019
当時、僕は、5歳、
正月の、コマ回し練習会で、
佐々木さんに、コマ回しを習っていた。
そして、この時の出来事が、
その後の、僕の思考に、大きな影響を与えた。
当時、5歳児の僕が、
『魔法を発動させる為には・・・』
『呪文を唱えては、いけない・・・!』
『なぜなら・・・』
などと、考える事は、出来なかった。
実際には、
『おまじない、言ったらダメ!』
程度の事を、幼児なりに、理解していたのだ。
その為、当時の僕が、
どの様な思考で、魔法を修得したのかは、
明確では無い。
あくまでも、現在の僕が、当時を思い出し、
説明に耐える表現を、使っているのである。
当時の僕は、
理解は出来るが、それは感覚的であり、
説明が出来ない。
それでは、駄目だと解っていても、
改善方法が無い。
『考え方が、解らない・・・』
そんな状況だった。
『説明が出来ない事は、上達しない・・・』
『凡人が成長する為には・・・』
『説明が必要なのだ・・・』
『つまり、僕には、説明が必要なのだ・・・』
『自分を納得させる説明が、必要なのだ・・・』
僕は、その事を感覚的には、理解していた。
しかし、どうする事も、出来なかった。
そして、今日、この体育館には、
その重要性を、痛感させる状況が、
多く存在した。
『しかし、僕には、説明出来ない・・・』
駄目な見本は、沢山ある。
『しかし、何が駄目なのか・・・』
それを考え、自分を納得させ、
『自分に生かす方法・・・』
それが解らないのだ。
しかし、その時、
佐々木さんが、こっそり教えてくれた。
酒屋さんが、子供たちに、コマ回しを教えている。
手乗りコマでは無く、普通の回し方である。
しかし、教え方に問題があった。
「ファと投げる」と教えているのだ。
偶然回る子もいる。
しかし、それは、偶然である。
「ファ」という具体性の無い表現、
そこに問題がある。
1回目の「ファ」と
2回目の「ファ」が別物なのだ。
その為、3回連続で回せた子でさえ、
スランプに成る。
今まで回せたのに、回せなく成るのだ。
しかし、今まで成功していた方法が、
「ファ」という、具体性の無い方法である。
本人は、再現している、つもりでも・・・
それが出来ていない。
「ファ」という表現を使っている限り、
改善方法は、存在しないのだ。
その後、何度も経験を積めば、
身体が覚えるという、現象により、
出来る様には成る。
しかし、上達は遅れる。
佐々木さんは、その事を、
幼児の僕にも、解る様に教えてくれた。
『なるほど・・・』
僕は、納得した。
この時点で、何人かは、挫折していた。
祖父に習っている姉たちも、似た様な状況だった。
みんな、怒りながら、投げていた。
偶然回る子もいるが、姉には出来ない。
『力の入れ過ぎだ・・・』
しかし、僕には、どうする事も出来ない。
姉に、何かを教えるなど、無理なのだ。
僕は、姉が怖いのだ。
おまけに、僕には、時間が無いのだ。
今日、ここでしか、
コマ回しの練習が、出来ないのだ。
だから、僕は、何度もコマを回した。
しかし、その時である。
姉が、僕のコマ回しを見て、
力が弱いと、言って来たのだ。
すると、それに釣られて、周囲の子も集まって、
「弱い弱い」と言い出した。
自分では、出来ないのに、
上から目線で、アドバイスを始めたのだ。
ヒモを強く引くらしい・・・
『それで回せない人達が・・・』
『何を言っているのか・・・?』
みんな、僕の為に教えて、あげている。
自分たちは、親切で言って、あげている。
その様に、思っている。
しかし、回せる子は、ここには居ない。
回せる子は、一生懸命練習している。
僕の周りには、回せない子が集まっている。
回せないから、ヒマなのである。
挫折したから、そのイライラの解消に、
僕を使っているのだ。
これが世の中である。
そして、出来る者が、出来ない者に影響され、
出来なく成る。
それが社会である。
しかし、僕には、自制心がある。
僕の先生は、佐々木さんであり、
佐々木さんは、ヒモを強く引けなどとは、
言っていない。
だから、僕は、習った通りに、コマを回し続けた。
すると、周囲の愚か者は、それを見て影響を受ける。
回れば良いという事実を、理解する。
結果、佐々木さんは、人気者に成った。
僕は、佐々木さんに頭を下げると、
その場を離れた。
その時である。
何かを、叩きつける音がした。
何事か?と思い、そちらを見ると、
小学2年生の男子が、号泣を始めた。
『コマが回せなくて、泣いているのか・・・?』
と思ったら・・・
コマ回しには挫折して、
携帯型ゲーム機で遊び始め、
それで負け、腹を立て、
ゲーム機を、体育館の床に叩きつけ、
ゲーム機が壊れたと、泣いているのだ。
『なんて愚かなのか・・・』
駄目の見本が、そこに居たのだ。
誰の役にも、立たない、
誰からも、必要とされない・・・
『駄目な見本・・・』
僕は、そんなモノに、興味は無かった。
しかし、周囲の、愚か者達は、
その状況に大興奮して、コマ回しの練習もせずに、
「馬鹿」だの、
「もったい無い」だの、
連呼していた。
『何の為の時間なのか・・・?』