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僕の予想では、
僕は、生まれた瞬間に死ぬ・・・
そして、それを、回避する方法が、
解らない・・・
もちろん、死ぬと決まった訳では無い、
しかし、胎児の僕に、脳が出来て、
それが機能した瞬間から・・・
魂型魔法と、
脳型魔法・・・
それが同時に発動するのだ。
つまり、魔法の力が、2倍に成るのだ。
その力を、制御出来るとは思えない・・・
生前など、魔法の使い方に、気付いただけで、
魔法が暴走して、死んでしまったのだ。
つまり、今回も、死ぬ可能性は、無視出来ない。
結果、家族を残して、死ぬ危険性がある。
その時、家族は、どう成るのか?
それを考えて置く必要がある。
そして、湿地帯の登場によって、
ある計画が生まれた。
『ここに牧場を作る・・・』
その場合、僕が、生まれるまでに、
通称、牛の大地から、牛を生きたまま、
こちらに、運んで来る必要がある。
もちろん、困難ではあるが、
枯れた大地には、天敵が居ない。
だから、僕が居なく成っても、
牛を育て、生きて行く事は、
可能である。
その為に必要な、牧草も、
牛の大地から、持って来て、
この湿地帯付近に植えつける。
結果、それが、牧草と成り、
牛が育つ。
これで、僕が、死んだとしても、
3人と1匹は、
食べ物には困らない。
しかし、その場合、蚊をどうするか?
牛が増えれば、蚊も増える。
蚊が増える事は、どの位、危険なのか・・・?
マラリアという病名は、聞いた事があるが、
それが、この地域にも存在するのか?
病気に成らなくても、毎日、蚊に刺される事で、
どの様な体調不良が起きるのか?
空想は出来るが、僕は、何も知らない。
そこで、もう1つの選択視を考える。
『牛は、あきらめ・・・』
1度、山脈に戻り、
芋や、木の実を集め、
それを、この湿地帯の近くで育てる。
つまり、ベジタリアンとして、
生きてもらうのだ。
僕は、ベジタリアンには、批判的である。
しかし、そんな意地は、無意味である。
生前、祖母が、入院した時、
相部屋だった人が、
薬を飲まない人だった。
結局、その人は、もがき苦しみ、
悲鳴をあげ、
周囲の迷惑をかけ、
部屋を移され、
強制退院と成り、
その後、再び、病院に運ばれ死んだ。
正直、ただただ迷惑な人だった。
その人は、孫の命を助けてもらう為に、
神様に、自分は一生薬を飲まないと誓い、
それを守ったのだ。
しかし、孫が治ったのは、医療技術であり、
その老婆の願いとは、関係無い。
僕の知る、過剰なベジタリアン、
ビーガンと呼ばれる人達・・・
その人達も、僕の理屈で言えば、
ただただ迷惑な人達である。
先祖は、肉を食べ生きてきた。
野菜を作っている人は、
肉を食べて生活している。
野菜を育てる為に、害虫の駆除も必要である。
つまり、世の中は、生き物を殺す事で、
その多くが成立しているのだ。
それが事実である。
つまり、ビーガンが、
ピーガンとして、生きて行けるのも、
肉を食べ、害虫を駆除している誰か・・・
その人によって、支えられているのだ。
そして、全人類が、肉を食べず、
害虫や、害獣を駆除しなかった場合、
社会は崩壊するのだ。
スズメバチに刺されても我慢・・・
白蟻に、家を食べれれても我慢・・・
蚊の異常繁殖で、病気が広まっても我慢・・・
ダニが湧いて、赤ちゃんが、
アレルギーに成っても我慢・・・
猫に、ノミで苦しんでも、我慢・・・
ビーガンが求める社会の行き着く先は、
その様な、馬鹿げた世界である。
それを踏まえ、
僕は、その様な訳で、
ビーガンが、嫌いである。
原始人という動物は、
肉を食べる動物なのだ。
食文化を変える事は、危険なのだ。
だから、肉を食べるベキなのだ。
しかし、蚊の異常繁殖を防ぐ為には、
牛は飼えない。
結果、芋を育て、食べる以外の選択肢が無い。
しかし、それを実行する事で、
本当に、蚊の異常繁殖を防げるのか?
それが、解らない。
それが解るのは、数ヵ月後であり、
数ヵ月後、僕は、
死んでいる、かも知れない・・・
そして、この計画には、
大きな問題点があった。
『子孫が残せない・・・』
『父と母に、再び子供が出来ても・・・』
『その後は、続かない・・・』
ここで、生きるという事は、
死に絶えるという事である。
『子孫を、あきらめて、生きるという事・・・』
『それでは、駄目だ・・・』
その様に思う。
しかし・・・
だからと言って、
僕が死ぬ前に、
牛の大地に行き、
その先にあると、思われる、山脈地帯を探し、
そこに居ると、思われる、原始人を探し、
その部族と、共に生きて行ける様に、
取りまとめる・・・
それが、現実的に、可能だろうか?




