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恐竜の赤ちゃんは、
立ち枯れの森の中を、
何の迷いも無く、
ひたすら南へと、進んでいる。
目的地まで、240キロ・・・
『このままでは、確実に死ぬ・・・』
この森には、恐竜のエサに成る様なモノは、
何もないのだ。
そこで僕は、
見えない手で、赤ちゃんを包み込み、
瞬間移動で、
北大川の近くの巣穴、
通称、北巣穴に戻した。
当然、赤ちゃんは、
その状況が、理解出来ない。
その為、巣穴を飛び出し、周囲を警戒している。
『再び、南へと向かうだろうか・・・?』
2匹の赤ちゃんは、
細い舌を、出し入れしながら、
巣穴の匂いを、確認している様であった。
その間に、僕は、
母の横に浮かんでいる肉を、
瞬間移動の応用で、切り出した。
そして、その肉を、母の手の平に乗せる。
その後、着地、
母は、徒歩で巣穴に近付く・・・
すると、赤ちゃんが、その気配に気付き、
走り寄って来た。
母は、涙を流していた。
母は、地面にヒザを着き、
肉をぶら下げる。
この様にして、肉を与えないと、
母の指は、噛まれてしまうのだ。
しかし、この方法も安全では無い。
赤ちゃんは、
母の腕に爪を立てる・・・
『なぜ、その必要があるのか・・・?』
ぶら下がった肉は、軽く引っ張るだけで、
母の指から離れ、
赤ちゃんの口に入る。
それなのに、赤ちゃんは、
必ずジャンプをして、
母の腕に爪を立て、
引き千切る様な動作で、
肉を食べる。
僕は、思い出した。
以前、初めて、山を下り、平地を見た日、
我々は、1頭の恐竜を目撃した。
その恐竜は、
身長が160センチ程度であったが、
狼に噛み付き、そのまま持ち上げたのだ。
驚異的な力である。
当時の僕は、半径6メートル範囲しか見えず、
家族も、恐竜に見付からない様に、
木の陰に隠れていたので、
その後、どう成ったのか・・・?
それは解らないが、
その恐竜が、狼の肉を食い千切る為には、
それと同等の力で、
肉を押さえ付ける必要がある。
おそらく、
その習性・・・
その本能・・・
それが作用して、
赤ちゃんは、肉を食べる時に、
母の腕に爪を立て、
引き千切る様な、動作をするのだ。
では、野生の恐竜は、
どの様にエサを与えている・・・?
その様な疑問が湧いてくる。
地面に肉を置くと、
どう成るのか・・・?
実は、初日に、それを試した。
そして、我々は、その危険性を理解した。
肉を、地面に置くと、
赤ちゃんは、2匹で奪い合うのだ。
肉を、2切れ用意して、
2匹の赤ちゃんの前に、
それぞれ1切れずつ置く・・・
ところが、その瞬間、
赤ちゃんは、肉を無視して、
2匹でケンカを始めるのだ。
普段は、2匹で身を寄せ合っているのに、
エサの時だけ、ケンカをする。
おそらく、この恐竜は、生まれた初日に、
兄弟で殺し合い、
その生き残りが、親からエサを与えられる。
その様な習性なのだと、考えられた。
生き残りだけが、親と一緒に生活するのだ。
だから、平均3頭で生活していたのか・・・?
その様にも思える。
しかし、我々に、
その様な育て方は出来ない。
2匹を殺し合わせて、
生き残りを育てる。
我々は、それを残酷と考えてしまう。
だから、2匹がケンカをしない様に、
肉をぶら下げ、順番に与える。
この方法であれば、
2匹は、ケンカをしないのだ。
しかし、待っている方も、
母に、自分の存在をアピールする為に、
飛び付いて来る。
結果、母の腕は、さらに傷付く・・・
生後4日で、3センチも大きく成った・・・
現在、身長10センチ、全長20センチ・・・
もし、身長が20センチに成った場合、
その時、母の腕は耐えられない・・・
『では、どうする・・・?』
『この2匹を、別々の場所で育てる・・・?』
それなら、互いに殺し合う事も無く成る。
結果、肉を地面に置いて、与える事が出来る。
しかし、南へと向かう習性・・・
おそらくは、我々の家の方角が解るのだ。
その為、本能的に、その場所へと戻ろうとする・・・
『これが、今後、どの程度続く・・・?』
このままでは、2時間ごとに、赤ちゃんを探し、
巣穴に戻し、回復魔法を使う事に成る。
そして、疑問を感じる・・・
エサを食べた後、赤ちゃんは、約1時間眠る。
そして目を覚まし、
1時間すると、エサを要求して鳴く。
しかし、本来、野生の恐竜が、
2時間周期で、赤ちゃんに、
エサを与えるだろうか・・・?
その様な事は、
不可能なのでは・・・?
つまり、そんなにエサを与えては、
駄目なのでは・・・?
となると、
巣穴に戻しても、
毎回、エサを与える訳には行かない・・・
結果、赤ちゃんは、眠らない・・・
つまり、巣穴に戻しても、
次の瞬間には、再び南へと、
走り出す可能性があるのだ。
では、眠らせる為に、エサを与える・・・?
それとも、魔法で眠らせる・・・
実際、母は、毎日、魔法の力で眠っている。
僕の回復魔法の影響で、
母は、眠る必要が無いのだ。
しかし、それでは、夜中に何をするのか・・・?
理屈の上では、休まずに働く事が出来る。
ところが、そんな事をすれば、
父や祖母の立場は、どう成る・・・?
圧倒的に、役に立つ母が、休まずに仕事をして、
自分達は、寝ている・・・
もちろん、
父と祖母は、何も悪くは無い。
生きる上で、当然の権利として眠るのだ。
しかし、母が眠らずに、
起きているという現実を知れば、
父や祖母の誇りは傷付く・・・
自分達が、役立たずである事を、実感してしまう。
だから、僕は、母を、魔法で眠らせ、
父や祖母の誇りを守っているのだ。
では、その魔法を使い、赤ちゃんを眠らせる・・・?
『邪魔だから、眠らせ・・・』
『エサの時間に起こし・・・』
『その後、邪魔だから、眠らせる・・・』
そんな事、出来る訳が無い。
『一体、何の為の命だ・・・』
それは、命に対する侮辱である。
僕には、誕生させた責任があるのだ。
赤ちゃんは、玩具では無い。
僕の命と等しい、命なのだ。
『こまった・・・』




