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現在、家から、北に240キロの地点、
通称・北巣・・・
母が、赤ちゃんにエサを与えている。
その最中、僕は考えていた。
本音を言えば、僕は悪く無い・・・
何も知らなかったのだ。
津波も、生物の絶滅も、
僕が原因である。
しかし、そう成る事を知らなかった。
知らなかったのだから、
防ぎ様が無かったのだ。
などと、言い訳をしても、
問題は解決しない。
事実、僕が、滅ぼしたのだ。
事件当時、精神に異常があった為、
責任能力が無い・・・
つまり、無罪・・・
その様な馬鹿げた判決で、
どれかけの被害者家族が、
絶望しただろうか・・・
それを踏まえ、
赤ちゃん恐竜に関する全ての問題は、
僕の責任なのだ。
僕が、親を殺し、
2つ卵を誕生させた責任・・・
それを考えると、僕には、
その卵を、育てる義務があるのだ。
しかし、現実は違った。
育てる事など、不可能だったのだ。
両手の爪が、ナイフの様な恐竜・・・
それが、本能で、活動する。
その為、今後、我々は、
被害を受ける事に成る。
その様な状況に成るなど、
僕は、思っていなかった。
知らずに行っても、僕の責任・・・
考えて行っても、失敗する・・・
それが僕である。
そんな僕が、家族の将来を考えている。
つまり、そこには、必ず失敗が発生する。
家族を守る。
その決意は必要だが、
それを実践する場合、
子孫をどうする・・・?
父と母に、次の子供が産まれ、
その子供を育てる・・・
しかし、どこで、どの様に・・・?
将来、その子供は1人残され、
孤独に死んで行く・・・
それを、防ぐ為には、兄弟を増やす・・・?
しかし、それでも、最後の1人問題は、
解決しない。
このまま、我々だけで、生きて行く場合、
待っているのは、孤独と滅亡なのだ。
父や祖母の一生懸命が、次に伝わる事も無く、
滅んでしまうのだ。
それは、あまりにも残念に思える。
しかし、父や祖母の偉業を、歴史に残す為には、
他部族との交流が必要に成る。
しかし、その場合、僕の存在も知られる。
人類に魔法を存在を、知らせる事など、
許される訳が無いのだ。
僕が、良い事をした「つもり」
それが、人類に被害を与える・・・
その様な状況が、必ずやって来る・・・
『魔法は、暴力である・・・』
『世界の全てを傷付ける・・・』
『魔法は、人の存在価値を奪うのだ・・・』
『だから、秘密にする・・・』
肉を食べ終えた赤ちゃんは、
自分で歩いて、巣穴に戻って行った。
僕は、その後姿に、
なぜか、楽しげな気持ちを感じた・・・
『恐竜に、そんな感情があるのか・・・?』
『まさか・・・?』
恐竜の赤ちゃんを巣穴に残し、
母と、その胎児の僕は、
通称・台所に引き返した。
すると、
祖母が地面に何かを描いていた。
そして、僕が戻って来ると喜び、
その地面の絵を、得意気に見せて、
説明を始めた。
僕にとって、蒸し器とは、
茶碗蒸しを作る、大きな鍋と、
その底に入れるパラボラアンテナの様な台と、
その上に乗せる皿と、
鍋にかぶぜる布と、
その上に乗せるフタ・・・
これが蒸し器である。
しかし、祖母は、蒸し器というモノを知らない。
その結果、祖母が考えた蒸し器は、
乾燥室と同様に、レンガの小屋だった。
まるでサウナ室である。
しかし、祖母の発想は、当然の事だった。
目の前に、200個の芋があり、
それを、蒸すのである。
その為には、小屋で蒸す必要があった。
そして、僕は、
ある事に気付き、驚いた・・・
『祖母は、蒸し器を知らない・・・!』
『それなのに・・・』
『サウナ室を考えた・・・?』
祖母にとって、蒸すとは、
穴を掘り、土をかぶせ、
その上で、焚き火をする事である。
つまり
鍋を使った蒸し器など、知らないのだ。
当然、サウナ室も知らない。
そんな祖母が、
土に埋めない方法・・・
蒸し器を考えたのだ・・・
本来、蒸す為には、土に埋める必要性は無い。
祖母は、それを理解したのだ。
祖母は、先祖代々、
山菜を土に埋め、
その上で焚き火をして来た・・・
その様な文化で育ったのだ。
つまり、祖母の固定概念では、
蒸すとは、埋めて焼く事なのだ・・・
そんな祖母が、今、僕に説明しているのは、
サウナ室方式の蒸し器であった。
サウナ室の作り方など、
僕も知らない・・・
考えた事も無い・・・
もちろん、祖母も、そんなモノは知らない・・・
しかし、
『蒸すとは、蒸気で加熱する事・・・』
祖母は、その根本的な事を理解していたのだ。
そして、以前作った乾燥室を参考に、
サウナ室を考えたのだ。
僕の発想は、完全に負けていた・・・
僕は、鍋を作る事を、考えていた。
鍋を、どの様に作るのか・・・?
粘土で、大きなツボを作る事を考えていた。
しかし、その様なツボは、
魔法が使える僕にしか、作れないモノだった。
ところが、祖母は、誰でも作れる蒸し器・・・
つまり、蒸し小屋を考えたのだ。
『魔法使いが存在しても・・・』
『人類は負けない・・・?』
『他部族と、交流出来るのでは・・・?』
一瞬、その様な気持ちに傾いたが、
僕は、その危険な考えを振り払った・・・
そもそも、芋200個全てを、
干し芋にする訳ではない・・・
来年の、タネ芋の為に、
半分は、芋のままで保管する。
そして、今回作る5個分の干し芋と、
保存比較を行う。
そして、干し芋の保存性が高いと解れば、
残りの芋を、干し芋にする。
そして、その場合も、
1度に全てを、干し芋にする訳では無い・・・
1度に10個程度、
火加減、水分量・・・
蒸し時間・・・
様々なパターンを試す必要がある。
だから、1度に200個分を作る、
蒸し室は必要ありません。
僕は、その事を、祖母に伝えた。
すると、次の瞬間、
祖母の表情が明るく成った。
『なぜ・・・?』
困惑する僕、
しかし、理由は、簡単だった。
祖母は、地面に、
「カマド式・蒸し器」の設計図を描き始めた。
レンガ小屋は、作るのに、2人で数日かかるが、
カマドは、1人もでも、数時間で作れるのだ。
祖母は、うれしそうに、
材料集めを始めた。
『魔法があっても、人類は負けない・・・』
その証拠が、ここに存在した。
しかし、ここで僕が、
心を折っては、いけない・・・
今後、僕よりも賢い人類など、
大勢現れる・・・
弓矢を作れる原始人が、進化をすれば、
その先には、
国が生まれ、政治が生まれ、戦争が起きる。
そして、人は、戦略を考え、
有利に成る方法を考え、
それを受継いで行く・・・
そして、それは、
僕1人の考えよりも、優秀であり、
現実的な発想を生む。
その結果、戦争を防ぎ、環境を守る・・・
その様な時代が必ずやって来る・・・
しかし、それは、僕が居なかった場合の話である。
原始時代の人類が、僕に遭遇していたなら・・・
ケガや病気が、一瞬で治るなら・・・
バリアで守られたら・・・
狩りをしなくても、肉が食べられたなら・・・
芋や野菜が、大量に収穫出来たなら・・・
それが僕1人の力で簡単に出来る。
そんな存在が現れたなら・・・
人類は、何をする・・・?
何を頑張る・・・?
何の為に、努力する・・・?
僕は、苦悩していた。




