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現在、我々は、牧草地から、湿地川を渡り、
森に入った場所に居る・・・
父と祖母は、
7つのレンガ風呂を完成させ、
その周囲に強固な柵を作っている。
そして、この後、
レンガ風呂の試運転を行う。
その為には、牛が必要である。
僕は、牛の調達に向かった。
通称・牛の大地は、
最初に見つけた動物が、牛だった事で、
僕が勝手に命名したモノであり、
それ以外の動物もいる。
つまり、猪も居るのだ。
今さらだが、
イノシシを飼い続ければ、
ブタに成るのか・・・?
などと、考える。
事実として、猪が豚に成る事は無い。
しかし、何世代も、飼い続ければ、
極端に太るモノが現れる。
あまり動かないモノが現れる。
それを、交配させれば、
攻撃性の低い、イノシシに成る・・・
つまり、
『食肉用の、飼い易いイノシシが育つ・・・』
しかし、それは、
何世代も育てた場合の、
可能性であり、
今年、実現する訳では無い。
また、猪の食料は、
芋やドングリである。
つまり、我々と同じモノを食べる為、
猪を育てると、
我々の芋が、失われて行くのだ。
これは、大変危険である。
何かの理由で、芋の収穫が、激減した場合、
我々は、芋も猪も失う事に成るのだ。
つまり、我々と同じモノを食べる家畜を、
育てる事は、危険である。
という様に、
僕は、僕の名案が、
名案では無い事を確認して、
牛を探した。
牛の群れが、土煙を巻き上げている・・・
『ハイエナ・・・?』
それが、ハイエナなのか、
あるいは、これも狼の一種なのか・・・?
それは解らないが、
通称・ハイエナが、
牛に襲いかかった。
ハイエナの大きさは、
タロと同じくらい、
ハスキーサイズである。
それが6頭で、
牛に襲いかかっているのだ。
1頭の牛が、もがき倒され、他の牛が、
その周囲を、取り囲む様に、
「のそのそ」と動いている・・・
逃げる訳では無い・・・
しかし、誰も、助けようとしない。
牛が、突進すれば、
ハイエナなど、撃退出来ると思うのだが、
牛は、おびえている。
逃げないが、助けない・・・
力があるのに、その力が使えない・・・
簡単な事なのに、その簡単が出来ない・・・
牛は、相変らず「のそのそ」歩いているだけで、
助ける気配が無い・・・
『これが、この牛の性質・・・』
ハイエナが、時折、
周囲の牛を威嚇している・・・
『タロにも、出来るだろうか・・・?』
そして、ひらめいた・・・
湿地川の牧草地に、
ワナを仕掛ける・・・
落とし穴に、牛を落とす・・・
父がそれに、とどめを刺して、解体する。
その間、タロが、他の牛を、威嚇して、
父を守る・・・
これが、通称、名案である。
しかし、
『牧草地に、落とし穴は、掘れるのか・・・?』
『掘っている最中、牛に見付かるのでは・・・?』
『そもそも、広大な牧草地で・・・』
『落とし穴は有効か・・・?』
『タロが、威嚇して、落とし穴に誘導・・・・?』
逃げ放題の環境で、1つの穴に追い込む・・・?
『それは、現実的に可能なのか・・・?』
『落とし穴を増やす・・・?』
『それは危険だ・・・』
我々は、3ヶ月に1度、1頭だけ、
牛を捕獲したのだ。
それ以外は、殺したくない・・・
傷つけたくも無い・・・
健康でいて欲しい。
ところが、
多くの落とし穴を掘った場合、
別の牛も、
落とし穴に落ちる可能性がある。
『牛が落ちて出れない落とし穴・・・』
そこから、牛を救出するのは困難である。
結果、牛を無駄に殺す事に成る。
『つまり、落とし穴は、名案では無い・・・』
この様な、通称・名案は、
次々と、出て来る・・・
しかし、僕の死後、
父や祖母に、それが出来るのか・・・?
タロは大丈夫か・・・?
などと考えた場合、
安易には実行出来なかった。
『では、何が出来る・・・』
『やり残した事は・・・?』
『僕が出来るのに、やっていない事は・・・?』
僕が、この世界に来て約5ヶ月・・・
言葉を教え・・・
リュックを教え・・・
干し肉を教え・・・
燻製器、かまど、乾燥器・・・
『他に、教える事は出来ないのか・・・?』
川を作り、魚を放し、芋を育て・・・
森や山に、木を植えた・・・
『他に、出来る事は無いのか・・・?』
僕に出来る事なら、いくらでもある。
しかし、僕の死ぬのだ・・・
その後の、保障が出来ない・・・
結果、
『これを教えても大丈夫なのか・・・?』
その様な不安が多い。
例えば、
南のジャングルに行って、
毒蛇を探す・・・
大きな穴を掘って、
その中で、毒蛇を繁殖させる。
その毒蛇の毒を使い、
毒矢を作る・・・
それを使い、牛を狩る・・・
しかし、現実問題、
毒蛇の繁殖は可能なのか・・・?
逃げないのか・・・?
安全な方法など存在しない。
毒蛇を飼えば、
逃げる・・・
これは、必ず起こる。
そう考えるベキである。
つまり、毒蛇を飼えば、
家族が噛まれる危険性があるのだ。
また、
毒矢で殺した牛は、
『食べても大丈夫なのか・・・?』
『焼けば大丈夫なのか・・・?』
『毒が身体に蓄積して・・・』
『将来、病気に成る危険性は・・・?』
矢に毒を塗るのは、
『どの様にして行う・・・?』
『その時、父が死ぬ危険性は無いのか・・・?』
人間は必ず失敗する・・・
料理人だって、
手を切る事はあるだろう・・・
『毒矢でケガをした場合・・・』
『解毒剤は無いのだ・・・』
つまり、毒矢を使えば、
その毒で死ぬ危険性があるのだ。
つまり、牛を放牧しても、
『父が、牛を狩る事は困難だ・・・』
『どうする・・・?』
僕は、自分の考えの浅さに、絶望した。
現在、目の前には、
6頭のハイエナが、牛を食べている。
ハイエナが、牛の腹に食らいついた・・・
『内臓を食べるのか・・・』
『その場合、牛のフンは、どう成る・・・?』
しかし、そんな事を、
気にしている場合では無い。
『僕は、あと何ヶ月、生きられるのか・・・?』
僕が、その様に思った瞬間・・・・
それは、起こった・・・・
答えが出たのだ。




