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僕は、毎日の様に、
恐竜の赤ちゃんの事で、悩んでいる。
我々の生活には、
何の役にも立たない、
将来、牛の大地に捨てに行く・・・
そんな赤ちゃんの事で、
毎日、悩んでいるのだ。
合理性を考えた場合、
今、殺した方が、都合が良いのだ。
僕は、毎日、その事を考える。
しかし、僕には、
それを実行出来ない理由があった。
僕は、1兆年先も、
生きている可能性があるのだ。
身体は、滅んでも、
僕の魂は、生き残り、
今現在の人格を残したまま、
次の身体の中に入り、
生き続ける・・・
そして最終的には、
星が無くなり、
魂だけで生き続ける・・・
その可能性もあるのだ。
1兆年など、いかにも幼稚な発想ではあるが、
もし、本当に、僕の魂が、消滅しない場合、
1兆年では済まない・・・
永遠に死ねないのだ・・・
『その時、僕は、何の為に生きる・・・?』
『生きる意味があるのか・・・?』
僕には、その恐怖があった。
だから、僕は、恐竜の赤ちゃんが、殺せないのだ。
殺す事は、簡単である。
しかし、面倒だから殺す・・・
それを実行した場合、
僕の今後は、どの様に成るのか・・・?
おそらく、僕は、我慢を失う。
今回、この赤ちゃんだけ・・・
特別に殺す・・・
そんなルールは、守れない・・・
守れなく成るのだ。
この恐竜の赤ちゃんは、
ある意味、家族である。
その家族を、殺すのだ。
食料の牛を殺すのとは、訳が違う。
面倒だから、家族を殺す・・・
保護した赤ちゃんを殺す・・・
それを実行した場合、
今後は、それよりも軽い気持ちで、
大切な者を、殺せる様に成ってしまう。
僕は、魔法使いである。
殺す事など、簡単なのだ。
最初は、
家族の為・・・
家族を守る為に・・・
その様に、正当な理由を考えて、
殺したとしても、
本音を言えば、面倒だから殺すのだ。
もし、本当に、それを実行した場合、
その後、僕の、自制心など、
役には立たない・・・
結局、その先は、
退屈だから殺す・・・
考えずに殺す・・・
そして、全てを失うのだ。
1兆年先の事は、解らないが、
我慢を失った魔法使いは、
10年以内に、全てを破壊する・・・
その危険性は、充分にある・・・
赤ちゃんを殺した場合、
その罪悪感は、僕の中に残る。
そして、僕は、その罪悪感に苦しみ、
逃れたいと考える。
では、その時、
どの様にすれば良いのか・・・?
なぜ罪悪感に苦しむのか・・・?
どの様な時に、
罪悪感に襲われるのか・・・?
それは、家族が居る時である。
僕が、赤ちゃんを殺した事を知る存在・・・
僕の、恥ずベキ過去を知る存在・・・
それが居るから、罪悪感に苦しむのだ・・・
自制心を失い、精神が錯乱した僕は、
その様に考えるかも知れない。
もちろん、今現在の僕に、
その様な愚かな考えは無い・・・
しかし、
それは、まだ赤ちゃんを、
殺していないからだ・・・
赤ちゃんを殺せば、僕の心は病んで行く・・・
そして、その時、魔法使いの僕なら、
家族を、簡単に殺す事が出来るのだ。
心のブレーキが壊れてしまい、
衝動的に、殺せてしまうのだ。
ところが、人間は、後悔する生き物である。
殺した後、僕は、必ず、
後悔する・・・絶望する・・・
しかし、僕は、死ねない・・・
逃げ出す事が出来ない・・・
そんな未来が待っているのだ。
それが、我慢を失った僕の、行き着く先である。
だから、僕には、赤ちゃんを殺せない・・・
我慢が必要なのだ。
僕が、南のジャングルに行って、
原始人を探さないのも、
それが理由である。
僕の気持ちは、僕の思い通りには成らない。
僕は、僕に納得しない・・・
そんな僕が、原始人を見つけたが最後、
必ず、納得出来ない状況に苦しむ。
『恐いのだ・・・』
『不死身の魔法使いである僕は・・・』
『死んでしまう命が、恐いのだ・・・』
だから、僕は今、家族だけで、
「小さく」「せまく」生きている・・・
『本当に、これで良いのか・・・?』
その様にも思うが、
この世界を守る唯一の方法・・・
それは、僕が、我慢をする事であった。
こうして僕は、
恐竜の赤ちゃんを、
北巣穴に残し、
ネズミの拠点へと引き返す事にした。
『このまま、放置しても良いのか・・・?』
『別々の巣穴を、用意するベキなのでは・・・?』
『今後の事を、考え、改善を行うベキでは・・・?』
その様に思う。
しかし、
『では、一体、何をすれば良い・・・?』
『何が、正解なのか・・・?』
結局、僕が思い付いたのは、
『エサの時だけ・・・』
『2匹を、別々の場所に移動して・・・』
『地面に肉を投げ与える・・・』
『これで、母は、ケガをせずに済む・・・』
その程度の事だけだった。




