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正月のコマ回し教室、
開始から30分後・・・
熱心な生徒は、僕を入れても、
3人だけだった。
僕は、祖父の所に行って、
力いっぱい回す方法を、見せてもらった。
僕は「ここぞ!」という場面を、
スローモーションで、見れる様に成っていた。
祖父は、右利き、左足前。
ヒモは、反時計巻き。
僕とは、前足が逆である。
右手を、右腰の高さ、
後方4時の方向に、振り下げる。
戻る力で、コマを水平に振り出す。
前足である左膝の位置で、コマを離す。
コマは、その勢いで、
前方3歩前の位置に飛ぶ。
コマを離した手は、ヒモを水平に引きながら、
最初、降り下げた位置に戻る。
重要なのは、コマと、引くヒモの、
水平を、維持する事である。
一見、乱暴に見えるが、祖父は、それを守っている。
だから、コマが、倒れずに回る。
しかし、当時の僕は、
まだ、物事の本質が、理解出来ない。
動作を見る事は出来ても、
その動作の重要性が、理解出来ないのだ。
なぜなら、
僕の前足は、右、
祖父の前足は、左である。
つまり、左右が逆なのだ。
その為、
『これでは、お手本に成らない・・・』
僕は、そう思い込んでいた。
それが、当時の僕である。
実の所、左右が逆でも、
物事の本質が、理解出来れば、
その動きから、重要なポイントを、
理解する事は、出来るのだ。
ちなみに、今回、重要なのは、
コマの水平を、崩さない為に、
腕を、水平に移動させる。
だた、それだけの事である。
そして、僕は、それを、
スローモーションで見ているのだ。
そこが重要だと、気付いているのだ。
しかし、幼児の固定概念が、
僕の理解を、邪魔しているのだ。
そこで、祖父に、右足前での、
お手本を、見せてもらった。
すると、祖父は8時の方向に、
コマを振り下げた。
僕は、その光景を、
スローモーションで観察して、記憶に残す。
『よし!』
『解った・・・』
僕は単純だった。
理解出来ると、思って見た事で、
理解出来たのだ。
僕は、祖父に、お礼をいうと、
練習を始めた。
まず、イメージする。
床には、時計が描かれている。
僕は、時計の真ん中に立っている。
12時の方向を向いている。
右足を1時の方向に半歩前。
左足を7時の方向に半歩後。
結果、ヘソが10時の方を向く。
左腰が8時の方に向く。
コマを、つまんだ右手を、
左腰からゲンコツ1個分はなす。
顔は12時の方を向く。
目線は、12時の方向、2歩前。
これにより、再現可能な、ポーズが完成した。
注意点は、コマの水平を、維持する事、
振り出した勢いと、同じ勢いで戻す。
そうしないと、空中でコマが、かたむく・・・
イメージとしては、腰の高さのテーブル。
その上を、移動させる感覚・・・・
これにより、再現が可能な、動作の確認が出来た。
『出来る!』
次の瞬間、僕のコマは、力強く回った。
小さいが「うなり」を鳴らしている。
『よし・・・!』
その後、3回続けて成功するまで、
10回練習した。
『これなら大丈夫だ・・・』
おそらく、家に帰れば、このコマは没収される。
もしかすると、今日、この時が、
ヒモでコマを回せる、最後なのかも、知れない。
だから、僕は、コマ回しに、専念したかった。
『今日中に、手のりコマを完成させる・・・』
しかし、その時である。
僕の足元に、コマが転がって来た。
すると1人の男子が、それを拾い、
走って、酒屋さんの元へと、帰って行った。
彼は、熱心な生徒の1人だった。
そこで、僕は、彼を観察した。
すると、酒屋さんが、熱心に教えている。
彼は、真剣な表情で、練習に取り組んでいた。
彼は、僕の近所にある、豆腐工場の息子だった。
僕よりも、姉よりも、年上である。
彼は、すでに床回しを、マスターしていた。
今やっているのは、
回っているコマに、ヒモを引っ掛け、
宙に飛ばして、手の平に乗せる練習である。
ただ残念なのは、酒屋さんの指導方法が、
相変らず「クイッと引く」「ひょいっと引き上げる」
など、具体性の無い、表現であった。
『あれでは、駄目だ・・・』
事実、彼は、1度も成功していない様である。
『教え方が悪い・・・』
しかし、幼稚園児の僕が、
口を出して、良いモノなのか?
『そもそも、何て言う・・・?』
酒屋さんに、貴方の教え方は、間違っています。
などと、言える訳が無い。
しかし、彼の頑張りを見ていると、
誰かが、助けるベキだと思う。
だから、僕は、佐々木さんの方を見た。
『佐々木さんなら、何とか出来る・・・』
僕は、それに期待したのだ。
しかし、そこで僕が見たのは、
愚か者達が、佐々木さんに、
アドバイスを、している姿だった・・・
その愚か者の中には、姉も居た。
不自然な回し方を考えては、
こっちの方が良い!
パワーが出る!
などと、自慢をしている。
偶然にしか、回せないのに、
第一人者を気取って、
佐々木さんに、指導をしているのだ。
『無理だ・・・』
有能な人物が、愚か者の玩具に成って、
本来の役割を果たせない・・・
その様な現実が、そこにはあった。
では、祖父は・・・
残念ながら、祖父には、指導力が無い。
力を見せるだけ・・・
生徒がいないので、休憩。
では、他の大人達はというと、
世間話をしている。
今日は、コマ回しを習う為に、
集まったのだ。
しかし、この体育館には、
指導出来る人間が、1人も居なかった。
そんな中、もう1人、
熱心に頑張っている人物が・・・
しかし、その女の子は、
明らかに、下手クソだった。
顔で投げるタイプ・・・
手の動きに、顔が釣られて、動いてしまうのだ。
その結果、手の動きがブレて、安定しない。
しかし、彼女も、熱心に練習を続けている。
しかし、誰も、彼女を助けない。
助ける技術を持った人は、
愚か者の、玩具に成っているのだ。
『何なんだ!この世界は!』
僕は絶望を感じた。
だから、僕が、教える事にした。
しかし、幼児の僕が、年上の人に、教えるのは、
恥ずかしかった。