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これは魔法の書です。  作者: わおん
2405/2445

2405

現在、球体の右1キロ地点には、良いを示すボード、


左1キロ地点では、悪いを示すボードが、設置された。



そして、人が、地面に絵を描いた。


球体に、魚を与える光景。



それで、喜ぶ芝居をして、その場合は、右、


次に、怒る芝居をして、その場合は、左。


その様に伝えた。



これによって「はい」「いいえ」を成立させるのだ。


結果、球体は「いいえ」方向に、1メートルだけ動いた。



転がった訳では無い、平行に移動して、


その後、元の場所に戻った。



これにより、全ての牛は念話によって、


その場に居た人は、その光景を見て、


この球体に知性があり、我々を越える存在と認識した。



一方、36も歓喜して居た。


遂に、神の立場を得たのだ。



今後、人が、その技術を進歩させ、


我々と、会話が可能に成り、


双方の共同研究で、我々は、解放を得る。



永遠の命など、あっては成らない。


死ぬのは怖いが、死ぬ必要はある。



そして、その死を正当化する為には、


子孫を残し、後を引き継がせる必要がある。



だが、現実は、難しかった。


牛や人にとって、球体は、神と成ったが、


何をすれば良いのか?


現状、球体に困って居る点など、見付からないのだ。



それこそが、神なのだが、これでは、崇拝出来ない。


完璧な神には、貢献こうけん出来ない。


つまり、宗教ゴッコが出来ない。



信仰心など、所詮しょせんは、自己陶酔であり、


神が目の前に存在する場合、それが通用しない。



自分が、真面目に生きても、不真面目でも、


神からの反応が無い。その現実が、突き付けられる。


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