229
現在、母と胎児の僕は、
牛の大地の草むらに居る・・・
そこに、夢で見た草むらが、
実在したのだ。
本来、草むらなど、
どれも同じであり、
区別など困難であるが、
僕が、死ぬと思い込み、
必死に探した場所・・・
その結果、鮮明な記憶として、
覚えている周囲の光景・・・
それによって、この草むらが、
夢で見た草むらである事は、
確信出来た。
そして、この草むらが、
夢で見た草むらである決定的根拠・・・
それは、この草むら、
生き物が、全く居なかったのだ・・・
この地域の環境から見て、
その様な事は、不自然な事であり、
その原因が、僕の魔法である事は、
明らかだった。
では、僕は、
この草むらに、何をしたのか・・・?
生前の僕は、
トイレに行く夢を見て、
「おねしょ」をした経験がある。
つまり、
夢の中で、実行したのだ。
そして、今回の場合、
『死ぬ夢を見て・・・』
それを回避する為に、魔法を実行した・・・
その可能性は、充分に考えられた。
では、僕は、夢の中で、
『何を実行した・・・?』
死んで意識を失えば、
僕は、大災害を起こしてしまう。
だから、僕は、それを回避する為、
死ぬ直前に・・・
『胎児である自分の身体を消費して・・・』
『千里眼を強化して・・・』
『子作り中の、恐竜を発見して・・・』
『その胎内へと移動した・・・』
しかし、ここで、疑問が生まれる。
『自分の身体を消費して・・・』
『千里眼を強化した・・・』
これが事実であれば、
現在、原始人の胎児である僕の身体は、
この世界から消えている・・・
しかし、今も、僕の身体は存在している。
つまり、夢の中で、
自分の身体を消費したのは夢である。
『実行は、しなかった・・・』
『では、なぜ、千里眼が強化された・・・?』
僕は、何を消費して、千里眼を強化した・・・?
夢の中で、千里眼を強化した結果、
200キロ先の、草むらの中に、
メス恐竜を見つけたのだ。
そして、今、僕は、その草むらに居るのだ。
夢で見た草むらが、実在したのだ。
つまり、夢の中で、千里眼を強化して、
200キロ先の光景を見た事は、事実なのだ。
しかし、と成ると、疑問である。
通常、何かを消費して、
千里眼を強化しようと考えても、
それは出来ない・・・
では、なぜ、
200キロも離れた、この草むらが、
見えたのか?
『魔法の強化には、別の方法がある・・・?』
5ヶ月前、
僕は、この世界に来た時、
意識を失っていた。
気付いた時、
僕は、山の中に居た。
そして、その後の状況から、
その山が、津波の被害を、受けたと知った。
そして、その原因として、
僕は、自分が、その津波を起こしたと考えた。
そして、その方法として、
生き物を消費して、
魔法を強化させた。
その様に考えた。
だから、僕は、魔法を使う時、
何かを消費する必要があると、考えた・・・
しかし、先ほど、僕は、千里眼を強化して、
200キロ先を見たのだが、
その時、消費したハズの、
僕の身体は無事であった。
そして、200キロ先の、
草むらから、生き物が消えていた・・・
千里眼を強化して200キロ先を見る為に、
『200キロ先の生き物を消費する・・・?』
『そんな事が可能なのか・・・?』
『ガソリンの無い車で出発して・・・』
『到着してからガソリンを入れる・・・?』
そんな事は、出来る訳が無かった。
しかし・・・
『僕は、ガソリン切れの車ではない・・・』
『ある意味、自転車だ・・・』
『お腹が減っていても、自転車で走れる・・・』
『到着後、食事をする事は出来る・・・』
『食事・・・』
僕は、その言葉に恐怖を感じた。
僕は、これまで、何回、
魔法を使っただろうか・・・?
その後、僕の無意識は、
食事をしていたのか・・・?
『何かを、殺して、消費していたのか・・・?』
『魔法のエネルギーとして・・・』
『生き物の命を消費しているのか・・・?』
『魔法を使うと・・・』
『毎回・・・何かが死んでいるのか・・・?』
その可能性は、充分に考えられた。
しかし、ここで取り乱しても、
無意味である。
僕は、冷静に考えた。
『魔法の材料は何か・・・?』
生前、僕が読んだファンタジーの本には、
空気中には、魔法の素と成る「魔素」が存在する。
などと書かれていた。
しかし、それは設定である。
小説家が考えた設定なのだ。
過去に誰かが書いた設定を、
次の人が、取り入れ、
それが受継がれ、
魔法小説の世界では、
「魔素」や「マナという何かが、
魔法の材料として、認知される様に成ったのだ。
しかし、現実は違う。
魔素もマナも存在しない。
空気中に、その様なモノは存在しないのだ。
だから、誰も、魔法が使えないのだ。
『では、僕は、なぜ魔法が使えるのか・・・?』
『素粒子・・・』
それが、僕の出した答えだった。
生前の僕は、魔法の秘密に到達していたのだ。




