があるのだ。
僕も、それが正しいと思った。
生前、僕が暮らしていた地域には、
猟犬や、その子犬が飼われていた。
そして、その飼育を間違えると、
それは、人を襲う犬に成る。
そんな犬が、山に逃げ込んだら・・・?
そして、野犬化したら・・・?
その被害を受けるのは、人間なのだ。
猟犬は、狩りに連れて行く性質上、
多少の凶暴さは必要である。
しかし、人間を襲ってはいけない。
その為、僕の住んでいた地域には、
猟犬を正しく育てる文化があった・・・
しかし、
『一体、どうやって育てていたのか・・・?』
僕は、知らない・・・
後悔しても遅い・・・
その時は、その価値に気付けなかった・・・
それを知る必要も無かった。
ところが、
今、僕は、その事で何度も困っている。
おそらく、今も、僕の周囲には、
学ぶベキ「何か」が、無数に存在していて、
その答えを見る事も、
今であれば、可能である。
しかし、その「何か」が何なのか・・・?
将来に向けて、「何」を学ぶベキなのか・・・?
それが、全く解らなかった。




