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現在、球体の右1キロ地点には、良いを示すボード、
左1キロ地点では、悪いを示すボードが、設置された。
そして、人が、地面に絵を描いた。
球体に、魚を与える光景。
それで、喜ぶ芝居をして、その場合は、右、
次に、怒る芝居をして、その場合は、左。
その様に伝えた。
これによって「はい」「いいえ」を成立させるのだ。
結果、球体は「いいえ」方向に、1メートルだけ動いた。
転がった訳では無い、平行に移動して、
その後、元の場所に戻った。
これにより、全ての牛は念話によって、
その場に居た人は、その光景を見て、
この球体に知性があり、我々を越える存在と認識した。
一方、36も歓喜して居た。
遂に、神の立場を得たのだ。
今後、人が、その技術を進歩させ、
我々と、会話が可能に成り、
双方の共同研究で、我々は、解放を得る。
永遠の命など、あっては成らない。
死ぬのは怖いが、死ぬ必要はある。
そして、その死を正当化する為には、
子孫を残し、後を引き継がせる必要がある。
だが、現実は、難しかった。
牛や人にとって、球体は、神と成ったが、
何をすれば良いのか?
現状、球体に困って居る点など、見付からないのだ。
それこそが、神なのだが、これでは、崇拝出来ない。
完璧な神には、貢献出来ない。
つまり、宗教ゴッコが出来ない。
信仰心など、所詮は、自己陶酔であり、
神が目の前に存在する場合、それが通用しない。
自分が、真面目に生きても、不真面目でも、
神からの反応が無い。その現実が、突き付けられる。




