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この森を抜けるには、徒歩で2日ほどかかる。
森の木々は、津波の影響で、
全てが、同じ方向に傾いている。
そして、現在、その全てが、
津波の塩害によって、枯れていた。
しかし、全て、枯れては、いるが、
本来なら、ジャングルの様な場所である。
樹齢数百年・・・
その様な、立ち枯れの、巨木が立ち並び、
数メートル先が見えない。
『恐竜は・・・?』
3人も恐竜を、警戒している。
僕は、音を見る千里眼で、
周囲を探る・・・
生き物の気配は無い、
ネズミが見捨てた森である。
鹿や猪が、生息出来る訳が無い。
つまり、それを狙う、狼や恐竜も、
この森には居ない・・・
食べ物が無いのだ、当然である。
視界を通常に戻す。
所々、雪が積もっている。
『これで、水分が補給出来る・・・』
我々には、
最初に用意した保存食と、
ネズミの干し肉がある・・・
『出来る限りの準備はした・・・』
『恐竜を倒せる砂利もある・・・』
僕は、再び、音を見る千里眼を使い、
周囲を警戒。
タロは、先頭を歩き、
匂い、音、目視で警戒。
立ち枯れの森の中を、
進む事、数時間・・・・
1匹のネズミを見かけた。
暴走に参加しなかった、生き残りの様である。
我々は、この森には、
もう、帰って来ないかも、知れない・・・
しかし、
それでも、将来を考え、生かしておく事にした。
ネズミは、大切な食料である。
絶滅されては困るのだ。
『ネズミの森』
僕は、この森を、その様に命名した。
それと同時に、
3人が元々住んでいた村を、
『3人村』
そして、「3人村」のある山脈、
つまり、僕が、2ヶ月生活した山脈地帯を、
『3人山脈』
我々が過ごした横穴を、
『崖近く横穴』
猪の内臓を捨てた崖を、
『猪崖』
と命名して、3人と1匹にも伝えた。
それを理解出来るタロは、
本当に賢い・・・
『賢すぎる・・・?』
『回復魔法の影響・・・?』
そんな事を考えながらも、
絶えず周囲を警戒・・・
3人は、恐竜の事が、心底、恐ろしい様で、
その警戒心は、半端ではない・・・
つまり、本来なら、
その異常な緊張感によって、
疲労して、移動速度が、落ちるハズである。
しかし、我々には、遠隔回復魔法がある。
つまり、僕の周囲にいるだけで、
回復効果があるのだ。
それによって、
徒歩程度では、ほぼ疲れない。
その為、深夜も移動を続ける。
月が出ていて、夜でも明るい。
我々は、あえて、
この日を選んだのだ。
結果、2日かかるハズの道のりが、
大幅に短縮出来た。
翌日、昼の3時頃・・・
平原まで、
約2時間の距離・・・
2時間というのは、
あくまでも、予想である。
事実では無い。
しかし、3人は、風の臭いなどで、
これ以上進むと、夕方、平地に到着してしまう。
その事を理解している様である。
その為、我々は、そこで野宿をする事にした。
周囲の木々を観察するが、
新しい爪痕は無い。
つまり、恐竜は入って来ていない。
『しかし、安心は出来ない・・・?』
もし、平地に恐竜がいた場合、
我々の臭いに気付いて、
森に入って来る可能性があるのだ。
しかし、
平地で戦うよりも、木々のある森で戦う方が、
我々には有利であった。
つまり、本当に、恐竜がいるなら、
今晩、ここで、戦った方が、合理的なのだ。
すると、祖母は、
待ってました・・・
といった様子で、
木に、よじ登り始めた。
先日、ネズミの大群が接近した時、
父と祖母は、条件反射で、
巨木に、よじ登る事を、選択をした。
その際、僕が魔法で、それをアシストしたのだ。
結果、父と祖母は、
異常な速度で、巨木をよじ登った。
そして、それ以来、祖母は、時間を見つけては、
木登りを行っている。
僕が、この世界に来た時、
祖母は、杖を使っていた。
ヒザが痛かったのだ。
しかし、現在、祖母は、杖を使っていない。
ヒザの痛みが消えたらしい。
『回復魔法に、その様な効果があるのか?』
『回復魔法で、どの程度の事が、出来るのか?』
そんな事を考えながら、
僕は、祖母の木登りを観察した。
祖母は、昔、木登りが得意だったらしく、
その誇らしい思い出が、
今も、忘れられない様である。
僕は、3人の賢さの理由が、解った様に思えた。
3人の部族には「ほめる文化」が存在したのだ。
ほめられる・・・
感謝される・・・
だから頑張る・・・
工夫する・・・
向上する・・・
そして、誰が、何を、必要としているのか?
それを考えて、行動する。
そして、ほめられる。
つまり、賢く成るのだ。
おそらく、タロを育てた部族でも、
「ほめる文化」があったのだろう。
不要であれば、食い殺されるが、
優秀であれば、
喜ばれ、感謝され、大切にされる。
タロが、調子に乗らないのも、
その様な環境で、育った事に、
理由があるのでは・・・?
と思った。
愛されて育ったのだ。
短絡的な、甘やかしでは無い。
必要とされる誇りを、教える教育・・・
それが、この時代に存在したのだ。
祖母が、木に登り、周囲を見渡す。
祖母は、役に立ちたいのだ。
その日の夜、
僕は、見張りを行いながら、
考えていた。
『祖母を生かせる何か・・・』
『祖母の誇りを守る何か・・・』
僕には、それを見つける義務ある。
僕には、魔法が使える優越感がある。
しかし、その優越感が一体、何の役に立つ?
僕が、自慢する時、人は、みじめな気持ちに成る。
しかし、僕は、その人達に助けられて、
生きているのだ。
タロが食料を探し、
父が、それを掘り出し、
祖母が作った袋に、それを入れて運ぶ、
だから、母は、食事が出来る。
3人と1匹は、
心を支え合って、生きているのだ。
そして、僕は、生きているのだ。
『僕の優越感など、恥なのだ・・・』
僕には、持論があった。
何億円も稼ぐ、スポーツ選手。
この人が、引退しても、
僕は困らない・・・
そのスポーツ、そのモノが無くなっても、
僕は困らない・・・
しかし、
ゴミを集める作業員・・・・
ゴミを処理する人・・・
この人達が居なくなれば、
世の中は、ゴミで溢れ・・・
文明は崩壊する・・・
つまり、
極端に優れた誰かよりも、
普通の人達の方が、大切なのだ。
僕は、その様に思う。




