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「ああだ、こうだ」と考えても、
どれだけ、練習しても、
それは出ず、嘘の様な反応をしてしまう。
落ちて来る岩を見て、思わず手を出すのが、
その典型である。
つまり、36の「ああだ、こうだ」など、
現実の前では、無力であった。
球体から、微生物の少し切り出す。
それも出来ないのだ。
動く人形など、作れる訳が無い。
だが、永遠に続く退屈地獄を考えれば、
その練習に、価値はある。
しかし、その具体的な方法が分からない。
動かす場合には、全ての微生物が動いてしまう。
その為、周囲の牛や人に、
被害を与える危険性がある。
では、他の島に移動して、そこで、練習するか?
だが、それは、勿体無い。
現在、牛が、球体に向かって、
念話を送り続けて居るのだ。
そういう意味では、今、球体を動かし、
理不尽に、牛たちを、殺す事で、
「なぜ、この様な事を!」と念話が届く、
可能性がある。
だが、それは、それは最後の手段である。
36も、無意味に殺したい訳では無い。
36の魂にも「問題を起こさない」その性質が、
刻まれて居る。
その為、牛には、努力を継続してもらい、
36は、球体の一部を動かす理屈を考える。
もし、一部を、器用に動かせるなら、
触手1本出して、会話ボードを使い、
会話も出来るのだ。
現在の「はい」「いいえ」では、
人を科学者にまで、成長させる事は困難である。
つまり、今必要なのは、触手を1本出す事である。
だが、それを生み出す理屈が、出て来ない。
以前は、微生物を、2つに分けて、
激突させて居たが、地上で、それは不可能であった。




