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原始の世界、55日目・・・
実の所、この日数は、正確でない。
僕は、眠れないので、
1日の区切りが曖昧であり、
本当に、55日目なのか?
それは、もう解らない。
季節は冬・・・
現在、深夜・・・
山の中腹部・・・
3人と1匹は、巨木を背に、眠った。
本来、全員で寝るなど、非常識ではあるが、
精神を回復してもらう為、
僕が、魔法で眠らせた。
前方には焚き火、
そして、僕は、見張りをしている。
僕は、音を見る千里眼を使い、
周囲を警戒する・・・
実の所、この様な環境では、
通常の千里眼は、役に立たないのだ。
ちなみに、通常の千里眼とは、
ただの視力である。
生前の僕が、見えていた範囲。
それが、全方向、同時に、
見えているだけなのだ。
その為、山中では、木々が邪魔で、
数メートル先は見えない。
その点、音を見る千里眼は、
役立ちそうである。
音が聞こえる範囲なら、見える。
つまり、音の大きさによっては、
1キロ先の音でも、見えるのだ。
音を見る千里眼を使った場合、
目の前の、焚き火は、見える。
しかし、目の前の石は、見えない。
音で見る世界は、基本的に、真っ暗で、
音を発した場所が、見える。
その為、木の葉は見える。
風の影響を受け、音を発すると見える。
木の枝も見える。
草も見える。
もし、2ヶ月前の、転生直後に、
この能力が、開花していたら、
僕は、混乱していたと思う。
しかし、僕は、この数十日間、
全方向を見続けていた。
結果、全方向の「音」が見えても、
意外と冷静に対応出来た。
自然の音は、灰色・・・・
音で見る世界は、
基本的に、白黒である。
と思ったら、
『ネズミが見える・・・』
『ネズミは、青色・・・』
『あれ? さっきは灰色だったのに・・・?』
『違いは、何・・・?』
などと考えるが、答えは出ない。
しかし、
ネズミがいる。
それは、事実である。
そして、僕は、考える。
このネズミを、魔法で殺し、
魔法で回収したら・・・
3人と1匹が、朝目覚めた時、
人数分のネズミが、用意されていれば、
喜ぶだろうか・・・?
ネズミの頭部を、音速でへし折り、
その死体を、魔法で包み回収する。
以前は、恐くて出来なかったが、
『魔法の進歩を、制御出来る可能性・・・』
それを見つけた事で、
僕の気持ちに、変化が起きていた。
全方向が見える千里眼は、
嫌でも、絶えず、全方向が見える。
しかし、僕は、
それを止める事が、可能に成っていた。
通称・真っ白な世界・・・
僕は、千里眼を「停止」して、
何も見ない事が、可能に成ったのだ。
もちろん、その代わりに、
何も無い、真っ白な世界が見えるのだが、
それでも、見ないという選択肢が得られたのだ。
つまり、僕は、僕の魔法に、
制限をかける事が、出来るのだ。
だから、家族の為に、
殺す魔法で、ネズミを殺し、集め・・・
結果、その魔法が成長しても・・・
その魔法が暴走して、家族を殺す事は、
無いと考えられた。
『では、ネズミを、狩って集めるか・・・』
と考え、僕は、行動を開始しようとした。
しかし、その瞬間、不安を感じた。
『僕が1人で、ネズミを、狩った場合・・・』
『3人の、存在価値は・・・?』
『タロは、ペットに成る・・・?』
僕は、思い出した。
生前の僕には、ガンを治す能力があった。
しかし、僕は、その能力を、
1度だけしか使わなかった。
魔法でガンが簡単に治せる・・・
もし、それが、世間に知られたら・・・
医者は、どう成る・・・?
一生懸命に、勉強して、
本物の名医に成った人物・・・
ガンを治す為に、研究を続け、
重粒子線治療装置を開発した科学者・・・
新薬を開発する企業の人々・・・
凡人では無いのだ。
普通の人には出来ない・・・
それを、社会に提供する偉大な人物である。
ところが、ある日、
ガンを治せる小学生が現れたら?
ガン患者を100パーセント完治させる。
そんな子供が存在したら?
その後、
ガンが治せる、かも、知れない研究に、
誰が、100億円もの大金を出すだろうか?
結果、
偉大な人物は、仕事を失い、
偉大な人物の、後継者は育たない。
そして、70年後、僕が死んだら・・・・
その時、世界の医療は、どの様に成っている?
例えば、
医学を衰退させない為に、
僕が、高額な治療費を要求して、
そのお金を使い、
ガン治療の研究を続けて貰う。
理屈では、それも可能である。
しかし、僕の思い通りには行かない、
それが社会である。
僕の、考え・・・
僕の、正論・・・
そんなモノは、通用しない。
宗教を信じなければ、
宗教戦争は起こらない。
しかし、宗教は存在する。
ネールアートなど、
ツメを色を塗って、何に成る?
生活が不自由に成る。
社会に必要な人物は、
するベキではない。
しかし、ネールアートは存在する。
それを踏まえて・・・
僕が1人で、獲物を捕まえる。
その場合、3人と1匹は、それを食べる。
『食べるだけの、役立たずに成ってしまう・・・』
『本当に、それで良いのか?』
理屈だけなら、
3人と1匹には、
それぞれ、他に、何かを、やってもらえば良い。
祖母は、モノ作りが大好きである。
『しかし、本当に上手く行くのか・・・?』
『生きる為に、作るのモノ』と、
『ヒマだから、作るのモノ』
これらは、全くの別物である。
綺麗ごとを並べても、
『必要とされる誇り』と、
『無駄な技術を、自慢するプライド』
その違いは、明白である。
『死んだら困る人物』と
『死んだら悲しい人物』
似ている様だが、
全然違う。
『僕が、合理性を求めると・・・』
『誰かの仕事や、誇りを奪ってしまう・・・』
などと、考えていると・・・
僕は異変に気付いた。
音を見る、千里眼が、
何かを見つけたのだ。




