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戦うから敗北がある。
平和国から、攻撃して来る事は無い。
しかし、戦士国民は、全員が、トップ・プロであり、
自分の能力を、退化させる妥協など、出来ない。
戦士国の国民は、有能な者だけが、子孫を残し、
戦士と成って殺し合い、100人だけが、
戦士国の戦士に成れる。
まだ、戦えない10人の幼児が居るが、
それでも国民の総勢は、110名・・・
戦って、死ぬ事も、良いのかも知れない。
だが、それは戦いでは無い。
ただ、失神しに行くだけである。
殺して、もらえない・・・
その後、我々は、どう生きる?
110人で殺し合って死ぬか?
彼らの、戦って死にたい思いは、精神論では無く、
遺伝子改造を受けた先祖の影響である。
その為、この星の生命の思考には、
短絡的な部分があり、
平和国民にも、その一面が垣間見られた。
職人や選手が、張り切って居るのだ。
これまで、必要なモノを作って来たが、
それが無くても、何世代も生きて来れた。
つまり、絶対的な、必要では無いのだ。
ところが、襲撃者への対応は、絶対に必要である。
すでに、数百人が殺されて居る。
つまり、今こそ、必要なモノを作る時である。
トップ・プロ選手も同様で、この競技が必要なのか?
平和国には、通常選手が居る。
観客は、意味不明なトップの試合よりも、
普通の試合を求める。
最初は、槍を投げ、的に当てるゲームだった。
しかし、トップは、500メートル先から、
落下する水滴に、槍を当てる。
観客には、見えない。
見なくても、結果は分かって居る、絶対に当たるのだ。
そんな試合が、さらに進歩して、
他の水滴に当てず、700メートル先の、水滴に当てる。
それを観戦しても、実際、他の水滴に、
当たって居ないのか? そんなモノ、分からない。
だが、今回、的は、我々を殺す敵なのだ。
見えなくても、分からなくても、国を守れるのだ。
自分が、必要な存在に成れるのだ。




