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地面に芋を埋め、
その上で焚き火をする事、
約3時間・・・
蒸し芋が完成した。
僕は、自作の木製ナイフを父に渡す。
このナイフは、ステーキナイフの様に、
刃の部分がギザギザに成っている。
その為、蒸した芋を簡単に切る事が出来た。
その事に感激する父、
しかし、それを見て、
僕の心は、苦しかった。
父には、作れないのだ。
丸太を板にして、
それを石器で削り出し、
厚さ3ミリ以下の、木製の刃を作る・・・
それを、父が作れるだろうか・・・?
毎日、少しずつ削れば、
将来的に、似た様なモノは、完成する。
しかし、その労力に対して、
完成するモノの価値が低すぎる・・・
『努力する価値が無い・・・』
作る事は、勝手だが、
それは、無駄な努力である。
ヒマだから、許される事である。
必要とされる人間に、
そんなヒマは無い。
だから、父には、作れない・・・
それが、現実であった。
地面から掘り出した蒸し芋を、
木製のナイフでスライスにして、
通称、イカダに乗せ、
天日で干した。
鳥が居ないから、出来る事である。
現在、我々が暮らす地域には、
鳥はおろか、虫さえ1匹も居ない。
僕が、塩分除去を行った事で、
全てを、絶滅させたのだと、考えられる。
僕が、最善と思い、魔法を使った場合・・・
そこには、必ず、予想外の被害が発生している。
魔法で、全てが上手く行く事など無いのだ。
では、ここからが問題である。
芋を、今回、蒸し芋にしたのは、
5個であり、
残りの芋は、約200個ある。
それを、どの様にして保存するのか・・・?
牛肉同様、バリアで包み、母の横に浮かせて置く、
これが最善の、保存方法だと思う。
事実、牛肉は、全く劣化していない。
現在、牛は、皮をはがれ、
内臓を抜かれ、血を抜かれ、
頭を落とされ、肉の一部を取られ、
その状態で、母の左横に浮かんでいる。
すでに4日経つのだが、
初日と同様の鮮度を保っている。
もし、このまま放置すれば、
回復魔法の影響で、生き返るのでは・・・?
などと、不安を感じる程である。
その為、時々、肉の様子を観察しているのだが、
切り取った部分が、再生している様子は無い。
それを見て、毎回、僕は、安心している。
つまり、バリアによって、
それ程の、鮮度を保っているのだ。
では、芋は、どうするか・・・?
芋200個とは、
ゴミ袋1枚に余裕で入る量である。
平面に並べても、1メートル四方に収まる。
その為、バリアで守り、
浮かせる事は、可能に思える。
しかし、
『本当に良いのか・・・?』
実用性だけを考えた場合、
バリアで保存する事が、最善の方法である。
ところが、魔法を使った保存を続けても、
そこに、人類の進歩は無い。
父や祖母が考え、保存して、
その試行錯誤を、
次の世代に伝える事で、
人類は進歩するのだ。
最近の、僕は、
この様な事ばかり考えてしまう。
その原因は、罪悪感である。
3人が生き延びたのは、
僕のお陰である。
しかし、津波で、
3人が死にそうに成ったのは、
僕の仕業である。
そして、3人の村を滅ぼしたのは、僕なのだ。
僕は、恩人などでは無く、
被害者を保護するという口実で、
その3人を、私物化しているのだ。
『僕は、悪魔の様な存在・・・』
魔法の存在を、広めない為・・・
口封じの為・・・
3人を、この逃げ場の無い地域に、
住まわして居るのだ。
『許されるのだろうか・・・』
生前、僕の父は、
新聞記者だった。
その父が言った事がある。
人殺しだって、
弁護士の腕次第で、
無罪に成る。
つまり、世の中の悪は、
言葉の上では、
正当化出来る・・・
だから、自分が正しいと思っている事も、
それは、言葉の上の正当化であり、
正しいという保障は無い・・・
今、僕は、それを痛感していた。
世界の為・・・
宇宙の為に・・・
僕は、魔法の存在を隠す必要がある・・・
それが正しい事だと信じている。
しかし、その為に、
人類の宝と呼べる3人を、
この土地で、死ぬまで飼育する・・・
僕が、やってる事とは、
そんな事である。
後、数ヶ月・・・
おそらくは、2ヶ月程度で、
僕は誕生するだろう・・・
その時、僕には、
選択支がある、
『家族と生活するか・・・』
『3人の元を離れるか・・・』
小学6年生レベルの僕が、
人類の未来と、
家族の今後を考えているのだ。
答えなど出る訳が無い。
しかし、それでも考える義務がある。
だから、僕は決断した。
僕は、芋100個を、祖母に任せた。
「自由に使って下さい・・・」
その様に伝えた。




